披露宴?
恋は盲目?……周りが見えません。
博美と加藤はバスセンター前の停留所に戻ってきた。
「もうお昼だよね。 何か食べようよ」
「ああ。 フードコートにでも行くか?」
二人が話しながら横断歩道を渡る。
「うーん…… ねえ、ここに行ってみたい……」
博美がバスセンターのビルの壁に張ってある大きなポスターを指差した。最近進出してきた全国チェーンのイタリアンレストランだった。
「えーと。 ランチはパスタを注文するとピザが食べ放題でフリードリンクとデザート付きか。 博美はそんなに食べられないだろ?」
「だって、行ってみたいんだもん。 康煕君は食べるでしょ?」
「ああ、自慢じゃないが二人前なら余裕で食べられるな」
「ほんとにー! ねえ太らないでよ」
つい博美は加藤のお腹を触ってしまった。
「ねえ、お腹すいたー」
「お前が言ったんだろ。 我慢しろよ」
二人がレストランに来てみると、流石にお昼時とあって満席だった。30分待ちだと言われ、仕方なくいすに座って待っている。
「康煕君、なんか冷たい……」
「だってしょうがないだろ。 あと15分ぐらいだ。 頑張れ!」
「はーー やっと食べられる」
二人が席に通されたのは、さっきのやり取りの後20分後だった。
「ほんと根性無しだな。 ほれ、取ってきてやったぞ」
加藤がピザを乗せた皿を博美の前に置いた。
「僕だって飲み物を持ってきたよ。 お相子じゃない」
博美がさっそくピザを一切れ摘んだ。
「おいしー♪」
にこにこしながら食べていると、ふと加藤が見ているのに気がついた。
「康煕君は食べないの?」
「あ、ああ。 食べるよ (なんか、今日は何時もより幼く見えるな。 何故なんだろ?)」
加藤も手を伸ばして博美の前の皿から一切れ摘み、二つに折り曲げて口に入れた。
「うん。 美味い」
「でしょ! やっぱり此処にして良かったね」
「さっきまで「ぶーぶー」言ってたのに。 手のひら返しとはこの事だな」
「良いじゃない。 美味しいは正義なんだから。 美味しければ全てOK!」
加藤が見ている前で、博美は次々とピザに手を伸ばす。
「おい! どんだけ食べるんだ。 まだパスタがあるんだぜ」
「だってー 美味しいんだもん。 パスタは康煕君が食べて♪ 二人前食べられるんでしょ」
「おまえなー」
結局、加藤の目の前には二人分のパスタが置かれ、博美はデザートの乗った皿を前に紅茶を飲んでいる。
「んふふ~ 美味しそうー 早く食べようよー」
「ちょっと待てよ。 流石にパスタ二人分は多いぜ」
正確には二人前とはいえ一人分の2倍は無いのだが、ピザを食べた後に一人で食べるにはいささか量が多い。
「しかし、お前。 なんか今日は我がままだな。 何時もはわりと遠慮しているようなんだが」
「んっ……」
それを聞いた途端、博美は俯いて膝の上に置いた手を握り締めた。
「どうした?」
加藤がそれを訝しむ。
「ねえ…… こんな子は嫌い?」
博美が顔を上げ、加藤を真っ直ぐに見て尋ねた。
「どういうことだ? 今日は演技してるのか?」
「ねえ…… 康煕君はどんな子が好きなの? 僕はそれに合わせるから……」
「わけが分からない。 博美は博美だろ。 俺になんで合わせるんだ?」
「いいから、康煕君の好きなタイプを教えて。 僕はそれになるから」
「変なこと言うなよ。 人がそんなにころころ変わるわけないだろ」
「康煕君は僕のことどう思ってるの? 僕は康煕君に好かれたい。 だから康煕君の好きな女の子になりたい。 まだ女の子になったばかりだから……」
「俺は可愛いと思うよ。 こんな可愛い子が一緒に遊んでくれるなんて、信じられないくらいだ。 ……って、なったばかり?」
「あっ…… あの…… (どうしよう、変なこと言っちゃた。 男だったって言えないし)…… 女の子の日がまだ3回しか来てないから…… ごめん、変なこと言っちゃったね」
「ああ…… そう言うこと」
「可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど、それって外面だよね。 ねえ、僕のこと好き? それとも嫌い?」
博美は追求の手を緩めない。
「ま…… それより、食べようぜ。 冷めちまう」
「加藤君。 返事できないの? そう…… 僕のこと好きじゃ無いんだ…… っう……」
博美はそれまで真っ直ぐ加藤を見ていた目を伏せた。頬を涙が伝う。それを見て加藤が慌てて言った。
「ま、まて…… 嫌いなんかじゃない! どちらかと言えば好きだ。 いや…… 好きだ!」
それを聞いて、目に涙を溜めたまま博美が顔を上げた。拭くのを忘れた涙が膝に落ちるのにも気づかず、加藤の顔を見る。
「ほんと? 嘘じゃない?」
「本当の気持ちだ。 嘘なんかじゃない。 博美のことは大事に思っている」
「よかった…… 言って良かった…… うれしい……」
突然、周りから拍手が鳴り響いた。固唾を呑んで二人の事を見ていた満席の客と、従業員が一斉に拍手をしたのだ。
「えっ! ええっ! なんで?」
いきなりの事に、博美が「きょろきょろ」周りを見る。涙は止まってしまった。
「おめでとう」
「いいぞー」
「がんばれよー」
「かわいいー」
・
・
・
次々と声が掛かる。
「なに…… なに…… どうして……」
博美は真っ赤になって、再び顔を伏せてしまった。
「あー 恥ずかしかった」
「ああ。 まさか回り中の人に聞かれていたなんてな」
あの後、二人はデザートを食べるのもそこそこに、店を飛び出してきたのだった。しかも代金を払おうとしたら、既に「若い二人にお祝いだ」と先に店を出たお客さんが払ってあったので、仕方なくレジの側にあった募金箱に代金を入れてきたのだ。
「なんかもう…… 披露宴?…… って感じだね。 ねえ、なんか暑いね……」
博美の顔はまだ真っ赤になったままだ。
「これからどうする? まだ寮に帰るのには早いだろ」
「うーん…… ねえ、プリクラって撮ってみたいな」
「プリクラって、ゲーセンによく置いてあるやつだろ。 女って好きだよな。 博美も撮った事あるのか?」
「撮った事無いんだ。 だからやってみたい」
「OK。 それじゃ行こうか」
二人は手を繋いでエスカレーターで降りていった。
ゲームセンターは3階にあった。
「うわー うるさいーー」
日曜日という事もあって、どのゲーム機にも人が付いている。
「ゲーセンなんて、こんな物さ。 博美は来たこと無いのか?」
「うん。 初めて」
「おいおい。 天然記念物だな」
「だってー 禁止されてたんだもん。 お父さんに」
「うふふ…… うれしー♪」
二人で写った写真を見ながら、博美と加藤がゲーセンから出てきた。
「しかし、なんだあの機械…… あんなに急かさなくてもいいだろうに」
加藤もプリクラは初めてで、次々に出される要求にさんざん慌てさせられたのだった。
「にいさんたち、リア充してるね。 俺たちにも幸せを分けてくんない?」
二人の前に、見るからに不良な三人の男が立ちふさがった。
「彼女、可愛いじゃない。 一緒に遊ぼうぜ」
「…………」
博美は加藤の後ろに隠れた。
「そんなに怖がるなよ。 別に取って食べようって訳じゃないぜ」
一人が博美の腕を掴もうと、手を伸ばしてきた。
「やめろ!」
その手を加藤が払いのける。
「彼女の前だからって、かっこ付けてるんじゃねーよ!」
その男が加藤に殴りかかった。加藤はその拳を払うと、間合いが狭いにも関わらず、がら空きになったわき腹に蹴りを入れる。少林寺拳法独特の、膝を折りたたんだ蹴りだ。
「ぐえっ!」
男は苦しさに腰を折る。さらに加藤の突きが鳩尾に入った。
「げっ……」
昼にハンバーガーを食べたのだろう。男はパンとひき肉を吐き出して床に転がった。
「えっ!」
残った二人が呆然としている。無理も無い、倒れている男は三人の中で一番喧嘩が強いのだ。それが一瞬で倒されたのだから。
「おまえら、華長中の加藤って知ってるか?」
加藤が何時もとは違った口調で言う。
「ま…… まさか…… お前が」
不良たちの顔がみるみる青くなっていく。
「さーなー」
「すみませんでした!」
二人は回れ右をすると、駆け出そうとする。
「まてよ! この生ごみ片付けろ」
「はいっ! 分かりました」
二人は、倒れている男を両側から支えて歩いていった。
「もう大丈夫だぜ」
加藤が後ろに居る博美に声を掛け、振り向いた。そこに博美が抱きついてくる。
「康煕くん…… 大丈夫? 怪我してない?」
「なんとも無いよ。 弱い連中だったな」
「ねえ、あの人が吐いた物、どうする?」
「汚ねえな。 あいつらに掃除させるか?」
「いやよ。 あんな人たちの顔をまた見るなんて」
少し離れたところでフロアの掃除をしている従業員を博美が見つけた。
「撲、頼んでくる」
従業員のところに走っていって博美が声を掛けた。
「おばさーん。 あそこに誰かが吐いたみたいなんですけど」
「あらあら。 酷いねー お嬢さん、汚れたりしなかった?」
「大丈夫ですー すみません、私たち行きますね」
博美と加藤は手を繋いでそこを離れていった。
中学一年の頃「やんちゃ」していた加藤は服部に負けました。そのまま服部の下で少林寺拳法を学び、ラジコンを知ったのでした。




