もう嫌だ!
「やあ、やあ。 待たせちゃったね」
午後も1時近くになって広川がパソコンを片手に博美の病室にやって来た。さすがに博美はなにも食べてないが、明美と田中は病院内のコンビニでお握りとお茶を買ってきて昼食としていた。
「お久しぶりです。 あれから調子は良い様だったんですが、どうなったんでしょうか?」
あいさつもそこそこに明美が尋ねる。
「秋本さん、こんにちは。 医者っていうのは、久しぶりぐらいで良いんですよ」
相変わらず広川は落ち着いたものだ。
「それじゃ、診察の結果を説明するね」
ベッドの横にあるテーブルに持ってきたパソコンを載せ、画面を開くと博美と明美の方に向けた。
「先回もお見せしたように、此処に卵巣がある」
画面に映った白黒の写真を指差して広川が説明をする。
「そして此処が子宮」
次々と写真を開きながら説明を続けた。
「見て分かるように、卵巣や子宮に病変は見られません」
広川は二人を見て「にっこり」した。
「よかったね。 赤ちゃん出来るよ」
「せ・先生! まだ僕は15ですから。 まだ結婚しません!」
博美があせって否定をする。
「うん。 でもね、そろそろ好きな人でも居るんじゃない? 自分の体を知っておくのもいいことだよ」
広川はお見通しのようだ。
「でね、この写真がおかしいんだ」
話しながらこれまでとは別の写真を拡大する。
「分かるかい? ここは膣なんだが、普通より白っぽく写ってるんだね」
言われてみると指差された部分が白くなっている。ただ拡大されている為か、それが何処かは博美には分からなかった。
「それで、此処からが内視鏡の写真」
広川が次の写真を開く。さっきまでと違ってカラー写真だ。
「分かりやすいように先回のと並べてみるよ」
広川は画面の左右に写真を表示した。
「こうしてみると一目瞭然だね」
「なんか……血の出ている部分が長くなっている様です」
画面を見て明美が言う言葉に博美と田中も頷いている。
「その通り。 膣の開口部が大きくなっている」
広川も大きく頷いた。
「それに……」
次の写真を開いて言葉を続ける
「問題なのはこれだ。 これは膣の内部なんだが」
写真の色調が綺麗なピンクから灰色に変わった。
「通常はこんな色はしてないものだ。 この色はね、中が雑菌で化膿していることを表している」
聞いている三人は言葉も無い。
「前回、雑菌が心配だと言ったよね。 残念ながら、その通りになったようだ」
病室の空気が重くなった。
「先生。 これってどうやって写したんですか?」
ふと気になって博美が尋ねる。
「内視鏡を開口部から入れたんだけど……あっ、そうか……ごめんね、博美ちゃんってまだ処女だったね。 やっぱりはじめて受け入れるのは好きな人のものが良かったね」
「別にそんな積もりで聞いたんじゃないですっ!」
博美は点滴の刺さったままの腕を振り回し、赤くなった顔を手で隠した。
「それで、先生はどうされる御積りですか?」
田中が変な空気を変えようと口を挟む。
「そ・そうだね。 ええと、今は抗生剤の点滴で化膿を止めようとしてる訳ですが……根本的な解決に成らない事は分かりますよね?」
どうにか広川が軌道修正した。
「えーと……一旦良くなってもまた化膿する可能性があるってことですか?」
明美が広川のこれまでの話から想像して聞いた。
「そうです。 膣が腸に開口しているかぎり、これからも起こるでしょう」
「いやだ! そんなの嫌だ!」
博美がかぶりを振る。
「まあまあ、最後まで聞きなさい。 そこで提案です。 開口部を閉じましょう」
「出来るんですか? でもそうすると生理の時はどうなるんでしょう?」
明美が尋ねた。
「うん、閉じることはそれほど難しくないよ。 幸い、内視鏡を使った手術の得意な先生がこの病院には居ますから。 問題は膣から出る老廃物の排出方法ですが、それには「ドレン」を仮に付けようと思います。 そして出来るだけ早くあそこを女性の形に直してしまいましょう。 学校を少し休む事になりますが、将来のためには夏休みまで待たないほうがいいでしょう」
広川は博美を見ている。
「する! 僕、手術する」
「博美。 そんなに慌てて結論を出さなくても……」
即断した博美を明美が諭すが
「おかあさん。 僕は手術したいんだ。 あそこの形が女の子じゃ無いのはもう嫌だ!」
博美の声が病室に響いた。
「毎日毎日、お風呂で、トイレで人に見られないようにして、そして更衣室で着替えるときに周りを気にしながら着替えるんだ。 こんな犯罪者のような生活は嫌だ。 好きな人にも秘密にしなくちゃいけないのも嫌だ。 もう嫌なんだ!」
博美の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「なんで僕はこんな体なんだ……僕がなにをしたって言うの!」
「博美! 分かったから。 お母さんの知らないうちに我慢していたのね……」
明美が博美を抱きしめた。
「ごめんなさい。 お母さんが綺麗な体で生んであげられなかったから……」
明美の頬にも涙が伝っていた。
「…………」
広川が無言でパソコンを閉じて立ち上がり、それを見た田中は頷くと同じように立ち上がった。二人はそっと病室から出て行く。
広川と田中は並んで廊下を歩いていた。
「あの子、いつも普通に振舞っていたのに、あんなに我慢していたんですね……」
田中がぽつりと呟いた。
「ああ、そうだね。 これは何としても綺麗にしてあげたいね」
広川が前を向いたまま答える。
「さあ、そうとなればいろんな所に手を回さなきゃな……」
話しながら広川は手術の出来る医者の「あて」を考えていた。
「(腸を塞ぐのは藤江君でいいな。 ドレンを付けるのは僕が出来る。 問題は外側の形成だな。 岡山の状況はどうだろうか。 聞いてみるか)」
二人は事務所の前に着いた。
「それじゃ、僕はもろもろの手続きを進めます。 田中先生はこれからどうされますか?」
「私は学校に戻ります。 手術が決まったら連絡してください」
「分かった。 それじゃ、おつかれさまでした」
「失礼します」
広川は事務所に入っていき、田中はそのまま廊下を進み病院の裏から外に出る。
「(あの子の友人たちに何て説明しようかしら)」
学校に戻った後に有るであろう質問の答えを田中は考えていた。




