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空の妖精  作者: 道豚
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お見舞い


 朝5時前、井上は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。今日はとうとう日本選手権予選だ。プレッシャーに慣れているとはいえ、やはり緊張はしていて早く目が覚めたようだ。無言で目覚まし時計のスイッチを切りベッドから降りると、飛行機を置いてある部屋に向かった。部屋に入ると寝る前にセットしてあった充電器をチェックし、補修部品などが入れてあるボックスの中を確認する。トラブルがあって飛ばせないなんて事態はベテランにとって恥ずかしいものだ。そのために念には念を入れて準備をする。

「(よっし。 これで大丈夫だろう)」

 気の済むまで確認すると、やっと井上は顔を洗いに洗面所に行った。




 一人暮らしの井上は朝食を自分で用意しなければならない。フライパンで目玉焼きを作っている間にサラダを用意し、4枚切りのトーストを焼く。コーヒーは時間短縮のためにインスタントの物を入れるとテーブルに朝食を並べた。

「(いただきます)」

 心の中で合掌してサラダを食べ始める。ふと気が付くと携帯電話のLEDが点滅していた。

「(メールか?)」

 井上は箸を置いて携帯電話を取り上げ、メールを開いた。

{井上さん、おはようございます。 博美です。 今日から予選ですね。 せっかく練習したのに助手に行けなくなってすみません。 行けないですがここから応援してます。 頑張って予選通過してください}

 博美からのメールだった。

「(博美ちゃん、手術で大変だったのに…… ほんと良い娘だな)」

 井上は返信を送ると大急ぎで朝食を済ませ、レガシィにビーナスや工具、送信機を積み込み出発した。




 鍵をかけた部屋の中で博美は下半身に何も穿かず、大きく開いた脚の間に鏡を置き左手で股間を押さえ右手を動かしている。

「(消毒をしなくちゃいけないんだけど、なんか恥ずかしい格好だなー)」

 ドレンが皮膚を貫いている部分が化膿するといけないので、お風呂シャワーやトイレの後は消毒しなければならないのだ。

「あー 背中が痛くなっちゃった」

 病院で教わったように消毒をすると、博美はナプキンをつけた生理用ショーツを穿いた。

「うーーん。 そろそろ朝ごはんを作るかな?」

 立ち上がって背伸びをしつつ、体を左右に捻る。

「(あっ! メールだ。 井上さんかな?)」

 捻った拍子に見えた携帯電話が光っている。

{助手の件、気にしなくていいぜ。 これまで一人で飛ばしていたんだから。 ただ博美ちゃんの応援、心強いね。 ありがとう。 頑張って予選を通過して、博美ちゃんを選手権に連れて行ってあげるからな}

「(井上さん、頑張って!)」

 携帯電話を握って博美は目を閉じ、飛行場の方角を向いて祈った。




「(井上さん、どうだったかなー 今日は風が弱いから皆成績がいいんだろうなー)」

 外出できない博美は居間のソファーに座ってぼんやり井上の出ている予選のことを考えていた。もう十時になるので、5~6人は演技をしただろう。井上の出番が分からないので演技が終わっているかどうかは分からないのだが、博美はなんだか終わっているのではないかと思っていた。

「(集中力が最後まで持てばきっと大丈夫だよね……)」

 そんなことを考えていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

「はーい!」

 やはりソファーに座っていた明美が外に聞こえるわけもないのに返事をして玄関に向かう。

「ひろみー あなたにお客さんよ、ちょっとおいで!」

 間もなく玄関で明美が呼んだ。

「はーい (誰だろう?)」

 博美が首をかしげながら玄関に行くと吉岡が居た。

「あれー 吉岡君。 おはよう。 どうしたの?」

 博美のなんだか失礼な言葉に苦笑しながら

「秋本さん、おはよう。 お見舞いに来たんだけど……」

 吉岡が答えた。

「僕だけじゃないよ」

 吉岡が横に退くと

「おはよう、博美ちゃん」

「おはよう、秋本さん」

「おーっす」

 永山、樫内、佐々木(副委員長)が玄関の外に居るのが見えた。

「あれー みんな、おはよう。 来てくれたの? うれしー」

 博美は胸の前で「ぽんっ」と手を叩くと

「はやく入って入って! おかあさん、紅茶入れて」

 皆を居間に誘った。




「吉岡君は中学校のときに何度か来た事があるけど、あとの三人はうちに来るの始めてだよね。 田舎でびっくりしたでしょ。 分かりにくくなかった?」

 居間のテーブルの周りに皆が座ったところで、博美が聞いた。

「お見舞いに行きたいって思っていたら、吉岡君が行くって聞いたのよ。 だから案内を頼んだって訳」

 樫内が答えた。吉岡と樫内は同じ電気科なので、その辺の話は通じやすい。

「私は樫内さんから誘われたの。 行きたかったけど、この辺の地理は分からないから」

 永山の実家は県の西の外れのほうにある。不案内なのも仕方が無い。

「俺は、加藤から授業のノートを頼まれてるんだ」

 佐々木がカバンから十冊近いノートを取り出した。

「あいつは、今日と明日は用事があるんだそうだ。 俺は家の場所を知らないって言うのに無理やり押し付けるんだぜ。 それでどうにか地図を頼りに近くまで来たところで後の三人と会ったって訳だ」

「あははは…… ありがと。 一週間分のノートね…… これ写すの?」

 お礼を言う博美の顔が引きつっている。

「博美ちゃん、仕方が無いよ。 がんばれ」

 永山にとってこの位の量は「どう」ってことない。何時もしていることだ。

「あらー 授業のノートを貸してくれるの? 博美、良かったじゃない。 一週間も休んじゃったから月曜日から授業が分からなくなるところだったものね」

 人数分の紅茶とお菓子をトレイに載せて来た明美にそれが聞こえたようだ。

「ねえ、博美って授業中はどんな様子かしら?」

 紅茶をテーブルに載せながら佐々木に尋ねた。

「えーっとですね」

「こふっ!」

 佐々木が答えようとしたとき、博美が小さく咳払いをする。

「いや、俺の席は秋本さんから遠いんで、よく分からないんです」

 佐々木はすまなそうに答えた。

「あらそう。 でも挙手の様子なんかは分かるんじゃないかしら?」

 明美の視線が博美を捕らえている。

「お・おかあさん。 なんでこっちを見るのかな?」

「喉が痛いんじゃないわよね? さっき咳をしたみたいだけど?」

 マリア様のような慈愛に満ちた微笑で明美は博美に尋ねる。

「べ・べ・べつに…… 何でもないよ。 ちょ・ちょっとイガイガしただけだから……」

 博美はそれを見て心底震え上がった。




 小一時間ほど話をして、吉岡と佐々木が

「んじゃー 俺たちはお先に」

 と帰っていくと、残った永山と樫内が博美の部屋を見たいと言い出した。

「うーん。 あんまり物が無いのね」

「そうね、ファンシーグッズが無いのが秋本さんらしいって言うか、ちょっと男の子っぽいわね」

 部屋に入るなり二人が口々に感想を言う。

「えへへへ。 ラジコンしてるから、他のものにお金を使わなかったんだ。 でも少しずつは可愛い物も増えてきてるんだけど……」

 博美が苦しい言い訳をする。中学校までは男だと思っていたせいで、女の子のほしがる物を持つのはおかしい、と思って買わなかったのだ。

「そうそう、ラジコンで思い出したけど、あの加藤君はお見舞いに来た?」

 樫内がベッドに腰掛けながら訊いてきた。

「ううん、来てない。 今日みんなが来たのが初めてだよ」

 博美は部屋の真ん中に置いてあるクッションに座りながら答える。ドレンが床に当たると痛いので正座だ。

「あらー 意外と薄情じゃない? 彼氏でしょ」

 樫内の口調はどこか意地悪だ。

「えっ! なんで? なんで知ってるの?」

「うそー 博美ちゃん、何時の間に」

 勉強机の椅子に座った永山が大声を上げた。

「へー 本当に付き合ってるんだ。 ねえ、やっぱり加藤君から告られたの?」

 樫内は相変らず「にまにま」している。

「やだっ! 言えない……」

 博美は真っ赤になって床に突っ伏した。






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