表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空の妖精  作者: 道豚
151/190

正月

 高知の祝い料理といえば皿鉢さわちであり、何かめでたい事、時には法事の席でも皆で皿鉢を囲んで酒を飲むことになる。当然正月にもおせち料理に加えて、いや、おせち料理を押しやって皿鉢がテーブルの真ん中に置かれる。




 ここ秋本家の正月も例に漏れず「どーん」と皿鉢がテーブルの真ん中に鎮座していた。ただ、今は女性が3人だけの秋本家、標準的な物に比べて小ぶりな皿鉢ではある。各々(おのおの)の前には数枚の取り皿と雑煮が配られていた。ちなみに秋本家の雑煮は切り餅で、大栃の田舎から送ってきたものだった。

 そんな何時いつもと変わらない正月の朝、少し変わったことが起きていた。

「珍しいわね。 博美が遠慮するなんて」

 普段ならどんどん皿に取る博美が、今日は少ししか取らないのを見て明美が首を傾げる。

「そうだよねー お姉ちゃんの好きな姿寿司、まだ魚の形をしてるもの」

 光も不思議そうに博美の顔を覗き込む。

「水羊羹もあるよ。 食べないの?」

「もう……二人とも分かって言ってるよね! 帯がきつくて食べられないんだよ」

 好きな水羊羹に箸が伸ばせなくて博美が「爆発」した。博美は早朝から明美に美容院に連れて行かれ、振り袖を着せられていたのだ。当然薄く化粧もしている。

「ほんとお姉ちゃんって美人。 お家の中に芸能人が居るみたい」

 まあまあ、と光が博美の肩を叩いた。

「そうそう。 家が晴れやかなるわ」

 明美も「うんうん」と頷く。

「でもさー ほんとにこんなの着てよかったの? もったいなくない?」

 はあ、と博美は溜息を吐いた。明美の持っている振り袖は大栃の実家に置いてあり、博美の着ているのはレンタルの物だった。

「後で初詣に行きましょう。 博美を見せびらかすの。 それでお母さんとしては元が取れた気になるわ」

 ふふっ、と明美が笑う。

「賛成! 私もそんなお姉ちゃんを見たい」

 光が手を挙げた。

「それ反対ー やだよ。 恥ずかしいよ」

 博美が首を振る。

「それじゃ……康煕君の所に行かない? 康煕君、きっと惚れ直すわよ」

 ぽんっ、と明美が手を打った。

「賛成ー」

 光も手を叩く。

「ええーーー!」

「一緒に初詣に行くのもいいわねー」

 博美の抗議の叫びを無視して明美が続ける。

「あ、それいいねー」

 光もノリノリだ。

「反対、はんたーい! 結局見世物になるじゃないかー」

 多数決で負けそうな博美は必死で反対を唱えた。




 「明けましておめでとうございます。 今年も娘をよろしくお願いします」

 「明けましておめでとうございます。 こちらこそ息子をよろしくお願いします」

 加藤家の玄関先で明美と麻紀が挨拶を交わしている。結局多数決により博美の家族は加藤の家に来たのだ。

「康煕ー 博美ちゃんが来たわよ。 綺麗よー 早くいらっしゃい」

 博美たちが框に上がると麻紀が奥に向かって大声で加藤を呼んだ。その声に居間のドアが開き、加藤が慌てて出てきた。

「きゃーーー!」

「わーーーっ!」

 ところがその後ろから大きな黒い人影が付いてくる。それを見て光と博美が悲鳴をあげた。

「おやじー 急に出てくんなよ」

 二人の様子を見て加藤が振り返った。そこに居たのは加藤の父、貴一だ。

「博美ちゃんたちがびっくりするだろ!」

 貴一は加藤と同じくらいの背だが、横に広く、ガッチリしている。短髪で日に焼けて真っ黒でもみあげから顎に髭を生やし、ぱっと見、ゴリラか原始人……

「明けましておめでとうございます。 康煕君のお父様でいらっしゃいますか? 博美の母です。 いつも娘がお世話になってます」

 しかしそんな見た目もなんのその、明美は普通に挨拶をした。

「明けましておめでとうございます。 はい、康煕の父親の貴一です。 こちらこそ康煕がお世話になっているようで、ありがとうございます」

 見た目は「あれ」だが、貴一は渋い声で普通に挨拶を返した。

「し、新年おめでとうございます。 博美です。 えっとー 康煕君とはお付き合いさせて頂いています」

「おめでとうございます。 妹の光です」

 明美と貴一が普通に挨拶をするのを見て、博美と光は貴一が怖い人でないことに安心したようだ。

「おめでとう。 いやー 聞きしに勝る美人さんだ。 康煕には勿体無い。 それに此方は可愛いお嬢さんだ」

 貴一は光に対するフォローも忘れない。

「おい……まだあいさつしてないだろ? ちゃんとしろ」

 二人に挨拶を返し、貴一は康煕の頭を小突いた。

「親父が邪魔したんだろ? お、おめでとうございます。 今年もよろしくお願いします」

 康煕が頭を抑えながら挨拶をする。

「皆さん、居間の方にどうぞ」

 麻紀が居間のドアを開けて呼んだ。




 二家族が付くにはテーブルは狭いので、親と子供が食堂と居間に別れて座った。

「びっくりしただろう? ゴメンな。 おやじって如何見ても原始人だよな」

 食堂のテーブルに座ってお屠蘇を飲んでいる貴一を横目に康煕が謝る。

「ちょ、ちょっとね。 いきなりだったし……」

 博美も釣られて食堂のほうをチラッと見た。

「でも、よく泣き出さなかったよね。 近所の子なんか一目見ただけで泣いて帰っちゃうよ」

「さ、さすがにそこまでは……」

 麻由美の言葉に光が引いている。

「いや、ほんと。 大げさじゃないから。 ほら、おやじってあんまり家に帰らないだろ。 子供は顔を覚えてないんだ。 この麻由美だってよく泣いてたから」

 加藤が隣の麻由美に人差し指を向けた。

「ちょっとー お兄ちゃん。 そんなのは幼稚園の頃でしょ」

 麻由美はその指を握って折り曲げる。

「そうかー 小学校3年生頃にもあったぜ」

 加藤が口角を上げる。

「もう。 そんな昔のことはいいでしょ」

 麻由美の頬っぺたが膨らんだ。

「うふふ……康煕君と麻由美ちゃんって仲がいいねー」

 二人の遠慮の無いやり取りに、博美がニッコリする。

「そうか? そういう博美たちも仲がいいだろ」

「当然だよー 同性だもの……」

 ね、と光が博美を見た。

「う、うん。 同性だね……」

「いいなー お姉ちゃんって、お兄ちゃんとは違うんだろうなー なんか興味ある」

 麻由美の目が「キラキラ」している。

「んーー あんまり変わらないかな?」

 光が首を傾げた。

「なんで分かるの? 光ちゃんってお兄さんも居るの?」

 今度は麻由美が首を傾げる。

「あ! えっとー 今は居ないけど……」

 慌てて光が口を手で隠した。

「今は?」

 麻由美が身を乗り出してきた。

「ああ、以前従兄妹のお兄さんが下宿していたときがあったの。 光が言ってるのはそのお兄さんの事だと思う。 まだ光が小さかった頃だよ」

 博美が光を見て微笑む。

「う、うん。 そうそう……」

 光はテーブルの下で博美の手を握った。




「もう……なんでこうなるのかなー」

 加藤の腕に掴まり歩く博美は周囲の老若男女の参拝者からの視線を受けていた。

「いい加減にあんたは諦めなさい。 博美は今、この場所で一番綺麗なんだから」

 ねえ康煕君、と明美が康煕に目配せをする。

「ああ、そうだぜ。 博美は世界で一番可愛い」

 加藤は博美を覗き込んで頷いた。

「ばかー そんな風に言うなー 恥ずかしいじゃないかー」

 あまりのストレスに博美の口調が乱れている。それもそのはず、加藤家の4人と秋本家の3人は揃って金比羅さんにお参りに来たのだ。午後になったというのに大変な人出なのだが、なぜか博美の所だけぽっかりと開いていて、周りから視線を受けている、という訳だった。

「……綺麗ねー……」

「……なんてモデルだ?……」

「……HIROMIじゃない?……」

「……テレビの取材か?……」

     ・

     ・

     ・

 周りからひそひそ会話が聞こえてくるし、在ろう事かシャッターの音まで聞こえる。

「周りを囲んで博美ちゃんを隠しましょう」

 麻紀の提案に秋本家と加藤家の6人が博美の周りにバリヤーを張った。

「これならいいわね。 お父さん、先頭をお願い」

 先頭を貴一が歩き、人込みを割って参拝に向かった。




 ******




 ヤスオカの飛行場開きと初飛ばしは3日だった。

「明けましておめでとうございます。 今年も無事故で楽しみましょう」

 皆の前に立った安岡が挨拶をする。

「今年も少々料理を用意しましたので、皆さん食べてください。 飛ばすときにはバンド管理に注意して」

 今日は朝から大勢のクラブ員が集まっていた。同時に何機か飛ばさないと順番待ちが何時間にもなってしまうので、同時飛行を嫌うスタント機を持ってきてる人は居なかった。

「やあ。 博美ちゃんは「エルフ」かい? エンジン機は?」

 スイッチを入れて動作確認をしている博美の所を笠井が通りかかった。

「はい。 「アラジン」は貸してあるんです」

 博美は頷く。

「そうなんだ。 それじゃ今日は楽しめないね」

「あ、今日はお手伝いなんです」

 「エルフ」をテーブルに置いて、博美はテントに向かった。




 寿司やツマミの乗った皿、ガスコンロに乗った大きな鍋、日本酒やビールを前に博美、純子、安代が待ち構えている。風下に離れて森山がヤキトリを焼いていた。

「おおーい。 ヤキトリはまだか?」

 テントの隅に陣取った年配のクラブ員達から声がする。いったい何をしにきたのやら、彼らは朝っぱらから酒やビールを飲んでいる。

「はいはい、焼けましたよ」

 森山が焼きあがったヤキトリを紙皿に入れて持って来た。

「お、ご苦労。 どうだ一杯?」

 もう、かなり出来上がっているクラブ員が缶ビールを突き出す。

「やめときます。 車ですから」

「大丈夫だ。 帰る頃には醒めてるから」

「駄目ですよ。 進めないでください」

 こちら側から順子のキツイ声が飛んで行った。

「こりゃ参った。 かあちゃんが見張っちゅう」

 首を竦めてクラブ員は顔を隠した。森山は純子に手を上げると戻っていく。

「え? 純子さんって凄い。 もう森山さんを操縦してる……」

 ポカンと博美が順子を見る。

「あの森山君をねー たいしたもんだよ。 こりゃ家内安定だねー」

「家内安定?」

 安代の言葉に博美は今度はそちらを見た。

「女が強いほうが家の中が上手く行くんだよ。 博美ちゃんも、男を上手く扱わなくちゃいけないよ」

 高知は昔から家の中は奥さんが実権を握っている事がよく有った。なぜなら男は漁に出て家を空けることが多かったから、家を守るのは女だったのだ。

「まっこと、かあちゃんには敵わんわ。 安代さん、酒ちょうだい」

 真っ赤な顔をしてクラブ員が来た。

「あんた、どればー飲むつもりぜよ。 午後にテープくぐりするがぜよ。 大丈夫かえ?」

 今日は、ただ飛ばすだけでなく午後から有志によるテープ潜り競技をする事になっている。これは滑走路の上、2メートル程の高さに紙テープを張り、その下を指定時間に何回潜れるかを競うのだ。

「かまん、かまん。 俺は寝ちょくきに」

 このクラブ員は出ないつもりらしく、御調子を2本持って席に帰って行った。




滑走路の上で紙テープが風に揺れている。簡素な作りの練習機が着陸するように低空で進入して来ると、それを潜った。

「いいぞー」

 3分間で何回潜れるか……回数が一番多い者が勝ちだ。正月らしく米や酒などが賞品として出されている。先ほどの練習機は4回目の進入でテープを切ってしまった。

「今のところ8回が最高かー 次は誰だ?」

 計測員を買って出たクラブ員が呼んだ。

「はーーい。 僕でーす」

 博美が「エルフ」を持って手を上げる。

「え? 博美ちゃん……それってグライダーだろ」

「はい。 そうです」

「おーい、安岡さん。 グライダーだって。 どうする?」

 クラブ員が困って安岡を呼んだ。

「別にいいんじゃないか。 3分以内なら何度投げてもいいことにすれば」

「それでいいです」

 堅苦しい競技会でもない。安岡の提案に博美は頷いた。

「……それじゃ博美ちゃん、用意はいいかい?……3・2・1・スタート!」

 合図と共に投げられた「エルフ」はグングン上昇すると、あろう事か頂点から急降下してくる。

「……おいーーー!……」

 見てるクラブ員から悲鳴が上がった。しかし「エルフ」は滑走路すれすれで水平飛行に入りテープを潜る。テープを通過すると「エルフ」は直ぐに宙返りをした。テープを中心に5回宙返りをすると博美はハンドキャチをする。そして再び投げ上げる。

     ・

     ・

     ・

「……28回……」

 クラブ員達が呆れている。博美は3分で6回「エルフ」を投げ上げたのだ。

「ははは……さすが空の妖精だ。 機体コントロールがトンでもないな」

 苦笑する安岡は「エルフ」を差し上げてバンザイしている博美を見ていた。




 リボン潜り……簡単そうで意外と難しい競技です。高く入りすぎてテープを切るなら大して問題では無いのですが、距離を間違えてポール(物干し竿などを使うことが多いです)に当たると飛行機が大破してしまいます。そのプレッシャーでなかなか潜れなかったりして時間が過ぎてしまう事も多いです。

 私はこれまで十数回潜ったのが最高記録ですね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ