ひろねえ
「明菜。 おまん、何しゆうぜよ。 はよう明美らあに上がってもらわんかえ」
奥から豊久が出てきた。
「お爺ちゃん、おひさしぶりです」
それに博美と光がお辞儀をした。
「おお、よう来たなー 二人とも去年より綺麗になっちゃーせんか? 博美は色気も出てきたが」
「お、お父さん。 博美君……じゃなくて博美ちゃんを見て平気なん? モデルよ……有名人なのよ」
あまりに普通のやり取りに明菜が豊久を振り仰いだ。
「ん? なんでや。 博美は博美やが。 仕事は関係ないやろ?」
綺麗な顔をしちょるけんど、と豊久が笑った。
博美たちが部屋に荷物を片付け、居間に来ると昼食が出来ていた。台所との仕切りを外して大広間のようにしてあって、7人が余裕で座る事が出来る。
「うわー 美味しそう……」
博美の顔が輝いた。夫々の前に置いてあるおかずは「茄子のお浸し」になるのだろう。しかし、ミートボールと獅子唐と皮を剥いたミニトマトが入っている。
「これ、お婆ちゃんが作ったの?」
さっそく手近な場所に座って、博美が味噌汁碗を持って来た明子に聞いた。
「そうぜよー お婆ちゃんが作ったで。 野菜は全部家で取れたもんやき、新鮮やきね」
「私も手伝ったよね、お母さん」
すぐ後に御飯茶碗を持って来た明菜が口を挟んだ。
美味しくて、ついお代わりをしてしまったお昼御飯の後、子供達三人は裏山に続く小道を登っていた。
「……懐かしいなー あの頃と全然変わってない」
博美がきょろきょろと辺りを見渡している。菜摘の提案で、三人は昔遊んだ沢にある小さな滝つぼに向かっているのだ。
やがて、木立の間にその場所が見えてきた。岩の間を割と水量豊富な川が流れていて、小さな滝つぼに水しぶきを上げている。一週間前の台風の影響はもう消えたようで、水は澄んでいた。
「……変わらないなー 水も綺麗だ。 でもチョット小さくなった?」
博美が最後にここに来たのは中学1年生の時だから、4年ぶりという事になる。懐かしい場所に来ると、昔より小さく感じるものだ。
「うちは3年ぶりかな? うちもやっぱり小さく感じるよ。 ……うっわ、冷たい」
菜摘は早速水の中に手を入れていた。
「なつねえは、大きくなったもんね。 だからじゃない? ……ほんと、冷たーい」
光も手を入れる。
「……冷たいけど、気持ちいいよ……」
博美はサンダルを脱いで、滝つぼに入っていった。
「お姉ちゃん、大丈夫?……」
「大丈夫だよ。 小学校の頃でも余裕で入れ……わーー!……」
脹脛程の深さに居た博美が振り向いた途端、バランスを崩した。水底は平らでなく、石がゴロゴロしているのだ。
「バッシャーーーー」
光と菜摘の見ている前で、博美は水の中に尻餅をついてしまった。
「……ひろにい、大丈夫? ほら掴まって」
すぐに菜摘が助けに来ると、博美の手を取って立たせる。
「なっちゃん、ありがとう。 石があったみたいで、お尻が痛い」
スカートから水を滴らせて、博美はお尻を抑えていた。
「……うう……ショーツが張り付いて気持ち悪い……」
ようやく岸に上がった所で、博美はスカートの裾から手を入れてショーツを脱いだ。強く握ると指の間から水が滴る。
「……ひろにい……ショーツなんか穿いてる……」
菜摘が博美の手の中の物を見て目を丸くした。
「ん? 変かな?」
その様子に博美が首を傾げる。
「……だ、だって……えいっ!」
「わあ! なっちゃん、何するんだ!」
菜摘が博美のスカートを捲った。
「……付いてない……女の子だ……」
スカートの裾を握ったまま、菜摘はまじまじと博美の股間を見ている。
「だから! 何だって言うの……離して!」
スカートを抑えて、博美が後ずさった。
「……オカマさんだと思ってた……本当の女なんだ……」
タオルも持ってないので、そのまま帰る事になった。
「……ひろにい……じゃなくて、ひろねえ……ノーパンで帰るの?」
濡れたショーツを改めて穿くのは気持ち悪いと、博美は穿かずに帰るようだ。
「……ま、大丈夫じゃないかな? そんなに遠くないし、田舎だから人も歩いてないしね」
透けてないよね、と博美が歩き出そうとした時、数人の足音が聞こえてきた。慌てて博美が菜摘の後ろに隠れる。
「……あー お姉ちゃん達、他所の人?」
現れたのは海パン姿の小学生の男の子だった。
「うん。 そこの竹平の家に来てるの」
「そうなんだー 滝つぼで遊んだ?」
「遊んだよー お姉ちゃん達はもう帰るんだ」
「そうなんだー 入れ違いだねー」
「そうね。 気をつけて遊ぶんだよ」
「うん。 バイバイ」
上手く子供を捌く菜摘の後ろで、博美はスカートを抑えていた。
博美が濡れて帰ったので、三人は早めにお風呂に入ることになった。
「ひろねえ、スタイル良いー ウエストが細くてヒップが大きいのね。 胸もあるし」
自分は脱ぐのも忘れて、菜摘が見とれている。
「じろじろ見ないでよー」
恥ずかしくなって、博美は胸を隠した。
「ねえねえ。 何カップ? Cかなー」
菜摘もTシャツを脱ぎ始める。
「うん。 C」
「一昨年は真っ平らだったんでしょ。 何時から膨らんできたの?」
上半身がブラだけになった菜摘がガウチョパンツに手をかけた。
「ん~ 中学校卒業するぐらいかなぁ」
人差し指を顎に当て、博美が首を傾げる。
「それじゃ、1年半ぐらいでCになったって言うの? 早すぎない? うちは小学校6年生頃からなのに」
「そ、そうかなぁ」
「だから垂れてないのかしら。 ほら、垂れる暇が無かったとか……」
背中に手を回し、菜摘がブラのホックを外した。
「そ、それは若いからだよ、きっと。 なっちゃんも垂れてるわけじゃないし…… って大きいね」
ブラからまろび出た膨らみを博美は見つめてしまう。
「うん、Dなんだけど……垂れてないかなー」
菜摘が持ち上げてみせた。
「……お姉ちゃん達……私の前で見せ付けないで」
光はまだAカップだった。
普段は老夫婦二人だけの静かな竹平家の夕食時間、今日は七人が囲む賑やかなテーブルだ。
「はい、おじいちゃん」
博美がビール瓶を豊久に向ける。
「おお。 ありがとうよ」
それに向けてニコニコと豊久はコップを差し出した。
「……美味い! 博美が注いでくれたら、安もんのビールも高級品になるが……」
豊久は一息で飲み干してしまった。
「今度はうちが注いじゃる。 ひろねえ、貸して」
横から菜摘がビール瓶に手を出す。
「お! 菜摘も注いでくれるかや。 そら嬉しい」
口についた泡を拭いながら、豊久は菜摘にコップを向けた。
「おとうさんったら……嬉しそう」
明菜が顔を顰める。
「だって、ほら……まるでハーレムじゃない? 男はお父さんだけよ」
明美は呆れていた。
「……お母さんが気付かなきゃいいけど……」
「……うっ! 痛い! おんしゃー何しよるぜよ」
豊久が横に座った明子を見た。
「……あんた、ちーっと浮かれちょらんかえ……」
明子の指が豊久の脇腹に刺さっていた。
蚊帳の中、外から聞こえる雀の鳴き声に、博美は目を覚ました。枕元に置いた携帯電話を開いてみると、まだ6時半だ。
「(……はぁ……なっちゃんったら……なかなか寝させてくれないんだもんなー……)」
寝返りを打って、博美は横を向いた。そこには光と菜摘が仲良く並んで寝ている。
「(……この二人、仲良いよなー 光ったら、なっちゃんにべったり……)」
博美が男だった頃は、歳の近い同性だということで、光は菜摘とよく遊んでいたのだ。
「(……なっちゃんはなっちゃんで、僕に懐いてたなー でも、HIROMIって呼ぶのは止めて欲しいな……)」
一人っ子の菜摘はお兄ちゃんが欲しかったらしくて、博美に合うと、ずっとくっ付いていたものだった。
「(……あ! お婆ちゃんも起きたみたい……)」
小さく「カラカラ」と玄関の開く音が聞こえてきた。
「(……僕も起きよ……)」
そっとタオルケットから抜け出し、博美は玄関に向かった。
朝食のテーブルは中央に切ったトマトの入った皿が置いてあり、ご婦人達の前には卵焼きで子供達と豊久にはオムレツがある。そして夫々にナスの味噌汁が配られていた。庭で作っている旬の野菜を使うので、去年と同じ献立になる。
「……なんでお爺ちゃんも私達と同じオムレツなの? お爺ちゃんって洋食好きだったっけ」
向かい側に座った菜摘が首を傾げた。
「それ、僕が作ったんだけど……お爺ちゃんも食べたいって言ったから」
博美がフライパンを振っている所にやって来て、豊久が頼んだのだ。
「……こりゃ美味いのう……おお、中はとろとろじゃ……去年より腕があがっちゅう……」
全員の視線を受けながら、豊久はオムレツを堪能していた。
楽しい時間は過ぎ、博美達は大栃から帰っていた。
「あー 楽しかったねー」
肘掛に凭れながら、博美が振り向いている。
「うん、なつねえってさぁ 大きくなってたねー」
後部座席の光は身を乗り出していた。
「柔道、強いんだってさ。 インターハイでベスト8だったって。 凄いよね」
「でもさ、それを自慢しないんだよね」
「そうそう、それも凄いよねー 見習わなきゃね」
・
・
・
助手席と後部座席の間で話は尽きなかった。
************
「……HIROMIが「ひろにい」改め「ひろねえ」だったなんてねー びっくりしたよね、お母さん」
博美達が帰り、菜摘と明菜は広くなった駐車場所で車に荷物を積んでいる。
「ほんとよねー 最初見た時、なんでっ! って思ったもの。 さあ、全部積んだよね?」
明菜がリヤゲートに手を掛けた。
「うん、OKだよ」
「菜摘ー あんた忘れもんしちょるがね」
菜摘が頷いた時、明子が慌てて小道を下りてきた。
「ほれ、これが玄関にあったで」
明子が差し出したのはスマホだった。
「あ! おばあちゃん、ありがとう。 これ忘れたら大変だった」
菜摘はスマホを受け取ると、画面を点けた。
「……あれ? 壁紙変えたの? って博美ちゃんじゃないの……あんた、いつの間に……」
明菜が画面を覗き込んだ。
「えへへへ。 いいでしょー ひろねえに頼んで撮らしてもらったんだ。 まだいっぱい中に入ってるよ」
菜摘がフォルダーを見せる。
「クラスの皆んなに自慢するんだー 親戚だよー、って。 それに、後からサインを送ってもらうんだ」
「いいなー お母さんにも頂戴。 あ! それプリントできる? お婆ちゃんにもあげましょう」
明菜が隣で聞いている明子を見た。
「……難しい事しよる。 なんぜよ? 博美の写真をくれるん?」
「うんうん。 そうそう。 この写真を後で送るから、楽しみにしてて。 んじゃ、私たちは帰るね」
明菜が運転席のドアを開けると、菜摘が先に入り助手席に乗り移る。
「おばあちゃん、バイバイ。 またねー」
動き出した車の窓から身を乗り出して、菜摘は手を振っていた。




