思春期
加藤に対する気持ちは恋?
金曜日の夕方、博美は部活が終わって寮に帰っている。流石に足はだるいが、月曜日の様に泣き言をいう程ではない。
「ねえ、加藤君。 明日はどうする?」
博美は前を歩いている加藤に声を掛けた。
「なに、あんた達。 何処かに出かけるの? デートじゃ無いでしょうね!」
加藤が返事をするより早く、隣に居た樫内が声を荒げた。この一週間、樫内は必ず博美の隣を歩いていて、しかたなく加藤は後ろや前を歩いているのだった。
「うん。 いい所に行くんだ♪」
博美がわざと明るく言う。
「この鬼畜が。 秋本さんを変なところに連れ込むんじゃないでしょうね!」
一瞬の間に樫内が加藤の前に回りこみ、送襟絞めを決めた。
「秋本さん、騙されちゃ駄目。 男は皆獣なのよ」
「(加藤君は紳士だけどなー どちらかと言うと樫内さんの方が危ないし)」
樫内が必死になるほど、博美は冷静になるようだ。
「そろそろ放してあげないと、加藤君死ぬんじゃない?」
「あっ! 忘れてた」
加藤の顔から血の気が無くなったのに気が付き、ようやく樫内が手を放す。
「ゲホゲホ…… 殺す気か!」
「そこまでは望んでないわ。 この週末、気絶しているだけでいいの」
「さらっと危ない事を言うなよ。 俺たちは手伝いを頼まれてるんだ。 やましい気持ちで秋本さんと出かけるんじゃない」
「あら。 何処に行くの」
「ラジコン飛行機を飛ばすところ♪」
博美は嬉しそうだ。
「そう。 秋本さん、くれぐれも気をつけてね。 いざとなったら大声を出すのよ」
「人聞きの悪いことを言うな!」
加藤の叫びが学校中に轟いた。
「ただいまー」
博美は金曜日の夜に家に帰ってきた。寮に帰って夕食を取り、洗濯をしてから出たので、今はもう9時が近い。
「おかえり。 晩御飯は? お風呂はどうする?」
明美が出迎えると、矢継ぎ早に訊ねてくる。
「ご飯はたべてきた。 お風呂も入ったけど、シャワー浴びる」
「わかった。 シャワー浴びておいで」
博美はお風呂場に直行した。
博美がシャワーを浴びて食堂に来ると、明美が紅茶を入れてくれた。居間では光がソファーに座って歌番組を見ていて、軽快なダンスミュージックが聞こえている。
「おかあさん……僕、こんな体でしょ。 男の人を好きになってもいいのかな?」
博美がテーブルを挟んで座る明美に話しかけた。
「なに? 好きな人が出来たの?」
「すきなのかなー よく分からないや。 でも気になるんだ」
「どんな風に?」
「いつの間にかその人のことを考えてたり、僕のことを褒めてくれると嬉しいし、その人の前では綺麗で居たいんだ」
明美がテーブルを回って、博美の隣に座る。
「そう……博美にもそんな時が来たのね」
「そんな時?」
「思春期。 これまでは異性を意識することが無かったでしょ。 それが意識するようになってきたのね」
「これが普通なの?」
「うん、ふつうよ。 これから博美は沢山恋をして、どんどん綺麗になるわ」
「この気持ちが恋?」
「そうよ。 ところで相手は誰? 加藤君かな」
「……うん……そう……ねえ、おかあさん。 どうしよう。 僕、如何すればいいの」
「特に何もしなくていいわ。 博美は博美のまま、そのままで居なさい」
「そのままで良いの?」
「そう。 そのままで博美は可愛い女の子だから」
「でも……僕……僕はあそこが……うっ・うううう……」
博美は涙が落ちそうになって、ティッシュを目に当てた。
「も・もし……加藤君が……加藤君が知ったら、きっと嫌われる・・うううううう」
「大丈夫よ。 お母さんは一回しか会ってないけど、加藤君はそんな事で人を嫌いになったりしない子よ。 それに、そんな事で嫌いになるような男なんか、こっちから振っちゃえ」
明美は博美を抱きしめ、頭を優しく撫でた。
「おかあさん……」
博美は明美の胸に顔を埋めて、声を出さずに泣いていた。
一頻り泣いた後、博美は光輝に部屋に行って「アラジン」のバッテリーを充電した。明日は井上と行った事の無いクラブで飛ばすのだ、不備があったら申し訳ない。
「えーと、最初はハーフ・クローバー・リーフ、次がストールターン・ウイズ・クオーターロール ……」
部屋に戻ると、演技の順番を頭に入れる。助手をするのだから、それぐらいは出来ないといけない。
「ハーフループ・オンコーナー・ナイフエッジループ、最後がフィギュアZ。 はー 沢山有るなー メモがないと間違えそうだ」
もう時間は11時になっている。博美はベッドに入った。
「(加藤君、明日はどうやって行くのかな? もう寝たかな。 メールしようかなー)」
つい加藤のことを考えてしまう。
「メールしちゃえ」
独り言を言うと、携帯を手にとってメールを書き始めた。
{加藤君、もう寝た? 明日はどうやって行くの?}
送信ボタンを押して、再びベッドに入った。
「(加藤君、僕のことどう思ってるのかな)」
また、加藤のことを考えていると、メールの着信音がした。枕元に置いた携帯を開いてメールを見る。
{もう直ぐ寝るよ。 明日は小松さんが乗せて行ってくれる。 それじゃおやすみ}
そっけないメールだが、博美は読みながら何故か「ほっと」していた。
{良かった。 おやすみ}
簡単に返信すると、ベッドに潜り込んだ。
「(ふふ、お休みメールって、恋人どうしみたい)」
顔が「にまにま」するのを止められず、腑抜けた顔で博美は眠りに落ちた。
柔道の絞め技は意外と効きます。
此処に出てくる演技は2012年から2013年まで使われていたものです。その年のF3Aの予選は1フライトで17個の演技を含んでいました。
途中で間違えるとその演技が0点になるだけでなく、その後ろの演技にも影響することがあるので、助手のアドバイスは重要です。




