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空の妖精  作者: 道豚
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自覚を持って、自主的に


「ただいまー」

 日曜日の夕方、帰ってきた博美が部屋のドアを開けた。

「……おかえりー……」

 清水は机に開いたノートから顔を上げない。

「春花ちゃん、勉強?」

 博美が首をかしげて清水の手元を覗き込んだ。

「うん。 明々後日しあさってから中間テストだよー 博美ちゃん、知ってるー?」

 やっと清水は顔を上げて博美を見た。

「そ、そうだね……もちろん知ってる……」

 実は今はテスト期間。それなのに博美は加藤と遊んでいたのだ。

「だからー この週末は家に帰らなかったのー」

 再び清水は机に向かった。

「(……や、やばくない? つい浮かれて遊んでたけど……)」

 荷物を片付けると、博美は教科書とノートを机に出した。




「……という訳で、ねえ康煕君、図書館で勉強しようよ」

 翌月曜日の放課後、博美は加藤を捕まえた。まあ、いつも一緒に居るので、今更なのだが……

「あ、ああ。 いいけどさ……おまえは2年生になってもそんな調子か? 少しは自覚を持って、自主的に勉強しろよ」

 握られた手を見ながら加藤が溜息を吐く。

「失礼だなー ちゃんと自覚してるから、自主的に康煕君を誘ってるんじゃない」

 握った手に力を込めて、博美は加藤を見上げた。

「(……ダメだ……こいつは何にも変わってない……)」

 肩を落とした加藤は博美に引っ張られて図書館に向かった。




 テスト最終日の金曜、3時限目の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「……お、終わった……」

 答案用紙を前の席に渡すと博美は机に倒れこんで、そのまま動かなくなった。

「……おい……おいったら。 何やってんだ?」

 博美の席まで来た加藤が肩を揺する。既にクラスメイトは殆ど教室から居なくなっていた。

「……寝てるんか?……」

 顔を覗き込むと、安らかな寝顔があった。

「(……だいぶ勉強に無理してたんだろうな……)」

 いつも加藤を見つめてくる瞳が今は閉じられ、長い睫毛が影を落としている。緩く閉じられたピンクの唇が扇情的で、つい加藤はそれに指を伸ばした。

「ん~~ っえっ!」

 指が触れた途端、博美が跳ねるように起き上がった。

「よう。 よく寝てたな」

「……見た?」

 焦点が合わないのか「パチパチ」と博美は瞬きをした。

「ん? 何をだ? ヨダレを垂らしてた事か?」

 にやっ、と加藤が笑う。博美は慌てて頬を触った。

「……ヨダレなんて垂れてないじゃない」

「嘘だよ」

「うーーー」

 博美が加藤を睨む。

「わるい悪い。 しかし随分疲れてたみたいだな」

 加藤が博美の頭を撫でた。

「……夕べは2時過ぎまで英語してた」

 ふう、と博美は息を吐いた。

「それって消灯破りだろ」

「うん。 でも仕方が無いじゃない」

 2年生になってドイツ語は無くなったのだが、英語の時間が増えたのだ。

「新しい単語がどんどん出て来るんだもん。 覚えきれないよ」

 もうやだ、と再び博美は机に倒れこんだ。




「今日から部活があるんだが、どうする? 疲れてるんなら休むか?」

 寮に帰る道すがら、加藤が横を歩く博美に尋ねた。

「んー 出る。 来月には高専大会があるよね。 今年は出る事になってるから練習しなくちゃ」

 1年生だった去年は、さすがにテニスを始めたばかりで出場は出来なかったのだが、今年はメンバーに選ばれている。

「そうだな。 出るからには最善を尽くさないとなー」

 加藤も出ることになっていた。

「博美も上手くなったよな。 サーブの安定性、ストロークのコントロールなんかは流石樫内さんと練習してるだけのことはあるよ」

 加藤は左下に見える博美の肩を見下ろした。

「パワーは無いけどな」

 制服を着ているため分かりにくいが、加藤が見て筋肉は付いていない。

「康煕君と比べないでよ。 康煕君の力は別格なんだから」

 加藤のサーブはますます威力が出て、今では上級生でも取れないことがある。

「まあな。 力が俺の取り柄だから。 んじゃ、食堂に12時半でいいか? そのまま部活に行こう」

 加藤は男子寮に向かった。




 一年生の女子が基礎練習をしている横で博美は樫内と打ち合っていた。二人の打ったボールは、どちらもベースラインから30センチと離れてない場所で弾んでいる。

「……ほらほら、甘くなったわよ!」

 博美の打ったボールがやや短くなった。樫内が透かさずネットに出る。

「……っく!……」

 ネットすれすれを狙って博美が打ち返した。

「あーー」

 一年生のグループから溜息が上がる。ボールはネットを超えることが出来なかったのだ。

「……HIROMI先輩って、あんなに綺麗なのに、あの樫内先輩と打ち合えるんだ……」

「……足が長いわよねー……ウエストのあの高さって……」

「……胸も大きすぎなくて、いいわよねー……」

     ・

     ・

     ・

「……こらー なに無駄口叩いてるの!」

 指導していた浜口がそれを聞きつけた。

「だってー、先輩。 HIROMIさんって、モデルなのにテニスも出来るなんて凄いじゃないですかー」

「そうですよー 私達もああ成りたいんですー」

「だから、参考にしてるんですー」

 一年生達が素振りを止めて、口々に訴える。

「あんたたちが博美ちゃんに成れるわけ無いでしょうが! さあ練習練習、つべこべ言ってるとロードワークに行くわよ」

「えーーー 走るのは嫌だー 先輩のいじわるー」

 何だかんだと、女子が多いと姦しいものだ。




 土曜日、朝早く博美はヤスオカ模型に居た。どうやらまだ梅雨には入ってないようで、薄曇りながらも雨は降りそうに無い。加藤は家から直接飛行場に行く事になっている。

「カナライザーだけどね「ミネルバ」の、先週の結果を見て少し大きい物にしといたから」

 倉庫の中で新土居が博美にカバーを開けて見せた。

「ありがとうございます。 そうですねー 飛ばしてみないと分からないけど……」

 予選が終わってから、「ミネルバ」は風が弱い時に使い、「ミネルバⅡ」は強い時に使うと決めて調整をしてきたのだ。

「何種類か持っていくから、飛ばしながら決めよう」

 新土居が見せた箱の中にはカナライザーが無造作に何個か入っていた。




 新土居の運転でワンボックス車が飛行場に向かう。森山と篠宮は居らず、博美が助手席に座っていた。

「……博美ちゃんが助手席に座るのって初めてじゃないか?」

 左折時、ふと目に入った博美に新土居が話しかけた。

「んー? そうですねー そうかも。 今日は皆さん居ないんですね」

 外を見ていた博美が振り向いた。

「二人ともデートだろ。 いいよなー」

 博美と二人で車に乗っているわけで、外から見れば「リア充」に見えるのを新土居は気が付いていない。まあ此処で手を出すほどの甲斐性があれば、この歳まで一人ではなかっただろう。

「あ、篠宮さんは学校ですよ。 進学だそうで、その準備です」

 そして博美も、そんな事など思いもしていない。

「ほー 篠宮君は進学かー 何処にいくんだろう」

 デートでない、と聞いて新土居の口調が柔らかくなる。

「愛知県らしいですよ。 豊橋技術科学大学」

 大学院まで行く事を要求される大学で、高専卒業生の編入が8割という所だ。

「愛知県? また遠い所へ……彼女、寂しくなるね」

「そうですねー 今はまだ大丈夫みたいですけど……その時が来たらどうなるんでしょう」

 もうすぐやって来る篠宮と樫内の別れを思い、博美の声が沈んだ。




 飛行場に着いてみると、加藤は既に来ていた。

「おはようー」

 窓を開けて博美が手を振る。

「おはよう。 新土居さん、おはようございます」

 駐車したワンボックス車に加藤が近づいてきた。

「おはよう。 早かったね」

 新土居が車から降りる。

「ええ。 家からだと、海岸沿いを来れば直ぐですから」

 海岸の堤防沿いに黒潮ラインと呼ばれる道が繋がっているのだ。

「出すの手伝ってー」

 リヤゲートを開けて、博美が加藤を呼んでいる。

「OK 今行く」

 返事をして加藤がワンボックスの後ろに回ると、博美が整備スタンドを出してくるところだった。入れ替わって加藤はワンボックスの中に入った。

「どっちから使う?」

 「ミネルバ」と「ミネルバⅡ」が積んである。

「今は風が弱いから「ミネルバ」から飛ばすー」

 整備スタンドを組み立てながら博美が答えた。加藤が「ミネルバ」の胴体を抱えてワンボックスから降りてくる。入れ違いに荷室に入り、博美が主翼を出してきた。




 「ミネルバ」が背面飛行でセンターに向かってくる。

「ゴルフボール 3/4ロールズ ナイフエッジループ オン スナップロール」

「……ん……」

 加藤の読み上げる演技に博美は軽く頷いた。センターの手前で「ミネルバ」は背面飛行のまま45度上昇を始める。センターで3/4ロールをしてナイフエッジ姿勢になり、さらに45度上昇。ナイフエッジのまま宙返り(ナイフエッジループ)をする。ループの途中、センターを通過するときに1回転スナップロールして45度降下姿勢になるまでナイフエッジループを続ける。45度で降下しセンターで3/4ロール。進入した時と同じ高度で水平飛行に移った。

「ハーフスクエアループ ツースナップロール」

 息つく間も無く加藤が次の演技を読み上げる。

「……ん……」

     ・

     ・

     ・

 二人は決勝で使われる「ノウンプログラム」を練習しているのだ。




「……んー 流石にこれは難しい演技ばかりだなー」

 最後の演技を終えて水平飛行に移った所で加藤が言う。

「……っふーー ほんと気が抜けないね。 スナップロールが7ヶ所、ラダーで向きを変える場所が6ヶ所ある」

 とりあえず一通り通した処で、博美は一旦「ミネルバ」を着陸させた。

「どうだ? カナライザーは」

 加藤が整備スタンドに「ミネルバ」を乗せたのを見て、新土居が尋ねてきた。

「そうですねー 先週よりは浮きが良くなりましたが……まだまだ足りないです」

 ラダーで向きを変える時に、横滑りするのを博美は感じ取っていた。

「そうか……難しいな。 これより大きくしてもなー あまり変わらんかもしれん……」

 新土居は腕を組んで考え込んだ。




 夫々が2回飛ばし、博美たちがタープの下で休んでいると、飛行場の入り口にレガシィがやって来た。

「あ!……井上さんだ」

 一番に博美が気が付いた。

「おー 本当だ。 奥さんも乗ってるな」

 助手席の人影を見て、加藤が言う。

「ちぇ、新婚さんのお出ましか……っ痛ーーー」

 新土居の体が横に曲がった。

「新土居さん! 駄目だって言ってるでしょ」

 博美の指が脇腹に刺さっていた。




 井上のレガシィはワンボックスの横に止まった。博美が傍に走っていく。

「井上さん、おはようございます。 静香さんもおはようございます」

 ボンネットに両手を突いて博美が微笑んだ。

「おはよう。 早くに来たんだねー」

 井上がドアを開けて出てきた。

「博美ちゃん、おはよう。 祝電ありがとう」

 静香も出てくると博美に微笑を返した。井上と静香の結婚式は平日だったので、博美と加藤は連名で祝電を送ったのだ。三人はタープの所に歩いてきた。

「おはようございます」

 加藤は律儀に立っている。

「……おはようございます」

「おはよう。 ん? 新土居君、どうした。 お腹が痛いのか?」

 新土居は脇腹を押さえてテーブルに突っ伏していた。




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