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空の妖精  作者: 道豚
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エピローグ

 博美がチャンピオンになってから13年後……


 水がぬるむ、と言われてもまだまだ寒い日がやってくる3月の半ば、名古屋の近くを流れる大きな川の河川敷に作られたラジコン飛行機の飛行場には、あいも変わらずマニアたちの飛行機が並んでいた。当のマニアたちは焚き火の周りで暖をとっている。

 そんな中、トタトタと駐機場を走り回る子供がいた。

 やがてその子は置いてある飛行機の前に止まった。

 その飛行機は単葉機ではあるが、背中に大きな整流翼が付いている。それは所謂いわゆるカナライザーなのだが、あまりに大きく、まるで第二の主翼のようだ。

 自分より大きな飛行機の前にしゃがんだ子は、

「……ブーーーン……ブーーーン……」

 プロペラに指をかけて左右に回し始める。

「あーーー おにいちゃん おかあさんのひこうき かってにさわっちゃ だめなんだよ」

 そこに舌ったらずな声が近づいてくる。

「……んーー いいんだよ、みゆ。 スイッチ、はいってないんだから……」

 その子が振り返った先には、ワンピースの上にダウンジャケットを着た女の子が居た。

「だめだよー おとうさんがいつもいってるよ あぶないってー」

「うるさいなー いいったらいいんだよ」

 男の子は飛行機を触るのを止めるつもりはないようだ。

「……うーーー おかあさんにしかられても しらないよ……」

 くるり、と回ると女の子は焚き火の方に走って行った。

「……おかあさーーーん おにいちゃんがねーーー……」

 遠くに声を聞きながら、男の子は飛行機に向き直った。




「……いや、寒いねー なかなか暖かくならないね……」

「……まったく……どこが温暖化だってんだよな……」

     ・

     ・

     ・

 流木を集めた焚き火には何本もの手が伸ばされている。

「……そうは言っても、そろそろ予選の準備に入らないと……」

「……加藤さんの奥さんも今年は出るんだよね? 何年ぶりかな?」

「ええと……5年かな? 久しぶりだから……特に予選に出るのは13年ぶりかしら?」

 話を向けられた先には、こんな所には珍しく女性が皆と同じように手を炙っている。

「もうそんなになるんだねー でも、博美ちゃんなら簡単に予選通過するだろうね」

 さっきまで飛ばしていて、着陸した飛行機の整備をしていた髭を生やした老人が焚き火の所まで来た。彼にとっては何歳になっても博美は「ちゃん」付けの対象になっている。

「そんなに簡単じゃないですよ、遠藤さん。 やっぱり競技会のブランクを感じてますから」

 博美は胸の前で手のひらを振った。

「……しかし……世界選手権3連覇直後の「子作り、育児のための大会出場休止」宣言には驚いたよな……」

「……ほんとほんと……妖精ちゃんが子作り! って世界中のファンが大騒ぎになったな……」

「……ああ、特にヨーロッパの方が騒がしかったよな……」

「……えへ……あはは……」

 恥ずかしげに博美が微笑んだとき、

「……おかあさーーーん おにいちゃんがねーーー……」

 駐機場の方から小さな女の子が駆けてきた。

 焚き火に突っ込みそうに走りこんだその子は、博美の太腿にしがみ付いた。

「なあに、美優みゆちゃん。 ひろくんがどうしたの?」

 博美はその子の頭を優しく撫でる。

「……お、おにいちゃんったら おかあさんのひこうきを さわってるんだよ だめだよねー」

 太腿に抱きついたまま、美優は博美を見上げた。

 セミロングの髪を背中に流し、博美に良く似た大きな瞳が「きらきら」輝いている。

「そうねー それは博くんが悪いわね。 勝手に触っちゃ「ダメ」って言ってるのにね」

「そうだよねー おにいちゃんが いけないんだよね」

 美優は「うんうん」と頷くと、

「おにいちゃんに いってくる!」

 と走り出そうとした。

「……っと 美優ちゃんが行かなくてもいいみたいよ」

 しかし博美が美優の腕を取って止める。

「なんで?」

「ほら……」

 振り返って首を傾げる美優に博美が駐機場を指差した。

 そこには堤防を下ってきた背の高い男が歩いていた。




「……みぎせんかい……ひだりせんかい……」

 男の子は飛行機の後ろに回って方向舵ラダーを左右に動かしていた。

「……これをうごかしたら ちゅうっう!……」

 ラダーをセンターに戻し、男の子が昇降舵エレベーターに手を伸ばし動かそうとしたとき、

「……こら! 博樹ひろき 何してんだ!」

 頭の上から低い声が降ってきた。

 大急ぎで手を引っ込め、男の子は恐る恐る顔を上げる。

「……勝手に飛行機に触るなって言ってるだろ。 なんでおまえは守れないんだ?」

 そこに立っていたのは父親である加藤だった。

「……おとうさん……」

「……あのな、飛行機ってのは凄く繊細……繊細って言っても分からないか……大事なものなんだ。 ホンのチョッとの事でおかしくなるんだ。 だから、人の飛行機には絶対触っちゃダメなんだよ。 ちょっとした事で墜落する事もあるんだ。 お母さんの飛行機が墜落するのは嫌だろ。 お母さんが泣いちゃうぜ……」

 運んできた燃料の缶を置くと、加藤は博樹の前にしゃがんで目線の高さを合わせ、ゆっくりと諭す。

「……うん……おかあさんがなくのは いやだ……」

 いくら優しく言われても、子供にとって父親は怖い存在だ。ちょっぴり涙目になって博樹は頷いた。

「……ようし、分かったらいいぜ。 さあ、飛行機に燃料を入れるぞ。 博樹も手伝ってくれよ」

 にっこり笑うと、加藤は博樹の頭を撫でた。




 飛行機の前にしゃがみ、博美は送信機のスイッチを入れる。

 飛行機に手を伸ばしてスイッチを入れると舵のニュートラルをチェック。

「……いいね……」

 異常の無い事を確認して、送信機のスティックを夫々の方向に動かす。

「……OKっと……」

 スティックの動きに舵が追従する事を確認して、博美はスターターを持った。

「博くん、美優ちゃん。 ちゃんとお父さんとお手々繋いでる?」

 後ろを振り向き、声を掛ける。

「うん! ちゃんと持ってるよ」

 そこには少し離れて加藤と手を繋ぐ二人の子供が居た。

「……うん、いい子ね……それじゃ、おねがいします」

 にっこり微笑むと博美は向き直り、機体ホルダーを買って出てくれたクラブ員に合図をした。




「……おいしい おかあさんの唐揚げ、すごくおいしい……」

「……あたりまえだよー おかあさんは おりょうり じょうずなんだよ……」

「……そうだよな。 お母さんは飛行機を飛ばす事の次に料理が上手だよな……」

「……うふふ。 ありがとう、みんな。 お父さんの言い方は、ちょっと引っかかるけど……」

 自立式のテントの中で、加藤家のお昼御飯である。

 テントの風上側には風除けが張ってあり、ここは暖かだ。

「……いやー 昔っから博美ちゃんの居る周りはのんびりした雰囲気だったけど……何年経っても、そこは変わらないもんだね……」

 ちゃっかりと遠藤もそこに混ざっている。

「……こんにちは。 そうですねー ほんと博美ちゃんはお母さんになっても変わらないね……」

「あ! 井上さん、こんにちは。 直貴なおき君は?」

 そんな所に現れたのは井上だった。

 結局、井上は高知に帰れずに、名古屋の海上保安部に今も在籍していた。

 今や井上も50歳が見えてきていて……競技会には相変わらず出場しているが……流石にシードからは外れていた。

 もっとも、博美は名古屋市に隣接している大府市の中堅プラントメーカー、加藤は同じように隣接している東海市の製鉄所に就職したので、「約束を破った」と博美が怒る事はなかった。

「……ああ、直ぐにくるよ。 おしっこしてくるってさ」

「なおきお兄ちゃん、来てるの?」

 井上の答えに博樹が反応した。

 井上の長男の直貴は11歳で、飛行場に来ると博樹と遊んでくれるのだ。

「……博くん、よかったね……」

 嬉しそうな博樹の様子に、博美が微笑む、が

「……はるみおねえちゃんは こないのかな……」

 美優の言葉に笑顔が強張った。

 美優の言う「はるみおねえちゃん」とは篠宮と樫内の子供で、今年7歳になる。

 篠宮たちは浜松に住んでいて、篠宮は今も飛行機の設計をしていた。今博美が飛ばしている飛行機も篠宮の設計した「アルフィナ」という機体だ。

 流石に浜松は遠く、そう頻繁に会うことは出来なくなっていた。

「……そうね……晴海はるみちゃんは遠くに住んでるから……」

 きゅ、と博美は美優の体を抱きしめた。

「……メールでもしてみようか? 今度は何時来るか聞くといいかも……」

 博美はスマホを取り出した。




「……あれっ? いつの間にかメールが来てる……」

 スリープ状態だったスマホのスクリーンを点けると、着信を示すアイコンが現れた。

「……だれだろう?……」

 博美の指がスクリーンを撫でる。

「あ! しんどいの おじさんだ」

 横から覗いていた美優が声を上げた。

「さやかちゃん くるかな?」

「待って待って。 今開くから」

 せかされる様に博美がメールを開く。

{新しいアルフィナとそちらのクラブ員から頼まれてたミネルバが出来た。 持って行こうと思うが、いつが良いかな?}

「……うーーん……彩香さやかちゃんの事は書いてないわねー」

 彩香とは、なんと新土居の子供であり、博樹と同じで今年5歳になる。

 新土居は、高専テニス部の先輩の北添と、どういう縁か結婚していた。

 おそらく新土居は北添の「Fカップを誇る胸」に打ち負かされたのだろう。北添が何故OKしたのかは永遠の謎である。

 新土居は今もヤスオカの社員で、変わらず飛行機を作っている。

 彼の作る飛行機は……世界選手権で優勝したこともあり……今や世界中から引っ張りだこになっていた。

「……そうなんだ……」

「……大丈夫よ。 お母さんが彩香ちゃんを呼んであげる……」

 寂しそうな美優の頭に「ぽんぽん」と博美が手を乗せた。

「ほんと?」

「ほんとほんと。 お母さんが頼めば、きっと一緒に来てくれるよ」

 博美はスマホのスクリーンを擦り始めた。




 博美の操縦する「アルフィナ」がゆっくりとフライトをする。

 機体サイズはルールで決まっているので「ミネルバ」と変わらないはずだが、大きくなった胴体とカナライザーの所為でふた回りも大きいように見えていた。

「……どこが、ブランクを感じる、だよ……」

「……まったくだ……相変わらず減点のしようがないじゃないか……」

「……今年は予選に出るって言ってたよな……」

「……絶対通過するだろ……」

「……と、いう事はだ……誰か一人落ちるってことだぜ……」

 操縦ポイントの後ろにクラブ員が並んで話している。

 見ている前で「アルフィナ」は左にロールをしながら右旋回を始めた。

「……ローリングサークルだ……」

「……凄い……妖精が飛んでるようだ……」

「……妖精のダンスって言うのかな……」

「……人間業じゃ無いよなぁ……」

「あたりまえだよー おかあさんは そらのようせい なんだからー」

 博美の横に立っていた美優が振り返り、「とうぜんだよ」とクラブ員たちを見上げていた。





 これで博美の物語は終わりです。

 ありがとうございました。

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