出血
そろそろ話が動きます。
「なんかお腹が痛い……」
私立高校の受験も終わり、なんとなくクラスが落ち着いてきた2月10日、博美は朝から続く不快な腹痛と戦っていた。
「なあ、大丈夫か。保健室で休んだ方が良いんじゃないか」
「そうよ、もう大した授業も無いんだから、さっさと休んだ方が良いわよ」
青い顔の博美を見てクラスメートが声を掛ける。
「いやだ、もう少しで皆勤なんだ。明日は土曜日なんだから、ここで休んでたまるもんか」
結局博美は昼休憩まで教室から出なかった。
「トイレに行ってくる」
昼食後、博美は誰に言うとは無しに言ってトイレに向かった。痛む腹を押えて個室に入りほっとしていきむ。すると固体でなく液体が出た感覚が……
「え、なんだ……」
驚いて覗き込むと、便器の中が真っ赤に染まっていた。
「……血……なんで血が…………」
とたんに目の前が真っ暗になって倒れそうになる。
「(……トイレなんかで倒れるもんか……)」
トイレで倒れて運ばれる恥ずかしさを考え、必死で我慢をしていると、少しずつ目が見えるようになってきた。ホッとしたが腹痛はまだ続いている。
「何なんだろう。悪い病気かも……癌だったりして……」
「(……いやだ、僕はまだお父さんに負けないエンジニアになっていない……)」
「死にたくない…………」
なんとかお尻を拭いて、博美は保健室に行った。
「あら、珍しいわね。 どうしたの秋本君」
胸の名札を読んで、保険医の田中洋子が陽気に迎えた。
「お腹が痛いんです……それに……」
「それに何?」
「……トイレに行ったら、血が……」
「血が出たの?」
「はい、まるで血の海みたいに……」
「あのね、女の子は生理が来るのは当たり前よ。 用意をしておかなきゃ」
「へ…………」
「それとも予定より早かったの?」
「先生、僕は男ですよ!」
「え…………嘘でしょ。 秋本君はどう見ても女の子に見えるわよ」
「なに言ってるんですか。男子の制服を着てるのに」
博美はポケットから生徒手帳を出して田中に見せた。
「あらホント。 ごめんなさい、秋本君があんまり可愛いから」
田中の言葉に呆れて体の力が抜けた博美は、そのまま目の前が真っ暗になって行くのを感じた。
「ちょっと! 秋本君、しっかりして……」
座った椅子から横に倒れていく博美を支えて、田中が呼びかける。
「(なんだろう? 目が見えないや。 先生は何を言ってるの…… ・ ・ ・)」
博美が小柄だとは言え、女性の力では気を失った人間を支える事は出来ない。仕方なく博美を床に寝かせ、田中はドアを開けて廊下に向かって叫んだ。
「誰か! 男の先生を呼んできて!」
生徒の呼んできた体育教師の手を借りて、博美をベッドに寝かせた田中が血圧を測っている。
「85の40? 低すぎるわ…… そう言えば、出血したって言ってたわね」
「(腸からの出血? 何か危険な病気? もし出血が止まらなければ……)」
田中は電話を外線に繋ぎ、119を押す。
『はい! 消防です。 火事ですか? 救急ですか?』
「救急車をお願いします」
『どうされました?』
「腸からの出血で、生徒が気を失っています」
『何処ですか?』
「美郷中学校の保健室です」
『はい、直ぐ出ます!』
20分後、救急車が中学校の昇降口前にやって来た。救急隊員が保健室に駆け込んでいく。
「患者は何処ですか?」
部屋に入るなり、中に居た田中に聞いた。
「此処です!」
ベッドの上で身動きしない博美を指して田中が答えた。
「出血したと言って此処に来たんですが、そのまま気を失ったんです。 血圧が危険なレベルまで下がっていて……」
それを聞いて、隊員も血圧を測る。
「80の50…… 低いな…… 私たちでは治療出来ません。 ドクターヘリを呼びます」
「はい、お願いします」
隊員は救急車に戻って、基地に無線を入れた。
「みなみ基地。 こちらみなみ6。 ドクヘリを要請します」
『みなみ6。 了解。 ただ風が強いので、飛ぶかどうか分からない。 連絡を待て』
「了解」
隊員は「ふっ」と息を吐くと、もしヘリが飛べなかった場合の次善の行動計画を考え始めた。
「(今日は、あのパイロットの飛ぶ日だ。 おそらく飛んでくるだろうな……)」
もっとも、飛んでくることにあまり心配はしていなかったのだが……
救急車のやり取り等、想像で書いています。すみません……




