ヤスオカ模型
初めてのお店は入りにくいものです。
樫内は路面電車の乗車ホームで、バスセンター行きの電車を待っていた。いつもなら直ぐに来るはずが、家を出るタイミングが悪かったのか、なかなか電車が来ない。イライラしながら立っていると、反対方向行きの電車が目の前に止まり、何人かの乗客を降ろすと出て行った。
「(あれっ! 加藤君……)」
何気なく反対側のホームを見ると、今しがた電車から降りたらしく、腕に女の子をぶら下げた加藤が居る。
「(えーー 加藤君って、彼女が居るんだ。 あの子、誰かしら? 見たこと無いわねー そうだ、写メ撮っとこ)」
樫内がスマホを二人に向け、シャッターを押そうとしたとき、目の前を電車がふさいだ。
「なんなのよー ちょうどいい時に……」
大急ぎで電車に乗ると、窓に駆け寄る…… が、加藤はすでに何処かに行ってしまっていた。
「(あーあ! 逃げられた。 でも、あの子って、秋本さんじゃなかったよね? セミロングだったし、あんなひらひらした服は着ないだろうし…… 誰なんだろ?)」
ぶつぶつ呟く樫内は、バスセンターへと運ばれていった。
樫内に見られていたとも知らず、博美は加藤の腕を抱いたまま、ヤスオカ模型の前に来ていた。
「意外と大きいお店なんだ……」
博美がそう言うのも無理は無い。そこには4階建てのビルが建っていたのだ。
「ほんと、大きいよな。 でも本当に此処なのか?」
加藤は不安そうに入り口の横にあるショーウインドウを見ている。そこには天体望遠鏡やプラモデルが飾ってあり、ラジコン模型、ましてや飛行機が置いていなかった。
「なあ。 同じ名前の別の模型屋さんだったりして……」
「考えてても仕方が無いよ。 入ってみよっ!」
博美は加藤の腕を放すと、入り口のガラス扉を押して入っていった。
慌てて加藤が店に入ると、博美が周りを「きょろきょろ」見ながら立ち止まっている。
「康煕君! プラモデルしか無いよ。 此処じゃ無いのかな……」
その言葉に加藤も周りを見渡した。確かに全ての壁に作りつけられている棚にはプラモデルが積み上げられていて、ラジコン飛行機は全く置いていない。
「いらっしゃいませ。 御譲ちゃん、何を探しているの? うちはヌイグルミは置いてないけど」
声を掛けられ博美が其方を見ると、店の奥のカウンターに優しそうなおばさんが居るのに気が付いた。
「あのー ラジコン飛行機が見たいんですけど」
「あら、あなたラジコンするの? まあー 見かけに寄らず活発なのね。 ラジコン関係は、この奥に置いてあるわ」
そのおばさんの指し示す所を見ると、そこはショーケースに挟まれた通路になっていて、奥はまた広くなっているようだ。博美と加藤はお礼を言って、その通路に入っていった。
「わあ! すごい……」
「おおー 凄いな」
通路の奥は、さっき入った入り口近くより広いスペースが取ってあり、片方の壁のショーケースにはラジコン装置が、もう片方には飛行機のキットが置いてある。部屋の中央部は背の低いショーケースを「コ」の字形に置いてカウンターにしてあり、その中にはエンジンやプロペラなど飛行機に使う部品が大量に納められていた。
「ねえ、この下がっている飛行機って何かしら?」
カウンターの上に、天井から吊るされた飛行機がある。あまり大きくないその飛行機は、元は白かっただろう塗装が黄ばんでいて、かなり古そうだ。しかしそこからは「オーラ」とでも言える物が放たれているようだ。
「うーん。 俺も分からない…… でも貫禄があるよな」
ガチャ…… 突然二人の後ろ側にあるドアが開いた。ビックリして二人が振り向くと、初老の紳士が出てくるところだった。
「いらっしゃい」
お店の人だろう、紳士は二人に挨拶をする。
「あの…… 失礼ですけど、安岡さんですか?」
昨日会った安岡と、何処と無く似ている事に気が付いて、加藤が声をかけた。
「はい、安岡です。 と言っても、おそらく君の知っている安岡ではないよ。 僕は弟だ」
紳士は「慣れてるよ」といったように、優しく微笑んだ。
「僕はね、兄貴の助手として大会に参加していたんだ。もちろん飛行機を飛ばせない訳では無いよ」
弟と名乗った紳士は、二人に聞かれるままに話を始めた。
「このお店は、僕たちの父親が始めた店でね、最初はプラモデルだけ売っていたんだ。 でも兄貴と僕はラジコンがしたかった。 それで、高校卒業後に店を手伝いだしたとき、ラジコンを扱うようにしてもらった、という訳なんだ」
「僕たちと同じころに始めたんですね」
博美は、昨日安岡が言った「 そんなころから始めると伸びるよ」という言葉を思い出していた。
「そうだね。 早く始めるほど上達するんだよ」
「この飛行機は何ですか?」
加藤が、天井から下がっている飛行機のことを聞く。
「これはね、世界選手権で優勝した時に使った飛行機だよ。 もう30年前かなー」
「……世界選手権で優勝……」
博美と加藤が息を呑んだ。そのことを知ったとたん、飛行機から放たれる「オーラ」が強くなったようだ。
「この飛行機には苦労掛けられたんだ。 当時はプロポの機能が貧弱でね、飛行機のクセを取るのが大変で、どうにもならなくて使うのを諦めることもあったんだよ。 こいつも普通なら使わないくらい酷いクセがあったんだが、新しく作るには時間が無かったんだ。 それで兄貴は「腕」でカバーしようと猛練習をしたんだ。 そのお蔭で、少々の環境の変化には対応出来るようになってね。 これは良かったね。 皆が崩れる悪天候でも大きく崩れることが無かった。 それが優勝出来た要因だと僕は思っているんだ」
「助手だったそうですが、その練習も一緒にしたんですか?」
博美が尋ねる。
「もちろん一緒に練習したよ。 助手っていうのはね、選手から信頼されてないと駄目なんだ。 考えてごらん、選手が助手のアドバイスを信用出来なかったら、役に立たないどころか邪魔になるだろ。 外国では父親が助手をしたり、奥さんだったり、もちろん僕たちのように兄弟だったり、信頼できて何時も一緒に居る人が助手をすることが多いよ。 日本では少ないけどね」
「僕は井上さんに助手を頼まれてるんです。 井上さん知ってます?」
「知ってるよ。 彼は実力が有るのに、最近はうまく行ってないね」
「何か助手をするにあたって、気をつけることってあります?」
「彼は理詰めで飛ばすね。 あまり出しゃばらず、必要とされる事を的確にしてあげるのが良いんじゃないかな」
二人は再び路面電車のホームに来ていた。
「良かったね。 安岡さんには会えなかったけど、弟さんからいっぱい話しが聞けた」
またまた加藤の腕を胸に抱いて博美が話しかける。
「ああ、実際に選手権に行った人の話は重みが違うな。 それに俺の飛行機のことも聞けたし」
加藤も飛行機を飛ばそうと思っているので、作る飛行機は何が良いかを聞いたのだ。
「やっぱり「アラジン」だったね」
安岡の答えは、博美の飛ばしているのと同じ「アラジン」だった。安岡の言うには「癖」のある飛行機を送信機の機能で無理やり飛ばすのは上達に悪い影響が有るらしい。その点、安岡製の飛行機はテスト飛行を十分してあって、悪い「癖」が出ないようにしているらしい。
「僕の「アラジン」を飛ばしてみてから決めると良いんじゃない?」
「そうだな。 貸してくれるかい?」
「康煕君なら何時でもOKだよ」
博美は自分の答えに恥ずかしくなって、加藤の背中に抱きつき、顔を埋めてしまった。
博美の妄想。
「博美。 いつでもOKなんだろ?」
「康煕。 OKなのは飛行機のことだからね。 それ以外の事じゃないから!」
「なんだ。 飛行機のことだけか……」
「当たり前じゃない。 なに期待してるの!」
「いや……男だったら「なに」を期待するに決まってるだろ」
ちょっと博美が暴走ぎみです。




