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空の妖精  作者: 道豚
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「ミネルバⅡ」の調整


 弁当を食べ終わると新土居たちは本当に安岡のベンツで帰っていった。

「ほんとに行っちゃった…」

 食べ終えた弁当を片付け、あっと言う間に飛行機をワンボックスの中に仕舞い、嬉々として走り去っていく二人を見て博美が呟く。

「はは、若いっていいね。 後先考えず行動できるから」

 真鍋が食後のコーヒーを飲みながらそれに答えた。

「あいつら、もういい年だからな。 いい加減彼女を作らないとすぐに三十路みそじだ。 給料を払っている僕にしたら早いこと身を固めて欲しいな」

 こちらもコーヒーカップを持って安岡がため息混じりに零す。

「あの二人、博美ちゃんが気になっていたんですね。 加藤君が居ることを知ったときの驚きよう… ねえ、博美ちゃん。 あの二人ならどっちがい?」

 ゴミを片付けながら篠宮が聞いた。

「えっ! えーーー ごめんなさい。 どちらも…」

 博美が困って顔を伏せる。

「はははは、告る前から失恋してるぜ。 あいつら今頃クシャミしてるかもよ」

 真鍋が嬉しそうに笑った。




「はーーくしぃ・・・ くしぃ・・・」

 堤防の上を走るベンツの中に大きなクシャミの音が響く。

「新土居さん、風邪? うつさないでくださいよ」

 森山が助手席で顔をしかめた。

「そんな訳あるか。 どうせ飛行場で俺たちの噂でもしてるんだろう。 博美ちゃんが噂してたらいいけどな」

 センターコンソールに有ったティッシュペーパーで口を拭きながら新土居が話す。

「博美ちゃんかー ほんと可愛いよなー」

 森山がうっとりと、しかし遠い目をしている。

「でも彼氏が居るんだなー」

 森山の口調はすでに諦めているようだ。

「まあ、あれだけ可愛いんだから、彼氏が居ないってほうがおかしいぜ」

 新土居も、もう達観している。伊達に彼女居ない暦=人生、をしていない二人の諦めようだ。

「井上さんの事もある。 そのうち彼女できる?」

「新土居さん。 そこは疑問形やめよう。 不安になる」

 気の合う二人しか乗っていないとあって、ベンツの中は賑やかだ。




「さあ、博美ちゃん。 これから調整をするんだが… 飛ばしながら送信機の設定を変えたことが有るかい?」

 お昼ごはんが終わり全員がごみを片付けた頃、安岡が聞いた。

「いえ、したことありません。 そう言えば安岡さん「アラジン」の調整を飛ばしながらしてましたね」

 初めてこの飛行場で安岡に会ったときに、安岡が飛ばしながら「アラジン」を調整したのを、博美は思いだした。

「ちょっとした「コツ」を掴めば出来るんだが、最初は不安だよね。 だから用意をしてきたよ」

 安岡が出したのはトレーナーコードだった。二台の送信機のどちらでも操縦できるように繋ぐ電線で、初心者が練習するときに使う物だ。

「これで繋いでおけば、博美ちゃんが調整中に目を離しても落ちることはないよ。 僕がアシストしよう」

「わかりました。 でもなんだかトレーナーコード… 久しぶりです」

 まだ小学生の頃、付いて行った飛行場で光輝が時々トレーナーコードを使ってグライダーの操縦を教えてくれたのを博美は思い出していた。




 午後のフライトはひたすら「ミネルバⅡ」の調整だった。博美は補助翼エルロンの効きの違和感をなくすため、離陸後水平飛行に移行するなりエルロンロールをする。

「うーん… まだ始めるときに機体が上がるなー… すみません、またお願いします」

 スティックの動きと舵の動きを同調させる部分を調整するため、隣に立っている安岡に博美は頼んだ。

「いいよ。 はい、こちらにもらった」

 それを聞いて安岡はスイッチを切り替え、自分の持っている送信機をアクティブにする。そうして安岡が代わりに「ミネルバⅡ」を操縦している間に博美は送信機の設定を変える。

「はい、出来ました。 こちらにお願いします」

「よし。 そっちにするよ」

 そして再び博美がエルロンの効きを確かめる。

「うーん… やりすぎかなー」

 こうして何度も試行錯誤を繰り返し、とうとう夕方になってしまった。




 六月といえば日の入りが遅い時期で、雨さえ降らなければ飛行機も遅くまで飛ばせるいい時期だ。

「博美ちゃん。 まだ明るいけど、もう帰ろうか?」

 しかし、飛行場から店まで一時間、さらに博美の家まで三十分以上かかることを思うと、五時には飛行場を出るべきだ。飛行機を掃除し、いろいろな道具を片付け、さらに今日の結果をまとめてノートに記入すること、これらに掛かる時間を考えれば四時頃にはフライトを終わらせなければならない。

「うーん… まだしっくりこないんですよ… もう一回ダメですか?」

 かなりの所まで博美の感覚に合ってきた「ミネルバⅡ」だが、あと少しが上手く行かない。

「今日はもう五回は飛ばしたよ。 気が付かないうちに疲れてるものだ。 ミスをして壊しても不味いからね。 それに今日の環境にぴったりに調整しても、少し変わるとまたおかしくなる物だ。 あと少しという所で止めるのがいい」

 安岡が諭すように言った。

「これは僕の経験だけどね、あまりその日にぴったりな調整は、別の日にはぜんぜんダメな調整になったんだ。 少しの事は指で合わす位したほうがいい。 これが出来たから世界選手権で外国に行っても実力が出せたんだと思う」

 経験からの言葉は重みが違う。

「分かりました。 今日はこれで終わります」

 博美は納得して終わることを決めた。




 樫内はバスセンター前から路面電車に乗って家に帰っていた。午前中はテニス部の自主練に参加し、午後はバスセンターでショッピングをしていたのだ。もっとも学生ゆえ殆どの店は冷やかしで入ったのだが。

「(あーあ、なんかお店を見て回ってもつまらないな。 博美ちゃんと来たときは楽しかったなー)」

 高専は遠くから進学している学生が多いので、市内に行くことを誘っても断られることが多いのだ。いきおい、樫内は一人で来ることが多くなる。

「(博美ちゃんは土曜日はラジコンだって言うし… どこが面白いのかしら…)」

 日は傾いたが、まだまだ明るい窓の外を見ながら樫内は電車に揺られていた。




 バスセンターから樫内の家の近くまでは二駅だ。のんびり走る路面電車でも、すぐに着いてしまう。

「(はー、着いた)」

 樫内は料金を払って電車を降りた。

「(あれ! たしか前に博美ちゃんをここで見かけたのよね。 模型屋さんに行ったって言ってた)」

 樫内が博美を見かけた方を眺めると、飛行機のディスプレイが付いたビルが見える。

「(あれかしら? 時間もまだ大丈夫ね… ちょっと見てみようかしら)」

 スマホを取り出し時間を見ると、まだ五時だった。暗くなるまで一時間半はある。樫内は未知の物えの好奇心に突き動かされて、家とは反対側に道路を渡った。




 歩道を少し歩けば目的の模型屋だ。

「(ヤスオカ模型… 意外と大きな店なのね)」

 見上げると入り口の上に名前が書いてあり、そのすぐ上には壁にはめ込まれた飛行機のディスプレイが付いている。横にあるショーウインドーの中には男の子が好きそうな車や船、飛行機などが飾られていた。

「(これがラジコンかしら。意外と小さいのね)」

 樫内が見てるのはプラモデルでラジコン模型ではないのだが、特に説明書きが有るわけでもなく、勘違いするのも仕方が無い。

「(まっ、入ってみましょ)」

 入り口でキョロキョロしているのも変なので、樫内は店に入ることにした。




「いらっしゃいー まあ、女の子が一人なんて珍しいわねー ひょっとして弟か何かにプレゼント?」

 樫内が入ると元気なおばさんの声がした。声のほうを見ると、カウンターの向こうにその声の主であろうおばさんが居る。

「でも、最近は女の子でもラジコンしてるから、不思議でもないかしら。 あなたもするの?」

 樫内の視線を受けて、そのおばさんは言葉を続ける。

「あなたも可愛いわねー ラジコンするって可愛いのがデフォ?」

 おばさんから「デフォ」などと若者のような言葉が出てくるのが樫内には不思議だった。

「いえ。 私はしないんです。 でも友達がしてるからちょっと興味があって…」

 なにか喋らないと際限なく話が続きそうで、樫内は慌てて声を出す。

「そのラジコンをしてる女の子って秋本さんですか?」

「あらっ! 知ってるの? そうそう、彼女物凄く上手らしいわよ。 可愛いしねー あんなが自分の娘だったら良かったのに。 ひょっとして友達?」

「はい。 同級生で、同じ部活に入っています。 そうですよねー 彼女の可愛さは犯罪クラスですよね」

「あらー あなたも可愛いわ。 うちの社員が見たら放っとかないわよー 気を付けなさいね」

 おばさんは「にこにこ」と危ないことを言う。

「はい。 気を付けます。 ところでラジコンってどれですか?」

 冗談に冗談で返すと、樫内は目的の事を聞いた。

「ここを奥に行った所に有るわ」

 おばさんは言いながらショーケースに挟まれた通路を指差す。

「わかりました。 ありがとうございます」

 樫内は店の奥に入っていった。





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