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空の妖精  作者: 道豚
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 博美の操縦する「ミネルバ」がゆっくりとセンターに近づいてくる。風が弱いので、エンジンパワーはギリギリまで落とされていた。

 速度が遅い分、かなり近い位置を飛んでいる。そのため、やや小ぶりな「ミネルバ」が大きく見えていた。

 センターの手前「ミネルバ」は機首を上げ、45度で上昇をする。当然、パワーは入れられ、速度は低下しない。そのまま上昇、センターを通過する時に1/2ロール、背面姿勢になり更に上昇。大きく逆宙返り(インバーテッドループ)をして45度の降下姿勢になる。再びセンターを通過する時に1/2ロール。演技を始めた時と同じ高度で水平飛行に移った。

「……凄い……完全に左右対象だ……」

「……ループの半径が皆同じだぜ……」

「……それよりも……ロールがセンターだぜ。 どうやったらそんな風に出来るんだ?……」

     ・

     ・

     ・

 優勝候補として頭一つ貫き出た選手「トップフォー+ワン」……地区予選が行われていた頃から言われだした……のトップバッターで演技をする博美の後ろには大勢のギャラリーが居た。

「……八角ほすみさん。 彼女のループ……よく似てますよね?」

 ラジコン雑誌の記者が、今はギャラリーとして博美の演技を見ている「トップフォー」の一人に聞いている。

「……ひょっとして、手ほどきしたとか……」

「まさか……彼女は高知でしょ、俺は関東……とても会うことは無理ですよ」

 聞かれた八角は苦笑を返した。

「……それじゃ、彼女は自分で研究したと?」

「……おそらくね。 もちろん俺のフライトを見たことはあるだろうけど」

「……おーー……」

「……上手い……」

「……何処が減点出来るんだ? 10点じゃないか……」

     ・

     ・

     ・

 ギャラリーのため息を背中に、博美の演技は続いた。




 演技が終わり、加藤と共に博美がピットに帰ってきた。「ミネルバ」は森山が回収している。

「博美ちゃん、凄いじゃない。 飛行場中の人が見てたわよ」

 タープの下に静香が居た。

「……ん? そうでした? 集中してたから全然分からなかった……」

「静香、準備するぜ」

 井上が送信機の入ったボックスと工具箱を持って声をかけてきた。「ビーナス」は加藤がエンジン始動ピットに運んでいる。

 井上の出番は13番だ。博美が着陸したところで12番の九州の選手がエンジンを始動し、今は調整をしている。滑走路に飛行機を持って行ったら、井上が準備を始めるのだ。

「ハーイ。 それじゃ博美ちゃん、行ってくるね」

 静香は井上を追いかけて行った。




 静香を助手にして井上が演技をする。

「(……そこっ! っちょと遅れた……諦めないで。 ……上手い、上手く繋いだ……)」

 ピットの前に立って博美が……心の中で……応援している。

「……井上の奴……去年といい、今年といい、助手が女の子かよ……」

「……去年は妖精ちゃんだったろ? 今年は違うんだな……」

「……知ってるか? あれって奥さんだってよ……」

「……なんだとーー あの野郎、何時の間に……羨ましいぞ……」

「……リヤ充かよ! ……そんな奴、出てくんな……」

     ・

     ・

     ・

 何故か恨みの篭った呟きも飛行場に流れていた。




 井上の演技が終わると、暫く仲間の出番は無い。チームヤスオカの面々はヤスオカ模型の展示ブースでお昼御飯を食べていた。

「……「ミネルバ」が置いてあるんですね」

 それほど広くないテントの奥の壁に、ヤスオカ模型製の「ミネルバ」が掛かっている。

「ああ、あれが今の主力商品だからね。 もちろんスタント機としてのね。 だから持って来た」

 新土居がちらっとそれを見た。

「この大会で博美ちゃんが「ミネルバ」を使うだろ? それを見たマニアが買ってくれるんじゃないかと……西の方ではそこそこ売れてるんだけど、東の方では売れてないんだ」

「そんなに上手く行くかなー? やっぱりこの辺はナリタ模型が強いんですよね」

 博美は半信半疑だ。

「いや……けっこう見に来るぜ。 さっき博美ちゃんが飛ばした後なんか、人だかり、とまでは無いけど集まったしな……」

「あのー すみません……」

 ブースの前に20代に見える男が立った。

「あ、はいはい」

 近くに居た森山が対応に立ち上がる。

「そこの「ミネルバ」ですけど……あの妖精さんの「ミネルバ」と同じなんですか? ……って、妖精さんが居る!」

「へっ? 僕の事?」

 指差されて博美が「きょとん」と首を傾げた。

「……そ、そうですそうです。 いやー 本物も可愛いなー えとえと……」

 その男は慌てて背負っていたリュックを下ろし、ノートを取り出した。

「……すみません。 サイン頂けますか?」

 開かれたノートを見ると、トップフォーのサインが並んでいた。

「ま、まあいいですけど……」

 博美は立ち上がり、カウンターの上に広げられたノートに「HIROMI」を崩したサイン……樫内が考えた……をした。

「……えと、お名前は?」

「あ、秋田といいます。 東北ブロックの予選に出てるんですけど……まだ通過したことが無くて……」

 頭をかきながら男は答える。

「そうなんですか。 頑張ってくださいね」

 言いながら博美がサインに「秋田さんへ……頑張ってください」と書き加えた。

「……ありがとうございます! 宝物にします」

 まるで表彰状を受け取るように秋田はノートを押し頂いた。

「……っで、これは妖精さんの「ミネルバ」と同じなんですか?」

 秋田は横に立って呆然としていた森山に顔を向けた。

「お、おお、そうだったな。 そのとおり、博美ちゃんの「ミネルバ」と同じディメンションで出来てる」

 森山が我に返った。

「……いくらですか?」

「生地完成で25万……塗装済みで40万……メカ積みまでして50万。 塗装済みには機体カバーが付く。 もしテスト飛行までするなら……応談だな」

 メモを見ながら森山が答える。

「売ってください。 そこの「ミネルバ」は塗装済みですよね……」

 秋田が財布を取り出し、札束を抜いた。

「……いいのか?」

 森山が振り向き、新土居を見た。

「……ああ、構わないぜ。 ただ、大会が終わるまでは引き渡せないが良いか?」

 新土居の言葉に秋田は頷いた。




 のんびりと昼食を取った博美たちが飛行場に帰ると、ちょうどトップフォーの一角を占める青葉選手が演技をしていた。

「青葉選手って20番だから……眞鍋さんがもうすぐだ。 手伝わなきゃいけない……機体ホルダーを頼まれてたんだ」

 加藤が慌てて走っていった。

「(……正確な図形を描くねー……)」

 加藤を見送り、博美はギャラリーの中に紛れ込んだ。

「(……んー でも……キレ、って言うのかな……足りないなー ……水平を探っている様な気がする……)」

 見ているうちに最後の演技になった。

 赤、白、青のトリコロールに塗り分けられた複葉機が大きく宙返りをする。頂点に差し掛かった時、「くるっ」とスナップロールを打った。

「……あーー!……」

 途端にギャラリーの間から溜息が聞こえた。なんと、複葉機は45度ほど回りすぎたのだ。これだけで3点の減点である。

 直ぐに傾斜は直されたが、これで減点は増える。さらにラダーを使ってコースが直された。結局、5点の減点は免れないだろう。

 この演技「アバランシュ」は係数が4なので、審査員一人に付き20点のマイナスである。

「(……サーマルに蹴られちゃった……残念だろうなー……)」

 丁度スナップロールをした場所にサーマルが在ったのを、博美は見ていた。




 青葉選手の演技終了が終了して、博美は眞鍋の所に来た。

 ちょうど加藤が「ミネルバ」を……眞鍋も「ミネルバ」を使うようになっていた……エンジン始動ピットに運んでいる。

「眞鍋さん、今のアバランシュ見ました?」

「ああ、見てたぜ。 あれって何があったんだ? 博美ちゃんは分かったか?」

 眞鍋が首を捻る。

「青葉があんなミスをするなんてな……」

「……あれ、サーマルですよ。 ちょうどセンターにサーマルが在るんです」

 博美が耳うちをした。

「……眞鍋さんの飛ばすときに教えますね……」

「……おお、ありがとう……」

 眞鍋の顔が綻んだ。




 関東の選手が演技を終えて着陸する。それを見て、眞鍋が自分の「ミネルバ」の前にしゃがんだ。

「眞鍋さん、良いですか?」

 タイムキーパーが尋ねる。

「……ん……」

 頷いて眞鍋はスターターを持った。

「スタートします」

「ブン・ポロポロポロ…………」

 タイムキーパーが離れると同時に眞鍋はエンジンを始動した。




「眞鍋さん、センターのやや左手にサーマルが在ります。 距離は演技をする辺りです。 気を付けて下さい」

 送信機を持って操縦ポイントに向かう眞鍋に博美が言った。風が弱いので、さっき青葉の演技の邪魔をしたサーマルは、まだ飛行コースに居座っていた。

「……OK……」

 軽く答えて、眞鍋は歩いていった。




 然したる問題も無く、眞鍋は何時もと同じパフォーマンスを見せた。

「博美ちゃん、ありがとうよ。 確かにサーマルが在ったぜ」

 ピットの機体スタンドに「ミネルバ」を載せた眞鍋が言った。

「何度か蹴られそうになったが、構えていたお陰で小さなミスで済んだ」

「いえいえ、お役に立てて良かったです」

「……あーー……」

 フライトを見ているギャラリーが声を上げた。今は中部の選手が飛ばしているのだが、スピンの演技に入るときの垂直上昇から水平飛行に移る時、捻れた様になったのだ。

 当然、スピンに向かう飛行が蛇行することになる。進入する段階で。マイナス1点になってしまった。

「……何だ、なんだ……」

「……あそこ、気流が乱れてるんか?……」

「……電波がおかしいのか?……」

「……そう言えば青葉選手もミスったな……」

「……でも、その後の眞鍋選手はなんとも無かったぞ……」

     ・

     ・

     ・

 飛行場中の目が空を睨んでいた。




「(……っち! 彼処あそこに何があるんだ……)」

 ピットに置いた椅子の上で、本田が空を見て舌打ちをした。

「(……妖精が眞鍋さんに何か言ってたな……彼奴あいつには何かが見えるのか?……)」

 本田は目の前に置いてある複葉機に視線を向けた。

「(……気流が悪いんだろうか? もしそうなら、複葉機は不利だ……)」

 翼面荷重の小さな複葉機はゆっくり飛ぶことが出来る分、風の弱い時には有利だが……乱気流に姿勢を乱されやすい。

「(……あと3人……30分で出番だっていうのに……)」

 今日は風が弱いから、と予備機の単葉機は準備をしてなかったのだ。今から交換するにはリスクがある。

「(……ちくしょう! どうすりゃ良いんだ……)」

 本田は椅子の上で頭を抱えた。




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