味方
女性に泣かれると男は困ります。
泣いている博美を見て、クラスメートの男どもは大いに慌てていた。
「お・お・お・おい、どうしちゃったんだろうな?」
「今の休み時間になんかあったんだろう」
「加藤、何とかしてやれよ!」
「そんなこと言われたってよー」
「秋本さんが泣くなんて、初めてだろ。 絶対なんかあったって」
「もし先輩に知られてみろ、全員消されるぜ!」
「やばい、なんとかしろ。 加藤、おまえだけが頼みだ」
結局、加藤が話しかけることになった。
「おい、どうしたんだよ。 なんか嫌なことがあったのか。 言ってみろよ」
博美の肩を優しく叩いて、加藤が聞く。
「何でもない…… 何でもないの」
「理由もなく泣くことはないだろ。 言えよ、皆仲間だぜ」
「…………」
なかなか博美は頑固だ。
「すみません」
ドアの所で、男どもの知らない女の子が呼んだ。
「はい、なんでしょう」
学級委員の西村が対応する。
「私、秋本さんのルームメートの永山っていいます。 秋本さん、今朝、電気科の子に悪口言われたんです。 それから落ち込んでて」
「それは誰だ!」
「電気科に殴り込みだ!」
途端に男どもが色めき立つ。
「なにが殴り込みだって?」
担任の堤が入ってきた。
「ほれ、チャイムが鳴ったぞ。 席に着け」
4時限目は社会の授業だった。
「秋本さんが泣いてるんです。 原因が電気科らしいんですよ」
「俺たちのアイドルを泣かすなんて、許せないじゃないですか!」
血気盛んな男たちは簡単には引き下がらない。
「み・みんな、やめて」
博美が顔を上げて声を出した。
「もう、大丈夫だから。 授業をしよう」
「秋本も言ってるだろ。 そら、始めるぞ」
「…………」
男たちは渋々席に着いた。
4時限目は何時になく教室が静かだった。
「おまえら、乱闘騒ぎなんぞ起こすなよ!」
授業の終わりに担任はそう言って教室を後にした。普段ならすぐに教室から出て行く学生たちが、今日は博美と数人以外全員残っている。
「先ずは、電気科の誰が犯人かを調べないといけない。 行動はそれからだ」
教壇に立ち学級委員長が言った。
「電気科に知り合いの居る奴は、そいつから情報をもらえ。 隠密にな」
全員が頷く。
「ようし、解散」
やっとお昼ご飯のために男たちは教室から出て行った。
博美は男たちが良からぬ相談をしている事も知らずに、寮に向かっていた。
「ねえ、皆、今日はどういうこと?」
博美は普段は一緒に歩くことをしないクラスメートが四方を囲んでいるのを訝しんだ。
「我々は、秋本さんを守るために居ます」
「えっ、守る?」
「そうです。 秋本さんに害成す者は全て排除します」
ナイトを引き連れた女王の様に、博美は寮の食堂に行くことになった。
「何よあれ。 まるで女王様ね。 鬱陶しい」
見た目はともかく効果はあったようだ。もう一度「嫌味」でも言ってやろうかと思っていた樫内を近づけなかったのだから。
昼食を食べて、博美は一度部屋に戻るため、渡り廊下にある女子寮への入り口のドアを開けた。
「秋本さん。 何があったの。 泣いたみたいだけど」
女子寮に入った所で、高木が話しかけてきた。
「えっ…… なんで知ってるの?」
「本当なんだ。 なんかもう学校中に噂が広まってるわよ」
「うー、そんな……」
博美は頭を抱えてしまった。
「でさ、機械科の人たちが犯人探しをしてるみたいなんだけど。 ねえねえ、誰かに何か言われたとか、されたとかなの?」
「うん…… ちょっと……」
「誰?」
「ごめん、もう授業が始まるから」
博美は樫内の事を言う気にはなれず、そのまま授業に行ってしまった。そのため部屋から換えのナプキンを取ってこられなかった。
6時限目、英語の授業を受けながら、博美はモジモジしていた。
「(おしりが、なんか気持ち悪い)」
「なんだ、秋本。 トイレか?」
教師が聞いてくる。
「いえ、別にいいです」
「我慢は良くないぞ。 恥ずかしがらずに行って来い」
「ほんとに違うんです」
「それなら良いが、あんまりモジモジするな。 気が散る」
「はい。 すみません (はあ、どうしよう。 ナプキンが汚れたんだ)」
教師は授業を再開した。
休み時間、ひょっとしてあるかもしれないと、博美は保健室に行ってみることにした。一階まで降りていって、廊下の端にある扉をノックする。
「はい、どうぞ」
中から聞いたことのある様な声が聞こえた。
「しつれいします」
扉を開けて入って中を見渡すと、白衣を着た女性が居た。
「すみません。 ナプキンが切れたんです。 置いてないでしょうか?」
保険医だろうと、博美が話しかける。
「秋本君でしょ。 まあ、可愛くなったわねー」
思っても見ない言葉が返ってきた。
「えっ、僕のこと知ってるんですか?」
「あらー、忘れたの。 田中よ。 美郷中で保険医だったでしょ」
「ええー。 田中先生…… そう言われて見れば…… でもどうして」
「うふふー、この春から転勤よ。 入学式の後で紹介されたのに、ひょっとして寝てたわね」
「す・すみません。 寝てました……」
なんと、美郷中で保険医をしていた田中洋子だった。
「実を言うとね、秋本君をサポートしたくて此処にきたのよ」
「サポートって」
「やっぱりあなた、女性とはあそこの形が違うでしょ。 この先、困ることが出てくるかもしれないからよ」
「そうなんですか。 すみません、有難うございます」
「で、ナプキンね。 あるわよ。 とりあえず一つでいい?」
「はい、寮に帰れば持ってますから。 一つあればいいです」
博美は田中からナプキンをもらうと、すぐ側のトイレで取り替えた。
「(あー、気持ち悪かった。 これで帰るまで持つかな)」
急いで4階まで上り、7時限目の授業を受けた博美だった。
味方をしてくれる人も多いです。




