犬も食わない
再開です。
高専機械科には工場実習なるものがあり、学内にある実習工場にて実際に物を作る授業を行う。曲技飛行日本選手権予選が行われた事も小さな過去になった6月の初め、博美の所属する班は鍛造(金属を叩いて変形させる加工方法)の授業を受けていた。
今、赤々と燃え盛る炉の中で直径1.5センチ長さ10センチほどの鉄の棒が真っ赤になっている。
「秋本さん、もう焼けてるよ」
自分の材料を取り出すついでに見たのだろう、浅田が教えてくれた。
「ありがとう」
博美がヤットコを手に取る。
「(あつーーい)」
炉から漏れ出す熱気に顔をしかめて、何本か入っている中から博美は自分の材料をつかみ出した。間違えることは無い。何故なら皆の材料は既にハンマーで打ち伸ばされて細長くなっているが、博美の物は殆ど変形していない。
「えいっ! えいっ!……」
博美が金床に乗せてハンマーで打つが、殆ど変形しないうちに材料が冷えていく。
「おかしいなー 何で形が変わらないんだろう? 先生、僕の材料って他の人と違うんですか?」
材料を炉の中に戻しながら実習教官に博美が聞いた。
「そんな筈は無いぞ。 今度俺が叩いてみる」
熱気により顔を真っ赤にした年配の教官が首を捻りながらも調べる事を承知した。
「先生、おねがいします」
炉の中で真っ赤になった材料を取り出し、博美が教官を呼んだ。
「おう、貸してみろ」
博美の手からヤットコを受け取ると、教官が金床に材料を乗せハンマーで叩き始める。
「なんだー 焼き過ぎだぞこれ。 くにゃくにゃじゃないか」
教官の振るうハンマーの一振り一振りに博美の材料は形を変え、あっという間に製品に変わった。「先生、それで如何なんでしょうか?」
博美が恐る恐る聞く。
「ああ…… これ何度も焼いただろ? 結晶が粗大化していて強度が無くなってるな。 新しい材料を出してやるから交換しな」
「えっ! 硬くなかったんですか?」
「ぜんぜん。 まるで粘土だ」
博美は新しい材料を受け取り、再び炉の中に入れた。
「えいっ! えいっ! ……ダメだ、全然形が変わらない。 先生、如何して僕が叩いても変形しないんですか?」
博美が作業を横で見ている教官に聞いた。
「どうやら力が足りないようだな…… 仕方が無い、エアーハンマーを使わしてやる。 そいつは炉に入れておけ」
材料を炉に戻させると、教官は博美を一台の機械の前に連れて来た。
「これがエアーハンマーだ」
言いながら機械横のスイッチを入れる。
「今のがメインスイッチだ。 そしてこれを踏むと」
足元にあるペダルを教官が踏んだ。
「ダン、ダン、ダン……」
目の前に直径5センチはあるピストンが降りてきて、テーブルを打ち付けだした。
「わっ!」
突然のことに博美が悲鳴を上げる。
「分かったな?」
教官は博美の元から離れていった。
博美は炉から材料を取り出すと、エアーハンマーのテーブルに乗せ、徐にペダルを踏む。
「ダン!・ガーン!…… うわー!」
博美の前から材料が消え、少し離れた所で悲鳴が上がった。
「あ・あ・秋本さん、材料が俺の所に飛んできた」
ハンマーを振るっていた石井が青い顔をして材料をヤットコで摘んで持ってきた。
「あっ! ありがとう。 ごめんね、そんな所まで飛んだんだー」
いきなり目の前から材料が消え、びっくりしていた博美が材料を受け取った。
「ねえ、怪我してない? ほんとにごめんね」
「い・い・いや、俺はなんとも無いから」
石井はそそくさと自分の作業に戻った。それを見て、博美は再び材料をテーブルに乗せる。
「ダン!・ガーン!…… うわー!」
博美がペダルを踏むとまたまた悲鳴が上がった。
「秋本さんー 俺のところに材料が飛んできたー」
さっきの石井とは反対側に居た浅田が声を上げる。
「あれー ごめん。 なんで飛んで行くのかな?」
不思議に思いながら博美が材料を拾い、冷えてしまったので炉に入れた。
焼けた材料を博美がエアーハンマーのテーブルに乗せる。
「全員防御姿勢!」
誰かが叫んだ。
「ダン!・ガーン!」
「何処だ? 何処へ行った?」
全員が材料の行方を追う。
「上だ!」
叫び声に全員が上を見た。遥か高空を博美の材料が放物線を描いて飛んでいく。
「うわー!」
鋳物の授業を受けていたグループから悲鳴が上がった。博美の材料が鋳物砂の山に着弾し、そこにクレーターを作ったのだ。
「誰だよー あっぶねーなー」
加藤が周りを見渡すと、博美が走ってきた。
「ごめーん。 康煕君、怪我しなかった?」
「博美かー おまえ、なーにやってるんだ。 ちゃんと押さえとけよ」
最近では二人は学校でも名前で呼び合っている。
「んっ? エアーハンマーで叩くときも材料を持っとくの?」
博美が「こくっ」っと首を傾げた。
「当たり前だろ! 持ってなきゃ何処が変形するか分からないじゃないか」
「あははは…… テーブルに転がしたままで叩いてた」
「へっ? …… ばかやろー! だから材料が飛ぶんじゃないかー」
「し、し、知らなかったんだからー 仕方が無いじゃない」
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二人のやり取りを博美の班員と加藤の班員が離れて見ている。
「おい、またあの二人夫婦喧嘩してるぜ」
「ほーんと、仲が良いよなー」
「犬も食わないって言うだろ。 ほっとけ、ほっとけ」
「加藤の奴、秋本さんといい中だなんて、羨ましい」
「俺もラジコンしとくんだった……」
博美と加藤が付き合っていることは、既に高専中に広まっていた。
工場実習で午後の授業は終わり、博美と加藤は図書館に来ていた。
「ねえ、康煕君。 ここはどういう風に訳せばいいの?」
博美が机を挟んで座っている加藤に聞く。
「おう。 これはだな……」
加藤が差し出された英語の教科書の一文を訳して見せた。
「そんな風に訳すのかー 康煕君って凄いね」
「これぐらいは中学校で習ったことだろ。 博美が出来なさ過ぎだ」
呆れた風に加藤が零す。
「だってー 僕は日本人だもん」
博美がそれを聞いて開き直った。
「ばかやろ。 そんな事じゃ赤点だぞ。 その為に一緒に勉強してるんだろうが。 変なことで開き直るなよ」
試験まで一週間も無いのに、英語やドイツ語が分からない博美が加藤に泣きついて教えてもらっているのだ。二人とも寮生活なのでどちらかの部屋に集まるわけにはいかず、図書館で勉強しようという事になったのだが、同じ事を考える学生は多いと見えて何組かのカップルが其処彼処に座っている。そのためか博美たちも注目を集めてはいなかった。
二人で勉強を始めて二時間、そろそろ図書館の閉館時間だ。
「そうそう、今月号のラジコン雑誌見たか?」
教科書をカバンに詰めながら加藤が聞いた。
「ううん、まだ見てない。 試験が近いから我慢してるんだ」
教科書の入ったカバンを持ち上げつつ博美が答える。
「そうか。 見たらびっくりするぞ」
「えー なんで? 教えてよ」
「いや、これは話に聞くより書店で見たほうがいい。 それを楽しみにテストを頑張るんだな」
加藤の顔は心なしニヤ付いていた。
東京のとあるビルの中、ラジコン雑誌の編集室は今月号の発売日から追加注文の電話やファックスが引っ切り無しに架かってきて大変な事になっていた。
「おい、また追加だぞ。 どうすんだ、もう在庫がなくなるぜ」
「なんで今月号に限って追加注文がくるんだ?」
「あれだろ。 ほら表紙に女の子のポートレートを載せたせいだろ」
「ああ、可愛い子だね。 これで飛ばすのも上手いってんだからなー」
見本の雑誌を手に持って編集員が話をしている。
「おい、なにぼけっとしてるんだ。 さっさと追加分を送るんだ。 ラジコンを広めるチャンスだぞ」
編集長が皆に「ハッパ」をかけた。
二ヶ月ぶりです。
なんとか予定していた8話分のストックがもうすぐ出来そうなので、投稿を再開させてただきます。
「遅いんだよ、ボケー」と言われるかもしれませんが、年末納期と年度末納期の「ミニプラント」設計で毎日残業していて時間が取れません。
一ヵ月後にまたお休みするかもしれませんが、ご容赦おねがいします。




