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空の妖精  作者: 道豚
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デビュー

 受付の済んだ博美と加藤は、さっさと飛行場を後にした。居座ったところで飛行機が飛ばせるわけでは無いのだから。

 新土居と森山は展示ブースの設営があるので飛行場に残った。

 井上がレガシィを新土居に貸し、チームヤスオカのワンボックス車に井上と静香、博美と加藤が乗っている。

「さーって、これからどうする?」

 まだ午後3時、まだまだ明るい。信号で止まったとき、井上が皆を見た。

「やっぱりプールだよね」

「良いわねー」

 博美の発言に静香が間髪を要れず乗ってきた。

「実はねー 水着を持ってきたのよ」

「えへへ……僕も持って来た。 だって暑いもんねー」

「……ちょっと待てよ……」

 女性二人の話を聞きながら、加藤がスマホでプールを探し始めた。

「ここが良いかな? 「ドリームプール」一番近い。 ここから5キロ位かな」

 総合運動公園の中にある屋内プールで、25メートルの競泳用プールや流水プール、ウォータースライダーもある。

「井上さんは行くかな?」

 加藤のスマホを覗き込んだ博美が首を傾げる。

「行くわよね。 って、どうせ直也さんが運転するんだから、行かざるをえないわよね」

「はいはい、俺も行く事になってるよな……」

 断定した静香に、井上の声は消えそうだった……




 受付で料金を支払い、博美と静香は更衣室に入った。平日は午後9時まで営業している所為で、まだまだ人は多いようだ。

 二人は開いたロッカーを見つけると水着に着替えた。博美の水着は授業で使っている競泳用のワンピースで、静香はボーダー柄のビキニだ。

「……博美ちゃん……女っぽくなったわねー ウエストからヒップのラインが綺麗……」

 ビキニのトップを整えながら静香が博美を見ている。

「静香さんも綺麗だよー 胸のボリュームが違うね D以上かな?」

 静香のバストはビキニトップから溢れるように盛り上がっていた。

「ん? Cだよ」

「えーー! 僕もCなのに、そんなにボリュームが無い」

 博美は自分の胸に手を当てた。

「んふふふ……これって盛れるブラなのよ……それに博美ちゃんは未だ乳腺が発育してるところだから……もう少しすると脂肪が周りについてボリュームが出るわよ。 その分重くなって垂れてくるんだけどねー」

 静香が持ち上げてみせる。

「博美ちゃんは、だから垂れてないのよ。 若いって良いわよねー 羨ましい……」




 例によってプールサイドで男どもが待っている。

「……博美ちゃんはどんな水着を持ってきたんだ?」

「知りませんよ。 相談したわけじゃ無いですし」

 加藤の水着は授業で使うものではなく、海で使ったトランクスであり、井上も……いつ買ったのかは分からない……年季の入ったトランクスだ。

「あいつのことだから、授業で使うワンピースじゃないですかね」

「そうか……そうかもな」

 待つ事10分ほど、女子更衣室に続くシャワー通路から博美と静香が出て駆け寄って来た。

 博美は競泳用水着なのでサポートがあり、あまり揺れて無いが、静香はビキニなのでしっかり揺れている。

「(……スゲー!……流石は大人だな……博美とは違う……)」

「……康煕くん、何処を見てた?」

 つい見とれていて、博美が近くに来たのに気がつかなかった加藤は、

「……っと、 いや……べ、別に……っ痛ーーー!」

 いい訳を考える間も無く……

「ふん! どうせ僕のは揺れ無いよね」

 脇腹に博美の貫手ぬきてを受けていた。




 博美たちがプールで遊んでいた頃、選手権会場にトヨタのワンボックス車が入ってきた。

「……本田だ……」

「……今から受付か? 遅いな……」

「……どうせ何処かで練習してたんだろう……」

     ・

     ・

     ・

 会場に残っていた選手たちは、誰が来たか分かっていた。チャンピオンである本田の車は皆知っているのだ。

「よう……随分ゆっくりとしてたな」

 本部テントに現れた本田に成田が声をかけた。

「こんにちは、成田さん。 ちょっと練習してました。 気になるところがあったので……」

 地元、関東に住んでいる本田は、この会場に来なくても練習が出来るのだ。

「……それで……妖精は来ました? 何番を引いたでしょうか……」

「来たぜ。 11番だ……でだ、良かったな……その近くの番号は、もう出ている」

 受付済みの名簿を見て、成田が答えた。

「……そうですか……どうでした? 飛びは……」

 出場順を決めるくじの入った箱に本田は手を入れた。

「実はな、パターンを飛ばさなかったんだよ……ローリングサークルを一発やっただけで帰っちまった」

 成田が本田からくじを受け取った。

「……26番だ……まあ、良い順番じゃねえか。 ところで、これから飛ばすか?」

「いえ機体検査だけして、帰って整備をします」

 本田は後ろに置いてあった複葉機を量りに載せた。




 ***********




 木曜日、今日からF3A日本選手権が始まる。

 朝7時に博美達は飛行場に来た。ホテルのモーニングは6時30分からなので、朝食の前に飛行機を車に積んで準備していたのだ。お陰でホテルを直ぐに出ることが出来た。

 チームヤスオカの面々は、一緒になって「ミネルバ」と「ミネルバⅡ」を組み立てた。横では井上と眞鍋も準備をしている。

 競技が始まる前にエンジンテストをしておくために、出番が遅い選手も飛行場に着くとすぐに組み立てるのだ。現に、駐車場の彼方此方からエンジン音が響いていた。

 当然、博美も「ミネルバ」と「ミネルバⅡ」のエンジンテストをした。




 本部テントの前に集まった選手達に向かって成田がマイクで話している。博美も胸にゼッケンを付けてそこに居た。

『注意事項は以上だ。 それでは審査員の方々を紹介する。 まず審査員長の安岡さん。 浅田さん。 奥山さん。 遠藤さん。 そして原畑さん。 以上5人』

 呼ばれた人が一歩前に出ると「パラパラ」と拍手が起きる。

『8時50分から目慣らし飛行を行い、9時から競技を始める。 競技順は、昨日くじ引きしたとおり。 今日のところはゼッケン順になる。 以上、質問は無いか?』

「決勝に進めるのが8人になったのは何故だ?」

 選手から声が上がった。

『えー 決勝に出るのが8人なのは何故か? という質問だが……これは、FAIのルールによる。 それによると決勝は上位20パーセントの者、となっている。 出場選手が40人なので、20パーセントは8人だ。 それにより、決めさせてもらった。 因みにシード選手は決勝に出た者とした。 つまり8人だな』

「……おい、シードが8人だとよ……」

「……二人増えたじゃないか……」

「……シードのチャンスが増えたぜ……」

「……ばか、結局決勝に出なけりゃ駄目なんだぜ……」

「……でもよ、予選のパターンさえ上手けりゃシードになる可能性があるんだぜ……」

     ・

     ・

     ・

 ざわざわと選手が話し始めた。

『後は無いか? ようし解散。 さっきも言ったように9時からスタートだ。 1番の選手は準備しろよ』

 成田がマイクのスイッチを切って下がった。




 博美は井上と一緒に車の所に帰ってきた。すぐ後ろに眞鍋と、もう一人の中国四国ブロック代表の岡山が歩いている。

「よお、おかえり。 どうだった? 何か特別な事は無かったか?」

 車から張ってあるタープの下に加藤と森山が座っていた。新土居はヤスオカ模型の展示ブースに行っている。

「ん……別に何も無かった。 ただ決勝に出るのが8人になって、その8人がシードになるんだって」

 博美は加藤の前に座った。

「ふーん……つまり決勝に出ればシードだけど、決勝に出られるのは8人だけ、ってことか」

「ま、博美ちゃんには関係ないな。 どうせトップだから…… んじゃ、俺は展示ブースに行ってるわ。 博美ちゃんは11番目だよな。 その頃には此処に来るから」

 立ち上がると、森山は飛行場の入り口に向かって歩いていった。




 ナリタ模型製のスタント機が予選演技を飛んでいる。

「……うん……普通かな?」

 目慣らし飛行を離陸から見ていた博美が横に居る加藤に言った。

「……ああ……普通だ」

「……お、お前らと来たら……今飛ばしてるのは関東甲信越代表常連の選手だぜ。 今年は調子が悪くて予選を通過しなかった様だが……」

 何故か隣にピットを構えた岡山がそれを聞きつけた。

「……でも、岡山さん。 水平飛行時に翼が傾いてますし……それを誤魔化すためにエレベーターを使うたびにエルロンに触るんですよ。 あれって……殆どの人がしてしまう事ですよね」

 なんでかなー、と博美が首を傾げる。

「……そ、そうか?……」

「岡山さん……」

 眞鍋が岡山の肩を叩いた。

「……こいつ等は特別だ。 まともに聞いてちゃ、調子を崩すぜ。 練習の時は良いけどな……」

 振り向いた岡山に向かって、眞鍋はゆっくり首を振った。




 エンジン始動ポイントに置いた「ミネルバ」の前で、博美は椅子に座って目を閉じていた。今は北海道の選手が演技している。

「……博美、そろそろだぜ……」

 フライトを見ていた加藤が声をかけた。

「ん……」

 小さく答えると博美は目を開け立ち上がる。椅子を畳み、両手を頭の上に挙げ背伸びをした。そのまま右、左、と腰を捻り、空の様子を確認する。

「(……殆ど風が無いなー 曇ってる所為でサーマルがはっきりしない……)」

 競技が始まる頃から空は薄雲に覆われ、なんだかすっきりしない天気になっていた。湿度が高く、その為空気の密度が小さい。これは飛行機にとって、あまり嬉しい天気ではない。揚力は小さくなり、エンジンパワーも低くなる。

「……博美、降りたぜ……」

 ここまで演技をしている飛行機をまったく見てなかった博美に加藤が囁いた。

「うん」

 頷くと、博美はショルダーストラップを肩に取り付け「ミネルバ」の前にしゃがみ、スターターを取りやすい場所に置いて、送信機をボックスから出してスタンドに立てた。




「秋本さん、いいですか?」

 いつの間にか博美を取り囲む様に出来ていた人垣を潜り抜け、タイムキーパーが近くに来た。

「……はい、いいです」

 スピンナーを摘み、エンジンのクランクを始動位置まで回して博美が答えた。

「スタートします」

 タイムキーパーがストップウォッチを押して人垣の向こう側に行った。これから2分以内にエンジンを始動し、飛行機を滑走路に置かなければならない。

 そして飛行機が滑走路に置かれて8分以内に演技を終了する事が求められる。8分を超過した場合、超過した演技は0点となるのだ。

 博美はプラグの電源を入れ、スターターをスピンナーに押し付ける。

「ポロポロポロポロ…………」

 スターターのスイッチを入れると、YU185cdiは軽い音を立てて始動した。送信機を持って博美は「ミネルバ」の横に移動し……回転するプロペラの前に居ないのは常識と言える……スロットルを開けた。

「ゴーーーーー」

 エンジン音を聞き、排気ガスの色を見ながら博美が混合気を調整する。

「(……ん!)」

 視界の隅に見える森山……機体ホルダーをしている……が頷くのを見て、博美は調整レバーを90度戻した。

 スロットルを下げる。

「ポロポロポロポロ…………」

 エンジンは再び軽い音を立ててアイドリングになった。それを確認すると、博美は立ち上がり送信機をショルダーストラップに吊り下げた。




 エンジン始動ポイントを取り囲んだ人垣が割れ、キャップを被りサングラスをした博美が現れた。「ミネルバ」は森山によって滑走路に運ばれている。

「(……ついにデビューだな、博美ちゃん……)」

 ジャッジ席に座った安岡が近づいてくる博美を見る。

「(……ゼッケン11……空の妖精……)」

「(……こ、これは……凄いオーラだ……)」

「(……あんな小さな娘っこが……なんでこんなに大きく見える……)」

     ・

     ・

     ・

 この夏の練習で博美のオーラに慣れた安岡を除き、大勢のギャラリーを引き連れて操縦ポイントに歩いてくる博美にジャッジは皆呑まれていた。




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