テニス部に入ろう
運動部出身者は就職に有利と聞きますが、ほんとうですかね?
お昼ごはんを寮で食べた後、博美たち1年生はまたまた体育館に集まっていた。これから部活動の紹介が先輩たちにより行われるのだ。部活は強制ではないが、参加することを勧められている。
「ねえ、加藤君。 部活に入る?」
後ろに座った加藤に博美が尋ねた。
「うーん、入りたいけど、練習が「キツイ」のは駄目だな。 土日はラジコンしたいし。 秋本さんは?」
周りに人が居るときは、加藤は博美を名前では呼ばない。
「僕も同じ。 土日はラジコンしたい」
「へー、秋本さんって、ラジコンするの?」
博美の横に座っている浅田が驚いたように聞いてくる。
「そうだよー、中学校のころからしてる。 自己紹介のときに言ったけど」
「ごめん。 見とれてて聞いてなかったと思う」
浅田の顔が少し赤くなっていた。
「それで、加藤と仲が良いんだね」
「うん、まあそうかな」
「どっちが上手い?」
「僕」
「おい、引き分けだったろ!」
相変わらず勝敗にこだわる二人だ。
今、舞台では硬式テニス部の紹介がされている。これまで紹介された野球やサッカーなど、メジャーな運動部は練習が厳しいし、女子はマネージャーにしか成れないそうで(それなのに女子大歓迎なんて言ったり)、博美は魅力を感じなかった。しかし、テニス部は土日は自由練習だし、女子の部員も居るし、で、博美はテニスに魅力を感じていた。
「加藤君は何処にする?」
「まだはっきり決めてないよ。 文科系の部活も聞かないと」
「そうね、それがいいね」
運動部の紹介が1時間ほどで終わり、少しの休憩の後、文化部の紹介が始まった。
「ねえ、なんか「女子大歓迎」って皆言うんだけど」
博美が加藤に言う。
「それに、こっちばかり見てる気がする」
確かに、どの部活の紹介でも、博美の居る所を見ながら「女子大歓迎」と言っている。出席番号順に、博美は機械科の先頭に座っているわけで、なんとなく恥ずかしくなっていた。
「おまえ、分からないのか?」
「何が?」
「こんな男ばかりの学校だろ、女子が珍しいんだよ。 しかもだ、こんな可愛い奴がステージから丸見えの所に座っているんだ。 見るなと言うのは無理な相談だぜ」
「へ! 可愛い?」
「ああ、十分可愛いと思うぜ」
「……う・う・う……」
博美は真っ赤になって俯いてしまった。
やっと全ての部活の紹介が終わった。見ると体育館の4方の壁沿いに入部ブースが出来ている。1年生たちはこれから入りたい部活の場所に行って入部手続きをするのだ。
「それでは、これより勧誘解禁です」
スピーカーから声が聞こえたとたん、上級生が1年生に向かって突進してきた。
「きみ、背が高いね。 どうだ、バレーボールは」
「焼けてるね、中学校ではなにをしていた?」
「今やサッカーは野球を超えている。 どうだきみもサッカー部にこないか」
「英語は万国共通語だ、ESSで話せるようになろう」
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そこらじゅうで1年生が上級生に捕まり、勧誘されている。その中を博美は誰にも邪魔をされずに硬式テニス部に向かって歩いていた。労せず入部ブースにたどり着く。
「すみません、テニスに興味があるんですが」
博美がテニス部のブースに居るテニスウェアーを着た上級生に声を掛けた。
「キャーー うちに来たー」
女子の先輩が二人ハイタッチをしている。その声に、体育館中の学生たちが視線を向けた。
「えっ・えっ……何があったんですか?」
「秋本さん、硬式テニス部にようこそ。 部長の杉浦です」
博美の質問には答えず、日に焼けた男子学生が挨拶をしてきた。
「はじめまして。 って名前、知ってるんですか?」
「そりゃ勿論。 秋本さんを知らないなんて、高専生じゃないね。 なんたって「妖精の娘」だろ」
「それって、どこから広まったんです?」
「いや、知らない。 でもピッタリだね」
「…………」
「土日はやりたいことがあるんです。 それでも良いんでしょうか?」
博美が杉浦に尋ねている。
「いいですよ。 うちは土日は自主トレです。 ああ、夏休みに合宿が在りますが、その時は強制参加かな」
「(それならラジコンの練習が出来るかな)」
「入部します。 よろしくお願いします」
「やったーーー。 秋本さんゲットーーー」
またまた体育館中から視線のレーザービームが飛んできた。
「あのー、入部したいのですが」
博美が女子の先輩と談笑していると、加藤がふらふらしながらやって来た。
「あれー、加藤君。 いままで何処に居たの? そんなに疲れて」
博美が驚いている。
「いやー、勧誘から逃げるのが大変だった。 全然放してくれないんだぜ」
「僕には誰も勧誘にこなかったよ。 加藤君、人気があるんだ」
「ばか、ほんっと何にも知らないんだな。 おまえは特別なんだよ」
「バカとはなによ! 特別って何?」
「知らない方がいい事もある。 忘れろ」
「?????」
「いやー、今年は大漁だった。通年の倍だ」
「ほんと部長、よかったですね」
「これも、土日を自主トレにした作戦勝ちだ」
「秋本さんがラジコンをしている情報を手に入れた我がテニス部の諜報隊のお陰だ」
「彼らには褒美を出さないと」
「褒美なぞいらんよ。 秋本さんがテニス部に居る、それこそが褒美だろ」
「部長、なかなかズルイですね」
「そう褒めるな」
先輩たちの怪しい会話はまだまだ続く……
博美が入ると、そのクラブは部員が増えることが予想されたので、協定により勧誘しないことになっていました。




