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空の妖精  作者: 道豚
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お土産

 朝9時過ぎ、名古屋駅は相変わらずごった返していた。その人込みに紛れて博美と森山がキャリーバッグを引いて歩いている。

「博美ちゃん、急ごうぜ。 新幹線は9時14分だ」

 ともすれば人波に流される博美を森山がガードしていた。

「……は、はい。 なんか……凄い人の数ですね。 さっきから真っ直ぐ歩けない……」

 一歩踏み出そうとするたびに誰かが前を横切り、邪魔をされる。

「だな。 こんな事なら、もっと早くホテルを出るんだった……」

 エンジンの試運転は昨日のうちに終わり、チームヤスオカの面々はゆっくりと起きてホテルのモーニングを楽しんだのだ。

「……新土居さん達の方が楽だったかもしれませんね。 森山さん、すみません。 僕が早く帰らないといけなかったから」

 新土居と井上はチームヤスオカのワンボックス車で帰るのだが、今日中に寮に戻らなければならない博美は、来たときと同じようにJRで帰るのだ。森山は再びおりとして一緒に帰る事になっていた。

「寮に戻るんだろ。 仕方が無いじゃないか……博美ちゃん一人だと新幹線に乗る前に迷子になるぜ……っと、すみません」

 衝突コースで歩いてきたスーツ姿の男を森山が片手で避けた。

「……やっと着いたな……」

 二人の前に改札機が現れた。




『間もなく「ごめん」に着きます。 お降りの方はお忘れ物をしませんように。 降り口は左で1分の停車です。 「ごめん」を出ると次は「こうち」に止まります』

「着いたー」

 特急のシートに座り、博美が大きく伸びをした。名古屋を出て4時間半、やっと博美の降りる駅に着いたのだ。

「ああ、やっと着いたな。 荷物を降ろしてやろう」

 立ち上がり、森山が網棚に手を伸ばした。

「ありがとうございます。 森山さんは高知まで?」

 博美は森山から受け取ったキャリーバーッグのハンドルを伸ばし、通路に出た。

「そうだ。 これでお守りから解放されるな」

 肩を「ぽんぽん」と拳で叩きながら森山が笑う。

「もう……森山さん、おっさんくさいですよ。 でも、ありがとうございました。 お陰様でエンジンが手に入りました」

 列車が減速を始め、博美はシートに掴まった。

「それで、185Gですけど……」

「ああ、ちゃんと調整しとくから。 まあ……1週間は見てくれ」

 山内が後から持ってきた185Gは混合気の調整が難しく、日曜日は離陸直後にエンストばかりして、碌に慣らし運転が出来なかったのだ。日本選手権まであまり時間が無いので、博美が休みの日に調整するのでは間に合わない。その為、森山が自分の「マルレラ」に付けて調整と慣らし運転をすることになっていた。

かさがさね、ありがとうございます。 それじゃ失礼します」

 列車は駅に着き、博美はバッグを引いて降りて行った。




「……はぁ……あっつい……」

 バスを降り、博美はバッグを転がして家に向かって歩いている。

「(……でも……名古屋よりはマシかも……)」

 風の吹き出す前の飛行場の暑さは尋常ではなかった。

「(……あの暑さは凄かった……汗が太モモを流れてくるんだもんなー……生理が始まったかと思っちゃった……)」

 炎天下の中、歩くこと10分……やっと家が見えてきた。




「博美ー 洗濯物はこれだけ?」

 脱衣所から明美の声がする。

「うん。 それだけ」

 博美は汗を流す為シャワーを浴びていた。

「お姉ちゃん。 お土産は?」

 今度は光の声が聞こえて来る。

「ちょっと待ってよ。 もう上がるから」

 シャワーを止めると博美はドアを開け、脱衣所に出てきた。

「えーっとね……」

 バスタオルを巻いただけで廊下に出ると博美はバッグをあさり始めた。

「これ……守口漬けでしょ、外郎ういろうでしょ……これは手羽先。 美味しいよ」

「……お姉ちゃん……お土産がおばさんくさい……ねえ、お菓子は無いの?」

 酷い言われ方だが、確かにこのラインナップは若者らしくはない……

「うふふ……ちゃんと買ってきたよ。 はいコレ」

 そう言うと思った、と博美がバッグからもう一つ袋を取り出した。

「わーー さすがお姉ちゃん……」

 大喜びで差し出す光の手に置かれたのは、手羽先味のスナック菓子だった。




 其処此処で稲刈りをしている……高知の稲刈りは早い……田圃の中の家の呼び鈴を博美が押した。

『はーい。 博美ちゃん、入ってー』

 名乗ってもいないのに、元気な麻紀の声が返ってくる。寮に戻るついでに加藤の家にお土産を渡そうと寄ったのだ。

「こんにちは。 おじゃまします」

 玄関を開けながら博美が言う、が

「こら。 ただいまでしょ♪」

 かまちに立った麻紀から嬉しそうに叱責が飛んできた。

「はい、やり直し」

「ただいま」

 こうなっては、仕方が無い。博美は一度外に出ると、改めてドアを開けて入る。

「おかえりー♪」

 満面の笑みを浮かべ、麻紀が迎えた。




「博美ちゃん、夕御飯を食べて行ってね」

 買ってきたお土産を博美が食卓の上に広げていると、麻紀が言った。

「いいんですか? いつもご馳走になってばかりで……」

「いいのよ。 博美ちゃんは何時も美味しそうに食べてくれるから、嬉しいのよ」

 麻紀はエプロンを付け始めた。

「だって、本当に美味しいから……」

「あーら……嬉しいわねー 今日も期待しててね。 それまで博美ちゃんは康煕の所でも行ってて」

 台所に行くと、麻紀は冷蔵庫を開ける。

「はい」

 博美はドアを開けて出て行った。

「……ねえ、おかあさん。 博美さんのお土産、おばさんくさくない?……」

「……そう? 美味しそうじゃない……この手羽先味のスナック菓子は微妙だけど……」

 耳打ちする麻由美に首を傾げる麻紀だった。




「……でね、意外と田舎に工場ってあったんだよ。 出てきた社長さんは落ち着いた人でね……安岡さんみたいかな?」

 加藤の部屋で、加藤の机の椅子に座り、ベッドの上で胡坐をかいている加藤に向かって、博美の話が止まらない。

「出してくれたエンジンは180じゃなくて185だったんだ。 凄いよね、175から行き成り10増えたんだよ。 それもcdiって言って、スパークプラグを使うんだ」

「ほう、それって凄いな。 グロープラグじゃないんだな」

 加藤は改めて博美の持って来た取り説のコピーを見た。

「それで、この点火ユニットってのが要るんだな。 ……重いな……100グラムか」

「うん。 だから「ミネルバⅡ」は5キロを超えちゃう。 「ミネルバ」はいいんだけど」

 博美は組んでいた足を入れ替えた。

「そしたらね、次の日に山内さんが185Gってのを持ってきてくれたんだ。 これはグロープラグだから点火ユニットがいらないんだ。 だからそれを「ミネルバⅡ」に積む事になった」

「ふーん……使うエンジンが違ってくるんだな……大丈夫か?」

 加藤が顔を上げて博美を見た。

「調整が違ってくるだろ?」

「……うーん……どうなんだろ? 185cdiは調整が簡単みたいだけど……」

 博美が人差し指を顎に当てた。

「遠藤さんが殆ど調整したから……あ、遠藤さんっていうのはそのクラブの会長さんで、YUエンジンは殆どテストしてるんだって。 んで、cdiの方は簡単に調整しちゃったんだ。 でも185Gは分からないからって……」

「んじゃ、それの調整はどうするんだ?」

 加藤の視線が組まれた博美のももに吸い寄せられる。

「それでなきゃ「ミネルバⅡ」は大会で使えないんだろ」

「森山さんが「マルレラ」に積んで調整するって」

 視線に気が付き、博美が組んでいた足を解いた。

「……康煕君……何処見てるの……」

「……わ、悪い……」

 慌てて加藤が視線を天井に向けた。

「と、ところで……浮気をするってのはどうなった?」

「……ん? んふふふ……」

 含み笑いを浮べて博美が携帯電話を開いた。

「……これっ!」

 加藤に向けた画面にはコウジと並んで写った博美が居た。

「どうだー ナンパされたんだよ」

「……で? どうなった?」

 「どや」顔の博美に向けて加藤が聞く。

「え……ど、どう、って?」

 思いもしない質問に博美の顔が困惑に染まる。

「ナンパの後どうしたんだ?」

「ねえ、ひょっとして妬いてる?」

 もしかして、と博美に黒い笑みが浮かんだ。

「へ……妬いてなんかねえよ」

 しかし、加藤はそんな博美の表情など慣れている。

「どうせ、何にも無かったんだろ?」

「うーー どうして分かるんだよー……」

 「いー」っと博美が歯を食いしばって見せる。

「車の所までは行ったんだよ。 ちょうど新土居さん達が来たんだ。 だからそれ以上進展なしなんだよ」

「そこまで一人だったか? どうせ森山さんも一緒だったんだろ?」

 加藤が「ニヤニヤ」している。

「もう……そうだよ! ……なんで分かっちゃうの?」

「お前の事なんて簡単に想像出来るさ」

 芝居がかった仕草で加藤が両手を挙げる。

「悔しい……こうしてやる」

 椅子から飛び出し、博美は加藤に飛びついた。突然の事で、加藤がベッドにひっくり返る。

「な、なんだ……」

 加藤の口は博美の唇で塞がれた。




 薄暗くなった頃、博美と加藤は寮の門を夫々スクーターとバイクで潜った。

「康煕君、また明日」

 バイク置き場に向かってDT50を押していく加藤に博美が声をかける。

「ああ、それじゃな……そう言えば、来週は期末試験が始まる。 頑張れよ」

 実は三連休直前の金曜日に期末試験は発表されていたのだ。

「えっ! ……も、勿論だよ……(……うそうそ……そ、そうだった……どうしよう、忘れてたー……)」

 結局、博美は中間試験の時と同じ状況に陥っていたのだ。

「でさ……明日から図書館に行くんだよね。 ねっ」

「お、おまえな……まさか忘れてたって言うんじゃないよな? ……っと……危ねー」

 博美の言葉に力が抜けた加藤は、バランスを崩してバイクを倒しそうになった。

「……え、えへへへ……っい、痛ーー!」

 笑って誤魔化そうとした博美の頭に加藤の「チョップ」が炸裂した。もっともヘルメットを被っているので、実際には大した事はない。

「……酷い……」

 それでも首に掛かる衝撃は大したものだ。博美が涙目で加藤を見る。

「お・ま・え・なー 前も言っただろ。 ちゃんと勉強しろよ。 何時もいつも……」

「……康煕君……僕はちゃんと勉強してるよ。 でも、さっきの頭部への暴力により、記憶の一部がリセットされたんだ。 保障として、康煕君は僕に英語を教える事。 と、いう事で……明日から図書館ね」

 言い捨てると、博美は女子寮に向かってスクーターで走っていった。




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