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空の妖精  作者: 道豚
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彼女居ない暦X年


 スロットルの位置に対するパワーの出方が分からないので、博美はスティックをゆっくり上げていった。アスファルト舗装の滑走路とあって「ミネルバⅡ」はすぐにスピードがつく。十分なスピードだと判断し、博美は昇降舵エレベーターを少し引いた(上げ舵にした)。ハーフスロットルで「ミネルバⅡ」はゆったりと上昇を始める。しかし浮き上がった途端、遅いと感じた博美はさらにスロットルスティックを上げた。

「博美ちゃん、遅いように思うかい? 多分錯覚だよ。 これまでより機体が大きいから遅く感じるんだ」

 後ろから安岡が言う。何十年も前に設計された「「ダッシュ120」に比べて「ミネルバⅡ」は胴体が3倍程も大きくなっているのだ。

「それと博美ちゃんの気持ちが「焦って」いるんだろう。 飛行機が遅く感じる時はそういう事が多いものだ」

 博美を落ち着かせようと安岡は普段以上にゆったりと話しをした。

「は、はい。 錯覚ですか・・・」

 言われても、博美はなかなか納得できない。

「騙されたと思ってもっとスローで飛んでごらん。 思い切って失速するまで遅くするのも手だ」

 安岡が恐ろしいことを言う。

「えっと・・・ 高度を上げてからやって見ます」

 「ミネルバⅡ」はさらにエンジンをふかして上昇した。




 通常飛行する高度の2倍ほどの高さに「ミネルバⅡ」を上昇させ、一旦風下に誘導した博美は滑走路上空に機体を持って来た。スロットルスティックを下げていくと「ミネルバⅡ」はどんどん速度を落とす。このあたりの特性は速度管理がし易く、アクロバットにはいいことだ。速度が落ちるにつれ、揚力を保つために機首が上を向く。ついに主翼が失速をすると「ミネルバⅡ」は溺れるように高度を下げ始めた。

「どうだい。 随分と遅く飛べるだろう? 主翼面積が大きいからね」

 安岡が言うように、そよ風が吹いている中、殆ど止まったようになった所で「ミネルバⅡ」は失速をしたのだ。

「はい「ダッシュ120」より遅いですね。 「アラジン」なんか比べ物になりません」

「「アラジン」の方が絶対速度は遅いはずなんだがな。 小さいから早く感じるんだよ」

「そうですね。 「アラジン」は近くを飛ばすんでしたね」

「そういう事。 分かってきたね」

 話しながら、博美はもう一度失速をさせてみる。

「うん、分かりました」

 失速をした所で、博美はスロットルを開けた。エンジンがパワーを出す。「ミネルバⅡ」はエンジンのパワーにより、空中に浮き上がった。東欧やロシアの実機パイロットが得意な「ヤキトリ」という技だ。もっとも彼らは地面すれすれでやってみせる。その辺、博美はまだまだ「デモフライヤー」ではなかった。




 改めて風下に向かった「ミネルバⅡ」は「ハーフ・リバース・キューバンエイト」を描いてセンターに近づいてきた。センターの少し手前で機首を上げ始め、垂直になったときセンターライン上だ。そのまま垂直に上昇し、高い位置で3/4逆宙返インバーテッド・ループをして高い位置で背面飛行インバーテッド・フライト、センターで横転ロール、再びインバーテッドループ、センターライン上を垂直に降りてくる。最後に綺麗なループを描くと水平飛行に移った。「ハーフ・クローバーリーフ・ウイズ・ホリゾンタルロール」という演技だ。

「凄い・・・ 改めて見たけど、博美ちゃんってすぐにパターンが出来るんだな」

 新土居が呆然としてみている。

「ほんとですね。 安岡さんが惚れ込むはずだ」

 森山も一緒に呆けていた。




 一通り演技をし、博美は着陸させた。競技会ではないので着陸後、地上滑走タキシングをして足元まで走らせて来るとエンジンを止める。それを篠宮が持ち上げ、整備スタンドに乗せた。

「わー ぜんっぜん汚れてない」

 アンダーカバーを外して覗き込み、博美が歓声を上げた。エンジンからまったくオイルが漏れておらず、また滑走路が舗装されているため砂埃も上がらない。汚れてないのも当然だ。

「さて、どうだい。 飛ばした感想は」

 横から安岡が尋ねた。

「エレベーターの効きは好きですね。 思った通りの軌道を描けます。 でもエルロンは・・・ お父さんには悪いけど・・・ 安岡さんの効き方がいいです。 スティックを動かした量と回転速度が正比例してません。 悪く言うと、回るか止まるかの二つしか無いみたいです」

 安岡を真っ直ぐ見て博美が答える。

「そうか・・・ 実は僕もそう感じてたんだ。 それでどうしたい? 大事な形見だろ、このまま飛ばすかい? それとも調整するかい?」

 安岡もまた博美の目を見て話しをした。

「調整します。 お父さんの大事にしてた飛行機とはいえ、これからは僕が飛ばすんだから」

 博美の目に決意が見える。

「ようし、それじゃ博美ちゃん仕様に調整だ」

 にっこり笑って安岡は博美の肩を叩いた。




 安岡が新しいノートを車から出してきて、博美に手渡した。博美がページをめくって見ると中にはそれぞれのスティックの位置とそれに対応した舵の動き角度を記載する表が書かれていて、ページの下半分にはメモが書けるようになっている。

「これって、その日の設定を書き込むんですか? 全部で40ページぐらいありますけど・・・」

 ぱらぱらページをめくりながら博美が尋ねた。

「そうだよ。 人間って、すぐに忘れるからね。 同じことを繰り返さないように、こうして資料を残しておくんだ。 今日からスタートだね」

 安岡がフェルトペンと鉛筆を博美に渡す。

「さあ、表紙に「ミネルバⅡ」と書いておこう。 今日の日付もね」




 主翼、尾翼に付いている三つの舵、補助翼エルロン昇降舵エレベーターそして方向舵ラダーそれぞれにヤスオカ模型特製の測定器を付け、送信機のスティックを少しずつ動かしながら舵の角度を測り、ノートに記載する作業を博美は黙々と続けていた。安岡から、まずは現在の状態を記録しておく様に言われたのだ。0.5度単位で測らなければならないようで、目の悪くない博美でもルーペを使わないと目盛りが読めず、時間がかかっていた。

「(ううー、腰が痛い・・・ 目が霞んでくるー お腹空いたなー)」

 博美が「ミネルバⅡ」に取り付いている間に、他の三人がそれぞれ一回ずつ飛ばしていた。

「博美ちゃん。 順番がきたよ」

 フライト順の関係で今日は助手をすることになった森山が声をかける。

「それともお昼ご飯にする?」

 時計を見て新土居が言った。

「お昼にする!」

 間髪を容れず博美が答える。

「うっ! そ、そうか・・・ それじゃお昼ご飯にするか」

 あまりの勢いに新土居がたじろぎ、車に弁当を取りに行った。

「博美ちゃん・・・ お腹が空いたの?」

 森山が小さな声で尋ねる。

「うん。 さっきからお腹が空いたなー って思ってた」

 あっけらかんと答えると博美は「えへっ」と笑った。

「そう・・・ (まったく・・・ 若い娘が「お腹が空いた!」なんて・・・ 可愛いじゃないか)」




 ワンボックス車から張り出した日除けの下にテーブルを出し、その周りを眞鍋も含んで6人が取り囲んだ。今日の弁当は途中で買ったコンビニの物だ。

「女の子が居ると、なんか華やいだ感じですね」

 新土居が嬉しそうに弁当をつつく。

「いっつも男ばかり。 仕事場でも周りは男だもんなー」

 森山も嬉しそうだ。

「君たちは彼女居ないの?」

 二人の言葉を聞いて真鍋が尋ねる。

「自慢じゃないけど、彼女居ない暦28年」

「俺も居ない暦25年」

 新土居と森山が胸をはって答えた。

「ばかやろー 胸をはって言えることか? ねえ、博美ちゃん。 こいつら可哀相だとおもわないか?」

 真鍋が呆れている。

「あはは・・・ その内いい出会いが有ります?」

「酷い。 博美ちゃん、なんで疑問形?」

「だって、ほら・・・ 井上さんだって35になって彼女が出来たんですから」

 困ったように博美がフォローをする。

「まあ、ラジコンをやってる奴は彼女なんか出来ないもんさ」

 安岡が口を挟んできた。

「なぜです?」

 博美には分からない。

「考えても見て、土日には飛行場に朝から晩まで居るんだよ。 何処に出会いがある? この飛行場に女性が居るなんて、年に数回だよ。 しかも皆彼氏持ちだ。 ねえ博美ちゃんも彼氏が居るだろ」

 安岡に見られて博美の顔が赤くなった。

「と、まあ、そう言うわけだ。 君たちもたまには街に出て遊びなさい」

 新土居と森山が顔を見合わせる。

「博美ちゃん。 彼氏居るの?」

 森山が聞いた。

「んっ・・・」

 博美が頷く。

「予選のときに見なかったですか? 親しそうに話してた背の高い男。 加藤と言って高専の同級生ですよ。 高専では有名ですね」

 篠宮が横から教えた。

「そうかー・・・ 安岡さん! 俺たちは午後から街に行きます。 車貸してください」

 新土居が安岡に手を差し出した。

「いいよ」

 安岡がベンツのキーをその手に乗せる。

「飛行機は片付けて行けよ」

 安岡がウインクをした。



 

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