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空の妖精  作者: 道豚
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オーベルジュ

「……これでいいや……」

 ハイウエストのショートパンツにボーダーのシャツをウエストインした博美がドレッサーの鏡に映っていて、ベッドには「ボツ」になったコーディネートが広げてある。6月に入ったばかりの日曜日、来週は梅雨に入るかもしれないが、今日は朝から良く晴れていた。

「おねえちゃん、気合入ってるねー」

 声が聞こえて博美が見ると、光がドアを開けて覗いている。

「だって、久しぶりなんだもん♪」

 答える博美の声は弾んでいた。

「毎日会ってるじゃない」

 クラスメイトなのだから、同じ教室で授業を受けている筈だ。

「学校の中はみんなの目があるから……あんまり一緒にはいられないの」

 博美はそう思っているが、実のところクラスメイトに言わせるとトイレ以外は、いやもしかしたらトイレに行くときも、いつも一緒にいる。

「それに今日行く所は約束してたんだもんね。 楽しみだなー」

 博美への誕生日プレゼントとして、今日は加藤と以前言質を取った「森のオーベルジュ」に行くのだ。




 加藤のDT50が山道を軽快に走り、博美は必死にスクーターで付いて行っている。そうして市街を離れて走る事40分、山の中、突然左側に駐車場が現れた。

「ここじゃないか?」

 バイクを止めた加藤が、すぐ横に止まった博美に言う。

「うーん……っあ、あそこに看板が掛かってるよ。 多分ここでいいよ」

 駐車場の真ん中、植え込みに囲まれる様に看板があった。駐車場の奥には緑に包まれた建物が見えている。

「おお、間違いないな」

 加藤が駐車場にバイクを乗り入れ、博美もそれに続いた。




 隅にバイクとスクーターを止めると、二人は駐車場からの緩い階段を下りてエントランスホールに向かった。

「(……こいつは……なんか恥ずかしいんだが……) なあ、そんなにくっつくと暑くないか?」

 博美は加藤の腕を抱いている。

「暑くったっていいの。 いつもはこんな事出来ないから、今日は思いっきりするの」

 見上げる博美の顔が上気していた。

「そ、そうか……(……いつもくっついてるだろうが……)」

 この辺の感覚は、クラスメイトと同じ物を加藤は持っているようだ。



 

 落ち着いた和室に置かれた座卓に浴衣姿で二人向かい合って座り、目の前には色とりどりな料理が並んでいる。二人の頼んだのはランチ懐石。温泉にも入れるプランで、博美が予約したのだ。

「……うわー 美味しそう……」

 和服の仲居が退室するのを待っていたように博美が声を上げた。

「そうだな……なあ、これって……高いんだろ?」

 加藤が唾を飲む。

「ん? えーっとね……4000円だったかな? ちょっと高いね」

「お、おま……それって、ちょっとじゃないだろうが……」

 顎に指を当て、小首を傾げて答える博美に加藤が突っ込みを入れた。

「いいじゃない、温泉にも入れるんだし。 でも、家族風呂が無くて残念だったね」

 二人は既に温泉に入ってきていた。朝という事もあり温泉は空いていて、二人は男湯、女湯と分かれて入りながらも話が出来たのだった。

「家族風呂だったら一緒に入れたのに」

 それでも広い浴場に一人というのは、博美はちょっと寂しかったようだ。

「おい……おまえはもうちょっと恥じらいを持てよ……」

 一緒に入る、と聞いて加藤が焦っている。

「だってー 興味あるじゃない? 康煕君は無いの?」

 博美が身を乗り出してくるが、浴衣なので胸が揺れることは無い。

「……ある……あるけど……おおっぴらに話していいもんじゃないだろ……」

 勢いに押されて加藤が後ろに下がった。

「えへへ……大丈夫だよ。 康煕君にしか言わないから。 んで、この部屋ってユニットバスが付いてるんだよね。 後で入ろうよ……」

 博美はそんな加藤に小悪魔的な微笑を飛ばした。

「……そんな暇は無いと思うぜ。 ここに居られるのは3時までだろ」

 流石に1年以上の付き合いだ、加藤は既に立ち直っていて、悪魔の微笑を跳ね返す。

「そうだね。 ねえ、食べようよ」

 博美が箸を持った。




「ふー お腹いっぱい……」

 博美がお腹をさする。

「俺もだ。 結構量があったな」

 加藤も箸を置いた。

「美味しかったねー さすがはオーベルジュだよね」

 湯飲みに博美がお茶を注ぎ、加藤の前に置いた。

「お、サンキュ。 ああ、刺身なんかも新鮮だったし、野菜も肉も美味かった」

 加藤が湯飲みを持って飲んだ。

「ねえ、片付けてもらっていい?」

 自分も湯飲みを取りながら博美が尋ねる。

「俺はいいぞ。 流石にもう入らない」

 博美が内線電話でフロントに連絡した。




 仲居はすぐにやって来て、料理を片付けると新たにお茶を入れ「ごゆっくりしてください」と言って出て行った。二人が座卓を挟んで見つめ合う。

「……チェックアウトまで2時間か……」

 加藤が壁に掛けてある時計を見た。

「……ねえ、そっちにいって良い?」

 返事も聞かずに座卓を回って博美が加藤の横に座る。

「えへへへ……んーー 嬉しい……」

 博美は加藤にもたれ掛かった。加藤は無言で博美の肩に手を回す。博美が加藤を見上げると、加藤と目が合った。

「……ねえ、このまま帰るなんて言わないよね……」

「……2時間だぜ、おまえ満足できるか?」

 加藤の唇が博美のそれに重なった。

「……いじわる。 僕ってそんなに淫乱じゃないよね?」

 首を振って加藤の唇から逃れ、博美が頬を膨らせた。

「さあ、どうだろうな……」

 背中に手を伸ばして帯を解き、加藤が博美に覆い被さった。



 




 二人はロビーのソファに並んで座っている。目の前は全面ガラス張りで、3時を過ぎてもまだ明るい外が見えていた。

「んー まだ髪が乾かない……」

 ソファに凭れて、博美は髪を持ち上げる。

「仕方ないよな。 お前がすぐに出なかった所為だ」

 首の後ろで手を組んで、加藤が博美を見た。

「……だってー 康煕君が敏感なところを触るから。 あそこは女の点火栓プラグなんだからー」

 ぷっ、と博美が頬を膨らせた。

「なんだそれ……どこから仕入れた知識だ? そんなこと言ってなかっただろ」

「……樫内さん……」

「あ、あいつかー あいつならそんな変な知識を喋りそうだ……」

 ソファーに座りなおし、加藤は前を向いた。




 二人は博美の家まで帰ってきた。寮に帰る時間が迫っているため、まず博美の家に寄り、その後加藤の家に寄って行く事にしたのだ。

「ただいまー」

「おじゃまします」

 玄関を開けた博美に続いて加藤が入ってきた。すぐに明美が出てくる。

「おかえりー 遅かったわね。 何処かに寄ってきた?」

「ううん。 真っ直ぐ帰ってきたよ。 オーベルジュを出るのが遅かっただけ」

 框を上がった博美が振り返った。

「そう。 あそこって綺麗だものね。 名残惜しかった?」

 上がらずにいる加藤に明美が尋ねる。

「ええ、綺麗なところですね。 まあ、遅くなったのは博美の髪が乾かなかった所為ですが」

「……そう、髪ね……」

 加藤の返事を聞き、明美が胡散臭げに博美を見た。

「な、なにお母さん……」

 明美の横を通り抜けようとしていた博美が立ち止まった。

「……別にー ただ、若いっていいなー って思ったの。 でも赤ちゃんには気をつけてね」

 明美は二人を交互に見た。

「……べ、別に変なことしてないもん」

 博美は階段のほうを向いている。

「はい、大丈夫で……っい、てーー」

「康煕君、変なこと口走らないで!」

 一瞬の間に近寄った博美の指に突かれて、加藤が脇腹を押さえて蹲った。




 寮に戻るための用意を済ました博美を引き連れて、加藤は家に帰った。

「ただいま」

「おじゃまします」

 加藤に続いて玄関に入った博美が小さくお辞儀をする。

「お帰りー 博美ちゃん、おじゃましますなんて他人行儀じゃない。 あなたもただいま、でいいのよ。 はいやり直し」

 框の上に立った麻紀が右手を横に振った。

「えっ? えーーっと……た、ただいま?……」

 ちょっと小首を傾げた博美が恥ずかしそうに言う。

「っきゃーー 嬉しい。 こんな可愛い子が娘だなんて。 お母さん幸せー!」

「……可愛くなくて、ゴメンね。 お母さん」

 いつの間にか麻由美が麻紀の後ろに居た。麻紀がおもむろに振り返る。

「……麻由美……居たの?……」

 腕を組んで、麻由美が頷いた。

「……ま、麻由美が可愛くないわけじゃないのよ」

 麻紀が麻由美に抱きつく。

「娘がもう一人増えるんだもの、嬉しいじゃない。 麻由美にもお姉さんが出来るのよ。 しかもこんなに綺麗な。 ねえ、嬉しいでしょ?」

「……なーんか、誤魔化されてるみたい……ねえ、おにいちゃん……あれ? 居ない……」

 いつの間にか加藤は部屋に行ってしまっていた。




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