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空の妖精  作者: 道豚
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受付と機体検査

「ぴぴっ、ぴぴっ、ぴぴっ、ぴぴぴぴ……ぴっ」

 シーツの間から細い腕が伸び、ヘッドボードの上に置いた携帯電話のアラームが止められた。そのまま携帯電話は握られてベッドの上に下ろされる。

「……ふぁぁ~~……朝かー」

 携帯電話を開いて時間を確かめると、博美はシーツを蹴飛ばした。ベッドの上に白い真っ直ぐな脚が現れる。

 それだけではない、締まったお腹や仰向けのためやや低くなっている双丘までもが露わになっていた。ホテル備え付けの浴衣は寝ているうちに盛大に着崩れていたのだ。

「……んん~……っと、確か7時から朝ごはんを食べようって言ってたなー……」

 どんなにはしたない姿でも、ここはホテルのシングルルーム……

 ほとんどショーツだけのセミヌードで……誰も居ないことを良いことに……博美はぼんやりと今日の予定を思い出していた。

「(……起きなきゃ……)」

 博美は横に回ってベッドから足を下ろし、ホテル備え付けのスリッパを履いた。




 新土居と森山はバイキングの朝食を前にしていた。二人の向かいにはパンとオレンジジュースが置かれていて、そこに加藤がサラダにソーセージ、そしてオムレツを盛った皿を持って来た。

「加藤君は洋食派だね」

 森山がそれを見て言う。森山の前にあるのは御飯と味噌汁、卵焼きにシャケ、という具合に和食だった。

「まあ、若いからなー 俺たちみたいな小父さんとは違うよな」

 新土居の持ってきているのも森山とほぼ同じだ。

「……俺はどっちでも良いんですけど……博美が洋食なもんで、合わしてるんです」

 照れたように笑いながら加藤が座る。

「はいはい、仲のよろしい事で……っで、もう7時だよな。 博美ちゃんはまだ来ないのかな?」

「……おはようございます。 すみません、遅くなりました」

 新土居の言葉に合わせるように博美がレストランに入ってきた。

「おはよう。 俺たちも今料理を取ってきたところだから、博美ちゃんも取っておいで」

「はい。 それじゃ行ってきます」

 バッグを椅子の上に置いて、博美は料理の元へ歩いていった。




 すでに太陽は高く上がり、8月も終わりとはいえ暑くなった頃、新土居と森山は駐車場でチームヤスオカのワンボックス車のリヤゲートから「ミネルバ」と「ミネルバⅡ」を積み込んでいた。

「今回はゆっくり行くんですね」

 二人の横に立った博美が訊ねる。

「ああ、そうだね。 去年の飛行場は……今年の予選もそうだけど、滑走路の向きの所為で午後3時になると太陽がフレームに入ってくるから、それで朝早くから競技を始めたんだ。 今年の会場は東向きだろ……眞鍋さんも言ってたよな……だから朝早くは逆光になって飛ばしにくい。 ゆっくり行ったほうが良いんだ。 本番も、多分9時スタートじゃないかな?」

 最後に送信機を積み込み、新土居が答えた。

「その頃なら太陽は十分高く上がっている筈だ」

「はー……そんなことがあって時間が決まるんですねー ……んじゃ……朝はゆっくり寝てられるんだ……あはは……ちょっと嬉しいかも……」

 「にこにこ」して博美はワンボックス車の後部座席に座った。




 博美たちの乗ったワンボックス車が飛行場の駐車場に来た。すぐ後ろに眞鍋の車も続いている。

「井上さんは来たかなー」

 木陰に置かれたワンボックス車の後部ドアから博美が出てきて、きょろきょろと井上のレガシィを探す。井上は静香と共に今日来る事になっていたのだ。

「……博美ちゃーん!」

 先の方かなぁ、と博美が歩いていると、奥の方から静香が走ってくる。

「あっ! 静香さん。 おはようございます。 もう来てたんですねー」

 それに気が付いて、博美も早歩きになった。

「……はあはあ……おはよう、博美ちゃん……っふう……」

 博美の前に来て、走った所為で切れた息を静香は強引に飲み込んだ。

「……そうなのよ。 私達、6時ごろに此処に来たの」

 今はもう9時を過ぎていた。井上と静香は3時間以上待っていた事になる。

「だから二人で寝てたの。 車の中で……暑かったわー」

 二人は並んで歩き出した。

「……井上さん、おはようございます」

 駐車場の一番奥に止められたレガシィの後ろで、井上は「ビーナス」を組み立てていた。




 テントを積んだトラックが飛行場に入ってきた。入り口近くにたむろしていた者達が「わらわら」と集まってくると、全員でトラックからテントを下ろし、設営を始めた。

 10人ほども集まっただろうか……ものの10分程度でテントが二張り立ち上がった。テントの中にはさっそくテーブルが置かれ、放送機器やパソコンがセットされる。

「よう! 出来てるな。 流石に此処のクラブ員は慣れてるなー」

「成田さん、お早う御座います。 たった今張りあがったところです。 休んでいきますか? お茶ぐらいしか出せませんが」

 陽気な声に、指揮をしていた男性が振り向いた。

「いや、俺も今来たところだ。 ちょっとぶらついて来るから……休憩はその後だ」

 片手を上げると、成田は駐車場の方に足を向けた。




「(……さーってと……どうだ? あんまり変わってないか……)」

 駐車場では出場選手たちが各々飛行機を組み立てていた。

「あっ! お、おはようございます……」

「……っおう、おはよう……」

 成田は有名人である。挨拶をしてくる選手も多い。それに一々、律儀に返事をしながらゆっくりと奥に向かって歩く。

「(……おっ! あったあった。 ヤスオカのチームカーだな。 さあて妖精は何処だ?)」

 駐車場を中ほどまで歩くと、立ち木の影になるように大きなワンボックス車が止めてある。リヤゲートが大きく跳ね上げられていて、その下で新土居が「ミネルバⅡ」を組み立てていた。

「よう! おはよう。 良いところを見付けたな。 新土居君よう、空の妖精は何処だ?」

「わっ! ……ああ……成田さん、おはようございます。 博美ちゃんならもっと先の方です。 井上さんの所に行ってます」

 成田が来ているのに気が付いてなかった新土居が、びっくりして立ち上がった。

「お、おう……驚かせてすまんかった。 分かった、この先だな」

「あ……でも行ってから大分経ってますから、もうすぐ帰ってくるんじゃないですか?」

 さっそく歩き出そうとした成田を新土居が止めた。

「そうか……じゃ、待たせてもらうか……」

「……あれー 成田さん。 おはようございます」

 成田がタープの下の椅子に腰を下ろした時、博美が帰ってきた。

「おはよう。 調子は如何だ? 空の妖精」

「……ん~~ 如何かなー?」

 聞かれて博美は首を傾げた。

「お、何だなんだ……今一か?」

 それを見て成田が複雑な……喜んで良いのか、残念なのか……顔をする。

「……いえ……何て言うのかなー 今、選手権が近づいてるのに、緊張ってしないんです。 何だか何時もの練習時のような……そんな気負いの無い状態なんです。 井上さんはそれで良い、って言ってたんですけど……」

「……そ、そうか……それは井上君の言う通りかもな (……これはヤバイ……そうとう練習してきたんだろうな。 安岡の旦那だな……どうせ後ろからプレッシャー掛け捲ったんだろう……本田の奴、今年はトップ取れねえかもな……)」

 っじゃ、俺は行くな、と成田が立ち上がった。

「あれ、成田さんは?」

 ペットボトルと紙コップを持った新土居が車から出てきた時には、成田は消えていた。




 午前11時の眩しい光を浴びながら「ミネルバⅡ」がゆっくりと飛んでいる。森山の調整したYU185Gは澄んだ音を立てて回っていた。

「(……確かに木立の所為で水平が見辛いけど……)」

 飛行コースの下に高さのマチマチな木が生えていて、基準となる水平飛行が本当に水平飛行しているか分かり辛い。

「康煕君、水平分かる?」

 博美は視野を広く出来る助手……加藤に聞いてみた。

「……ああ、分かるぜ。 今はちゃんと水平に飛んでるようだ……」

「ありがと。 これで良いんだね」

 博美は色々な高さで「ミネルバⅡ」を水平飛行させ、夫々見え方をチェックする。

「……おい……妖精ちゃん、パターンを飛ばさないぜ……」

「……ああ……どうなってるんだろうな……」

「……今更練習はいらないってのかな……」

「……そうかもな……或いは警戒して本番まで見せないってのかも……」

「……あ、おいおい……ローリングサークルを始めたぜ……」

「……すげー……ロールレートばっちりじゃないか……」

「……ちゃんと円を描いてるぜ……」

「……あー もう下ろすみたいだ……」

     ・

     ・

     ・

 飛行場中の視線を浴びながらも、博美は淡々とフライトエリアのチェックをして、最後に得意のローリングサークルをした。




「さあ、博美ちゃん。 行こうか?」

 井上が「ビーナス」を担いでチームヤスオカの所に来た。

「はい。 森山さん、新土居さん、お願いします」

「OK、良いよ」

 森山と新土居が、夫々「ミネルバ」と「ミネルバⅡ」を担ぎ上げる。これから本部テントで受付と機体検査を行うのだ。

 同じように飛行機を担いだ選手が周りを歩いていて、本部テントの前には飛行機の行列が出来ていた。




「中国四国ブロックの秋本博美です」

 テントの下に並べた机の前に博美が立つ。

「秋本さんですね……はい、確認しました。 それでは機体検査を其方で……」

 手伝いに借り出されたのだろう、如何にもラジコンフライヤー然とした日に焼けた男が横を指した。そこには飛行機の重量を測るためのデジタル量りが置いてある。

「はい」

 博美が返事をして横にずれると、新土居が「ミネルバ」を量りに乗せた。

「……4890グラム……OKです」

 新土居が「ミネルバ」を下ろすと森山が「ミネルバⅡ」を乗せる。

「……4970グラム……OKです」

 係員は数値を読み上げると書類に書き込んだ。

「(……良かったー 「ミネルバⅡ」ちゃん、合格した……)」

 実は「ミネルバⅡ」はYU185Gを使っても、夏の初めのころは5キロを超えていた。それを新土居と森山、そして博美が知恵を出し合ってダイエットしたのだ。

 特に大きかったのがスピンナー……プロペラの中央部カバー?……の軽量化だった。先端に付けるものなので、これが軽くなると尾部のバランスウエイトも軽く出来る。それだけで機体全体で20グラム軽くなった。

 その隣で大きさ……全長と全幅(主翼の長さ)……の測定をする。

「……1930ミリ……1850ミリ……OKです」

 「ミネルバ」の機体検査が終わった。

「……1980ミリ……1850ミリ……OKです」

 「ミネルバⅡ」の検査も無事終わった。




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