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空の妖精  作者: 道豚
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パワーより安定

 専用飛行場の駐車スペースに止めた「チーム・ヤスオカ」のワンボックス。その屋根から斜めに張られている日除けの下で、博美は新土居のフライトを見ている。あまりに大きな車なので、他の車のようにリヤゲートを滑走路に向けて駐車出来ずに横向けに止めてあるのだが、そのお陰で日除けの下からフライトを見ることが出来るのだ。

「やあ、どうだい? 新土居君のフライトは」

 今飛行場に来た真鍋が飛行機の準備もせずに博美の横に座った。

「上手ですよね。 ロールなんか、安岡さんみたいで綺麗ですし。 何故予選に出なかったんでしょうか?」

 篠宮を助手にしてパターンを描く新土居は、博美から見ても予選上位になりそうだ。

「安岡さんの方針だな。 確かに彼らは上手い。 でも予選を通過することは出来ないだろうし、もし通過しても本選では成績が悪いだろう。 だったら今は裏方をしながら腕を磨くほうがいい。 ってことらしい」

 それを聞いて、博美は新土居や森山が集計係やタイムキーパーをしていたことに気が付いた。

「そうでしたか。 確かに皆さんが運営をしてましたね」

「そうそう、ちなみに彼らはヤスオカ模型の社員だったりするよ」

「そうなんですね。 そう言えば篠宮さんがそんな事を言ってたような気がします」

 朝、篠宮が走り寄ってくるときに、新土居をヤスオカ模型の人だと言っていた事を博美は思い出した。

「さすがに篠宮さんは違いますよね?」

 もしかして、と思い博美が聞く。

「そりゃそうだ。 彼は高専の学生だろ。 もっとも彼は設計が上手いらしくてね、彼らの飛行機は全て篠宮君が設計しているようだよ。 そして作るのが新土居君で、メカ関係は森山君が担当をしているようだ。 上手いこと3人で分担が出来てるわけだな」

「皆さん、それぞれ凄い人だったんですね。 僕がそこに入っていいんでしょうか?」

「なに謙遜してるんだ。 博美ちゃんは飛ばすのが上手い。 3人の中に入るのにちょうどぴったりじゃないか。 これでチームとして成り立つ最低条件が出来たようなもんだ。 だから彼らが「チーム・ヤスオカ」なんて名前を作ったんだよ」

「(そうなんだ。 皆さん、適当なことを言ってからかっているんだと思っていたけど、真剣にラジコンに取り組んでいたんだ。 僕もしっかりしなきゃ)」

 改めて気合を入れる博美の前で、新土居の飛行機はパターンを続けていた。




 年齢順、という訳でもないのだが、新土居の後に森山が飛ばすことになった。

「博美ちゃん。 助手を頼むよ」

 新土居が自分の飛行機を整備しながら声を掛けてきた。

「はーい。 森山さん、後ろに付きますね」

 日除けの下から博美が駆け出してくる。

「ああ」

 森山は相変わらずぶっきら棒に答えて、博美が後ろに付いたことも確かめずに飛行機を離陸させた。風が弱いこともあり、森山のフライトは新土居同様に綺麗なものだ。

「(うーん。 綺麗に飛ぶんだけど…… 飛行機任せの所が有るかなー 気流が乱れると厳しいかな?)」

 後ろから見ながら、博美は指摘するべきか悩んでいた。

「よお! どうだい? 博美ちゃんから見てこいつらの飛びは」

 突然後ろから声がした。

「えっ!」

 博美が振り向くと、安岡が立っている。

「おはようございます。 びっくりしましたー」

 博美は胸に手を当てて息を整え、挨拶をした。

「おはよう。 遅くなってごめんね。 それで、どう思う?」

 安岡が顎で森山を指して再び聞く。この辺のやり取りは聞こえているはずの森山は平然とフライトを続けていた。

「綺麗だと思います。 ロールなんか安岡さんそっくりで……」

 つい当たり障りの無い事を博美は答える。

「博美ちゃん、ここは本音を言おう。 傷つけまいと思って本当の事を言わないのは、結局傷つけてしまうものだよ。 本当の事を言われて、それを根に持つような人間は「チーム・ヤスオカ」には入れてないつもりだ」

 安岡が静かな声で諭した。

「博美ちゃん、かまわない。 俺はそれを聞き入れるだけの度量があるつもりだ。 言ってくれ」

 まるで聞いていないようにフライトをしていた森山が話しかけてくる。それを聞いて、博美は遠慮をしないことにした。

「それじゃ、失礼なことを言うかもしれませんが…… えーと、おそらくですけど、森山さんは姿勢の修正が怖い、それによる減点が怖いんじゃないでしょうか。 そのため、傾いていても修正しない事が多いようです。 確かに修正による減点は存在しますが、それを嫌って傾いたまま飛んでいては更に上のランクには行けないと思うんです。 今は練習ですから、積極的に修正して、最後には審査員に悟られない修正方法を見付けるべきではないでしょうか」

「くっ!」

 森山は顔をしかめた。

「そうだ…… 俺は審査員が怖い。 奴らは俺のどんな小さなミスも見逃さない。 そのため俺はどんどんフライトが縮こまってきたんだ」

 そこまで話すと、ふっと森山は笑った。

「だけど今、そんなことは小さなことだと分かった。 そうなんだ、審査員に悟られないように修正すればいいんだ。 その場所を覚えればいいんだな」

「はい、そうなりますね。 真鍋さんも井上さんも、本田さんだってばれない様に修正してますよ」

 博美が事もなく言う。

「そうだな。 森山君は始めたころは思い切りが良くて伸び伸び飛ばしていたのに、最近は変にまとまっていたものな。 博美ちゃんの言う通り、どんどん修正していくのもいいかもしれない」

 隣に立った安岡も博美と同じ意見だ。

「分かりました」

 突然森山のフライトが変わった。機体が傾いていると思えばすぐにエルロンで直し、方向がずれていればラダーを打つ。そのせいで、見た目は荒れたフライトだ。

「ど、どうしたんですか? トラブル?」

 博美たちの話が聞こえていなかった篠宮がいきなり変わったフライトを見て声をかけてきた。

「俺は今まで間違えていた。 これからは、これが俺のフライトだ!」

 森山が楽しそうに篠宮に向かって叫んだ。




 森山のフライトが終わり、篠宮が飛ばしている後ろで博美が「ミネルバⅡ」を組み立てている。

「どうだい、ぴったりだろ。 こういう物が無いとフィールドでは不便なんだ」

 横に立って安岡が「どや顔」をしている。

「はい、これは便利です。 安岡さん、これを作るのに遅くなったんですね」

 安岡の持ってきたのは丈夫な工具箱の上にテーブルが付いていて、それに整備スタンドが取り付けられた物だ。整備スタンドの幅は「ミネルバⅡ」がぴったり入るように加工されている。

「これに乗せたままでエンジン調整も出来るよ。 それだけ丈夫に作ってあるから」

 工具箱には燃料の入った缶が入っているので、エンジンを始動しても動いてしまうことが無い。

「ちょっと見せてもらえる?」

 整備スタンドの上に裏返しに置かれ、主翼は付いているが、まだアンダーカバーを付けていない「ミネルバⅡ」のプロペラを森山がゆっくり回しだした。

「うーん。 90から95パーセントって所かな」

 時々回すプロペラを止めては独り言のように森山は呟く。

「それって何ですか?」

 気になった博美が尋ねた。

「俺の経験上、このエンジンのパワーがそれぐらいかなって。 カタログ値に対してね」

 スロットルバルブを覗き込みながら森山が答える。

「よくそんな事が分かりますね。 それって今一パワーが無いってことですか?」

 博美は100パーセントと言われなかったことが気になっていた。

「いや、この位は普通だよ。 カタログ値を出すエンジンなんてめったに無い。 俺がチューンしたら110パーセント位は出すけどね。 それにこのエンジンは態々(わざわざ)パワーを落としている様だ。 おそらく85から90パーセントだろう」

 森山がやっと覗き込んでいた顔を上げた。

「スロットルバルブの直径を小さくしている。 パワーより安定を選んだんだろう」

 無愛想だった森山が、エンジンの事になると饒舌だ。

「まあ、回すと分かるよ」

 森山は立ち上がると車のほうに歩いていった。




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