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空の妖精  作者: 道豚
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会場下見

 8月26日の火曜日、博美は高知空港に居た。お盆もとうに過ぎたことで、空港はそれ程混雑はしていない。

「……はあ……早く来すぎちゃったね、康煕くん。 まだ1時間ぐらいあるよ……」

 博美の見上げる掲示板には乗る予定のJAL1489便が表示されているが、出発時間は定時の14時になっている。早く飛び立てる事は無いようだ。

「……そうだな……保安ゲートも開いてないし……また売店でも見に行くか?」

 隣に座った加藤が首の後ろで手を組んだまま博美を見た。

「……さっきも行ったから、もう飽きちゃった……はぁ~~ 新土居さんたちは、今何処かな? もう東京に着いた頃かなぁ……」

 明後日の木曜日から日本選手権が宇都宮で開かれるのだ。そして前日である明日の水曜日に公式練習があり、その会場で機体検査も行われることになっていた。

 新土居と森山はチームヤスオカのワンボックス車に博美の飛行機(「ミネルバ」と「ミネルバⅡ」)を積んで昨日の22時頃に出発していて、博美と加藤は羽田で合流する手筈になっていた。




「……ふぁぁぁ~……」

 高速道路を走るワンボックス車の運転席で新土居が欠伸をする。

「おっ! 新土居さん、5回目だぜ……」

 助手席の森山がそれに気が付いた。

「……ん、そうかな?……」

「ええ、ちゃんと数えてたから……さあ、交代しましょう」

 森山はどこか嬉しそうだ。

「ああ、分かった。 次のサービスかパーキングに入る事にする」

「次は海老名サービスみたいですよ。 ついでに給油しときましょう。 そこを出たら羽田まで、もう止まらないで行けますよ」

 高知から東京まで約800キロ……途中での仮眠を含めて15時間……二人で交代しながら運転してきたのだが、その交代のルールが「欠伸5回」なのだった。




「あっ! 康煕くん。 ほら富士山が見えるよ」

 窓際に座った博美が、加藤のシャツの袖を引いた。

「おー 凄いな。 こんなに綺麗に見えるんだな」

「ねー 左側にして良かったね」

 インターネットでチケットを買うとき、富士山が見えるかも、と博美は左側を選んだのだ。

 しかも……

「(……エルロンは細かく修正するんだなー……高度は下がってきたけど、フラップはまだ出さないんだ……)」

 舵の動きが見たいからと、博美は後ろの席を選んでいた。




 博美の乗ったB737は木更津の上空で左旋回をして、最終着陸態勢に入った。

「(……うわー 凄い凄い。 あんなに水分が含まれてるんだー……)」

 下げられたフラップの隙間から……圧力が下がったため溶け込めなくなった……空気中の水蒸気が霧となって噴出している。

「(……しっかりエルロンも使ってるなー……)」

 今はパイロットが手動で操作しているのだろう、高空を飛んでいるときは殆ど動いてなかった外側のエルロンが小刻みに動いていて、その操作が機体を動かすのが博美にも分かった。

「(……あっ! 滑走路……)」

 夢中で見ている博美の視線の先を滑走路の端が通っていった。エンジンの音が小さくなる。

「(……エンジン アイドリング? ……あ、フレア掛けた……)」

 首を傾げた博美が、機首が上がったのに気が付いた。次の瞬間、B737は軽いショックで着陸した。




「あー 面白かった。 また乗りたいねー」

 博美が横に立っている加藤を見上げた。

「……ああ、そうだな。 しかし、おまえって……本当、飛行機が好きなんだなー 乗ってる間中、外ばかり見てたよな。 スチュワーデスさんが笑ってたぜ」

 見おろす加藤は思い出したように笑っている。

「えーー うそうそ。 本当に笑ってた?」

「ああ、通るたびに「にこにこ」と……」

 加藤の手が「ぽんぽん」と博美の肩を打つ。

「……やだーー 恥ずかしい…… 何で教えてくれなかったのー ……」

「……いや、面白かったから…… っと、出てきたぜ」

 加藤は自分の手荷物がコンベアーで運ばれてくるのを見つけた。

「あ、来た来た。 僕のも横にある」

 博美も無事に見つけたようだ。




「おおーーい!」

 キャリーバッグを引いて博美たちが到着ロビーに出て来ると、大声で呼ばれた。きょろきょろと見渡すと、新土居と森山がこちらに歩いてくる。

「はーーーい! 新土居さん、森山さん。 こっちこっちー」

 博美が大きく手を振った。

「……はぁ……間に合った……」

 近くまで来た新土居が溜息を吐いている。

「どうしたんですか? そんなに息を切らせて」

「いやー 東京ってのは車が多いねー 何処も此処も渋滞が酷くて……」

 加藤に聞かれて森山が横から答えた。

「……だから言っただろ? 早めに着いとこうって」

 遮った新土居の言葉は森山に向かっている。

「ん? それで如何したんです?」

「……いや……悪い。 早すぎるようだったから、途中でコーヒーを飲んでたんだ」

 ま、間に合ったから良いよな、と頭を下げた森山の口から言い訳が聞こえた。




 東北道をチームヤスオカのワンボックス車は走っていた。

「新土居さん、どこまで行くんですか? 随分走ってきましたけど……」

 羽田を出てから、もう1時間以上車は走っている。最初の頃はスカイツリーが見えたりして、皆喜んでいたのだが……

 今は単調なドライブに……特に博美は飽きてきていた。

「……えっと……もうすぐジャンクションで北関東道っていうのに乗るようだ……」

 運転している新土居の代わりに助手席の森山がカーナビを操作している。

「そこまで来たら、そんなには遠くないみたいだぜ……新土居さん、先ずは飛行場を見るんだよな?」

「ああ、そうしようぜ。 明日からスムーズに行ける様に道を覚えよう」




 車の進む先の河川敷に芝生の生えた広場が見えてきた。

「……っとー ここかな?」

 カーナビに従って堤防の上をゆっくり車を進める新土居が言う。

「……此処みたいだ。 あそこに車が止まってるし、飛行機も見える」

 森山がカーナビを見ていた顔を上げた。

「……うっわー 広いねー それに意外と周りに木が生えてるんだね……」

 見えている広場の大きさは安岡の飛行場に比べて、縦横二倍以上はありそうだ。そして駐車場のすぐ側には割と大きな木が生えているし、背は低いながら飛行場は林で囲まれている。

「……んじゃ、行きますか……」

 堤防を降りる道を見つけ、新土居がハンドルを回した。




 いざ飛行場に着いてみると、車が沢山木陰に止まっていた。堤防の方からは陰になって見えなかったのだ。

 新土居はゆっくりと車を進め、帰った人が居たであろう、開いた場所に車を止めた。

「よお! 来たな……」

 新土居がエンジンを止めるより早く、ワンボックス車の窓がノックされた。

「……あれ! 眞鍋さん……もういらしてたんですね」

 見ると眞鍋が立っていて、博美がドアを開けて出る。

「ああ。 もう何度か飛ばしたぜ。 博美ちゃんは、今日は飛ばすんか?」

「え……えっとー ……新土居さん……どうします?」

 博美は続いて車から降りた新土居を見た。

「今日は止めたほうが良いと思う。 もうすぐ暗くなるし……慌てても良いこと無いから」

 もう夕方の5時半だ。関東は高知に比べて日暮れが早い。

「そうですね。 眞鍋さん、止めときます」

 準備等を考えるとフライトを終えるのが6時を過ぎてしまう。

「そうか、それが良いな。 で、これからホテルか?」

「はい。 今日は道を確かめに来ただけですから……」

「それじゃ、一緒に行こう。 ちょっと待ってくれ」

 右手を上げて、眞鍋は先の方に歩いていった。




「……おい、空の妖精だぜ……」

「……ああ、かわいいな……」

「……あれでブッチギリでトップだったんだろ? あの眞鍋さんが言ってたぜ……」

「……スレンダーって言うのか? スタイルが良いな……」

「……今日は飛ばさないようだな……」

「……残念だな。 明日は公式練習だろ? 選手しかここに入れないんじゃないか?……」

「……いや、見るだけならいいだろ? 俺は見に来るぜ……」

「……しかし……空を見て、何をしてるんだろうな?……」

「……妖精だぜ。 ここに住む妖精に挨拶してるんじゃないか?……」

「……そっかー そうだよなぁ……妖精には人に分からない情報ってのがあるのかもな……」

     ・

     ・

     ・

 車の傍で空を見上げる博美は、飛行場中の視線を集めていた。




「この餃子、美味しいねー」

「そうだなー 流石は宇都宮だな」

 博美たちはホテルのレストランで夕御飯を取っていた。博美と加藤以外はアルコールが入っている。

「……眞鍋さんは今日飛ばしたんですよね。 どうでしたか?」

 ジョッキを傾けてる眞鍋に博美が尋ねる。

「……ん? どう って?」

 眞鍋はテーブルにジョッキを置いた。

「……んーっとですね。 操縦ポイントからの空の見え方とか……地面の様子とか……」

「……そうだな……先ずはフライトエリアの向きだな」

 眞鍋は箸を取って、刺身を一切れ自分の小皿に乗せた。

「ちっさいな……」

 高知で食べる刺身に比べると、半分以下の大きさしかない。

「……東向きだ。 午前中は眩しいな。 と言っても、安岡も同じなんだがな……」

 刺身を口に入れる。

「……ん……まあまあだな。 でだ……周りを林で囲まれてるだろ。 これが意外と離着陸の邪魔になるんだ」

 眞鍋はジョッキを持ち上げ、一口飲んだ。

「……後はだな……林の所為で水平が見難いな。 それでもだ……博美ちゃんにとっては何の問題も無いだろうよ」

 明日の公式練習で確かめてくれや、と更に眞鍋はジョッキを傾けた。




 新土居と森山は男同士でツインの部屋に居た。いや、別に二人が怪しい関係、という訳では無い。飛行機の整備をするのには広い場所が必要なのだ。

「(……ネジはOK……プラグはOK……バッテリーの充電……)」

 森山が「ミネルバⅡ」を整備スタンドに乗せて、もう何度目かになるチェックをしている。その横では新土居が「ミネルバ」のカナライザーをチェックしていた。

 その頃、加藤はシングルの部屋で演技の確認をしていた。

 そして博美は既に夢の中だった。




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