クリスマスプレゼント
博美と加藤はバスセンターから電車通りに出た。
「何処へ行きたいんだ?」
信号が変わるのを並んで待ちながら加藤が尋ねる。
「帯屋町を歩こうよ。 奥の方に洒落たカフェがあるんだって」
東西に走っている電車通りから一本北はアーケードで覆われた商店街になっている。博美はネットで評判になっているカフェを見つけていた。
バスセンターの斜め向かいに「はりまや橋」がある。歩道の一部に朱塗りの欄干が作ってあり、下には小川が流れている。
「可愛い橋だよね」
並んで渡りながら博美が下を覗いた。
「浅くて小さい川なんだー」
「この橋、よその人が見るとがっかりするんだってよ」
加藤も一緒になって下を覗く。
「そうなの? 何を期待して来るとがっかりなんだろうね」
博美がすぐ横にある加藤の顔を見た。
「さあ? でっかい橋とでも思ってるんじゃないか?」
視線を感じて加藤が博美の方を向いた。お互いに見つめ合うことになる。
「勝手に想像して、それが違うからってがっかりするなんて、勝手だね」
いきなり加藤のアップを見ることになり、博美は頬を染めた。
手をつないで、二人はゆっくり帯屋町を歩く。
「久しぶりに来たけど……なんか昔より人が少なくない? 閉まってる店もあるし」
クリスマスだというのに人混みを避けて歩く、という事はなく、割と自由に歩く事ができる。
「そうだなー ショッピングモールが離れた所に出来たから、そこに行く人が多いのかもな」
高知にも郊外型のショッピングモールが出来、車で行けるからと家族連れはそっちに行く事が多くなったのだ。実際、博美も家族で買い物をするときは其方に行く。
「なんか寂しいね」
加藤と繋いだ手を博美は持ち上げた。
「小さい頃、お父さんに連れられて来てた時は、迷子にならないようにしっかり手を握ってないといけなかったのに」
「可愛かったんだろうな」
加藤は先を歩く親子連れを見ていた。
「ここだと思うよ」
アーケードの東口から800メートルほど歩いた角を博美は左に曲がった。
「本当か?」
ここまで来る間に、何か見つける度に博美は彼方此方加藤を引っ張り回したのだ。加藤が疑心暗鬼になるのも仕方がない。
「大丈夫だってー ほら」
博美の指差す先に、ちょっと中世風の外観の店があった。
「おー 凄いな」
無事に着いた事を加藤は驚いた訳ではない。その店のディスプレイが風変わりだったからだ。二階部分の壁にブリキで出来たようなロボット、ラッパを吹く人、歪んだ時計、ライオンの上半身、そんなものが絵でなく立体的に作り付けられている。庇には何故か色々なバケツ?がぶら下がっている。
「あはは……本当、凄いね」
そんな様子を見て博美は引きつった笑いを浮かべた。
「そうそう。 このお店の名前って悪魔の名前なんだって」
「へー そんな意味なのか。 だから変なディスプレイなんだろうな。 ま、入ろうぜ」
庇のバケツを気にしながら、加藤はドアを開けた。
入ってみれば、中は然程変わった所はない。席と席の間が広く取られているので、ゆったりしていた。
「何食べようかなぁ」
ゆっくり歩いて来たお陰で、もうランチが食べられる時間になっている。博美はメニューを開いた。洋食から和食まで、割とメニューの幅は広い。
「ん。 これにする」
悩む事暫し、博美はメニューを指差し加藤に見せた。
「んー ブランチセット? パン三種盛り合わせとサラダか……それだけで足りるんか?」
加藤から見ると、これではオヤツぐらいのボリュームだ。
「僕には十分なの。 康煕くんは?」
「俺はこれだな」
博美に聞かれ、加藤が店の名前を付けた弁当の写真に指を置いた。
「ふえっ! なにそれ……唐揚げ、ハンバーグ? それにご飯とお味噌汁? サラダも付いてる」
そのボリュームに博美が変な声を上げた。
「だ、大丈夫? そんなに食べられるの?」
その量は博美にとって一日分に当たるだろう。心配になるのも仕方がない。
「これぐらい軽い軽い。 なんだったらデザートまでいけるぜ」
言いながら加藤は手を上げてウエイトレスを呼んだ。
食後の紅茶を飲んでいる博美の前で、加藤はハンバーグの最後の一欠けを口に入れた。
「(……ほんとに食べちゃった……)」
加藤の前に並んでいる皿を見るだけで、博美は胸焼けがしそうになる。
「(……男の人って……こんなに食べるものなの?……)」
なんとなく食費が家計を圧迫する気になるのは、やはりそういう未来を博美が願っているせいかもしれない。
「(……っと、そんなことより……)」
博美はバッグからリボンの掛かった箱を取り出した。
「えっとね……これ……クリスマスのプレゼント。 気に入ってくれるかな?」
少し頬を染めて博美は加藤に差し出した。
「えっ! 俺に?」
慌てて加藤は湯飲みをテーブルに置いた。
「うん……僕、家族以外にプレゼントするって初めてなんだ。 受け取ってくれる?」
「ああ、もちろん。 俺も初めて家族以外から貰うぜ」
赤くなった加藤がテーブル越しに手を伸ばした。
「開けていいか?」
「うん。 気に入ってくれると良いけど……」
受け取った箱は軽い。加藤がリボンを解き、出てきたのは博美の使っている物と色違いのラジコン用のサングラスだった。
「こんな高いもの、よかったのか?」
加藤はつるを広げて掛けて見る。サングラスではあるが、レンズが黒ではないので不良の様には見えなかった。
「うん。 康煕くんってサングラス持ってなかったよね。 これ凄く見やすいんだよ。 ずっと僕の助手をしてくれるんだよね。 だから目が悪くならないように、ね」
ラジコン用のサングラスは特殊な加工がしてあり、その辺で売っているサングラスに比べて飛行機がハッキリ見える。特に薄曇りの時などは効果があるのだ。
「ありがとう。 すごく嬉しい……っで、悪い。 俺は何も用意してない」
加藤が博美を見て「にっこり」し、その後拝むように手を合わせた。
「いいよ。 こうして付き合ってくれてるだけで」
「いや、そうはいかない。 後で何かプレゼントするから」
博美が顔の前で振る手を加藤は握った。
カフェを出ると、二人は北に向かって歩いた。さっきまで歩いていたアーケード街を横切り、さらに行くと小さな川を渡る。
「ここだー」
博美が指差す先に小さな映画館があった。
「ここで見たい映画を上映してるんだよ」
「これはまた小さな映画館だな。 大丈夫か?」
見たところかなりみすぼらしい。どうかすれば公民館にも見える。
「ネットで調べたから。 多分大丈夫だよ。 ……これこれ」
入り口の横に映画のポスターが張ってある。
「ふむ……確かに映画館っぽいな」
それを見て加藤が頷いた。
映画は事故で妻を亡くしたエンジニアと、その彼を想う幼馴染との恋の物語だった。
「……ううっ……すん……うっ……ふう……」
クライマックスを迎え、スクリーンの恋人達に感動して博美が目を抑えている。やがてエンドロールが流れ始めた。
「おいおい。 大丈夫か?」
「……ぐすっ……う、うん。 ちょっと待って。 もうすぐ落ち着けるから……」
「慌てなくていいぜ。 次の上映まで20分はあるからな」
俯く博美の頭を加藤は優しく包んだ。そうして5分ほどもいただろうか。
「……ん。 もう……もう大丈夫」
ふう、と息を吐いて博美が加藤から離れた。
「もう大丈夫だから」
そうか、と放した博美の温もりが惜しく感じる加藤だった。
二人はアーケード街に戻ってきた。映画館に行くときには気が付かなかったが、角に大きな店構えの乾物屋があり、その中から声が聞こえてきた。
「お嬢様。 今日もお出かけですか? 暮ですので、店番もしてもらわんと」
「いやよ! こんな古臭い店なんて」
聞いたことのある声に博美と加藤がそっちを見ると樫内が店から出てくるところだった。
「樫内さん!」
びっくりして博美が声をかける。
「え! ええーー 秋本さん!」
いきなり声をかけられ、樫内もびっくりして立ち止まった。
「ど、どうしてこんな所に……」
言いかけたところで樫内が加藤に気がついた。
「……あー そうかー デートね」
「にまっ」として樫内は博美の顔を見た。
「お嬢様。 こちらはお友達でございますか?」
樫内の後を追うように出てきた中年の男が尋ねてくる。
「あー そうそう。 約束してたの。 んじゃ、後は宜しくね」
樫内はそれにぞんざいに答えると、博美の腕を掴んで歩き出した。
「ねえ、よかったの? 今の人、困ってたけど。 って言うか……樫内さん、お嬢様?」
1ブロックほど樫内に引かれて歩いたところで博美が足を踏ん張って樫内を止めた。
「いいの、いいの。 あいつったら、いっつも私を捕まえてお嬢様扱いするんだから」
そう言う樫内は白いコートを着て、十分お嬢様の雰囲気だ。
「なあ、今の店って……樫内さんの家か? 随分昔からの店っぽかったが」
「っま、まあね。 古いだけよ。 土佐藩後用達だなんて言って、結局古い考えから抜け出せないんだから」
加藤の言葉に、樫内はちらっと後ろを見た。
「やっぱり樫内さんってお嬢様なんだー 今の人って執事さん?」
目をキラキラさせて博美が尋ねる。
「今のは、番頭さん。 執事なんて良いものじゃ無いわ。 教育係なんて言ってさ、ぐちぐち小言ばっかり。 私は残らないんだから、ほっといてくれればいいのに」
「店は継がないんか?」
樫内の言葉に加藤の方が反応した。
「お兄様がいるから……私は継がない。 だから電気科なんて行ってるの。 就職で県外に出るつもり」
再び前を見て樫内は歩き出した。
「樫内さんってお兄様って言うんだ。 やっぱりお嬢様だねー」
樫内を追って歩き出した博美は、気にするところが何処かズレていた。




