チーム・ヤスオカ
安岡を見送った博美と明美が居間に戻ってみると、光がテレビを見ていた。入ってきた明美に気が付いて振り返り、
「おかあさん。 お腹がすいたー」
何時もの元気さは何処へやら、消え入りそうな声で訴えてくる。
「はいはい、御免ね。 用意するわね」
ちょうど夕食時に安岡が来たので、秋本家は夕食が「おあずけ」になっていたのだ。
「もう作ってあるから、すぐに食べられるわよ」
明美は冷蔵庫からハンバーグとサラダを取り出し、ハンバーグを電子レンジに入れるとサラダを皿に盛り付けた。コンロの上には味噌汁の入った鍋があり、火をつけて温める。
「さあ、お腹のすいた子は手伝ってちょうだい」
ご飯をつぎながら明美が呼ぶと、光と博美が台所にやって来た。
「あら、博美もお腹がすいてたの?」
いつもなら一番に空腹を訴える博美が今日はなにも言わなかったので、明美はお腹が空いてないのだと思っていたのだ。
「僕もお腹すいたよー でも安岡さんの前では言いにくいじゃない」
「そうね。 やっぱり恥ずかしいものね…… 博美も女の子らしい所が出てきたじゃないの」
明美は満足げに博美の顔を見る。
「べ・別に男、女、関係ないよ」
博美は赤くなった顔を逸らした。
夕食後、博美は光輝の部屋に来た。明日に備えて送信機と受信機、スターターとプラグヒートのバッテリーを充電するのだ。
「(一機減っただけなのに、なんだか寂しくなったなー)」
安岡が「ミネルバⅡ」を車で積んでいったので、棚には「ぽっかり」穴が開いている。
「(お父さんが居なくなってから、もう随分部屋に変化が無かったからなー)」
博美はそれぞれのバッテリーを充電器に差し込み、なんとなく光輝の椅子に座った。机の上には整備中のエンジンが分解されたまま置いてあり、隅にはメモがある。メモの一番上には整備中のエンジンをチェックしたのであろう、博美には分からない単語が並んでいた。
「(アルフィナ…… なんだろ?)」
メモを一枚捲ってみると飛行機の簡単なスケッチが描いてあり、そこには「アルフィナ」と走り書きのように書かれている。
「(お父さん、新しい飛行機でも考えていたのかな? 随分可愛い名前の飛行機なんだなー でももうどんな飛行機を考えていたのか分からないんだ)」
座ったままぐるっと部屋を見渡すと博美は立ち上がり、
「さあ、明日から練習だ!」
気合を入れ、自分の部屋に戻った。
翌朝8時、大小二つのアルミ製ボックスと共にバス停に博美が居た。
「(あー 重かったー お母さん、乗せていってくれればいいのにー)」
大きなボックスにはスターター等のエンジン始動用具や整備道具、小さなボックスには送信機が入っている。燃料は安岡が用意するので持ってないが、大きなボックスはかなりの重さになっていた。朝、光輝の部屋からそれを出したとき、あまりの重さに驚いた博美は明美に安岡の店まで車で送ってもらおうと頼んだのだが、けんもほろろに断られたのだ。
「(もー 絶対原付の免許を取ってスクーターで行くっ!)」
改めて決意を新たにするが、
「(ドイツ語…… 赤点だろうなー お母さん、許してくれないかなー)」
現実に思い至り、博美は肩を落とした。
「はあ~ つ、着いたー」
バスに乗ること30分、そこから路面電車で二駅、やっと博美は安岡の店「ヤスオカ模型」にたどり着いた。
「(えーっと、裏口に回るんだったっけ)」
開店には早い時間なので店にはシャッターが下りている。
「(どうやって裏口に行けばいいのかな?)」
店の両側には別のビルがくっつくように建っていて、裏に行けるような路地は無い。
「(もしかして、あっちの道まで回らなくちゃいけないの?)」
結局は数十メートル先の信号のある交差点まで行かないと裏には行けないようだ。
「はー 仕方が無い」
痛くなった肩にボックスのベルトを掛け、博美はふらふら歩き出した。
博美が角を曲がったとき、
「重そうだね。 持ってあげるよ」
突然声がしたかと思うと、肩に食い込むベルトの重さが無くなった。驚いて博美が横を見ると男がボックスの取っ手を持っている。
「えっ! ええっ!」
逃げ腰になった博美は声が出ない。その様子を男は「にこにこ」見ている。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。 きみ博美ちゃんだろ」
「ど、どなたです? なんで僕のこと知ってるんですか?」
博美は男との距離をとろうと横に動くが、すぐ横にビルが建っているため十分離れられない。
「おーい、新土居さん。 博美ちゃんが怖がってますよ!」
向こうのほうで声がする。
「篠宮さん!」
博美がそっちを見ると篠宮が走ってきていた。
「おはよう、博美ちゃん。 心配しなくてもいいよ。 この人は「ヤスオカ模型」の人だから。 今日、一緒に飛行場に行くよ」
傍まで走ってきた所為で、少し息を切らせて篠宮が言う。
「ごめんね。 そんなに警戒されるとは思っていなかったから。 あらためて、俺は新土居。 変わった苗字だけど、疲れたって意味じゃないからね」
小松よりは年上、井上よりは年下に見える男が、苦笑しながら言った。
「あっ…… こちらこそ、すみません。 びっくりしてしまって。 秋本博美です、今日はよろしくお願いします」
ほっとして博美も挨拶をする。
「篠宮さんも、おはようございます。 今日はあの車じゃないんですか?」
以前見た「おんぼろ」の軽自動車を博美は思い出した。
「あれは壊れたよ。 冷却水ポンプが駄目になってね、古すぎて部品が手に入らないんだ。 仕方が無いから廃車にした。 今は次の車を探しているところだ」
「金が無いからって、あーんなボロを買うからだな。 まあ、卒業までは我慢しな」
横から新土居が口を挟む。
「卒業までは後一年半ありますよ。 やっぱり自分の車が在るのは便利ですからね」
篠宮と新土居が並んでヤスオカ模型の裏に歩いていく。博美はその後ろから付いていった。
裏口には、車が数台置ける駐車場がある。そこに大きなワンボックスの車が止めてあり、男が一人立っていた。
「やっと来たか」
博美を見て一言いうと、その男は助手席に乗り込んだ。
「おいおい…… まったく、愛想の無い奴だな」
その様子を見て新土居が呆れている。
「博美ちゃん、あいつは森山っていうんだ。 愛想はないけど悪い奴じゃないからね。 さあ、乗って」
新土居は後ろのスライドドアを開けて博美を乗せ、前に回って運転席に乗り込んだ。篠宮も博美の反対側から乗ってくる。
「あれっ、安岡さんは?」
博美は安岡が居ないのに気が付いた。
「ああ、社長は用事があるって。 少し遅れて来るそうだよ」
篠宮がそれに答える。
「と、いう訳で、俺たち「チーム・ヤスオカ」の出発だ」
新土居がエンジンを掛け、ワンボックスを発進させた。
「チーム・ヤスオカって何ですか?」
知らない言葉が出てきて、博美が尋ねた。
「俺と森山、篠宮の三人が今のところ社長にスタントを習ってるんだ」
新土居が答える。
「それに博美ちゃんが加わった訳だね。 せっかくだから名前を付けようって俺たちで考えたんだ。 それがチーム・ヤスオカ」
「なんだか…… そのままって感じですね」
博美の感想は割と冷たい。
「だってよ、森山! もうちょっと何かなかったのか?」
「ちぇ! 皆だって賛成したくせに…… 俺の所為か?」
森山のアイデアだったようだ。
「ごめんなさい。 別に嫌なんじゃないです……」
慌てて博美がフォローを入れる。
「博美ちゃん、気にしなくていいよ。 こいつの頭なんてこんなもんだ」
新土居が言うが、
「皆はアイデアが出なかったんだろ。 だったら俺より皆頭が悪いってことだぜ」
森山も負けていない。
「まあまあ、皆頭が悪いってことですよ」
篠宮がこの場をまとめた。




