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空の妖精  作者: 道豚
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井上のスタント機

入学までは暇です。


 3月も後半の平日午後、博美は晩御飯を作っていた。「休みで暇なんだから、料理ぐらいしなさい」と明美に言われて始めたのだが、毎日となると流石に飽きてくる。

「はあ~、 しばらくラジコンしてないな~ 井上さん、非番はまだなのかなー」

 ハンバーグの種をこねながら独り言を言っていると、メールの着信音が聞こえた。いそいそと手を洗って携帯電話を見ると、井上からだ。

{ひさしぶり、明日非番だが、飛ばしに行くかい?}

「(やった、明日は行ける! 加藤君は来るかな?)」

 さっそくメールを返す。

{明日行けます。おねがいします}

 急いだので、簡単な文章になったが、かまわず送信した。

「(加藤君も誘っちゃお)」

{博美です、加藤君明日飛ばしに行ける?}

 先日交換したアドレスにメールを出して、ふたたびハンバーグと格闘を始めた。




{ごめん、明日は用事があって行けない。勝負はまた今度}

 加藤は行けない様だ。

「(な~んだ、つまんないの)」

「(用事ってなんだろ…… デートかな)」

 加藤のことを考えると、博美はチクリと胸が痛むようだった。

{それじゃ朝9時に。 「アラジン」の用意もしておいて}

 井上はそんなことも知らずに、またまた予定を勝手に決めてきた。

「(はいはい。 朝9時ね)」

 なんとなく予定を勝手に決められるのにも慣れてきているようだ。




 翌日の朝9時、先回と同じように時間ぴったりに井上がやって来た。博美が「エルフ」と「アラジン」を井上のレガシィに乗せて助手席に乗り、飛行場に向かった。

「井上さん、今日はなにか大きい機体を持って来てますね」

 座席を畳みフラットになった後席からセンターコンソールの所まで使って、布製のカバーに入った飛行機が鎮座していて、博美の「エルフ」はその飛行機の上に乗せられている。

「ああ、そろそろシーズンに入るからな、スタント機を出してきた」

「今年は出るんですか?」

「予選と非番のタイミングが合えばね」

「出られるといいですね」

 毎年、こうして準備をするのだが、なかなかタイミングが合わず、予選に出られていないのだった。




 飛行場に井上のレガシィがやってくると、すでに来ていたクラブ員たちが助手席に注目する。

「やっぱり博美ちゃんを連れてきた」

「彼女だよね」

「やった……僕っ子が来た」

 最後の発言は、皆が認める「おたく」の小松君だ。

「萌えるね~」

「おいおい、小松君、場所をわきまえてよ!」

 皆が釘を刺すのを忘れることは無かった。




 飛行場には学生とリタイアした方が数人居るだけだった。平日なので当たり前だが、ちょっと寂しい思いをしていたクラブ員たちは、井上が博美を連れてきたことで救われた気がしていた。

「おー、 博美ちゃん、可愛い飛行機だねー「アラジン」かい?」

 博美が持ってきた飛行機を出すと、皆が集まってきた。ほんと飛行機が好きな連中だ。

「はい…… 父が作ってあったんです…… 僕に飛ばせるかなー」

「大丈夫。 グライダーがあれだけ飛ばせるんだから」

 クラブ員たちも、博美が飛ばせることを信じているようだ。それを聞くと、博美は不安が無くなっていく。

「僕が教えてあげようか?」

 小松が口を挟んだ。

「ええーー…… えーと…… その…… (僕は井上さんの方が)……」

「俺が教えるんだよ」

 井上が小松のわき腹を突っつきながら言った。

「ちぇー…… 井上さんは良いなー」

 いったい小松は何を期待しているのやら……




 井上が自分のスタント機を出して、組み立てを始めた。博美がそれを手伝っている。光輝の手伝いをしたことがあるので、慣れたものだ。

「綺麗な機体ですね。 「ビーナス」っていうんですか?」

「飛ばす機会が少ないから綺麗なんだよ。 まったく、なんで毎年予選日に仕事が入るんだろうな」

 愚痴を言いながらも、無事に組み立てが終わった。流石に選手権クラスの飛行機だ。主翼やカバーがまったくガタ無くピッチリと胴体に取り付いた。井上はテキパキとフライト前チェックをする。

「それじゃ、少しエンジンを回してみるか」

 しばらく掛けてなかったエンジンを動かすため井上は機体を裏返すと、エンジンカバーを外し、燃料パイプをエンジンから引き抜いて注射器で燃料を吸いだした。燃料が出てきたことを確かめ、燃料パイプを元に戻す。つぎに点火プラグを外して中のコイルをチェックした。

「ようし、問題なさそうだ」

 カバーを戻し、機体をエンジン始動時のホルダーに乗せた。博美が機体後部を支える。送信機、受信機と順番にスイッチを入れ、点火プラグに通電する。スターターを回すと、簡単にエンジンが始動した。井上がエンジンの調子を見て、プラグから電源を外す。一瞬回転数が下がったが、エンジンはそのまま回っている。

「フルパワーにするよ。 気をつけて」

 井上は博美の横に来るとそう言って、送信機のスティックを一番上までゆっくりと上げた。

「ゴーー」

 物凄い力で飛行機が前に進もうとする。博美は必死でそれを抑えていた。その状態で井上が素早く混合気の調整をする。停止状態で長く全開を続けると、オーバーヒートすることがあるのだ。

「ポロポロポロポロ……」

 井上がスティックを下げると、エンジンはスローで回りだした。

「OKだ!」

 井上がエンジンを止めた。とたんに周りが静かになる。

「なんか懐かしいです♪ よく父の助手をしていたので」

 博美が嬉しそうに言った。




 井上は飛行機を整備台の上に裏返しに乗せて排気ガスで汚れた胴体を拭いた。カバーを外し、エンジンやサイレンサーをチェックする。

「父もよくそうやって外していたんですよね。 そんなに頻繁に確認するものなんですか?」

「ああ、飛行機ってものはトラブルがあると即墜落って事になる。 事前にトラブルの元を絶っておきたいのさ」

 一通り確認すると、井上は邪魔にならない所に飛行機を置いた。綺麗に草刈のされている芝生の上で「ビーナス」と名づけられた井上の飛行機は、静かに佇んでいる。

「ビーナスちゃんって、何歳?」

 風防キャノピーを撫でながら博美が聞いた。

「もう5年になるかな。 飛行機の世界では小母ちゃんだよ」

 ちゃん付けをする博美に苦笑しながら井上は答えた。

「でも、こいつは俺の相棒だ。 誰にも渡せないな」

 井上の信頼を受けて「ビーナス」は誇らしげだった。



運ぶときに傷が付かないように、カバーを付けるのが普通です。

「エルフ」は軽いので、飛行機の上に置いても平気です。

小松が普通に接してもらえる日は来るのでしょうか?

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