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空の妖精  作者: 道豚
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ドクター


 翌朝、博美たちはテスト飛行のために、地元のクラブの飛行場にチームのワンボックスで向かった。高知に帰ってからエンジンに問題があると面倒なので、井上の伝手で飛行場を借りられる事になったのだ。

「えー! また高速? ねえ、飛行場って何処にあるんですか?」

 新土居の運転で車は今日も高速道路に入り、窓の外を流れる街並みを眺めていた博美が隣の井上に聞いた。

「木曽川だよ。 木曽三川って言ってね、木曽川、長良川、揖斐川と大きな川が三本並行して流れてるんだ。 そのうち一番名古屋に近いのが木曽川……」

「わー 凄く高いビルだよ。 何本も並んでる」

 井上が説明しているうちに、車は高知では見たこともない高層ビルの立ち並んだ場所を走っていた。

「あの二本並んだ丸いビルの下が名古屋駅だね」

 説明が中途半端になったが、博美のそんなところに井上は慣れている。

「凄いねー いったい何階建てなんだろ」

 とても数え切れないや、と博美が井上を見て笑った。

「んで、今日行くNACってどんなクラブなんです? 変な名前だなって……」

「ん? NACってのは 名古屋エアロバティッククラブの略だ。 名前の通り、曲技飛行に特化したクラブでね、初心者は入れないんだ。 全員F3Aを飛ばすし、選手権クラスの人間が数人居るな」

 またまた、いきなりの話題転換である。井上は上手くそれに対応した。

「中部地区ではトップクラスのクラブじゃないかな?」




 車は街中を離れて、周りの景色は単調なものになった。

「遠いねー 都会の人たちって、飛行機を飛ばす場所に行くまで大変だねー」

 外を見るのにも飽きた博美が、運転している新土居に話しかける。

「そうだな。 掛かる時間は同じくらいみたいだが、こっちは高速だもんな。 金が掛かる」

 車は左の車線を制限速度で走っていて、新土居はバックミラーで追い抜く車をチラチラと見ていた。

「あ、橋がある。 えーっと、これが木曽川?」

 緑に塗られたトラスが見えてきた。その上に「木曽川」と案内板が見える。

「そうだ。 大きいだろう」

 別に自慢する事ではないだろうに、博美に答える井上は何だか誇らしげだ。

「なんで井上さんが自慢?」

「……いや……俺は岐阜県生まれなんだ……」

 郷土愛だったようだ……




 車は川を渡った所で高速を下りた。

「飛行場には、ここを左に行くんだが、その先にはコンビニが無いんだ。 真っ直ぐ行った所のコンビニで飲み物と弁当を買おう」

 料金所を通って直ぐの信号を車は直進した。

「井上さん、詳しいんですね」

「ああ、何度か来たことがあるからな」

 コンビニを出ると車は信号を右折して、堤防の上を上流に向けて走る。

「ほんと大きい。 漁船が置いてあるし、モーターボートも走ってるよ。 川なのに」

 梅雨が明けて天気が良く、既に気温は上がっている。川ではジェットスキーや水上スキーを引っ張っているモーターボートが走り回っていた。




 暫く走った後、井上の指示で新土居が木曽三川公園の駐車場に車を止めた。

「この先はゲートがあって、NACの会員でないと入れないんだ」

 井上が怪訝な顔をした博美に言った。

「そうなんですかー でも、だったらどうやって行くんです?」

 博美は首を傾げる。

「だからお迎えを頼んどいた。 もうすぐ来るんじゃないかな」

 程なく駐車場にワゴンが入ってきて、チームヤスオカのワンボックス車の隣に止まった。井上がドアを開けて降り、ワゴンからも中年の男が降りた。

「やあ、ひさしぶり。 あいかわらずだな」

 井上がワゴンに近づいた。

「よお。 何が相変わらずかは聞かずにおこう。 これがチームヤスオカか……んで、妖精ちゃんは何処だ?」

 男はワンボックス車に書かれている名前を見ている。

「なんだなんだ、お前は……博美ちゃん目当てか? 乗ってるよ。 おーい、博美ちゃん」

 井上に呼ばれて博美がドアから降りてきた。一緒になって新土居と森山も車を降りる。

「こちらはNACの経理担当をしている杉下さんだ」

「どーも、はじめまして。 NACの杉下です」

「はじめまして。 秋本です。 今日はよろしくおねがいします」

「新土居です」

「森山です」

 井上の紹介で、夫々が挨拶をした。

「さあ、それじゃ行こうぜ」

「あ、ちょっと待ってくれ。 成田さんが来るんだ」

 井上が車に向かうのを杉下が止める。

「え、成田さんが?」

「そうなんだ。 どうも妖精ちゃんがここに来るのを嗅ぎつけたらしい」

 杉下が博美に苦笑を向けた。




 車がやっと一台通れる程度の堤防の上を三台の車が走っている。先頭は日産のワゴン。次が巨大なトヨタのワンボックス。最後もトヨタのワンボックスだが、先を走るのよりは小さい。

「随分先まで行くんですね」

 鍵の掛かったゲートを通ると、さっきまで見えていた右側の木曽川の他に左側にも川が現れ、博美はキョロキョロ周りを見渡していた。現在車は川に挟まれた細い堤防の上だ。

「そうだな。 でも、そのお陰で人が居ないから……実はね、この飛行場は秘密の開発に使われるんだよ。 今度の185もそうだし、これまでのYUエンジンはここで開発されたんだ。 NACの会長がテストをしてたらしい」

 井上が親指で後ろを指差した。

「成田さんも時々来てはテストをするようだ」

「そうなんですか……そんな所にお邪魔してもいいんですか?」

 時々車が大きく跳ねるので、博美は前の席の背もたれをしっかり握っている。

「……まあ、大丈夫なんだろうね。 来てもいいって事は……ぉおっと!……新土居君、気をつけてくれよ。 飛行機が棚から落ちるぜ」

 道路に付けられたバンプに乗り上げて車が跳ね上がり、井上が声を上げた。




 いつの間にか堤防の右側に雑草の茂った空き地が現れ、先のほうに綺麗に草の刈られた広場があるのが小さく見えてきた。

「あれですよね。 フレームラインが描いてある」

 演技をする位置の目安のための白いラインが三本、広場に引かれているのが見え、そのラインが集まるところに誰かが立っている。

「あ……離陸した」

 博美が井上に訪ねた時、スタント機が排気ガスの帯を引いて飛び立った。

「わー こんな角度で演技を見たこと無い。 へー 意外と近くを飛んでるんですね」

 緩く堤防が曲がっている所為で、博美たちは演技をする仮想平面の延長線上にいたのだ。




 車列は飛行場の真上の堤防上に着いた。ここは堤防の上が広くて、片側に車を置いても十分車が通る事が出来る。

「この先にもっと広い場所があるから、そこでUターンしてくるといいよ」

 車を横に停め、杉下がチームヤスオカのワンボックスまで歩いてきた。

「はい。 それじゃ、博美ちゃんはここで降りといで」

 運転席の窓を開け、新土居が答えた。

「はーい。 井上さんもー」

 スライドドアを開けて博美と井上が降りると、ワンボックス車はそのまま上流に向かって走っていった。杉下のワゴンは直ぐ先でUターンする。

「よう、空の妖精。 どうだー 調子は?」

 堤防の端に博美と井上が立っていると、後ろを走ってきたワンボックス車の運転席の窓から成田が顔を出した。駐車場では成田の車が来たところで杉下がさっさと走り出したので、博美は成田と顔を合わせてなかった。

「今日は、成田さん。 うーん……今一ですねー」

「おっ……そうか……予選ではバッチリだったじゃないか」

 博美の返事に成田は怪訝な顔をする。

「決勝のノウンが難しいんです」

「そうかそうか。 んでここに来たって訳か。 いい判断だな」

 決勝の演技が、と聞いただけで原因とその解決法が分かる成田は、流石は世界チャンピオンになった男である。




 成田はUターンさせた車を堤防から落ちそうな位、端に止めて運転席から降りた。

「さあ、行こうぜ」

 博美に声をかけるが、チームヤスオカのワンボックスはまだ帰ってこない。

「まだ新土居さんたちが来ないんですけど……」

「大丈夫、大丈夫。 一本道だから迷う事はない。 行くぞ」

 転ばないように、と成田に手を引かれて博美は堤防を降りた。下に着いた時、さっき離陸したスタント機が着陸したところだった。

「よおー どんな調子だー」

 博美の手を離し、成田が着陸したスタント機を回収してきた男に歩み寄った。

「……そうだな……この燃料はオイルが少なすぎる……温度が上がるようだ」

 整備スタンドに飛行機を置きながら男が答えた。

「そうか。 前の成分の方が良かったか……」

 挨拶も無く、二人は話し始めていた。

「(……この人って……どういう人なんだろう……成田さんとタメ口だなんて……)」

 二人のやり取りを、博美は呆然として聞いていた。




「どうした。 ぼうっとして」

 井上が杉下と一緒に堤防を下りてきた。杉下の飛行機を運んできたのだ。

「井上さん、あの方って……成田さんとどういう関係なんですか?」

 博美が振り向いた。

「あれはNACの会長だ。 遠藤さんっていってジャッジをしてるから、去年の選手権の時に見てるはずだよ」

「確か成田さんと同い年だったかな。 だからか、話が合うんだそうだ。 時々成田さんも此処に来て新しい機体のテストなんかしてるね」

 井上の言葉に杉浦が付け足した。

「さあ、挨拶しようか」

 井上が成田の隣に歩いていき、その後ろを博美は付いて行った。

「遠藤さん、おはようございます。 今日はよろしくお願いします」

 井上が元気に挨拶をする、が

「ああ、おはよう。 いいよ、好きに飛ばして。 川の中央より遠くは飛行禁止だから。 それだけ気を付けて」

 強面こわもての割に、無口で人見知りの遠藤は「ボソボソ」と答えた。

「おはようございます。 よろしくおねがいします」

 博美も続けて頭をさげる。

「お、おはよう。 君も飛ばすのか? さっき言った通りだから」

「遠藤。 恥ずかしいからって、そんなぶっきらぼうに言うことないだろうが。 空の妖精だぜ。 可愛いだろう?」

 成田が透かさずツッコミを入れた。

「あ、ああ。 そうだな……」

 遠藤の日焼けした顔が赤く染まる。

「んでだ。 昨日、YUさんに行って185を手に入れたらしい。 見てやってくれよ」

「ああ、いいよ。 準備が出来たら呼んで」

 成田の言葉に頷きながら、遠藤は自分のスタント機「アスリート」に向き直った。

「博美ちゃん、こいつはYUエンジンを何十年も前からテストしてきたんだ。 YUエンジンを作った男といっていい。 十分頼ってやりな。 なんたってドクターって言われてるぐらいだ」

 医者じゃなくて博士だぜ、と成田が付け足した。




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