博美の散歩
田舎でも女の子の一人歩きは危険です。
「それじゃお母さんは帰るから。 頑張ってね」
今日は「寮の食事を体験してもらおう」という事で家族と昼食が食べられたので、二人そろって食堂で昼食を食べた後、明美は帰っていった。それを見送った後、部屋に戻るとルームメートの永山がベッドに寝そべってコミックを読んでいる。
「ただいま。 あー、疲れた!」
博美は制服のまま仰向けにベッドに倒れ込んだ。
「おかえり。 機械科の教室、凄い騒ぎだったねー。 物質工学科まで響いてきたもの」
「何なんだろうね、あの男子たちは。 明日からどうなるんだろ……」
「そりゃそうよ。 狼の群れに羊を投げ込んだような物じゃない? 博美ちゃん可愛いんだから、男どもが萌えるのもしょうがないよ」
「えー、なんで見た目だけで判断するのかな~」
「それが男よ!」
「ひまー。 ねえ裕子ちゃん、この後って何にも予定は無かったよね」
「うん、今日は何にも無い筈よ」
「暇だから散歩でもしてこようかな」
「博美ちゃんって、外が好きなの?」
「そうかなー。 そうなのかも。 よく外で遊んでたなー」
「はあ、私は外は駄目。 お家の中がいいな」
「裕子ちゃんらしいね。 それじゃ、僕は散歩してくる」
「はーい。 気をつけてね」
博美はジーンズにセーターというラフな姿で寮を出て、近くの川の方に歩いていった。高専は川に沿って立っていて、堤防に登ってみると「見下ろす」ようになり、建物や施設の位置関係がよく分かる。グランドも見えたが、今日は何も部活はしてなかった。
「(だれも居ないや。 もうちょっと先まで行ってみよう)」
堤防を上流に向けて歩き出した。10分ほど歩くと高専とは別の学校の施設らしきものが堤防の下に見えてきた。なんだろうと博美は堤防を降りて、どこかに名前でもないかと探してみたら、フェンスに「立ち入り禁止 南国大学」という看板が付いているのを見つけた。
「(あっ、大学なんだ。 小松さんの大学ってここかな?)」
冒険をしているようで、博美はなんだか楽しくなってきた。再び堤防に登り、歩き出す。やがて大学も通り過ぎると、周りになにも無くなった。既に30分以上歩いている。
「(なんか、寂しくなってきた。 帰ろうかな)」
思いながら、さらに上流を見ると、河川敷が一部綺麗に草刈されているのが見える。目を凝らしてみると、そこに人が立っていて、豆粒のような飛行機が離陸していくのが見えた。
「あっ、 飛行場だ!」
どうやらそこが井上に連れて来てもらっている飛行場のようだ。
「(あそこまで行ってみよう)」
博美の足取りは軽くなった。
博美は滑走路の端までやってきた。もうはっきりと誰が来ているかが分かる。今日は小松と服部の二人だけのようだ。
「(井上さんは居ないのか……)」
堤防の上から飛行場を眺めていると、上流方向からスクーターが2台やってきた。1台は二人乗りで、もう一台には一人が乗っている。何となく「いや」な感じがして博美は川の方を向いて顔を合わさないようにした。スクーターは博美の後ろを通っていった。
「(よかった。 行ってくれた)」
ほっとして博美が胸を撫で下ろしたとき、通り過ぎたと思ったスクーターがUターンするのが見えた。驚いて動けない博美の前にそいつ等は止まった。
「お穣ちゃん、一人かい?」
見るからに不良っぽい格好の男が声を掛ける
「なあ、遊びに行こうぜ」
「…………」
「見てのとおり、 あと一人乗れるぜ」
「……いや……」
博美は首を横に振った。
「ああ? 何だって」
「おいおい「いや」はないだろ」
別の男が博美の肩に手を掛ける。
「いやー!」
博美は男の手を振り解くと堤防を駆け下りようとして
「わーーー」
2~3歩降りたところで足を滑らせ、滑り台を滑るようにお尻で下まで降りてしまった。
下まで降りたところで立ち上がり、小松たちの所に走っていく。
「小松さん!」
博美は小松の後ろに隠れた。
「待ちやがれ!」
不良3人が追いついてきて、小松の前に立った。
「よう、にいちゃん。 ちょっと退いてくれよ」
「彼女は俺たちと遊ぶんだからよ」
不良たちは小松を睨みながら詰め寄ってくる。
「坊やたち、うちのクラブ員になんの用かね?」
ふいに横から服部の声がした。
「うっせえじじい。 すっこんでろ!」
一人が殴りかかる。服部は体をずらすと、その男の手首を掴み、捻る様にして投げ飛ばした。転がっても手を離さない服部はさらに体を回す。
「ごきっ」
鈍い音がして肩が外れた。わき腹に蹴りを入れて止めを刺し、やっと服部は手を離した。不良は悶絶している。
「このやろう」
それを見て一人がナイフを出し服部に迫った。
「おらー」
残った一人は小松に向かってくる。
「はっ!」
小松は繰り出された拳を右手で払うと、左手を顔面に叩き込み
「とりゃー」
直後、鳩尾に前蹴りを入れた。
「ぐえーー」
不良は腹を押さえて転げ回る。
「片付いたかね?」
服部が暢気に尋ねてきた。見るとナイフを持って向かっていった不良も仲良く気絶していた。
「はい、なかなか服部さんのようには綺麗に片付きませんね」
「まあ、この辺は経験の差かのう。 よいしょっと」
服部はのた打ち回っている不良に蹴りを入れて、簡単に気絶させてしまった。
「…………」
あまりのことに博美は声も出ない。
「大丈夫かい。 どこも怪我してない?」
レジャーシートに座った博美に小松が声を掛ける。
「はい。 大丈夫です。 ありがとうございました」
「お二人、強いんですね」
「ははは、服部さんは少林寺拳法4段だよ。 まあ……化け物だね」
「小松さんは?」
「俺は空手2段。 ひよっこだね」
「意外でした……」
「まあね、人は見かけによらないだろ?」
「はい……」
『どうも、服部です。 またまた変なのが来まして。 はい。 これ処分してもらえますかね』
服部がどこかに電話をしている。
「何処に電話されてたんですか?」
「警察じゃよ。 ここに置いておくと邪魔なんでね。 片付けてもらおうかと」
「…………」
「博美ちゃん、心配ないよ。 すぐ来てくれるから」
本当にすぐに警察がやってきて、不良たちをパトカーに乗せて連れて行った。
「博美ちゃん、どうだい。 折角だから飛ばして行くかい?」
服部が自分の飛行機を指差して言った。服部の飛行機はのんびり飛ぶ高翼機だ。
「いいんですか?」
「かまわんよ」
「今日はほんとうに有難うございました。助けていただいたばかりか飛行機を貸していただいて」
シートを汚さないように小松のジャンバーをジーンズの下に敷いて助手席に座った博美が、運転する服部にお礼を言っている。さすがにあんな事があったばかりでは歩いて帰るのが怖いだろうと、寮まで送る事になったのだ。
「いやいや、礼には及ばんよ。 毎年この時期にはよくあることだ。 こうして一度懲らしめておけば、もう何もしてこなくなるから」
「…………」
慣れきった言葉に、博美は感心するばかりだった。
服部は警察で教えていたりします。
毎年春になると新しい不良が発生するんですね。
博美が操縦すると、服部の飛行機でもアクロバットしてしまいます。




