合同練習2
「みんな集まってくれ!」
安岡が滑走路で呼んでる。
「おー」
「はいはい」
「うーす」
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彼方此方で話をしていた人たちが、三々五々安岡の所に集まってきた。
「今日は集まってくれてありがとう。 予選は再来週です。 機体を壊さないように練習してください」
安岡が簡単な挨拶して、
「一人一回十五分の持ち時間で回して行こうと思う。 持ち時間の使い方は自由。 パターン練習でも調整でも、予備機を持ってきている人はそれを飛ばしても、なにをしても構わない。 でも十五分以内に滑走路を開けてくれ。 今日は八人集まったので、二時間に一回飛ばせることになる。 日暮れまでに四回飛ばせるだろう」
今日のルールを説明する。
「それじゃ、九時スタート。 一番に来た笠井さんからにしよう。 全員2.4Gだと思うので、バンド管理はしない。 何か質問は?」
「九時まで十五分ある。 エンジンテストしていいか?」
一人が尋ねた。
「それは構わないと思うが、どうかな?」
安岡がみんなを見渡して聞いた。
「「良いんじゃない?」」
何人かが賛成した。
「じゃ、みなさん。 安全に飛ばしましょう」
全員、夫々の飛行機の所に戻っていった。
博美たちも飛行機の傍に戻ってきた。
「えーと、俺は六番目、柘植さんの後だから…… 十時十五分からだな。 ちょっと待つことになる。 エンジンテストでもするか」
井上は燃料の入った缶を持ってくると飛行機にパイプを繋ぎポンプのスイッチを入れた。
「ブーー」
「ゴーー」
其処此処からエンジンの回る音が聞こえてくる。
「井上さん。 飛ばすんじゃないのにエンジン掛けるんですか?」
不思議に思って博美が尋ねた。普段、飛行場で飛ばすときは、飛ばす寸前までエンジンは掛けないのだ。
「暇ってのもあるけど、今日みたいに時間を区切られていると、エンジンの始動に手間取ると飛ばす時間が減るわけだ。 だから一度回しておいて、古いオイルなんかを入れ替えておくんだ。 競技会では当たり前みたいになってるな」
喋りながら井上はエンジン始動用具を飛行機の周りにセットした。
「まあ、こんなもんでいいだろ」
燃料はまだ満タンになってないのに、ポンプを止める。
「どうせまた抜くんだから、半分も入ってればいい」
特に聞かれていないのに、井上は博美に説明するように自分の行動を声に出す。
「井上さん、独り言が多いですね」
「これは職業病の様なもんだ。 実機を飛ばすときは間違いが無いように、いちいち声に出して確認するからな」
「そういえばそうでしたね。 井上さんはパイロットですもんね」
「まあ、そういうことだ」
井上は飛行機を裏返しにスタンドの上に置くと、アンダーカバーを外した。銀色に輝く排気量29ccの4サイクルエンジンがむき出しになる。徐にプラグコードを引き抜くと、プラグを外した。
「これならOKか……」
プラグをチェックすると再び取り付け、プロポのスイッチを入れてスロットルを動かし、スローの位置にする。スピンナーを摘むと、プロペラを左右に回し始めた。
「それ、何をしてるんです?」
不思議な行動に、博美が尋ねた。
「クランクがこの位置でエンジンに付いている燃料ポンプが動くんだ。 こうして揺すってやると燃料がタンクから入ってくる。 ここを見てみな」
博美が井上の指差したパイプを見ると、確かに燃料が流れていく。
「すごーい! エンジンにポンプが付いてるんですね」
博美の飛ばしている飛行機のエンジンにはポンプは付いていない。
「お陰で燃料タンクが重心位置に積めるわけだ。 500cc入るから、かなりの重さになる」
「それだけ重い物が機首にあると重心位置が変化しちゃうんですね。 凄いなー」
光輝の飛行機も同じだった筈だが、博美は知らなかったようだ。
井上はアンダーカバーを取り付けると、機体を元通りに置いた。
「それじゃ掛けるから、博美ちゃんは後ろに回って」
「はい」
井上の指示で博美は飛行機の後ろに移動した。回ってるプロペラは凶器なので、出来るだけ飛行機の前に居ないようにするのが基本だ。
井上はプラグ点火用の電源プラグを機首のジャックに差し込んだ。スターターを構えるとプラグ点火用の電源のスイッチを入れ、スターターをスピンナーに押し当てる。
「プ・プ・プ・プ・プ・プ……」
スターターによりエンジンが回され、3秒後プラグに電気が流れる。
「ブン……ポロ・ポロ・ポロ・ポロ……」
何時ものように軽い音でエンジンが回りだした。スターターを邪魔にならない所に置くと、プラグの電源を外し、井上は機体の横に移動した。スロットルを上げる。
「ゴーー」
フルスロットルの状態で井上は混合気の調整をすると、スロットルをスローに戻した。
「OKだ!」
博美に言ったのか、独り言なのか分からないような一言の後、井上はエンジンを止めた。
「さ、後は時間まで待とうぜ」
今度は博美に向かって言うと「うんー」と背伸びをした。
井上の機体を支えていた博美は「ほっ」として周りを見た。それまで集中していて分からなかった周囲の様子が博美の視覚、聴覚に飛び込んでくる。直ぐ隣では小松が加藤に手伝ってもらい、井上と同じようにエンジンテストをしていたが、博美は更にその先の様子に違和感を覚えた。
「篠宮先輩。 エンジンテストしないんですか?」
もう9時まで時間が無いというのに、篠宮はのんびり飛行機を組み立てている。
「ああ、こいつは大丈夫なんだ」
主翼を胴体に取り付けながら、博美の問いかけに篠宮は「にっこり」笑った。
「見に来てごらん」
その余裕を不思議に思った博美が行くと、篠宮はアンダーカバーを外して見せた。
「どうだい。 分かるだろ?」
カバーを外せばエンジンがむき出しになるはずが、何故だかそこには何も無い。博美は上から覗き込んだ。
「あれー 先輩! これモーターですか?」
「分かったかい。 こいつは電動機なんだ。 エンジンが無いからエンジンテストは不要。 そういう事なんだよ」
篠宮は「にこにこ」しながらプロペラを取り付けだした。
「わー 大きなプロペラですねー」
「大きいよね、22インチある。 エンジン機より4インチは大きいかな? モーターはトルクが大きいからね」
「大きい、小さいでどんな違いがあるんですか?」
「大きいほど推力が大きいね。 だからこの機体は垂直上昇で余裕があるよ。 だからエンジン機も排気量を大きくしてトルクを出そうとしてるんだ」
「モーターには欠点は無いんですか?」
「回転数が高すぎるんだ。 だからベルトで減速してる。 メカニズムが複雑なぶんトラブルが増えるかな? あとバッテリーが高価だから…… 学生には辛いね」
「おーい。 博美! そろそろ笠井さんが飛ばすぞ。 こっちで一緒に見ないか?」
加藤が呼ぶ声が聞こえた。
「はーい。 それじゃ先輩、また話を聞かせてくださいね」
博美は篠宮のそばを離れて、加藤の所まで戻った。
「おまえなー あんまりふらふら歩き回るんじゃないよ。 井上さんの助手なんだから」
加藤が帰ってきた博美に言う。
「井上さんが飛ばすのはずっと先じゃない。 ねえ井上さん、まだそばに居なくてもいいよね?」
加藤の言い分に「むっ」として博美が答えた。
「まあまあ、許してやれよ。 こいつ焼餅焼いているんだよ」
「井上さん! 焼餅なんて焼いてない!」
心を読まれて加藤が大声を出す。
「ぇえー 僕ってなんかした?」
男心の分からない博美だった。
「加藤君。 博美ちゃんって天然?」
井上が加藤の耳元に口を寄せて聞く。
「多分……」
「そうか。 おまえも苦労するな……」
「井上さんもですか?」
「俺のところは…… 何でも無い……」
二人して項垂れる加藤と井上だった。
大会早朝のエンジンテストは重要です。これをサボってフライトを棒に振った方が居るそうです。
モーターならトラブルが無いかと思えば、意外とメカの故障があるようです。




