合同練習1
しばらくラジコンの世界にお付き合いください。
ゴールデンウイーク後半、祭日の並びが良くて高専は4連休になったのだが、その二日目の5月4日は、秋本家の台所では早朝から煌々と灯りがともり、女性二人の声が騒がしかった。
「おかあさん、卵焼きの大きさはこれ位で良い?」
「うん、良いわ。 博美、ちょっとから揚げの準備、代わってくれる?」
「えー 冷たいからやだー」
「なに言ってんの。 お弁当を作るって言い出したのはあんたでしょ!」
「おかあさんは何をするの?」
「ご飯が炊けたからお握りを作るのよ」
「あー 僕も握ってみたい」
「後で教えてあげるからっ。 今はから揚げ!」
「はーーい」
「ほんと、どういう風の吹き回しか知らないけれど、あんたがお弁当を作るなんてねー」
「いいじゃない。 僕だって……」
「なーに? 僕だってなに? うふふ、加藤君に食べさせたいんでしょ」
「べ…… 別にそういう訳じゃ……」
「いいから、いいから。 好きな人に手料理を食べさせたくなるのは普通よ~」
「もー そんなんじゃないのに……」
7時を回った頃には、流石にお弁当騒動は終わって、博美と明美の二人はトーストと目玉焼きの朝ごはんを食べていた。
「光はまだ起きてこないのかな?」
「あの娘って、休みの日は起きるの遅いじゃない。 ほっておいたらお昼まで寝てるわよ」
「えー お弁当のおかずを食べさせて意見を聞こうと思ってたのに」
「起こしてきたら?」
「んー 止めとく。 もう直ぐ井上さんが来るだろうから」
今日は今度の予選に向けて合同練習がヤスオカ模型の飛行場で行われるのだ。井上の仕事の都合で、今日が予選前に博美が一緒に練習できる最後になる。
何時ものように井上のレガシィの助手席に乗って、河川敷にあるヤスオカ模型の飛行場に博美はやって来た。駐車スペースには、もう何台もの車が止まっていて、駐機スペースもカラフルな塗装のF3A機(スタント機)が並んでいる。
「すごーい。 こんなに沢山スタント機が並んでいるの、始めて見る」
博美の所属しているクラブはスタント機を持っていたのは光輝だけだったし、井上のクラブもスタント機を持っているのは井上と小松だけなので、ズラリとスタント機が並んでいるのは初めて見たのだった。
「そうか、先回此処に来たときはスタント機が居なかったよな。 今日は5人で8機か…… まあちょっと多いかな」
「どれ位の人が予選に出るんですか?」
「大体、15人ぐらい出るから、今いるのは三割だな」
「そんなに出るんですねー」
「この辺は田舎だからそんなもんですんでるんだ。 関東なんかだと4~50人出るらしいぜ。 だから予選に出るための予選が有るらしい」
「はあ~~ 信じられない……」
「ちょっと挨拶してこようか」
井上と博美は集まってる人たちの所に歩いていった。
「みなさん、おはようございます」
「おう。 おはよう」
「おはよう井上君」
「おはよう」
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井上の挨拶に、集まっていた人たちが口々に挨拶を返す。
「井上君、その可愛い娘はだれ?」
後ろに居る博美のことを聞かれるのは当然だ。
「秋本博美ちゃん 、っていって、今度の予選で助手をしてもらうんです」
30過ぎの井上だが、集まっている人たちは皆年上なので、珍しく敬語で受け答えをする。
「おお、専属の助手かい。 ひょっとして彼女?」
「違いますよ。 博美ちゃんには別にちゃんと彼氏がいますから」
「それじゃ、井上君はまだ彼女無しかい?」
「いえ…… 一人出来ました・・・」
「普通は一人だろ! 二人も三人も作るなよ。 修羅場になるぜ」
「おー 経験者は語るってか!」
おじさんたちのパワーに押されて、博美はただ黙って微笑んでいるだけだった。
やっとのことでおじさんたちから解放された博美が井上のレガシィの所まで戻ると、ちょうど小松が隣に車を止めているところだった。助手席の加藤を見て博美の顔が綻ぶ。
「おはよう♪ 康煕君。 小松さんも、おはようございます」
「博美ちゃん、おはよう。 なんだい俺は加藤君のオマケか?」
あまりのテンションの違いに、小松が苦笑しながら答える。
「博美ちゃん。 どんどんデレて行ってないかい?」
「何ですかそれ?」
「加藤君にデレデレしてるってこと!」
飛行機を下ろしながら井上が説明をした。
「デレデレなんてしてません!」
周りから見れば一目瞭然なのに、博美は顔を赤くして否定した……
井上と小松が飛行機を組み立てて駐機スペースに並べた頃、小松の車の横にオンボロな軽のワンボックスとドイツ製の高級車が止まった。高級車から安岡が降りると、ワンボックスのリヤゲートを開ける。中にはピカピカのスタント機が入っていた。
「安岡さん。 いきなり開けないでくださいよ」
ワンボックスから日に焼けた若い男が降りてきた。
「なかなか綺麗に出来てるね。 うん、うちの工場のクオリティーもだいぶ良くなった」
「ええ、良かったですよ。 精度もバッチリでした」
中肉中背の特に特徴の無い男は、しかし安岡と親しそうに話をしている。高級車が見えた時から安岡だと気が付いていた博美たちは、二人のやり取りを何となく見ていた。
「あれ誰?」
小松が井上に尋ねる。
「知らないなー 若いよな。 小松君と同じくらいじゃないか?」
ひそひそ二人が話してると、その男が博美の方に顔を向けた。何かに気が付いたように近づいてくる。
「違ってたらごめん。 秋本さんだよね?」
何故か博美を知っているようだ。
「あの、すみません。 お会いしたこと有ったでしょうか?」
博美が若干警戒しながら返事をする。
「ああ。 いきなりごめんね。 僕は篠宮といって、高専機械科4年生なんだ。 君は高専で有名だから、勝手に知っていたんだ。 で、秋本さんでいいよね」
「高専の先輩でしたか。 はい秋本です。 でも先輩は寮でお見かけしたこと無いですね」
「うん。 僕は自宅から通っていて、寮には入っていないから」
「じゃー 高専の近くに住んで見えるんですね」
「原付バイクで20分だから、そんなに近いって訳じゃないね。 それより今日はどうして此処に?」
「今度の予選で井上さんの助手をすることになって、その練習なんです」
「噂通り、ラジコンをするんだ。 女性がラジコンをするのは珍しいね。 何を飛ばしてる?」
「アラジンです。 そこに置いてありますけど」
今日はスタント機の集まりなので博美はアラジンを持ってこない積もりだったのだが、井上の勧めで持ってきていた。
「へー 可愛いカラーリングだね。 秋本さんに似合ってるよ」
「ありがとうございます。 先輩も予選に出るんですか?」
「出るよ。 その為にこの機体を用意したんだ」
「綺麗な飛行機ですねー なんて読むのかな……「マーレラ」ですか?」
「「マルレラep」だね。 僕の設計で安岡さんの工場で作ってもらったんだよ」
「先輩凄い! スタント機を設計できるんですか?」
「まあ、既存の飛行機を参考にしてね……」
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「…………」
小松の飛行機の準備を手伝いながら、加藤が博美の様子を伺っている。
「気になるよね~ 加藤君。 彼女が別の男と話してるのは悔しいよね 」
その様子を見て小松が小声で話す。
「別に!」
加藤の声が何時に無く強張っている。
「おー 怖い」
否定はしているが、声は加藤の気持ちを如実に表していて、小松は肩をすくめた。
関東での話は本当の事で、さらに最低限「プレマスターズ」の資格を持ってないと駄目らしいですね。
篠宮の持ってきた飛行機の名前は私が以前作った飛行機の名前です。仲間内では不評でした。
やっぱり彼女が他の男と話していると気になりますよね。




