ちょっとだけズレてる
樫内がショーケースの間の狭い通路を抜けると、そこはおばさんのいた場所よりも広く明るい部屋だった。
「(ここかしら? なんかさっきの所よりこっちの方が表って感じね)」
入ってきたのと反対側は広くガラス張りになっていて、外の駐車場が見えている。左右の壁沿いには天井まで届くショーケースが有り、樫内には分からない機械のような物が入っていた。
「(だれも居ないのかしら。 見てもちんぷんかんぷんだわ)」
部屋の中央にあるテーブル程度の高さのショーケースを覗いてみるが、得体の知れない物が詰まっているだけだ。なにか理解する手がかりはないものかとふと上を見ると、そこにとんでもなく大きな飛行機が下がっていた。
「(な、なにー これがラジコン? こんなに大きいの!)」
そこにあるのは、例によって安岡が世界選手権で優勝したときの飛行機だ。今となってはかなり小さなスタント機だが、初めて見た樫内には巨大な物に見えたのだ。
「(秋本さん、こんなに大きな飛行機を飛ばすの? 信じられない…)」
樫内が呆然と飛行機を見上げていると、外の駐車場に車が入ってくる音がする。
「(ベンツだわ。 あんな高級車で店に来る人が居るのかしら)」
樫内は訝しげに窓の外を見た。
「あーーーあっ。 疲っかれたー」
駐車場に止まったベンツの運転席で森山がため息をつき、助手席では新土居が虚ろな目で呆けている。
「新土居さん、店に着いたよ。 ほら、何時までも呆けてないで」
車が止まっても動かない新土居を森山が揺すった。
「ああっ! この世に女の子って居ないんだ。 少なくても俺に合う娘ってのは存在しないんだ…」
新土居が森山を見て話し出した。
「だってそうだろ… 今日、声を掛けた娘、十人は下らないぜ。 全部「けんもほろろ」に断られたんだぜ。 時には「ゴミ」でも見るように避けられてさ… もう、俺は一生独身かもな」
ベンツに乗って声を掛ければきっと上手く行くだろうと、二人は飛行場から帰った後に小奇麗な服に着替え、アーケード街に繰り出したのだが、その成果は新土居の言葉通り、散々なものだったのだ。
「新土居さんがあんまりがっつくから警戒されたんじゃないですかー 俺はもっとソフトに誘いたかったのに」
新土居の言葉に森山は呆れている。
「まっ、今日は仕方が無いと言う事で… そろそろ安岡さんたちが帰ってきますよ。 片付けを手伝わないと」
話しながら森山は車から降り、店のほうを見た。
「んんっ!」
店のガラス窓の中に、訝しげな目でこちらを見ている美少女が居る。
「あれっ! 新土居さん。 俺、幻覚が見える。 店の中に美少女が…」
森山に続いて降りてきた新土居に森山が言った。
「ははは、心配するな、俺にも見えている。 お互い、今日は精神的に疲れたんだなー」
新土居は引きつった笑いを浮かべている。
「まっ、入ろうぜ。 きっと近づけば消えるさ」
新土居は森山を誘って店のドアを開けた。
駐車場に止まったベンツから出てきた二人の男を見て樫内は眉を顰めた。
「(なに、あのファッション… どこの田舎物よ?)」
三十歳前後の二人の着ている物は、まるで安売り量販店の「ちらし」に載っているような垢抜けない物で、しかもシャツとズボンがまるで合っていない。
「(つっ!)」
つい「がん見」していた樫内は男たちと目が合ってしまった。
「(ちょっとー こないでよ…)」
しかし、樫内の願いもむなしく、二人は店に入ってくる。
「(えー どうしょう… 逃げたほうがいいよね)」
樫内はショーケースで出来た通路をおばさんの方に逃げ出した。
新土居たちが店に入ると、美少女は身を翻して表に歩いていく。
「森山、やっぱり幻覚だったな。 あっちに行っちゃたぜ」
新土居はさも当然の様に言う。
「新土居さん。 二人とも同じものが見えるんだから、実体ですよ。 あれ逃げたんじゃない?」
森山の方が、まだ冷静な判断が出来る。
「なんで俺たちを見て逃げるんだ? おい… ひょっとして万引き?」
新土居の顔色が変わる。店員ではないが、ヤスオカ模型の社員としては万引きは捨て置けない。
「森山。 追うぞ」
二人は後を追いかけた。
二人はおばさんの居るカウンターの前で樫内に追いついた。森山が先に回り入り口を塞ぎ、新土居が通路側に立つ。
「お嬢さん。 なんで俺たちを見て逃げるのかな?」
新土居が迫った。
「えっと…… そのー (怖かったからなんて言ったら、きっと酷い事されるわよね)」
樫内の顔が引きつってる。
「俺たちはここの社員なんだ。 お嬢さん、何か悪いことしたんじゃないよね?」
新土居が畳み掛ける。
「えっ! (社員?)」
新土居の社員という言葉を聞き、樫内はカウンターの中に居るおばさんを見た。樫内の視線を受けたおばさんは「こくっ」と頷くと電光石火、カウンター後ろの棚から長さ60センチほどの物差しを取り、新土居の頭に向けて振り下ろす。
「いってー 安代さん、酷いじゃないですかー」
新土居が頭を抑えてうずくまった。
「何してんのよ! あんた達は。 可愛い娘が居るからって、襲うなんて見っとも無い」
安代と呼ばれたおばさんが大声で叱る。
「違う、違う。 俺たちは、ただその娘の様子が怪しかったから確かめようとしただけで…」
慌てて森山がやって来た。
「うん? 何を確かめるって?」
安代が森山を見る。
「俺たちを見て逃げ出したもんで、ひょっとして万引きかなって…」
新土居が立ち上がって訳を話すが、それを聞いて再び安代が物差しを一閃した。
「いつつつつ……」
新土居はもう一度頭を抑えて蹲る事になった。
「馬鹿なことを言うんじゃないよ! この娘は博美ちゃんの友達だよ。 高専の学生がそんなことする訳がないじゃない。 ごめんねー 馬鹿な社員たちで」
蹲って呻いている新土居を見下ろすと、安代は樫内に詫びる。
「えーと、それじゃ何で逃げたの?」
森山が頭をガードしながら聞いた。
「あのー … お二人がまともな人に見えなかったから… ベンツなんかで来るし…」
樫内は言いよどむが、
「はっきり言ってあげなさい。 ファッションがダサいって」
安代が樫内の思ったことを「ズバリ」言ってくれた。
「あ、あははは… ちょっと、ちょっとだけズレてるかなって…」
樫内は笑うしかない。
「酷い。 二人で一生懸命考えたのに。 安代さんも教えてくれればいいじゃないか」
街に出かける前に二人は一度店に寄っていたのだ。その時、安代は何も言わなかった。
「あんたたちがいくら着飾ったって、ナンパが成功するわけ無いわよ。 無駄なのに洋服を買うのは勿体無いでしょ」
安代の言葉は二人を更に落ち込ませるものだ。
「あの… そんなに悪いわけじゃないですから。 ほんのちょっと可笑しいだけですから」
可哀想になった樫内がフォローをする。しかし、
「そのちょっとが台無しにするんだよねー」
安代により二人は止めを刺された。
「ただいまー」
博美の元気な声が裏口から聞こえ、次の瞬間には
「今帰ってきました。 新土居さんたちは居ますか?」
ショーケースの隙間から本人が現れた。
「あら、おかえり。 二人とも居るわよ。 それにお友達もね」
安代がカウンターの指定席から答える。
「えっ! あれー 樫内さん、どうして?」
カウンターの前に樫内が立っていた。
「博美ちゃんの趣味に興味が湧いたのよ。 ねえ、時間があるなら教えて」
ほっとして樫内が言う。
「いいよ。 でも飛行機を片付けてからね。 それで新土居さんと森山さんは?」
かるく見渡してみても二人の姿は見えない。
「そこよ」
安代が顎で店の隅を示す。
「ええー 二人とも… く、暗い、暗いですよ。 どうしちゃったんですか?」
隅に置いてあるショーケースの隙間に二人は佇んでいた。
「博美ちゃん、ほっといてくれ。 俺たちはどうせ一生独身なんだ… 博美ちゃんの優しさが眩し過ぎる」
新土居が消えそうな声で訴える。
「そんな… だ、大丈夫ですよ。 お二人にはラジコンが有るんですから。 年を取っても寂しくはないですよ」
「博美ちゃん。 一生独身って事を肯定しないで…」
博美の天然ぶりを発揮した言葉に二人は地獄の底まで落ち込んでしまった。




