うふ・うふふ……
ついにデート?
ベッドの上に洋服を並べて、博美は悩んでいた。枕元には若者向けのファッション誌が広げてある。
「(加藤君、どんなのが好きなのかなー)」
夕べは「デートじゃない」なんて言っていた割には、まるで恋人に会う乙女の心境だ。
「(やっぱり女の子らしいのが良いよね)」
やっと決まったのは柔らかな綿の、衿と袖に細かいレースで飾りの付いた半そでシャツの上に、ひざ上長さのピンクの小花柄キャミワンピだった。
「(ちょっと短いかも……)」
博美はドレッサーの前でくるくる回ってみる。ワンピースの裾がふわりと広がり、太ももが覗くのが色っぽくて顔が赤くなった。
「(だめ! 恥ずかしい)」
仕方なく、ジーンズを下に穿くことにした。
洋服が決まったので、メイクをしてセミロングのウィッグを付けると、博美はダイニングに下りていった。
「おはよう」
ダイニングには珍しく早起きをしたらしい光が居た。
「おはよう、お姉ちゃん。 なになに、朝からお化粧して、ウィッグまで付けて、どうしたの? ひょっとしてデートー?」
「ち・ちがうよ…… ちょっと一緒にお店に行くだけ」
「だれとー?」
「誰でもいいじゃない! とにかくデートじゃないから」
「へへへー もしかして加藤さん?」
「もー 誰でもいいじゃないの」
「やっぱり加藤さんなんだ。 加藤さん良い人だもんね。 カッコいいし」
「……なんで分かるの?」
「お姉ちゃんが加藤さんを見る目って、恋する乙女って感じがするもんね」
「…………」
博美は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「聞こえてたわよ。 やっぱり加藤君とデートだったのね」
キッチンから明美が朝食を運んできた。
「うん、博美。 なかなか可愛く出来たじゃない。 これなら加藤君もイチコロね」
「おかあさん! そんな……そんな邪な気持ちじゃ無いから」
「何言ってるの。 女の子は時には悪魔にならなきゃ」
「そうよー お姉ちゃんって、奥手なんだからー」
「…………」
2対1では博美は絶対敵わない。 どんどん追い込まれて、言い返せなくなった。
「さあ、ご飯にしましょ。 光、手伝って」
もう十分だと、明美が終了宣言をした。
田舎とはいえ、日曜日の朝のバスはそれなりに込んでいて、座れたにも関わらず博美は少し疲れてバスセンターに着いた。
「(わー 人多すぎ……)」
加藤と待ち合わせるはずの待合室も人でごった返している。
「(失敗したなー こんなに人が多いなんて……)」
人ごみにしり込みした博美は中に入れない。仕方なく、加藤にメールを出すことにした。
{人が多すぎて待合室に入れない。 どこか場所を変えよう}
通路に立っていると邪魔になるし、なんだか通る人がお尻や胸に触っていくような気がして、博美はバスセンターから外に出てしまった。
{ごめん、まだバスの中だ。 それじゃバスの止まる3番口で待ってて}
博美が不安になったころ、やっと加藤からメールが帰ってきた。
{分かった、待ってる}
簡単にメールを返すと、博美はバスセンターに再び入っていった。
バスの乗車場と違って降車場は、丁度到着するバスが少ないと見えて人影も疎らで、さっき自分も降りた場所の筈なのに、まるで何処かの廃墟に紛れ込んだようで、博美は寂しくなってきた。
「(加藤君、早く来ないかな)」
加藤のメールにあった3番口の近くにあったベンチに埃を払って座り、博美は不安な目で辺りを見渡した。ふと気が付くと、此方に歩いてくる人影が見える。近づくにつれ、若い男の姿となったそれは、博美の座っているベンチに「どっか」と座った。
「(……加藤君、早く来て……)」
泣きそうになった博美は、ベンチの上でバッグを抱え体を小さくして、ただ俯いていた。
5分も経っただろうか、博美はちらっと、間を開けて座っている男を見た。男はスマホを見ているようだ。すると「ふっ」とその男が笑顔になり、何かスマホに打ち込みだした。
「(この人も、誰かを待っているのかな。 もしかして恋人?)」
なにか仲間を見つけたようで、博美は寂しさが消えていくのを感じた。ふと気が付くと、周りに人が集まっている。
「(???)」
博美が不思議に思っていると、バスのエンジン音が響いてきた。
「(そうか。 バスが着くので、迎えの人が集まったんだ)」
目の前に、座れず立っている人が窓から見えるバスが止まり、次々人が降りてくる。ちょっと大人びた女の人が降りてくると、その人は顔を輝かせ、博美の座っているベンチに歩いてきた。さっきまで座っていた男は既に立ち上がっていて、その女の人を迎えると肩を抱くように出口に歩いていった。
「なにボーっとしてるんだ」
突然頭の上で声がして、博美は上を見上げた。
「加藤君!」
「うわっ! ち・ちょっと……」
待ち焦がれた加藤を見て、博美は立ち上がって抱きついていた。
「うふ・うふふ……」
加藤の左手を胸の間に抱くようにして、博美は路面電車の乗り場にいる。ヤスオカ模型は、この路面電車で二駅西に行った所にある。
「おい、博美ちゃん。 今日はどうしたんだ?」
顔を赤くして加藤が尋ねる。
「博美って呼んで」
加藤の問いには答えず、博美が甘えた声で言った。
「博美…… 今日はどうしたんだ?」
「んーーー」
博美は頬を加藤の肩に押し付けて、うっとりとしている。
「うれしい…… ねえ、加藤君…… 私も名前で呼んで良い?」
「あ・ああ…… 別に良いけど…… ほんと、どうしちゃったんだ?」
「康煕君…… ねえ、今日の私のファッション、似合ってる?」
「良いと思うぜ。 かつらを付けてるんだよな?」
「ウイッグって言うんだよ。 ねえ、いつもの私とどっちが良い?」
「どっちも博美だ。 俺にとって違いは無いよ」
「嬉しいけど、微妙…… 一生懸命考えたんだよ」
「見た目は違っても、俺にとってはどちらも博美だ。 中身は変わらないからな。 今日の格好が似合ってない訳じゃないぜ。 可愛いと思う」
博美の顔が「ぱっ」と輝いた。
「ねえ、最後に何て言った?」
「可愛いと思う」
「う・れ・し・い」
周りで路面電車を待っている人たちが「どん引き」しているのも気がつかない博美だった。
初めて加藤と二人で出かけるので、博美は気合が入っています。
待っている間寂しかった反動で、博美は甘えています。




