女神
機械科学生は「のり」が良い。
昼食が終わっても、まだ昼休みが余っているので、博美は部屋まで帰ってきた。
「あれ、裕子ちゃん、帰ってたの」
ルームメートの永山も部屋に帰っていて、相変わらずベッドでコミックを読んでいる。
「一緒に学校に行ったよね。 なんで裕子ちゃん、僕が帰ると居るのさ?」
「あー、それはー、ひみつうー……」
意味ありげに返事は誤魔化された。
「博美ちゃん、午後からは何がある?」
「なんか、機械工学科の歓迎会があるんだって。 なんだろうね?」
内容は1年生には知らされていなかった。
博美たち1年生が体育館にやって来た。パイプ椅子が綺麗に並べられていて、先輩たちが座っている。1年生の席は舞台の近くだった。
「これから、機械工学科新入生歓迎会を始めます」
1時15分、午後の授業が始まる時間に、司会者と思われる声がスピーカーから流れた。舞台の中央に一人の学生が立つ。
「新入生のみなさん、伝統ある我が機械工学科へようこそ。 半世紀に亘る高専の歴史の中で、我が機械工学科は最初期より在り、かつ名前が変わっていない歴史ある学科です。 その伝統を繋ぐ皆さんをわれわれ上級生は歓迎します」
ここまで一息で話すと、学生は一旦息を整えた。
「素晴らしいことに、我が機械工学科に今年ついに女神が現れました。 高専で一番長い伝統を持つ我が機械工学科でありますが、残念ながらこれまで女性の入学は在りませんでした。 軟弱にも名前を変えた「電気情報工学科」や「物質工学科」には毎年幾人かは女性の入学はあるのにです」
もったいぶった様に一旦言葉を切ると、マイクに向かって声を張り上げた。
「さあ、女神に登場いただきましょう。 全員、目をくらませて倒れないように!」
いつの間にか近くに来ていた上級生が博美に「秋本さん、舞台に上がって」と言って立ち上がらせた。突然のことに驚くが、博美は立ち上がって会釈すると、舞台に向かった。
「うおーーーーーーー」
博美が舞台に上がると、歓声が地響きを立てて沸きあがった。その中を舞台の中央に歩く。
「かわいーーー」
「すげーーーー」
「いいぞーーーー」
「きれいーーーー」
「わーーーわーーー」
「ほれたーーーー」
体育館の中は興奮のるつぼと化している。
「静粛に、静粛に…… 黙れこら!」
なかなか静かにならないなか、博美は舞台で静かに立っている。
「(なんか…… 僕、どうなるんだろ…… いつまでこんなのが続くのかなあー)」
「しずかにー だまれー 話を聞けー」
司会者の絶叫に、少しずつ静かになっていく。やっと10分も経ったころやっと話が出来るほどになった。
「紹介しましょう。 我が機械工学科に降臨された女神、秋本博美さんです」
先ほどから舞台で話していた上級生が博美を紹介する。
「はじめまして、秋本博美です。 よろしくお願いします」
博美が「ぺこり」とお辞儀をする。
「お願いされちゃうよー」
観客から声が掛かる。
「わーーーー」
博美は顔を赤くして俯いてしまった。
「かわいー」
それを見てまたまた騒がしくなっていく……
「ここに居る全学生に要求する」
上級生が話を続けている。
「我々はこの女神を穢れから守らなければならない。 我々は団結して他の学科の学生たちから守るのだ!」
「異議なしーーー」
「(えええ…… 穢れって何? 守るって何?)」
「その為に、忍び同好会及びSP同好会より選りすぐりの者を警備につける」
「おおーーーーー」
「(忍び同好会? SP同好会? そんなの有るの?)」
「その中には女性も居るので、あらゆる場所で守ることが出来る」
「いいぞーーーー」
「(女性が居るって事は……トイレとかお風呂にも居るのかな?)」
「極秘任務につき、ここでその者たちを紹介は出来ないが、存在することは確かだ。信用して欲しい」
「信用するぞーーーー」
上級生が博美のほうを向く。
「秋本さん、どうか安心して下さい。 それでは良い学生生活を!」
「あ……ありがとう……ございます?」
怒涛の如く押し寄せる情報に処理が間に合わず、博美の挨拶が疑問形になった。
「かわいーーー」
「いいぞーーーー」
「わーーーわーーー」
「ほれたーーーー」
再び体育館の中は興奮のるつぼと化した。
博美はやっと解放されて観客席に戻った。舞台では上級生たちの寸劇やバンド演奏、コント等が上演されている。
「加藤君、さっきの穢れって何かな?」
博美が振り返って加藤に聞いた。
「おそらく、男女間の事柄だと思うよ」
「男女間の事柄?」
「詳しく喋らせるなよ、付き合うって事だよ」
「…………」
またまた博美の顔が赤くなる。
「なに恥ずかしがってんだ。 説明するこっちが恥ずかしいぜ」
加藤の顔もまた赤くなっていた。
忍び同好会やSP同好会なんて物は無いです……よね?




