樫内の本性
シリアスなのは苦手です。
放課後、博美は校舎の北側にあるテニスコースに向かった。今日からテニス部の練習が始まるのだ。しかし生理も始まったことだし、挨拶だけしてあとは見学をさせてもらうつもりだ。
「しつれいします」
コートに着くと、部長の杉浦が居たので挨拶をする。
「やあ、来たね。 そこの部室に更衣室があるから、着替えるといいよ」
指された方を見ると、テニスウェアーに着替えた女子が丁度出てくるところだった。
「すみません……あの……女の子の日でして……見学だけでいいでしょうか?」
男子に対しては、なかなか言いにくい事で、声が小さくなる。
「ん…… ああそうか。 いいよ、それじゃ見学してて」
部長はちょっと考えて分かったようだ。
「あら、秋本さん。 生理なのに来たの?」
真新しいテニスウェアーを着た樫内が側にやって来た。
「真面目なことね って、何するのよー……」
突然、樫内の両側に男が現れ、両脇を抱えて連れて行こうとした。部長は突然のことで固まっている。
「待って。 樫内さんを何処に連れて行くの!」
博美が慌てて止めようとした。
「この女は、貴方を侮辱した。 我々が処分します」
男の一人が答えた。
「(初めて声が聞けた…… じゃなくて、止めなきゃ)」
「なんで、樫内さんが何をしたって言うの」
答えてくれた男の腕を博美は掴んだ。
「この女は、自分勝手な恋心により、貴方に酷い言葉を浴びせ、貴方を泣かせた。 これは万死に値する」
「違うの、僕が泣いたのは…… その…… お腹が痛かっただけ」
二人の男は顔を見合わせ、頷くと
「分かりました、それでは今回は不問に処します」
言うが早いか、忽然と消えた。後には呆然とした部長と樫内、博美が残された。
「あんた、バッカじゃないの。 あんな嘘で私を助けるなんて」
樫内が、言葉は悪いが「ほっ」とした様子で博美に言った。
「嘘じゃないもん。 生理で痛かったのはほんとだもん」
博美も安心したのか、口調がずいぶんと砕けた様になった。
「ふふ、秋本さんもそんな風に話すのね」
「えへへ、樫内さんだって、普通に話せるんだ」
「ごめんなさい…… 私、秋本さんの事、誤解してたみたい。 見た目と違って、気さくな人なのね。 可愛いし」
「えー、僕ってどんな風に見られてるの?」
「やだー! 秋本さんって「僕っこ」なのー」
博美の疑問には答えず、突然樫内が両手を胸の前で握り締めて「ぷるぷる」震えだした。目も大きく開かれ、博美を見つめている。
「わーー、樫内さん、なにーー」
樫内の変化に、博美が後ずさる。
「かーわいーー」
樫内はダッシュすると、博美に抱きついて、頬を押し付けてきた。
「んん~~。 なにーこの可愛い子。 持って帰りたい!」
さっきからこの痴態を固まったまま見ていた部長の杉浦は、鼻血を噴出し倒れていた。
一年生の部員が素振りをしているのを、博美はベンチで見学してた。杉浦は男子部員に保健室に運ばれたまま帰ってこないので、副部長が一年生を指導している。15人ほど居る一年生の中で、博美が見ても樫内は「さま」になっている。
「樫内さん、上手だね。 すごく綺麗なフォーム」
休憩時間に博美が話しかける。
「ふふ、実はね、中学でもテニスをしてたのよ。 県大会でも上位に居たわ」
「すごーい。 やっぱり上手なんだ。 ウェアーが新品だったので、初めてかと思っちゃた」
「中学校の時のウェアーは古くなったから、新調したの。 秋本さんは買った?」
「ううん、まだ」
「そうだ、今度街にいっしょに行って、秋本さんのウェアーを買いましょ。 いろいろ在るから楽しいわよ」
「ええー、いいんですか? それじゃ、お願いします」
何時の間にやら、二人は仲良くなってしまっている。
「おい、なんか噂と違うんだが……」
加藤が博美に聞いてきた。
「ん、噂って何ー?」
「いや、樫内さんとお前が仲が悪いって……」
「そんなことないよー。 仲良しだもん」
「?????」
やや遅く練習に来た加藤は、練習前にあった博美と樫内の一件を知らないのだった。
練習が終わって、博美と樫内は連れ立って寮に帰っていた。
「ねえ、樫内さん。 さっきの「僕がどんな風に見られてるか」って事だけど」
気になって博美が尋ねる。
「ああ、その事ね。 秋本さん、美人でしょ。 それに男子に対して無防備っていうか、簡単に仲良くなるから、男子は「気があるんじゃないか」って思うし、女子から見ると「顔に物を言わせて、男を誑かす」女に見えるのね。 それに回りに隠密を連れて、お姫様みたいだったの」
「そんなー、僕は美人なんかじゃ無いし、突然現れる人たちは、僕も知らない人なんだから、って抱きつかないで!」
樫内が抱きついてきて、博美は歩けない。
「だってー、僕って言うんだから。 もう、可愛くて、可愛くて」
「ちょっとー、放して……」
10分後、やっと樫内が博美から離れた時には半径10メートルの範囲、鼻血を出した男子がごろごろ転がっていた。
「樫内さんは吉岡君が好きなの?」
「別にー、何でそう思うの?」
「朝、食堂で吉岡君に擦り寄っていたようだから」
「ああ、あれね。 あれは、貴方が加藤君と仲が良いのに、吉岡君とも平気で話をするから、ちょっと意地悪したくなったの。 ごめんね」
「なんだ、そうだったの。 吉岡君は中学校の同級生で、同じ部活だったの。 吉岡君が部長だったんだよ」
「それじゃ、加藤君が本命なのね。 ねえ、もう「キス」した?」
「え! キ、キ、キス…… してない、してない」
博美の顔が見る見る真っ赤になった。
「あらー、意外と晩熟なのね。 それじゃ、私が色々教えてあげるわね」
ニッコリと笑う樫内を見て、なぜか背筋の寒くなる博美だった。
樫内は多分可愛い物が好きなだけで、女性が好きという訳ではないでしょう。




