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空の妖精  作者: 道豚
189/190

チャンピオン

 ようやく検算が終わったようで、遂に成田がハンドマイクを下げてテントから出てきた。

「……ようし、皆集まってるな。 それでは結果の発表と表彰を行う」

 辺りを見渡しそう言うと、成田は一枚のメモを取り出した。

「……まず、8位……坂井選手……残念ながら予選から一つ順位を落とした。 もっとも決勝に出た以上、来年はシードになる。 これはこの後の選手全てに当てはまる」

 横手からみんなの前に出てきた一人の選手がお辞儀をした。

「次、7位。 井上選手……一つ順位を上げた」

 一歩前に出て頭を下げた井上に向かって「パチパチ」と疎な拍手が起きた。

「6位……山内選手。 一つ落としたな。 えー、次は5位……」

 居ないのだろうか、だれも前に出てこない……成田はメモを持ち直した。

「5位は八角ほすみ選手……」

 八角も前に出ると回れ右をして選手たちに向かいお辞儀をする。

「4位……」

 八角が戻るのを待つ様に成田がを取った。

「……おい、誰だと思う?……」

「……妖精ちゃんと本田は違うよな……」

「……後は青葉と鈴村か……」

     ・

     ・

     ・

 ギャラリーが「ザワザワ」しはじめた。

 当然だ。3位には表彰状があり、4位には無い。僅か一つ順位が違うだけで雲泥の差があるのだ。

「青葉選手……予選と同じ順位だな」

 ため息の聞こえる中、青葉が前に出てお辞儀をすると、井上の時と同じように「パラパラ」と拍手が起きた。

「さて、次からは表彰状とメダルがあるな……」

 振り向いてテントを見る成田に向かって、中のスタッフがOKサインを出した。

「……表彰状の準備もできている様だ。 さあ、第3位……」

 スタッフが表彰状を成田の所に持ってくる。

「鈴村選手。 得点は2755点」

 鈴村が前に出て成田からメダルと表彰状を受け取ると、周りから拍手が起きた。




「……ねえ、どうかなー」

 本部テントの前に集まった中に博美もいた。

「……ん? 多分博美が優勝するぜ」

 加藤が腕に捕まった博美を見下ろした。

「心配ないって。 博美ちゃんがチャンピオンさ」

 森山も隣に立っていた。

「……ったく……新土居さんはなにしてるんだろう? 博美ちゃんの晴れ舞台だってのに」

 そして新土居はヤスオカのブースに行ったまま帰ってきてなかった。

「……次、第2位……」

 成田の声が聞こえてくる。

「(……うう……どうかな……)」

 博美はさっきから掴んでいる加藤の腕を、胸が当たるにも拘らず、さらに強く抱きしめた。

 それを見下ろし、加藤が頭を撫でる。

「心配するな。 お前は十分頑張った。 それで良いじゃないか」

「……ん……」

「本田選手。 得点は2996点」

 博美が加藤の言葉に頷いたとき、スピーカーから聞こえた成田の声に

「……うおーーーーー!!!……」

 飛行場中に歓声とも悲鳴ともつかない声が木霊した。




 騒ぎが一段落したのを見て、本田が成田の前に出る。

「……惜しかったな。 次は頑張れよ」

 小さな声で言うと、成田は表彰状を本田に渡した。

「……はい。 来年は取り返します」

 同じように小声で返し、本田は表彰状を押し頂いた。

「……さあ。 皆、分かってるな! 新チャンピオンだ。 しかも最年少記録で初の女性チャンピオンだ!」

 本田が集団に戻るのを待って成田が声を張り上げた。

「おおーーーーーー!!!」

「おめでとうーーーーー!!!」

「ようせいちゃーーーーーーん!」

 途端に拍手と歓声が沸き起こる。

 その中を、博美が前に出てきた。

「第1位……秋本博美選手。 得点2998点」

 成田がメダルを博美の首に掛け、表彰状……2位までのものより立派な装丁の……を博美に渡した。

「おめでとう、素晴らしいフライトだった。 何処に出しても恥ずかしくない得点だ」

 成田が右手を出す。

「ありがとうございます……これも皆さんのお陰です」

 博美も右手を出して握手をする。

「……おめでとうーーーー!……」

「……ひろみちゃーーーーん!……」

「……ようせいちゃーーん 穢れるから早く手を離せーーー……」

「……なりたーー! セクハラーーーー……」

     ・

     ・

     ・

 成層圏に届こうかという騒ぎは小一時間程も続いたのだった。




「……さあ、もういい加減いいだろう!……」

 放っておくといつまでも続く騒ぎを成田がマイクの音量を上げて抑え、

「……次に進むぞ。 審査委員長の安岡さんより総評がある」

 一歩前に出た安岡に成田がマイクを渡した。

「みなさん、お疲れ様でした。 今年は一位と二位の選手の演技が素晴らしいものでした。 甲乙つけがたく、大変な接戦で、得点差は僅か2点でした。 これは3度検算したので、間違いありません。 この二人は世界選手権に出たとしても上位の成績となるでしょう。 ただ残念ながら3位以下の成績は振るわず、奮起を願いたいものです。 減点についての細かいことは言いません。 毎年言っていることです。 みなさん、その事をよく理解して練習してください」

 安岡がマイクを成田にかえす。

「さて、忘れ物だ……」

 マイクを渡された成田は優勝カップを抱えていた。

「持ち回りの優勝カップだ。 博美ちゃん、もう一度前に出て」

 呼ばれた博美が表彰状を加藤に預けて前に出る。

「……日本チャンピオンおめでとう。 ……持てるか?」

「はい、ありがとうございます。 ……お、重い~~……」

 受け取った優勝カップを抱え、ふらふらと博美は加藤の元に帰った。




 選手や助手、ギャラリーが三々五々帰り始めた飛行場の真ん中に本田と鈴村が立っていた。

 横には彼らの「アスリートBP」が二機と博美の「ミネルバⅡ」が置いてある。

「……妖精ちゃん、遅いな……」

 鈴村はチームヤスオカのワンボックスを見ていた。

「……ま、女性は準備に時間が掛かりますって……ねえ」

 意外と「すっきり」した表情の本田がラジコン雑誌の記者に言う。

「そうですね。 予選のとき、彼女バッチリとメイクしてきましたから……それなりに待ちましたね」

「……本田君よう、おまえ彼女も居ないのに詳しいな……」

 鈴村が「へっ?」と本田の顔を見た。

「……な、何ですかその顔は……お、俺だって勉強してますって……」

「……勉強?……何のだ。 ひょっとしてデートの仕方、なんてのじゃ無いよなー」

「……ち、ちが……わないですけど……いいじゃないですか、憧れたって……」

「あ、来ましたよ。 それじゃ準備しましょう」

 ラジコン雑誌の記者が二人の漫才を止め、カメラを取り出した。




「(……すげー 女って、メイクだけでこんなに変わるんか……)」

 博美を真ん中にして、カメラに向かって三人が並んでいるのだが、本田は隣の博美が気になって仕方が無い。

「(……俺より年上みたいじゃないか……何時もは子供っぽいのによ……)」

 今日、静香が腕をふるったのは所謂ナチュラルメイクだったが、元から整った顔立ちの博美は、目元や頬に少し色を乗せるだけで「ぐっ」と色気が増していた。

「……あの……どこか変ですか? 本田さん」

 「ちらちら」と視線を向けられるのには博美も気が付いている。

「……い、いや、別に……(……やべー 気付かれちまった……)」

 慌てて本田は正面を向いた。




「……ようし、忘れ物は無いな」

 ワンボックス車の荷室を覗き込んでいた森山がテールゲートに手を掛けた。

 荷室の片側に「ミネルバ」と「ミネルバⅡ」が積んであり、真ん中には工具箱とトロフィーの入った箱がある。来るときに積んでいたヤスオカ製の「ミネルバ」は、初日に来たお客さんに無事に渡されて無くなっていた。

「……遅くなった。 悪い悪い……」

 森山がゲートを閉めた時、新土居が帰ってきた。

「新土居さん、何してたんですか? 手伝いもせずに……」

「いやー 「ミネルバ」の注文が殺到してよ……ほれ、見てみろよ」

 注文書の束を新土居が振って見せる。

「ざっと20機あるぜ。 消化するのに半年は掛かるだろうな」

「えっ! そんなに売れたんですか? 新土居さん」

 ワンボックス車の横に立っていた博美にも新土居の言葉が聞こえたようだ。

「おお、そらもう凄かったぜ。 まるでバーゲンに殺到する主婦の群れのようだった」

 今日は新土居一人でヤスオカのブースに居たのだ。

「2回目のノウンが終わった頃から客が増えだしてよ……2回目のアンノウンの後は押し合いへし合いだった。 んで、危ないから隣のブースの人に手伝ってもらって……」

 ほんと、疲れた……と満更まんざらでもない笑みを浮かべる新土居だった。




「それじゃ、俺たちは帰るわ」

 井上が博美と加藤が立っている所にやって来た。

 後ろには静香が居る。

「はい、お疲れ様でした。 お気をつけて……また飛行場で会いましょう。 静香さんもお疲れ様でした」

 「ぴょこっ」と博美がお辞儀をする。

「……いや、それがよ……俺たちは高知には帰らないんだ……」

「……え? 帰らない?……」

「ああ、俺たちは名古屋に引っ越す事になってな……これから名古屋のアパートに帰るんだ。 黙っていてゴメンな……」

「……どうして……」

 博美が目を見開く。

「あの台風のとき……ちょっと無茶をしてな。 海上保安部の部長はかばってくれたんだが……どうも航空局からの突き上げがな……という訳でだ、名古屋の海上保安部にしばらく逃げようって事になった……」

 いつになく井上の声は沈んでいる。

「……なんで今……」

 博美の大きな瞳にみるみる涙が溜まってくる。

「ほんと、黙っててゴメンね。 でも数年で戻るから」

 静香が博美の肩を抱き、ハンカチを目に当てた。

「……ほら、泣かないの。 せっかくのメイクが取れちゃうわ」

「それじゃ、あのクラブは……」

 横から加藤が井上に尋ねる。

「ん? 別に脱会はしなくて、休止って事にしてもらった」

「そうですか……まだまだ教えてもらう事があったんですが……」

 加藤は今でも井上の居るクラブの会員だ。

「そうだな……そこんとこは申し訳ないが……ま、加藤君はヤスオカのクラブに移籍すればいいさ。 博美ちゃんのためにもそれが良いだろう」

 そこまで言うと、井上は「ぐすぐす」と鼻を鳴らしてる博美の方を向いた。

「……今日まで言わなくてすまん。 でも、もし言ってたら博美ちゃん、今日は平常心では居られなかっただろ? それに静香が言ったように3年程度で高知に帰るから」

「……で、でも……ぐず……3年経ったら僕達……卒業……ぐず……県外に出ちゃうかも……も、もう会えないかも……」

 頑張って言葉を紡ぐ博美だが、その手に持つ静香から受け取ったハンカチは、メイクの色が移っている。

「は? 何言ってんだ。 俺も博美ちゃんもシードじゃないか。 選手権で会えるさ。 それに静香の実家は春野だから、時々は帰るぜ。 心配するな……な……」

 「ぽんぽん」と井上が博美の頭に手を乗せる。

「……ぐず……ほ、ほんとですね……ぐず……絶対、絶対ですよ……ぐず……絶対シードから落ちないでくださいね……」

「お、おお。 任しとけ……(……ま、そういう気持ちではいるけどな……)」

 泣いている女の子の頼みであり、それを無碍むげにするのは井上にはできなかった。

「博美ちゃん、もうメイク落とそうか」

 静香がワンボックス車の中に博美を誘う。

 泣いたせいで、博美の顔はひどい事になってしまっていた。




 機材は片付けられテントも畳まれた、大会本部があったところに成田と本田が立っていた。

 大きなワンボックス車が通りかかると窓が開き中から博美が顔を出す。

「成田さん、今日はありがとうございました」

「おお、博美ちゃん。 今日はお疲れさん。 気を付けて帰ってくれよ」

 顔を上げた成田が「にっこり」と返す。

「はい。 本田さんも、お疲れ様でした」

 博美は横の本田に顔を向けた。

「ああ、お疲れさん。 ……ん? メイク落としたんか? 似合ってたのによ」

「……へ? え、ええ。 ちょっと濡らしちゃったんで……(……に、似合ってた? ……そう言えば、写真撮影のとき「ちらちら」見てたっけ……本田さんって、ああいうのが好きなのかな……)」

 いきなりの言葉に「ぽけっ」として博美は見つめてしまう。

「……そ、そうか……(……子供っぽい、って思ってたが、こいつはスッピンでも可愛いじゃないか……)」

 ちょっと恥ずかしそうに、本田はぽりぽりと頬を人差し指で掻いた。

「……なあ、妖精よー そのトロフィー、持ち回りだって事知ってるよな。 大事に置いておけよ。 来年は俺が持つんだからな」

「はい、任せておいてください。 でも、来年も僕が持って帰りますから」

「……そうか……そうこなくちゃな。 ライバル宣言と取っておくぜ。 ……で、おまえ……自分のことを僕って言うんだ……(……なんか、可愛い……)」

「え、ええっとー これって癖なんです。 んで、ライバル……ですか……はい、受けて立ちます」

 むんっ、と博美が力こぶを作る。

「なにやってんだ。 筋肉なんて何処にも無いくせによ」

 横から伸びてきた加藤の指に博美の力こぶ……のような物……は潰された。




「……はあ……終わっちゃった。 また1年後なんだな……」

 高速を走るワンボックス車の後部座席で博美が「ぽつり」と零した。

「おいおい……何を言ってるんだ。 11月に世界選手権選抜大会があるんだぜ」

 横に座っている加藤にそれが聞こえたようだ。

「……うん、そうなんだけど……やっぱり日本選手権の方が人が多いし……」

 博美は加藤を見た。

「なんか、お祭りみたいで楽しいじゃない。 選抜大会って言ったら……なんだかギスギスしてそうじゃない?」

 そうなのだ。

 次回の世界選手権の開催日は日本選手権より早いため、選抜大会を今年中にする事を、先ほど成田から聞かされたのだ。

「しかし、井上さんに会えるぜ。 シード選手は出場権があるからな」

「うん……そうだね。 はあ、2ヵ月後かー どんな大会になるんだろう……」

 どうも博美は気が乗ってこないようだ。

 それはそうだろう。ついさっきまで四日間……いや練習も含めれば2週間以上……毎日集中して飛行機を飛ばしていたのだ。

 さすがに博美といえども休みたいと思うのも仕方の無い事だ。

「……ん? メールだ……」

 シートの上に置いてある博美のバッグから軽快な音楽が聞こえてきた。

「……誰だろう? ……ん? 樫内さんだ。 そうだ、忘れてた。 樫内さんもテニスの大会に出てたんだ」

 バッグから取り出した携帯電話のスクリーンを確かめると、さっそく博美はメールを開いた。

{連絡が無いけど、成績はどうだった? 私は優勝したよ}

 樫内にしては簡素な文章だ。

「康煕君。 樫内さん、優勝したって。 凄いねー 高専の女子のチャンピオンだよ。 電話しようっと……」

「(……は?……こいつは、自分が日本チャンピオンだって事、まだ理解してないんじゃないか? それって物凄いことなんだぜ……)」

 うきうきと携帯電話を耳に当てる博美を、加藤は呆れて見ていた。




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