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空の妖精  作者: 道豚
157/190

日本選手権予選4


 翌日、博美たちは朝5時にホテルのロビーに集まった。

「おはようございまーすっ!」

 エレベーターを出たところで新土居たち男性陣を見つけた博美が元気に挨拶をする。

「博美ちゃん、おはよう。 よく眠れた?」

 そういう新土居は、目の下にクマが出来ていた。

「新土居さん……寝てないんですか? もしかして「ミネルバ」の改造で……」

「いや、ちゃんと寝たよ……3時間ほど……」

 そう言いながら、新土居は欠伸をかみ殺す。

「昨夜は1時過ぎまで掛かったんだよ」

 その横では森山がソファに深々と座り、んーー、と伸びをしている。

「そ、そんな……新土居さん、大丈夫なんですか? 今日も競技があるのに……」

「大丈夫、大丈夫。 落としたりはしないから……」

 ソファの肘掛に凭れて、新土居がゆらゆらと手を振った。

「まあ、俺も一緒でさ……どうせ予選は通過できないんだから……ここは博美ちゃんにぶっちぎりのトップ……第二ラウンドも1000点を取ってもらいたいわけだ。 だから新土居さんが凝る事、凝る事。 まるで改造なんかじゃなくて、最初からカナライザーが付いてたみたいだぜ」

 見たらびっくりするぜ、と森山が親指を立てた。




「博美ちゃん、ところで直海ちゃんは?」

 チェックアウトの手続きに行っていた篠宮が帰ってきて、樫内がまだロビーに来ていないのに気がついた。

「直ぐに来ますよ。 今、メイク中なんです」

「そういう博美は化粧ってしてるんか? そんな風には見えないんだが」

 加藤が横から覗き込んだ。

「僕だって、するときはするよ。 今日はそんな日じゃ無いってことなの。 でも日焼け止めは塗ってるよ。 リップだって……」

「皆さん、おはようございます」

 その時、エレベーターのドアが開いて、バッグを持った樫内が出てきた。メイクも決まって、何処から見てもお嬢様だ。男性陣が呆然と見つめる。

「っーー」

 突然加藤が脇腹を押さえて蹲った。

「ふんっ! ぼ、私だってメイクしたら化けるんだから……」

 博美の指が加藤の脇腹に突き刺さったのだ。




 6時を少し過ぎた頃に博美たちは予選会場に着いた。けして早くない到着で、昨日と同じ様に本部テントから離れた場所に車を止める事になった。今日は昨日と違って、それほど強くはないが、風が吹いてる。

「今日はちょっと風が在るなー と言ってもこれぐらいの風は演技がやり易くなるかな」

 レガシィのリアゲートを開けながら篠宮が独り言を零した。

「え? そうなんですか? 昨日のように風が吹いてない方が良さそうなのに……」

 助手席から降りた樫内にそれは聞こえたようだ。

「あ、聞こえたの? そうでもないよ。 風が全然ないと、演技の方向が定まらないんだ。 それに垂直上昇や垂直降下の補正が難しくなる」

 規定演技は、滑走路に平行な微風そよかぜが吹いている時に、一番演技しやすくプログラムされている。

「そうなんですか。 難しい物なんですね……」

 頷きはしたが、樫内には解らない事だった。




 篠宮がレガシィから「マルレラep」を出す横にチームヤスオカのワンボックス車が止まっている。その中から博美が「ミネルバ」を出して来た。

「……おい……今日は「ミネルバ」を飛ばすみたいだぞ……」

「……「ミネルバⅡ」を飛ばすまでも無いってことか?」

「……そりゃそうだ。 昨日は1000点だぜ、今日飛ばさなくたって最低でも2位だ。 予選通過だろ……」

「……おい……カナライザーが付いてるぜ。 昨日は無かったんじゃないか?」

「……そんな事はないだろう? 見てみろよ、やっつけで付けた様には見えないぜ。 昨日は外してあったんじゃないか?」

「……でもよう……あれって外したり付けたりするもんじゃないだろ。 どうなってんだ?」

      ・

      ・

      ・

 昨日と同じように博美は選手達に囲まれていた。




 日下部の目慣らし飛行の後、競技は開始された。今日は昨日と出場順が変わって、博美は早いスタートだった。博美の飛行を見ようと、選手や助手、更には観客が審査員席の後ろに黒山の人だかりを作っている。

 そんな観衆の前、「ミネルバ」が高い高度の水平飛行でセンターを通過する。センターを過ぎたところでエンジンスロー。エレベーターを押して(下げ舵にして)「ミネルバ」は下向きに1/2逆宙返インバーテッドループりをする。最下点で1/4ロールをして主翼を垂直、ナイフエッジ姿勢になった。

「……ループとロールの間に無駄なポーズが無い……」

「……ループ直後のロールなのに機体が沈まないぜ……」

「……機首を殆ど上向けないのに……高度が下がらない……」

「……昨日の「ミネルバⅡ」はもっと機首を上げてたよな……」

「……「ミネルバ」の方が「ミネルバⅡ」より今の演技に向いてるんか?」

      ・

      ・

      ・

 それぞれ小声で話しているのだが、人数が多い為に飛行場が「ザワザワ」とした雰囲気で包まれている。

「(……新土居さん、凄い……ラダーの量が随分少なくてすむようになってる……)」

 カナライザーのお陰でラダーが効くようになった「ミネルバ」だが、機体の動きを見て操縦する博美は上手く対応していた。

 ナイフエッジのままでセンターを通過した「ミネルバ」は再び1/4ロール、直後に宙返ループりに入る。1/2ループをしたところで開始高度と同じ高さになり、1/4ロールして再びナイフエッジ。

「(……さっきといい、ナイフエッジへの移行がスムーズだ……昨日の「ミネルバⅡ」は機体が沈んでたのによ……)」

 宙返りの頂点での姿勢変更は、速度が落ちているために不安定になりやすい。昨日は減点だった部分をたった一日で修正してきた事に成田は舌を巻いた。フルパワーを入れる事無く「ミネルバ」は安定した姿勢でナイフエッジを続け、センターを通過する。

「(……減点出来ねえ……9点だな)」

 成田は辛うじて一点の減点項目を探し出した。その事により、これ以降の採点が辛口になったのは、他の選手にとって仕方が無いでは済まされなかっただろう。




 博美には敵わない事を悟った選手達による、満場の拍手の中「ミネルバ」が着陸した。博美は既に選手権上位の力を持っていて、力試しに予選に出ている選手とは「レベル」が違っている。

「……これが空の妖精か……」

「……俺たちは運が良いかも……選手権を見に行かなくてもトップレベルのフライトが見られたんだ……」

「……来年はシードだろうな……もう予選では見られないんだな……」

      ・

      ・

      ・

 回収された「ミネルバ」と共にピットに帰っていく博美を、選手達は遠くを見る眼で追っていた。




 午後3時前に、全ての演技が終わった。昨日より少し早くなったのは数人のリタイアが出たためだ。

「新土居さん、残念でしたね」

 新土居は自分の「マルレラ」を掃除しながら分解している。

「いや、俺は博美ちゃんが二日ともトップを取ってくれただけで満足だ」

 流石に寝不足だった新土居は、演技途中で集中力が切れ、棄権したのだ。

「そうだよな。 「ミネルバⅡ」「ミネルバ」共に新土居さんの手が入ってるんだ。 新土居さんの機体で博美ちゃんが勝った、と言ってもいいのかもな」

 新土居を手伝いながら、森山が「うんうん」と頷いた。




「よう、空の妖精。 ぶっちぎりのトップだったな」

 チームヤスオカのピットに成田が現れた。

「っで、おまえが新土居君か?」

「っは、はい! し、新土居です……は、はじめまして」

 真正面から成田に見られて、新土居が固まった。

「っおう……そんなに緊張すんな。 「ミネルバⅡ」を直したってのは本当か? 全然判らねえじゃねえか。 壊れたってのはガセじゃねえよな」

「本当です。 修理の記録も取ってあります」

 直立不動で新土居が答える。

「いや、信用してねえ訳じゃねえさ。 で、だ。 どうだ? 俺の所で仕事をしねえか」

「どういう事ですか? 俺にヤスオカを辞めてナリタに来いと?」

 苦笑混じりの成田に新土居が訝しげに返答をした。

「……そう……簡単に言えばな……」

「お断りします。 俺はヤスオカが好きなんです。 高知が好きなんです」

「……そうか……残念だ……」

 間髪を入れず断る新土居に成田は驚いたように言葉に詰まり、それ以上の勧誘を諦めたのか、首をふりふり離れていった。

「……新土居さん、よかったんですか? ナリタ模型って言えばラジコン界でトップのお店ですよ」

 本部テントに帰る成田の寂しそうな背中を見ながら、博美が聞く。

「ああ。 さっき成田さんに言った通り、俺は高知のヤスオカが好きなんだ。 俺は此処でなら存分に力が出せる。 他所じゃ無理なんだ」

 新土居も成田を見ている。

「それに博美ちゃんも居るからだろ?」

 横から森山が混ぜっ返した。

「っち、違う! そりゃ博美ちゃんは可愛い。 でもそれは恋愛じゃなくて……妹を見てるような気持ちなんだ……」

 新土居が振り返った。

「えっ! 新土居さんって……僕のこと、そういう風に見てたんですか?」

 博美は新土居の視線を真っ直ぐに受けた。

「……っま、まあな……田舎に帰ったら妹が居るんだ。 もう結婚して子供も居るけど」

 つい見詰め合うような格好になって、新土居が慌てる。

「新土居さんって、高知じゃないんですか?」

「俺は関西出身だ。 一度は地元で就職したんだけどな、上手く行かなかったんだ」

 新土居は視線を上げて、遠くを見通す風だ。

「そうだったんですか。 でも関西弁が出ないですね」

 微妙に高知弁とはアクセントが違っているときが在るが、博美はこれまで可笑しいとは思っていなかった。

「ああ、関西には良い思い出が無いから……使わないようにしてる」

 ふっ、と新土居が息を吐いた。

「……えっと、ごめんなさい。 変な事聞いちゃいました」

「いいよ、いいよ。 もう随分前の事だ」

 ぽんぽん、と新土居が博美の肩を叩いた。




「一位、秋本選手、1000点。 二位、眞鍋選手、859点。 三位、岡山選手、847点」

 選手を前に成田が成績を読み上げる。

「以上が予選通過者だ。 そして四位、 徳島選手、823点。 この選手が補欠。 以上、後の順位は掲示板で確認してくれ。 後日の抗議は受け付けないからな」

 それだけ言うと成田は後ろに下がった。

「……当然の様に妖精がトップだな……」

「……ああ。 それにしても二位以下との差が凄くないか?……」

「……そうだな。 900点台が居ないんだからなー……」

「……ぶっちぎりだぜ……徳島の奴、去年も補欠だったろ? あいつも運が無いな……」

      ・

      ・

      ・

「これで全日本曲技飛行選手権中国四国予選は終わります。 皆さんお疲れ様でした」

 開会式のときに挨拶した会長が選手達に告げた。ぱらぱら、と疎らに拍手が起きる。

「すみません、予選通過者はここに残ってください。」

 三々五々、本部前から離れていく選手達にラジコン雑誌の記者が声を掛けた。




「すみません、もう少し三人が集まって……」

 ラジコン雑誌の記者が、カメラのファインダーを覗きながら指示を出している。賞状を持って、博美を中央にして左右に眞鍋と岡山が並ぶのだが、岡山がなかなか博美に近寄らない。

「岡山ー! 羨ましいぞー」

「妖精ちゃん、気をつけろよー! そいつは危ないぞー」

「妖精ちゃん、加齢臭がするなら逃げていいぞー!」

      ・

      ・

      ・

 周りで選手達が囃し立てる。

「岡山さん、もっと秋本さんに寄って」

 流石に記者も切れかけてる。

「い、いや……これ位でいいだろ (……冗談じゃ無いぜ……こんな美人の近く……)」

 写真を撮るからと、樫内が博美に渾身のメイクをしたのだ。その為、今の博美は「傾国」という言葉が相応しい美人になっている。

「岡山さん、遠慮されなくても……」

 記者の剣呑な雰囲気に、博美が岡山の服の裾を引いた。

「い、いいのか? そ、それじゃ……」

 やっと岡山が博美の近くに立ち、外野の野次がヒートアップすることになった。




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