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空の妖精  作者: 道豚
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合同練習3


 九時になり、一番の笠井が飛ばし始めた。博美は井上や小松、そして昔よく見ていた光輝以外の人のフライトを見るのは初めてなので、興味津々で見ている。

「(うーん…… なんで傾いているのを直さないんだろう?)」

 博美にはミスを直さないのが不思議だ。

「(ロールの軸がうねってる…… 調整が上手くいってないのかな?)」

 真っ直ぐに飛ばないのもやはり不思議に思えた。

「ねえ、井上さん…… あれっ? 井上さん何処?」

 博美は質問しようとして、さっきまで隣に居た井上が居ないのに気が付いた。キョロキョロ周りを見渡すと、パラソルの下のピクニックチェアに座っているのを見つけた。井上は知らない人と話している。博美はそおっと近づいた。

「井上さん。 此方は何方ですか?」

「おおっと! なんだ博美ちゃんか。 此方は眞鍋まなべさんといって、このクラブのベテランだよ。 去年も選手権に行ってる」

 横から不意に声を掛けられ驚きながらも博美に紹介をした。

「どうも、始めまして。 秋本博美といいます。 まだ初心者です、よろしくお願いします」

「これはどうも。 眞鍋です。 なかなかしっかりしてるお嬢さんだ。 此方こそ宜しく」

 博美の挨拶に、真鍋はきちんと返事をした。

「あの秋本さんの娘さんだってね。 あの人にこんな可愛い娘が居るなんて思ってもみなかったよ」

「あの、父を知っているんですか?」

「以前からスタントをしている人なら知らない人は居ないんじゃないかな? それだけ有名だったんだよ。 亡くなってしまったんだよね。 残念だったね」

「はい…… 確かにラジコンに関しては心残りだっただろうと思います。 だから僕が代わりに飛ばそうと思っているんです」

「そうかい。 それは素晴らしいことだ。 俺も応援するよ」

 光輝と同じくらいの年だと思われる真鍋は優しく博美を見た。

「ところで、俺になにか用事があったんじゃないかい?」

 井上が口を挟む。

「あっ。 そうそう。 今飛ばしている笠井さんのフライトなんですけど」

 博美が声を低くして続ける。

「なんでミスを直さなかったり、機体の調整が不十分なのに修正しないんですかね? と言うか、なぜ井上さんは人のフライトを見ないんですか?」

 博美の言葉に、井上はチラッと笠井のフライトを見て、すぐに博美のほうに向き直った。

「これはな。 言いにくいことなんだが……」

 井上も小さな声になった。

「スタント機の飛ばし方っていうのは、割と個人差があってな、他人のフライトは参考にはならないんだ。 それに、笠井さんはもう50過ぎだ。 どんどん伸びる歳じゃない。 つまり去年と同じなんだよ。 要するに見る意味が無い」

「…………」

 井上の冷たい言葉に博美は声を失った。

「冷たいと思うかい? だけどこれが競技なんだ。 大会に出て上位に入ること、それはこれほどシビアな戦いなんだよ。 もちろん人として笠井さんは尊敬できる。 でも競技の世界ではもう終わった人なんだ」

「それじゃ僕の気が付いたミスや調整も……」

「そう。 笠井さんは気が付いてないと思うよ。 修正しないんじゃなくて、必要を感じないんだろうね」

「そうだ、いい事を教えてあげる」

 真鍋が話し出した。

「スタントの世界では、大体30台後半から40台前半がピークだと言われている。 だから例えば15歳から始めると25年近く腕が上がっていくのに対して、25歳からだと15年分しか上がらない。 安岡さんが言う「早くから始めると伸びる」というのはそういうことなんだ。 博美ちゃんは今年16歳かな? 早く始められて良かったね」

「そうでしょうか? 僕には分からないです」

 コンテストフライヤーの心の闇を見たようで、博美は少し怖くなった。




 二番手は眞鍋だった。使い込まれてはいるが、ピカピカに磨かれたスタント機が軽やかに離陸していく。

「博美ちゃん、綺麗な離陸だろ。 離陸を見ただけで「腕」が分かるんだぜ。 ジャッジはこれだけで選手のレベルを把握してしまうんだ。 離陸は得点が付かないけど、馬鹿にしちゃいけない」

 今度は博美の横で一緒にフライトを見ながら、井上が説明をする。

「ええ、すごく滑らかに飛ぶんですね。 父とは違いますが、風を味方に付けてるようです」

 光輝は風を感じさせない飛ばし方だったのに対して、真鍋は風が吹いていることを見ている人に教えながらも演技が綺麗にまとまっている。

「そうだよな。 真鍋さんは「どうだ、こんな風の中でも図形が乱れないんだぞ!」って言ってるようだな。 妖精の秋本は「風なんか吹いてないよ」って平気な振りをする。 そんなフライトだった。 もう見れないんだな……」

「いえ……僕がやってみせます。 そうなれるように努力します」

「そうか……楽しみだ」




 真鍋の後、二人が飛ばすのをまったく見ずに椅子に座って目を閉じていた井上だが、

「さて、用意をするか!」

 順番が自分の前である柘植つげの離陸とともに、突然動き始めた。

「加藤君、博美ちゃん、手伝ってくれ」

 寝ているかと思って井上から離れ、小松と一緒にいた二人を呼んだ。

「は・はーい」

 いきなり動き出した井上に驚いた様だったが、二人が仲良く並んでやって来る。

「次は俺の番だ。 気合を入れていくぞ」

 飛行機に燃料を入れながら井上が言う。

「い・井上さん……寝てたんじゃ?…… それに何ですか? 何時もとテンションが違う」

 加藤が聞きようによっては失礼なことを言った。

「そういう風に見えたか?」

「はい。 目を閉じて動かないんだもの」

 博美もそう思っていたようだ。

「あれはな、脳みそを休ませてたんだ。 人間って目からの情報が殆どなんだ。 だから目を閉じて視覚情報を無くすと、俺のような小さな脳みそが休憩できるってもんだ」

 なんだか眉唾な説を唱えながら、井上は準備を進める。

「それって、結局寝てるんじゃ?……」

 二人は納得できないながらも、準備を手伝うことにした。井上は送信機に付いている何個かのスイッチの位置を確認すると、メインスイッチを入れた。送信機の下部にあるスクリーンに現在の情報が現れる。一つ一つそれを確認すると飛行機に手を伸ばし、内部でスイッチに繋がっているピンを引き出した。それまで元気なく彼方此方の方向を向いていた「舵」が「ぴしっつ」と真っ直ぐに成る。井上はそれを一つ一つ触っていく。

「それ、何してるんです?」

 不思議な行動に博美が興味を抱いた。

「中立位置とガタが無いかの確認だ。 それとサーボの調子を見る為だな」

 何時に無く素っ気無い調子で井上が答える。

「…………」

 何時もと違う井上の様子に博美は黙ってしまった。気が付くと井上の纏っている空気が変わっている。研ぎ澄まされた日本刀のような「氣」に包まれた井上は周りの世界から切り離されて存在しているようだ。

「凄いだろ!」

 突然、博美の横から眞鍋の声がした。

「うーん。 とても声を掛けられませんね」

「井上の凄いところだ。 あの集中力は選手権トップクラスだね」

 さらに篠宮と安岡まで来ているようだ。その他の人たちも井上の様子を見てはいるのだが「氣」に押されて近くに寄れず、離れたところから見ている。

「下ろしま~す」

 その雰囲気に気が付いたのか、持ち時間を五分残して柘植が着陸を宣言した。

「まいった、まいった」

 焦ったのか、多少荒れた着陸をした飛行機を持って柘植が駐機場に帰ってくる。

「俺、もう井上の前は嫌だ。 誰か代わってくれ」

 だがその願いには誰も答えなかった。




 エンジンの掛かった井上の飛行機を加藤が離陸地点まで運んでいく。滑走路に描かれた演技フレームのライン、それの集まる場所に井上が立ち、すぐ後ろに博美が立っている。

「テイク・オフ!」

 加藤が滑走路に飛行機を置いたのを見て、井上はエンジンの回転数を中速に上げ、離陸を開始した。

「今のところ、静穏です」

 空気の流れを博美が井上に小声で伝える。

「んっ!」

 井上は短く答えると、そのまま「テイクオフ・シーケンス」を続け、Pターンをして眼前を「デッドパス」させる。

「ぅ……」

 ただ滑走路の上を通過していくだけの飛行に博美は息を飲んだ。それもその筈、井上の飛行機はまるで空の上のレールを走るように、真っ直ぐに小揺るぎもせず、そして滑らかに飛んでいった。

 やがて風下サイドのフレームラインを通過すると、機首を上げ45度の角度で上昇し、ハーフロールをして更に上昇。背面状態で高く上がった後、宙返りをして演技開始点に向かってくる。この飛行方法は「ハーフ・リバース・キューバンエイト」と言われる物だが、飛行機の、特にエンジンの調子をチェックするのに便利なため使う選手が多い。

「まだ乱れていません」

 博美の小さな声に少し顎を引くだけで返事をして、井上は最初の演技「ハーフ・クローバー・リーフ」を始めた。これは四葉のクローバーから葉を二つ取った形に垂直面で図形を描く。

 飛行機はセンターラインの手前から機首を上に向け始め、センターライン上でぴったり垂直に成る。そのまま空の高みへと上ると「リバース宙返り」をして風上方向に一つ目の葉を描く。中間の高さを風下に飛び「ロール」をして再び「逆宙返り」。一つ目の葉の隣にもう一つの葉を描くと飛行機は垂直になって下りてくる。垂直下向きに飛んでいる割にはゆっくりと高度を下げた飛行機は機首を起こし、開始時と同じ高度で水平飛行に移った。

「次の演技、風向きの変化シャーがあります。 上空では前風」

 博美が次に行う「ストールターン」の為に風向きを告げる。この演技は高い位置で飛行機がほとんど止まってしまうため、風に流されることが多いのだ。




 井上の操縦している場所の後ろに安岡と眞鍋、篠宮が並んでフライトを見ている。

「おい、あいつには風が見えているんか?」

 眞鍋の疑問に、

「分からん。 しかし確かに風を予測しているように見えるな」

 安岡が答えた。

「これがあの集中力のお陰ですかね?」

 篠宮は感心したように言う。

「いや、確かに奴の集中力は凄い。 だがそれは風で乱れた姿勢を審査員に気づかれないうちに修正するって能力だ。 だから鋭い審査員は誤魔化せないし、演技終盤には疲れて誤魔化しきれなくなってくる」

 安岡は審査員のライセンスを持っていて、実際選手権でも審査員をする。

「ところがどうだ、今日は端から姿勢が乱れない。 どうもおかしい」

 安岡は井上の後ろで時折なにか話している博美を改めて見た。

「あの娘。 「妖精の娘」か…… なにか秘密が有りそうだな。 利点が無けりゃ、あんな初心者の娘を専属の助手になんかしないだろうからな」

「そうですね。 あとから聞いてみますか?」

 眞鍋も同じ意見だった。




「脳の休憩」何某という眉唾理論により、井上はドクターヘリの待機中にソファーで目を瞑っていたのです。

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