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空の妖精  作者: 道豚
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可愛い弟


 整備スタンドの上に置かれた「ミネルバⅡ」に燃料を入れながら、博美は送信機と受信機のスイッチを入れた。夕べから充電していたバッテリーは電圧も十分で、全ての舵が「ぴんっ」と真っ直ぐになる。試しに博美が触ってもビクともしない。

「うん、十分だね」

 安岡も触って確認をする。そんな事をしている内に、燃料タンクのエア抜きから燃料が出てきて、チューブを伝って燃料缶に戻りだした。満タンになった証拠だ。博美は燃料ポンプを止めると、チューブ片付け、燃料で濡れた手をぼろきれ(ウエス)で拭く。

「おっ、準備できてるね」

 篠宮が何時の間にか「マルレラep」を着陸させ、博美の様子を見にやって来た。

「はい。 今丁度燃料が入りました。 えーっと、安岡さん…… このままエンジンをかけるんですか?」

 「ミネルバⅡ」はまだアンダーカバーを付けていないので、エンジンとサイレンサーがむき出しの状態でスタンドに乗っている。

「ああ、エンジン調整をするときは冷却のためにカバーを外しておくんだ。 さあ、やってごらん。 これからは自分でエンジンをかけなくちゃいけないからね」

 言いながら安岡が「ミネルバⅡ」を持ち上げ、裏返しにした。

「エンジンの様子が見たいから、裏返しで回そう」

 二年近く回してないエンジンだ。用心するに越したことは無い。




 博美がスピンナーを摘まんで左右に回すと燃料がパイプを流れてくるのが見える。

「よく知ってるね」

 篠宮が博美の上から覗き込んでいた。

「井上さんから聞きました。 ポンプが動くんですよね」

 燃料がインジェクションノズルまで流れたところで、博美は一旦スピンナーを圧縮の掛かる位置まで右に回す。

「それじゃ、始動します」

 点火プラグに通電し、周りを取り囲んでいる人たちに注意するため声を掛けて、博美がスターターをスピンナーに押し当てた。

「ぷ・ぷ・ぷ・ぷ・ぷ・ブン・・・ブン・・ブン・ブーン・・・」

 スターターは元気よくエンジンを回しているが、なかなか燃焼が続かない。それでも博美が頑張っていると、

「ブ・ブ・ブブブブ・ブーーーー」

 やや不調ながらエンジンが始動した。スターターを邪魔にならない所に置いて博美は「ミネルバⅡ」の横に移動し、プラグの電源に手を伸ばす。

「ちょっと待って。 通電したままでもう少しスロットルを開けて」

 それを見て安岡が声を掛けた。長いこと置いてあったためにエンジンの中に潤滑油が溜まっている。そのせいで抵抗が大きくなっていて、スローではエンジンが止まってしまうのだ。

「はい」

 それを聞いて博美が送信機のスロットルスティックを少し上げた。

「うん、そのくらいでいい。 よーし、もういいだろう。 電源を外して」

 エンジンの音が少し澄んで聞こえるようになり、安岡の指示で博美はプラグの電源を外した。止まることなくエンジンは回り続けている。

「スロットルを開けて」

 再びの指示で博美がスティックをゆっくり上に動かした。

「ゴーー ッ・ゴーーー・ブブッ・ゴーー・・・」

 やはりブランクが長すぎたのか、回転が滑らかでなく息をつく。博美がつい安岡を見た。

「まあ、慌てない。 久しぶりに回したエンジンなんてこんなもんだ」

 博美の視線を受けて安岡は言うと、スロットルバルブに付いている混合気調整レバーに手を伸ばした。一旦大きくレバーを左に回す。

「ブブッ・ブブッ・ブブブッ・・・」

 エンジンが大きく息をつき、博美は息が止まった。おもむろに安岡はレバーを右に回す。

「ブブッ・ブッ・ブーーゴーーーカンッ・カッ・カッ・ゴーーーーー・・・」

 ノッキングの音が聞こえた瞬間、レバーは左に90度戻されていた。

「こんなもんかな? 意外と回らないね」

 安定して回るエンジンの音を聞きながら安岡が言い、それを聞いて博美の顔が曇る。

「さあ、メカニックの登場だよ」

 そこへ森山が何か道具の入ったボックスを持って来た。

「えっと…… 森山さん、メカニックって?」

 驚いて博美が森山を見る。

「まあ、任せときな。 ばっちり仕上げてみせるよ」

 森山はボックスから無骨なライトのような物を取り出し、スイッチを入れるとプロペラに向けた。

「ぴーーーー」

 森山がダイヤルを回すと、ライトから甲高い音がする。そしてライトに照らされたプロペラが見る見るうちに回転を遅くして、終には止まって見えるようになった。

「8200回転だね。 遅めだけど安定して回ってる」

 森山がライトに付いているダイヤルの数字を読む。

「それって、何ですか? プロペラが止まってる……」

 不思議な現象に博美は興味深々だ。

「これはストロボライト。 凄い速さで明滅をしているんだ。 明滅とプロペラの位置が同調した時にプロペラが止まって見えるわけだ。 そして、明滅の速度を1.5倍にすると」

 森山がダイヤルを回す。

「ほら、また止まって見えるだろ。 でも実際には二枚のプロペラブレードを交互に照らしてる状態だよね。 気をつけて横から見てごらん」

 言われて博美が横から覗き込んだ。

「あれっ! 二枚に見える」

「やっぱりだね。 このプロペラはピッチが狂っているようだ。 だから二つのブレードがずれて回っている。 抵抗が大きいせいで回転が上がらないんだろう」

 森山はストロボライトのスイッチを切った。

「やっぱり寿命があるから、長く使いたくないんだ。 プロペラを換えよう。 止めて」

 それに頷くと、博美はスロットルスティックを下げ、さらに送信機の右肩のエンジンカットレバーを下げる。

「ふーー」

 緊張から開放されて博美の口からため息が漏れた。




 「ミネルバⅡ」から外したプロペラを森山が測定器に取り付けピッチを計っている。

「森山君。 何時もより随分愛想がいいじゃないか」

 横でそれを見ながら新土居が話をする。

「いやー 彼女には良いアドバイスをもらったから。 それになんか話しやすいし」

 測定器を覗き込んだまま森山が返事をした。

「そうだよな。 なんか彼女、可愛いんだけどサッパリしていて女々しくないんだよな。 可愛い弟って感じだ」

「そうそう、新土居さん、上手いこといいますね。 っと測定完了。 うーん、やっぱりかなり狂ってますね」

 森山が測定器から顔を上げた。

「二枚の差が0.5インチぐらいありました。 妖精の秋本ともあろう方がこんなプロペラを使っていたなんて、意外ですね」

「まあ、ここまで調べる奴はめったにいないだろう。 おまえは特別だよ」




 森山から借りたプロペラを取り付け、博美は再びエンジンをかけた。

「ゴーーーーー・・・」

 二度目とあって、簡単に始動したエンジンは快調に回る。

「うん、さっきよりかなり回ってるね。 これだけ回れば十分だろう」

 安岡が簡易型の回転計で回転数を計って言った。

「どうです? 俺が手塩に掛けて調整したプロペラですから、よく回るでしょう」

 いつの間にか森山が安岡の持った回転計を覗き込んでいる。

「ああ、良く回る。 8600回転だ」

「さっきは8200でしたよね。 すごーい! 森山さんって凄い人ですねー」

「いや、別に凄くはないよ」

 森山が照れ笑いを浮かべている。

「(森山さんが照れてる…… 始めてみた!)」

 ホルダーをしている篠宮が始めてみた森山の態度だった。




 安岡を助手に付けて博美が操縦ポイントに立ち、篠宮が「ミネルバⅡ」を滑走路に運ぶのを見ている。さっき調整されたエンジンはスローで安定して回っていた。

「さあ、博美ちゃんにとって初飛行だ。 と言ってもすでに飛んでいた飛行機だから心配はいらない。 落ち着いて離陸してごらん」

 安岡が落ち着かせようと後ろから声を掛ける。

「は、はい。 だ、大丈夫だと思います……」

 フルサイズのスタント機を飛ばすのが始めての博美は、いつもと違って緊張していた。





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