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空の妖精  作者: 道豚
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日本選手権予選2

遅くなりました。

 笠岡農道飛行場のエプロンに、博美たち出場選手が集まっていた。現地のラジコンクラブの会長を名乗る初老の紳士が前に立つ。

「これより日本選手権の中国四国予選を行います。 つきましては、審査委員長の成田さんより注意事項をお願いします」

 呼ばれて、成田が皆の前に出てきた。

「成田です。 注意事項という事だが……えー みんな分かってるだろうから、細かいことは言わない……」

「めんどくさいからだろ!」

 選手の中から声が掛かり、笑い声が上がった。

「えー 今言った奴は-2点、笑った奴は-1点な」

 さらに大きな笑い声が沸き起こった。

「それでは審査員の紹介。 隣から安岡さん。 奥田さん」

 安岡と奥田が一歩前に出てお辞儀をした。

「それと俺が審査員だ。 今年からパターンが変わった。 1年目なので間違えないように。 ま、基本は変わらないけどな」

 成田が下がり、再び現地クラブの会長が前に出た。

「今年は非常に多くの選手から参加申し込みがありました。 残念ながら先着順で40人に制限させていただきましたが、それでも時間に余裕がありません。 スピーディな進行にご協力ください」

「任せとけー」

 乗りの良いクラブなのだろう、またまた選手から声が上がった。

「5分後に目慣らし飛行をします。 パイロットは広島の日下部君です」

 それでは始めましょう、とその会長は話を終えた。




 博美を含む選手たちの見守る中、成田製のスタント機が離陸していった。風が弱く、また早朝なので熱上昇風も無い、そんな好条件の中を滑らかな飛行だ。操縦してるパイロットといえば、助手の向こう側に姿が隠れるほど小さい。

「日下部君って上手だねー あんな小さな子が凄いなー」

 操縦ポイントに歩いていく姿を博美は見ていたのだ。日下部は小学校5、6年か精々中学1年生に見えた。

「ああ、上手うまい。 もし予選に出たら良いトコまで行くんじゃないか?」

 横に立っている加藤が頷いた。

「そうだな。 あと数年したら、って考えたら恐ろしいな」

「そう言ってもな……意外と伸びないもんだぜ。 これまでも何人かこういう子供が出た事があるけど、伸びたのは、あの本田ぐらいのもんだ」

 最後は才能なんだよ、と新土居が森山に答えた。




 目慣らし飛行が終わると、いよいよ予選の第1ラウンドが始まる。なんと新土居は2番手に演技することになっていた。その後、森山、博美、篠宮と続く。

「新土居さん、頑張って」

 博美が胸の前で手を組んで新土居の顔を見上げる。

「だ・だ・大丈夫。 お・お・俺は、い・い・いつもの調子だ・だから」

 新土居はどこか歯の根が合わないようだ。

「どこが大丈夫だよ。 上がりまくってるじゃないか」

 森山がそんな新土居を見て呆れている。

「新土居さん。 そんなに緊張したって、何も変わらないんだから……練習のつもりでいいんですよ」

 何気に博美の言葉は酷い。

「あ、そう言えば……成田さんが新土居さんの事聞いてましたよ」

「ひ・博美ちゃん。 今はそんな事考えられないから……って、成田さん?」

 いきなり出てきた名前に新土居が食いついた。

「そうそう。 「ミネルバⅡ」の修理が上手だからって……」

 逃がさないように博美があわせる。

「そうか……あれは俺も上手く出来たって思ってるんだ。 そう……成田さんがね」

 得意な事を褒められたと聞いて、ようやく新土居は落ち着いてきた。




 森山を助手にして、操縦ポイントに新土居が立っている。篠宮の設計した「マルレラ」はスピンの前の垂直上昇中だ。

「……そこっ!……うーん……曲げないで……頑張れ頑張れ……今!……」

 それを見ながら、博美は小声で応援していた。

「……上手い!……」

 それが届いているのか、意外と大きなミスもなく新土居は演技を終えた。




 新土居の次は森山だ。新土居の助手をしていた森山が、準備のためにエンジン始動ピットに走ってきた。

「森山さん。 用意できてますよ」

 「マルレラ」の傍に立って篠宮が迎えた。

「おお。 あ、ありがとう」

 走ってきたせいもあり、森山の声は途切れている。

「森山さん。 落ち着いて、深呼吸……」

 博美はそれを勘違いしたようだ。

「うわー 緊張したー!」

 そこに飛行機を片付けた新土居が戻ってきた。

「いつもと同じとはいかないぜ、操縦ポイントは異世界のようだぜー」

 森山に向かって新土居が言う。

「こう、視野が狭くなってさ……飛行機しか見えなくなるんだ……」

「新土居さん。 森山さんはこれからなんですから、変な事言わないで!」

 慌てて博美が口を挟んだ。

「大丈夫ですよ、森山さん。 新土居さんの肝っ玉が小さいだけなんですから」

「おう、博美ちゃんは良く分かってるね」

 ニヤッ、と森山が口角を上げた。

「お、おまえら……何気に酷いな……」

 結局、森山を緊張させてやろう、という新土居の目論見は潰える事となった。




 森山のフライト後、博美の出番までしばらく時間があった。博美を除くチームヤスオカの皆は、いつものようにワンボックス車から張ったタープの下で寛いでいる。

「ただいま。 新土居さんが11位で森山さんが13位でしたよ」

 本部テントまで暫定順位を見に行っていた博美がチームヤスオカのタープに帰ってきて、樫内の隣に座った。

「やった! 俺のほうが上だ」

 新土居がガッツポーズをする。

「新土居さんの方が経験が長いんだから、当たり前でしょうが。 それにまだ半分ぐらい残ってるしね」

 森山は対照的に冷静だ。

「まあ、どんぐりの背比べだな」

 これまたちゃっかりタープの下で休んでいる眞鍋が言った。

「眞鍋さんは1位でした」

 樫内の注いだアイスティーを持った博美が思い出したように告げる。

「そうか……もっとも森山君の言う通り、まだ半分だ。 これから上手い奴が出てくるさ」

 博美ちゃんだってね、と眞鍋が何度目かのウインクをした。




 エンジン始動ピットに「ミネルバⅡ」が、横には「ミネルバ」が置いてある。そして博美は近くに置いた折畳みのチェアーに座って目を閉じていた。

「そろそろだぜ」

 演技の進み具合を見て、加藤が声を掛けた。

「うん」

 博美は立ち上がり、送信機を横に置いていたボックスから取り出した。

「……おい……あれってヨーロッパ製か?……」

「……長いスティックだな……」

「……随分薄い作りだ……」

     ・

     ・

     ・

 いつの間にか博美を半円形に(排気ガスに当たらないため尾翼方向を開けて)取り囲んでいた選手達が囁きあう。博美はそんな声を無視して準備を続けた。




「準備はいいですか?」

 ストップウォッチを持ったタイムキーパーが尋ねる。

「はい」

 短く答えると、博美はプラグの電源を入れスターターをスピンナーに押し付けた。

「ブン・ポロポロポロ……」

 軽い音を立てて「ミネルバⅡ」のエンジンは始動した。




 キャップを被りサングラスを掛け、後ろに加藤を従えて、博美が操縦ポイントに歩いてくる。

「(……来たな……しかし、このオーラってのは……あの井上並じゃねえか……)」

 気圧けおされない様に心の中で気合いを入れる成田の正面まで来ると、博美は軽く礼をして滑走路を向いた。

「(……なんちゅう存在感だ……助手の野郎に隠れてるってのによ……)」

 加藤の向こうに居て見えないはずなのに、博美の存在を成田は感じていた。




 飛行場全体を静寂が支配していた……

「テイクオフ」

 博美の声が小さく、しかし、しっかりと聞こえる。滑走路に置かれた「ミネルバⅡ」が走り始め、滑走路の中央でローテーション、離陸した。

 風が弱いので、博美はあまりパワーを入れていない。「ミネルバⅡ」はゆっくりと高度を上げていくと、割と近い場所でターンしてデッドッパスをした。今年から博美は冗長なテイクオフシーケンスを飛ぶ事を止めたのだ。

 風下ではPターン……博美はここまでずっとパワーを入れてない。近目をゆっくり飛ぶので「ミネルバⅡ」が大きく見えていた。

 センターの手前で「ミネルバⅡ」は機首を上げ45度上昇を始める。いつの間にかパワーが入っていた。センターで1/2ロールして更に上昇。大きく逆宙返りし、パワーを絞って45度降下姿勢。再びセンターで1/2ロール。引き起こし、進入した時と同じ高さで抜けて行った。「ゴルフボール」という演技である。

「(……スムーズだ……風が無いとは言え、完璧に左右対称じゃねえか……減点するところが無い……)」

 成田は持ったペンでジャッジペーパーに印刷してある10に丸を付けた。目を上げた成田がサイドラインの手前まで飛んだ「ミネルバⅡ」を見たとき、「ミネルバⅡ」は再び機首を上げる。45度上昇、長いポーズの後に90度宙返り、背面姿勢の45度上昇になる。

「(……宙返りが上手くなってやがる……八角ほすみの様にメリハリがついてる……)」

 同じ関東ブロックに所属し、現役時代はライバルだった八角のフライトを成田は良く知っていた。

 ポーズを見せた後、1/2ロール、再びポーズ。「ミネルバⅡ」は45度逆宙返りを始める。

「(……ポーズの長さが同じだ……このエンジンはパワーがあるんだろう、これだけ上昇してもダレてこない……ポーズの時間も同じにできてる……)」

 成田の使っているエンジンでも、こんなことが出来るのは数少ない。

 「ミネルバⅡ」は高い高度の水平飛行に入った。

「(……何だー……減点できねえじゃねえか!……)」

 成田のジャッジペーパーには、10点が並んだ。




 しはぶき一つ聞こえない静寂の元、博美の演技が終わった。「ミネルバⅡ」が緩やかに滑走路に下りる。

「ありがとうございました」

 操縦ポイントで回れ右をして博美は審査員にお辞儀をすると、ピットに向けて歩き出した。

「康煕君、静かだね……」

 後ろを付いてきているであろう、加藤に向けて、振り返らずに博美が話す。

「ああ、そうだな……なんか不気味だぜ……」

 飛行場には何やかや100人程は居るはずなのに、誰一人として話をしていない。

「……みんなゾンビだったりして……」

 あながち間違いではなかった。全員博美の演技に心を奪われていたのだ。




ゴールデンウイークに搬入据付試運転予定の機械に掛かりっきりになっていて時間が取れません。次回も遅くなるかも……

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