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空の妖精  作者: 道豚
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進級


 冬が終わり、春の陽気も表れるようになった3月14日。期末試験も終わって春休みまであと少し。博美の居る機械科1年生は誰も留年せずに2年に進級する事が決まっていた。そして今日はホワイトデー……


「秋本さん。 受け取ってください!」

 クラスメイトが一人、博美の席に来てラッピングされた小さな箱を差し出した。

「わ! 植野君、ありがとう」

 博美は今日、休み時間のたびにクラスメイトから何がしかを受け取っていた。高専は下足のままで教室に入るので、靴箱でのやり取りは起こらない。

「後でいただくね♪」

 にっこりと博美が箱を受け取る。

「(……うう……可愛い……この笑顔だけで俺は十分だ……)」

 感動に打ち震えながら植野は自席に戻っていった。博美は植野が十分離れたところで足元に置いた紙袋に箱を仕舞う。バレンタインデーに博美の配ったチョコのお返しが一人ずつ返されていたのだ。




「すげーな。 38人分のクッキーか?」

 部活に向かって並んで歩きながら、博美の提げた紙袋を加藤が見た。

「うーん……先輩からも貰ったから、もっとあるかも。 でも変だよね、チョコあげてない先輩や別のクラスの男子もくれるんだよ」

 よいしょ、と博美は紙袋を持ち直す。

「そ、そうか……そりゃ大変だな(……こいつ……そんな男どもの気持ちが分からんのか?……)」

 加藤は心の中で合掌した。




 テニスコートに着いたところで、着替えるために博美は加藤と分かれて部室に入った。

「樫内さんもいっぱい貰ったの?」

 中では樫内が既に着替えていて、足元に紙袋が置いてある。

「秋本さんもなのね。 私は篠宮さんのだけでいいんだけど……」

 樫内は困ったように博美を見た。

「そんなことないよ。 せっかく貰ったんだから、これで暫くはおやつに困らないね♪」

「あんたって……これじゃ男どもは報われないわね……」

 ホワイトデーの何たるかを全く意識してない、能天気な博美の言葉に樫内は肩を落とした。これでは男達は、ただ貢物をしただけではないか……

「そう言えば……私、篠宮さんには貰ってないわ……」

 バレンタインにチョコをあげた筈よね、と樫内が首を傾げた。

「……教室が離れすぎてるから、休み時間に会うのは無理なんだけど……」

「ん?……僕も康煕君から貰ってないよ。 僕もチョコ渡したんだけど……」

 樫内の言葉に博美も同じように首を傾げた。

「……これって……釣れた魚に餌はいらない……ってことかしら?」

 樫内が低く呟いた。

「……もしそうなら……高いものに付くって教えなきゃね」

「ねえ。 それどういう意味? たまに聞くけど」

 アンダースパッツを穿いた後、制服のスカートを脱ぎながら博美が聞く。

「彼女になるまでは贈り物をしたりして大事にするけど、付き合いだしたらそんな事をしなくていい。 って男の勝手な行動を表す言葉よ」

 苦々しく樫内が吐き捨てた。

「ふーん。 そんな事をするんだー そういえば……樫内さんは篠宮さんと最後まで行ったの?」

 博美はスコートのウエストを調整している。

「そういう秋本さんは?」

 せっかく説明したのに乗ってこない博美に樫内が聞き返す。

「え、えっと……幾度か……かな?」

 博美は横を向き頬を染めた。

「えーー! 何度も? 意外ー」

「そんなにしてなーい! まだ4回しか……」

 ぶんぶん、と音がしそうなほどの勢いで博美は首を振る。

「……それより樫内さんは?」

「んふふふ……勝ったわ。 6回よ」

 ……この二人 、変なところで勝負している……




 二人が部室から出ると、男子部員達が悶えている。全員前かがみになっているところが異様だ。

「え? なに。 何があったの?」

 加藤は腕組みをして部室にもたれていた。どうやら彼は無事らしい。

「……おまえなー あんまり大声で話をするなよな」

「ん?」

 博美は首を傾げる。加藤の返答は現状を説明するには変だ。

「聞こえてたんだよ。 ロッカーの中の話が……」

 しぶしぶ、と加藤は説明を始めた。

「……もしかして……4回っていうのが?……」

 さすがに最後まで聞かなくても博美にも分かった。

「いやーーーーー!」

 頷く加藤が見たのは、スコートをひるがえし部室に逃げ込む博美の後姿だった。

「(……アンダースパッツは黒か……)」

 やはり加藤も男だったようだ。




 博美と加藤、夕食は特に何もなければ時間を合わせて食堂に行き、二人一緒にテーブルに着く。

「これ……バレンタインのお返し」

 食後のお茶を飲んでいる博美に加藤が綺麗にラッピングされた包みを差し出した。

「わ! ありがとう。 もしかして無いのかと思ってた」

「そんな訳ないだろうが。 ま、ちょっと渡すのが遅くなったけどな」

 加藤は苦笑している。

「なんだろう? 部屋で開けるね」

 こんな所で開けたら皆に見られてしまう。

「ねえ、そろそろ申し込みの時期なんだけど」

 もらった包みをバッグに仕舞い、改めて博美は加藤を見た。

「お? もしかして予選か?」

 今年も日本選手権の予選が5月に行われるのだ。すでに申し込みも始まっている。

「うん。 それがねー 今年は岡山で予選をするんだって」

 予選の会場は毎年違っている。今年は去年日本選手権をした飛行場だ。

「康煕君、助手してくれる?」

「ああ、勿論だ。 俺はずっと博美の助手をするって決めたんだからな」

 加藤が頷く。

「ありがとう。 それじゃ申し込みしておくね」

 ほっ、として博美は笑顔を見せた。

「でさ、そろそろ安岡さんのクラブに入らない? 一緒に練習しようよ。 安岡さんも良いって言ってくれてるよ」

 今はまだ加藤はヤスオカのクラブに入っていない。たまにビジターとして行くだけだ。しかしそれでは十分な練習ができない。

「そうだな。 この春休みのバイトでバイクが買えそうだから、そっちにも行ける様になるな」

 加藤は長期休みになると、農協の集荷場でアルバイトをしている。

「えっ! バイク買うの? 康煕君って原付の免許でしょ」

 博美の中ではバイクと言えば、白バイのような大きな物のイメージがある。

「そうだよ。 だから原付のバイク。 原付ってスクーターだけじゃないんだぜ」

 何を言い出すんだ、と加藤が首をひねった。

「そうなの? スクーターの別称が原付って思ってた」

「おまえなー それでよく免許が取れたな」

 加藤が呆れて息を吐く。

「いいじゃない。 取れたんだから。 別に大したことじゃないでしょ」

 照れ隠しに開き直る博美だった。




******




 4月に入って最初の土曜日。新しい部屋に荷物を運ぶため、博美は寮に来ていた。明日の日曜日には新1年生が入ってくるのだ、部屋を空けておかなければいけない。

「303号室……三階なんだ」

 部屋割り表に名前を見つけて博美は呟いた。同じ場所には1年親しんだ永山の名前は無い。

「303号室かー」

 後ろで声がする。303号室と聞こえて博美は振り向いた。そこには肩まで伸ばした髪を後ろで簡単に纏めた、博美と同じくらいの背の女の子がいる。

「秋本さんだよねー 私も303号室だよ。 同室だね、よろしくー」

 目が合ったところで、女の子はにっこりした。

「えっとー じゃ、清水さんでいいのかな?」

 部屋割り表にそう名前が書いてある。

「あっ、ごめーん。 言ってなかったね。 清水春花しみずはるかですー」

 ぴょこっ、と清水はお辞儀をした。頭の後ろで纏められた髪が跳ねる。

「僕は、秋本博美です。 はじめまして」

 つられて博美も頭を下げた。

「知ってるよー 有名だもん。 ほんっとに僕って言うんだー」

 清水は博美の顔を正面からまじまじ見る。

「すっごいねー こんなに美人なんだー 裕子ちゃんが言ってたのは誇張じゃなかったんだー」

 うんうん、と清水は頷いた。

「裕子ちゃんを知ってるの?」

 博美は見つめられ、同姓とはいえ、さすがに恥ずかしくて頬を染めた。

「知ってるも何も、クラスメイトだしー 裕子ちゃんは友達だからー」

 清水はそんな博美を、まだ見つめている。

「そうなんだ。 ねえ、テニス部の先輩に清水さんっているんだけど、清水さん関係あるの?」

 いつまでも部屋割り表の前に居ては迷惑なので、二人は階段に向かって歩き出した。

「ん? 多分関係ないと思うよー それじゃさー 私のことは春花はるかって呼んで。 それで先輩とは区別できるでしょ。 その代わり、私も博美って呼ぶからー」

 横を向いたままでは危ないので、清水は視線を博美から階段に向けた。

「ん、いいよ。 春花ちゃん、よろしく」

 視線が逸れて博美は「ほっ」とする。

「ちゃん付けかー まあいいや。 改めて博美ちゃん、よろしくー」

 踊り場で立ち止まり、清水は博美の手を取った。




 週が明けると、2年生になって始めての登校だ。チラホラと新入生も歩いている中、博美と加藤は変わらず並んで歩いていた。

「康煕君。 買ったバイク来た?」

 博美が横を歩いている加藤を見上げた。

「まだだ。 次の土曜日に店に来るはずだな」

 背の違いにより、加藤は博美を見下ろすことになる。

「それじゃ、ヤスオカに行けるのは来週になるね」

 ずっと上を向いているのは疲れるので、博美は前に向き直った。

「そうだな。 もし、どうしても、って言うならバスで行くけどな」

「んじゃ。 どうしても……」

 加藤の言葉に間髪を入れず博美が答える。

「はいはい。 姫様分かりました」

 半ば予想していたとはいえ、タイミングの良さに加藤が苦笑を返した。




 二人は一般棟の3階に上がった。1年生は4階で2年生は3階、3年生は2階に教室がある。

「おっはようー!」

 いつものように博美は元気に挨拶をしながら、開いている引き戸から教室に入った。

「おはよう」

「おーっす」

「っはよー」

     ・

     ・

     ・

 1年生の時と同じようにクラスメイトから返事が返る。それもそのはず、各科、1クラスしかないのだからクラス替えがない。1年生から5年生まで、基本的に同じクラスメイトと過ごすことになる。つまり博美が落第しない限り、または自分自身が落第しない限り5年間は机を並べて授業を受ける事ができるのだ。全員が進級できたのは偶然ではない。みんな頑張ったのだ。




 チャイムが鳴って教師が入ってきた。

「おはよう。 俺がこの機械科2年の担任だ」

 スーツを着ているが、筋肉が透けて見えるようだ。

桧垣敬一ひがきけいいちと言う。 1年間よろしく」

 黒板に向かい名前を書く。

「授業は国語を担当する。 ちなみに体操部の顧問だ」

 教壇の上から教室を見渡した。

「さあ、新しい学生が入ってくるぞ。 体育館に移動だ」

「オーー!」

 全員が立ち上がった。




「(……なにこれ……体育会系?……)」

 つられて立ちはしたが、呆然とする博美だった。





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