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空の妖精  作者: 道豚
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入学式

校長の話なんて、だれも聞いてないですよね。


 入学式の行われる日の朝、朝食のための行列に、またまた博美たちは並んでいた。全学生数800人のうち半数の400人が寮で生活をしているわけで、食堂が込むのは、ある意味当然だ。

「ねえ、いっつもこんなに並ぶのかな?」

 永山が前を覗きながら呟いた。

「そうなのかも…… 先に制服に着替えておいた方が良いかもしれないね」

 そうなのだ、博美たちは余裕があるからと、まだ私服のままだったが、周りを見渡すと上級生と思える学生は殆どが制服を着ている。

「新入生かい? 今の時間は込むことが多いんだよ。 8時過ぎれば空いてくる」

 前に並んでいる男子の上級生が振り向いて教えてくれた。

「そうなんですか。 なかなかこの行列には慣れないですね」

 博美がにこやかに答える。

「追々慣れるよ。 今日は入学式で、朝がゆっくり出来るから、焦らなくてもいいからな」

 何故か顔を赤くしてその上級生は前を向きなおした。




 博美たちが朝食を終えて部屋に帰ってくると、時間はすでに8時10分だった。

「えー! 今日は大丈夫だけど、明日からはどうする?」

「やっぱり制服に着替えてから食堂に行ったほうがいいみたいね」

「もう、いっそのこと、部屋に戻らずそのまま学校に行く?」

「場合によっては、 それも仕方が無いかも」

 明日からの作戦を考えながら、制服に着替える。高専の制服は男子は普通の詰襟だが、なぜか女子はブレザーだ。

「なんでセーラー服じゃなくてブレザーなんだろうね? 男子の制服と合わないよね」

「何でかなー、 分からないや」

「セーラー服がよかったな」

 永山はブレザーが苦手らしい。

「セーラー服のほうが「萌える」よね」

「…………」

 博美は苦笑するだけだ。




 新入学生入場の時、先頭に立って博美は体育館の広さと、そこを埋め尽くす学生の数に呆れていた。美郷中学校が全校生徒数300人以下の田舎の中学校だったのだから、3倍近くの人数に怖気づいても当然なのだが、既に開き直っている博美は平然として号令と共に歩き出す。

「(なんで先頭になるのかなぁ……)」

 仕方が無い、入場順は「機械工学科」「電気情報工学科」「物質工学科」「環境都市デザイン工学科」となっていて、さらにそれぞれが「あいうえお」順となっている。秋本あきもとが先頭になる可能性は高いのだ。




「……可愛いね……」

「……先頭が女の子かよ……」

「……おい、機械科に女子だと!……」

「……可愛いじゃないか……」

 博美が近くを通るに従い、ささやき声が聞こえる。ささやき声の「ウェーブ」が動いていくようだ。

「博美ったら、目立っちゃって……」

 父兄席で明美がビデオを回しながら呟いた。

「まあ、あの子なら大丈夫ね」

 開き直った博美には怖い物がない事を明美は知っていた。




 式自体は特に変わったことも無く順調に終わり、学生たちは一旦解放された。上級生たちはこの後自由だが、新入生は30分後各自教室に行かなければならない。

「おかあさん!」

 博美が明美を見つけてやって来た。

「おつかれ。 先頭きって歩いて、目立ってたわね」

「ほんと、博美ちゃんだったのね~ 見違えちゃったわ」

 明美と一緒に吉岡の母親も居た。

「おばさん、お久しぶりです。 でも吉岡君すごいですよね。 代表で挨拶するんだから」

「私もびっくりしたわよ。 何とかなってよかったわ」

「いやー、 緊張したよー。 声がひっくり返らないか心配だった」

 いつのまにか吉岡も来ていた。




 4人は連れ立って1年生の教室に向かっている。体育館から北に向かって「 環境都市デザイン工学科」「物質工学科」「電気情報工学科」「機械工学科」の順に棟が並んでいて、1~3年生の教室がある「一般」棟は北の端になる。途中に学食や購買があったり図書館があったりするので、けっこう歩かなければならない。

「やれやれ、やっと着いた」

 吉岡が年寄りのようなことを言う。

「なに言ってんのよ…… まだこれから4階まで上るのよ」

 博美が呆れて言った。




 エレベーターなど付いている訳も無く、4人は階段で「えっちら、おっちら」4階まで上がった。

「それじゃ吉岡君、ここでお別れね」

 「電気情報工学科」と書かれたプレートの付いた教室の前で、博美が吉岡に手を振った。博美はその先の「機械工学科」の教室まで歩く。教室のドアは前後とも開いていて、すでにかなりの学生たちが中に居た。一緒に来た明美を廊下に残し、なんとなく後ろから博美が入っていくと、ざわついていた教室が静かになる。

「席は何処だろ?」

 小さな声で独り言を言いながら、周りを見渡していると

「黒板に書いてあるよ」

 すでに座っている男の子が教えてくれた。

「ありがとう」

 博美は微笑んでお礼を言うと、黒板を見た。右のほうに席順が書いてある。どうやら廊下側の一番前だ。

「(なんとなく、やな感じ)」

 博美は椅子に座って周りを見渡してみた。ふと気が付くと、教室にいるのは男ばかり、そして彼らは博美から少し距離を置いて視線を向けている。

「(そうだよ、分かってたことじゃないか。 これぐらいで負けるもんか!)」

 ちょっと疎外感を感じてしまっていた。




 寂しさを我慢して頬杖を突いていると、机の前に背の高い男の子が立った。

「おい、なんか黄昏てるな」

 博美が顔を上げると、そこに加藤がいた。ぱっと博美の顔が明るくなる。

「加藤君♪ そうだった、加藤君も一緒だったんだ。 ねえ、いままで何処にいたの?」

「何言ってんだ、 入学式のときから近くに居ただろ。 ほんとおまえ天然だな」

「そうだっけ? 緊張で分からなかったみたい。 でー、 またおまえって言った」

「ばか、いきなり名前なんかで呼んでみろ、殺されちまうわ」

 加藤の声が小さくなった。

「?????」

 博美は意味が分からない。

「ほんっと天然だわ……」

 喋りながら加藤は博美の隣の席に座る。

「加藤君、席はそこなの?」

「そうだよ。 隣同士、よろしくな」

「わーい♪ よろしく」

 加藤が居てくれたお陰で、博美はこのクラスが薔薇色に見え出していた。



入場に際して先頭になった博美は何人か後ろに居た加藤に気が付かなかったようです。

やはり女子が居ると男子は遠慮がちになりますね。

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