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空の妖精  作者: 道豚
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ドクヘリ帰還

ヘリコプターは風に弱いです。

 ローターが止まったのを確認すると、山下は機外に出て各部の点検を始めた。メインスイッチを切ると井上も機外に出て、校舎やグランド、その他周りの様子を確認する。それぞれのランデブーポイントは偶にしか着陸することが無い。降りたときに地形などを頭に入れておくのだ。

 井上はふと此方を見ている男に気がつき、近づいていった。

「お世話になります。 機長の井上です」

「校長の石井です。 こちらこそお役に立てて光栄です」

 お互い簡単な挨拶を交わす。

「生徒さんたちが散水をしていましたが、あれは訓練したことがあるんですか?」

「いえ、消防車が間に合わないことに気が付いた生徒たちが自主的にしたことです。 迷惑でしたかね?」

「とんでもない。 お陰で安全に着陸できました。 生徒さんたちにお礼を言いたいですね」

「具合が悪くなったのは本校の生徒です。 病院までよろしくおねがいします」

「お任せください。 無事に届けます」

 井上と石井が社交辞令的な話をしていると、校舎の方から患者を乗せたストレッチャーが運ばれてくるのが見えた。周りを何人もの人で囲まれている。

「それでは失礼します」




 井上はヘリコプターに乗り込み、エンジンの始動を始めた。外部電源が無いので、今回はバッテリーで始動しなければいけない。そのためどうしても始動が遅くなってしまう。井上はメインスイッチを入れ、始動シーケンスのスイッチを押した。エンジンの始動はコンピューターが行うので、井上は監視していれば良いのだが、やはり気にはなるところだ。

「シューー」

 左エンジンのタービンが回り始める。やがてタービン回転数がグリーン位置に上がると、燃料ポンプ圧力が高まる。点火プラグにより燃料が燃え始めると、排気温度計の指針が上がっていく。

「キーーン」「シュ……シュ……シュ……」

 無事に始動した。それと同時にローターがゆっくりと回り始める。右エンジンの始動は左エンジンからの電力が使えるので、問題は少ない。




 井上がエンジンを始動しているうちにストレッチャーが後部ドアから機内に積み込まれた。山下がドアを締め、左の席に乗り込んでくる。

「(全員乗ったな)」

 井上はチラッと後ろを見た。

「(患者は男だったはずだよな…… なんで女の子が寝てるんだ)」

 毛布を掛けられて顔しか見えないが、井上にはどう見ても可愛い女の子にしか見えなかった。

「(まあいいさ)」

 これからの飛行を考えれば、細かいことを気にしているわけにはいかない。実は風が強くなってきているのだった。




「CS。 こちらドクヘリ。 離陸準備完了」

『ドクヘリ。 こちらCS。 現在のヘリポートの風向きは320度、風速24ノット、突風成分6ノット』

 それを聞いて井上が顔をしかめる。

「(やばい。 飛行禁止状態だ)」

『ドクヘリ。 こちらCS。 現在へリポートは飛行禁止状態。 代替ヘリポートに向かいますか?』

「CS。 とりあえず近くまで飛ぶ」

「(タイミングを計れば降りられるさ)」

 井上は動揺を隠して無線を切ると、隣の山下にメモを見せた。

「……ウッ……」

 山下は一瞬詰まったが、そのまま平然と何時もの作業に戻った。




「秋本君、秋本君、起きて……」

 患者を起そうとする声がインカムから聞こえる。

「(秋本といえば…… そんな名のすごい奴が居たよな…… 誰もが演技出来ないような風の中、まるでそいつの時だけ風が止まっているかの様に飛ばす奴だった。 たしか死んだんじゃ無かったっけ」

 井上もラジコンマニアで、2年前には日本選手権にも出たことがあるのだった。




「井上さん、早く離陸してください」

 桜井が言う。

「へ…… ばかやろ、とっくに飛んでるって」

 井上の返事に桜井が窓から外を見る。

「うそ…… 何時の間に……」

 ドクターヘリコプター「JA135E」は田中総合病院に向けて高度1000フィートを対地速度110ノットで飛んでいた。患者の負担を減らすため、帰りは低く飛ぶのが普通だが、低く飛ぶほど乱気流でヘリコプターは揺れる。それを井上は巧みな操作で乗員に感じさせなかったのだ。

「言っただろ、俺はお前が生まれる前から乗ってるって。 これぐらい屁でもない」

「だったらなんで行きはあんなに揺れたんですか」

「あれは、まあ、挨拶だ」

「……信じられない……」




「CS。 現在の気象状態は?」

 井上がコミニュケーション・センターに尋ねた。

『ドクヘリ。 こちらCS。 現在のヘリポートの風向きは340度、風速20ノット、突風成分5ノット』

「(しめた、ぎりぎり飛行可能だ)」

『ドクヘリ。 飛行可能ですが、降りますか?』

「CS。 勿論だ。 到着まであと10分」

『ドクヘリ。 了解。 スタッフを待機させます』

 ホッとして井上が無線を切る。

「おい。 病院に降りられるぞ」

 井上が後の医療スタッフに声を掛けたとき

「……うう……僕は男なのに……」

 インカムに小さな声が聞こえた。

「秋本君、気が付いたのね?」

 田中が嬉しそうに声を掛ける。

「あれ、田中先生…… ここは何処ですか…… 救急車かな?」

「ヘリコプターの中よ。 もうすぐ病院に着くから」

「(ふうん、男の子だったのか。 また随分可愛い顔だったな)」

「(それにしても、保険医は田中さんか、病院も田中総合病院とはね、偶然にしては出来すぎだな)」

 井上が困難な操縦を続けながら、後のやり取りを聞いて「にんまり」した。




「患者の意識は戻った。 血圧、90の60」

 医師の広川の無線の声が聞こえる。

「輸血とエコーの準備を。 血液型はAだ」

「内視鏡の用意も頼む」

 病院のスタッフに次々と指示を与えると、広川は秋本に向かって

「医師の広川です。 もうすぐ病院に着くよ。 もう大丈夫だから安心していて」

 小さな子供に言い聞かせるように話しかけた。

「(よく言うよ。 こっちがどんなに苦労してるかってんだ)」

 井上が能天気な話に心の中で悪態をつく。

「今、飛んでいるんですよね。 全然揺れない。 パイロットの方、めちゃめちゃ上手なんですね」

 秋本が感心したように話し始めた。

「今日は季節風が強くて、そうとう気流が悪いはずなのに……」

「ぼうず。 よく分かるな」

 つい、井上が口を挟んだ。

「はい。 ラジコンをしてますから……」

「お、そうか。 俺もするんだ。 何を飛ばしている?」

「小さなグライダー。 ハンドランチグライダーです。 父がグライダーから始めろと言ったので」

「親父さんも飛ばすのか? 上手いのか?」

「はい。 以前、日本選手権にも行きました……」

「井上さん。 いい加減にしてください」

 桜井が遮った。

「秋本君が疲れるでしょう…… いま気がついた所なんですから」

「わるい。 もう喋らない」

 井上が素直に謝る。

「……以外に素直なんですね……」

 桜井が余計な一言を付け加えた。




「(日本選手権に出た秋本か…… まさかね…… そんな偶然があるわけ無いよな)」

 確かめたくても井上はもうたずねることは出来なかった。

「(いけね。そんな事より着陸だ)」

 もう病院のヘリポートが視認出来る所まで来ている。井上はヘリポートの更に風上を見て、風の息のタイミングを計っていた。

「(あの木が揺れる…… そしてそこの草がなびく…… もう一度……)」

「(このタイミングだとかなりの降下率がいるな……)」

「(仕方が無い…… やるんだ!)」




「降りるぞ!」

 緊張して上ずった井上の声が機内に響いた。

「全員、シートベルトをチェックしろ。 かなり揺れるぞ」

 機体がどんどんヘリポートに近づいていく。

「うわっつ……」

「きゃ……」

「ちくしょう!」

 突然、左からの風を受けてヘリコプターが大きく右に傾いた。井上がスティックを左に倒し、ピッチレバーを引く。ローターの力を受けて機体は左に傾くと、ピッチアップによる揚力の効果で元のコースに帰っていこうとする。

「きゃー」

「このやろー!」

 戻りかけた所に前方から突風が来て、機体が後に流されていく。左に倒していたスティックをさらに前に倒すと、ピッチレバーを下げる。まるで止まりかけたコマの様に機体が振り回された。



 みんなが真っ青な顔色をしているなか、博美はなぜか安心した表情でストレッチャーに寝ていた。

「(このパイロット、上手い。 これだけの乱気流の中、ローターハブの位置が安定している)」

「(まるで父さんが操縦している飛行機に乗っているようだ)」

「(あとは接地する時の風の読み方だな)」

 冷静な観察をされていることも知らず、井上は風と格闘していた。




 ヘリポートの上、10メートルまで降下した機体は、一瞬そこに止まった。井上が前方に見える木を見つめる。その時揺れていた枝が止まった。

「3・2・1 よし」

 10メートルの高さから僅か3秒で、まるで自由落下するように、ヘリコプターがヘリポートに降下した。そしてスキッドが接地する寸前、ローターをしならせ、降下に急ブレーキを掛ける。スキッドが接地するや否やマイナスのピッチを与えられたローターが機体を地面に押し付けた。

 直後

「ゴーー」

 突風が通過したが、ヘリコプターは小揺るぎもせずにそこに居た。




「ローターが止まるまで、出るな!」

 井上が後方に向けて怒鳴った。

「今出ると首をちょん切られるぞ!」

 何時もの様にすぐに出ようとしていた広川と桜井がドアに手を掛けたまま凍りついた。



着陸後、突風でひっくり返らないように、井上はメインローターのピッチをマイナスにして機体を地面に押し付け、さらにスティックを押していました。そのためローターの先端は地面すれすれで回っています。

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