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空の妖精  作者: 道豚
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絶対領域

 休日の並びのお陰で早く冬休みの始まる前日の金曜日、前後期2期制の高専は終業式など無くて普段通りの授業だった。ただ違っているのは7時限目の大掃除だ。機械科1年の教室でも、皆が黙々と掃除をしている。

「メンドクサイよー どうせ直ぐ汚れるよね、康煕君」

 いや、一人博美が加藤に愚痴を垂らしていた。

「おまえはさっきから愚痴が多いぜ。 いいからしっかり拭けよ」

 博美は廊下と教室の間のガラスを拭いているのだ。

「だってー ……っわーー」

 上のほうを拭こうとして博美がバランスを崩した。

「……あー びっくりした」

 どうにか博美は鴨居を掴んで落ちずにすむ。

「……ん? どうしたの、康煕君」

 下を見ると加藤が向こうのほうを見ている。

「……おまえは下のほうを掃除しろ……」

 何故か博美を見ずに加藤が言う。

「なんでー いいじゃない」

 博美は敷居の上でしゃがんだ。

「……見えたんだよ……」

 加藤の声が小さい。

「ん? 何」

「……だから、中が見えたんだ」

「……っえ!」

 博美は飛び降りるとスカートを押さえた。

「……ひょっとして見た?」

 博美が下から睨む。

「……んっ……」

「康煕君のエッチー!」

 叫び声と共に博美の右手が加藤の頬を襲った。




「きりーつ」「礼」

 担任に向かって全員が挨拶をすると、今日の授業は全て終わりだ。そして明日からの冬休み始まりの号令となる。

「やったー!」

「終わりだー!」

「さあ、帰るぞー!」

「おい、一緒に汽車で帰ろうぜ」

     ・

     ・

     ・

 全員が明日からの休みに興奮している。その喧騒の中、博美が加藤の傍に来た。

「ねえ、ねえ。 クリスマス、忘れてないよね」

 席替えがあって、その結果博美は加藤と離れた場所に座っている。以前のように簡単に打ち合わせが出来ないのだ。

「おお。 忘れてないぜ」

 席に座って隣のクラスメートと話をしていた加藤が博美を振り仰いだ。

「ん、なになに? 加藤、おまえ秋本さんとクリスマスに何があるんだ?」

 加藤と話していたクラスメートがそれを聞きつけた。

「うっせーな。 別に何もねえよ」

 加藤が鬱陶しそうに答える、が

「うふふー 一緒に遊ぶんだー」

 博美が簡単に喋ってしまう。

「な、なんだってー!」

「加藤! 羨ましいぞ!」

「何処に行くんだ? おい、教えろ。 邪魔しに行くから」

「まさかホテルに……」

     ・

     ・

     ・

 教室中がさっきまでの喧騒を越える騒ぎになってしまうのは、当然のことだった。

「えー 加藤、秋本。 ホテルには行くなよ」

 教壇には担任の「小さなおっさん」堤大治郎が立っていた。




 25日、博美は朝から出かける準備をしていた。何時ものようにベッドに着て行く洋服の候補が並んでいる。

「お姉ちゃんって、いいなー 羨ましいなー 私も彼氏が欲しいなー」

 用意をする博美の横に光が付き纏っていた。

「んふふふー いいでしょう」

 博美の顔は緩みきっている。

「ねえねえ。 ゴムって用意した?」

 いきなり光が尋ねてきた。

「な、なんでそんな物知ってるの? 僕が中学校の頃なんて知らなかったよ」

 さすがに妹とそんな話をするのは恥ずかしい。

「保健の授業で習ったよ? 使わないと赤ちゃんが出来るんだよね。 お姉ちゃんは習わなかったの?」

 光が「きょとん」として博美を見る。

「うーん……覚えてないなー こんな知識は友達と話してて覚えたのかなー」

 博美は首を傾げた。

「で、でもさ。 今日、そこまで行くか分からないよ」

「可能性はあるでしょ。 お姉ちゃん、興味ないの」

 光が博美に合わせて首を傾げる。

「……興味ある……」

 博美は「こくり」と頷いた。一週間前に自分で触ってから、博美は加藤に触られるとどんな気持ちがするか興味津々なのだ。

「私もあるの…… ねえ、どうだったか後で教えてよ。 ……で持ってる?」

「うん。 一応持ってる。 ……っま、これで良いかな」

 来て行く洋服が決まった博美はパジャマを脱ぎ始めた。




「あんた、そんな格好で行くの?」

 玄関で博美を見た明美の第一声は服装へのダメ出しだった。

「それじゃラジコンに行くときと変わらないじゃないの」

 ぱっと見、ジーンズにダウンと、最近寒くなってきてからのラジコンスタイルと変わらない服装をしている。

「だってー スクーターは寒いんだもん」

 博美は「ぷっ」と頬を膨らませた。

「だから康煕君の家で着替えるんだもんね」

 言いながら博美はバッグを持ち上げて見せた。中に着替えが入っている。長く一緒に居たいので、今日はスクーターで加藤の家に行き、その後一緒にバスで街まで出るのだ。

「(……汚したらいけないから……ショーツも入れてるんだ……)」

 さすがに下着まで持っているのは母親には言いにくい。

「そう、それならいいけど…… ゴムは持った? 赤ちゃんはダメよ」

 腰に手をあて、明美はバッグを一瞥すると、博美の顔を見た。

「も、持ってるよー」

 明美の眼光に博美は引き気味に答える。

「なら良いわ。 絶対使いなさいよ。 加藤君が嫌だって言ったら振っちゃいなさい」

「う、うん。 分かった」

 明美の言葉に頷きながら、博美は今日のために買ったブーツに足を入れた。




 居間のソファーに座っている加藤の元に玄関のチャイムの音が聞こえてきた。

「(……やっと来たか……)」

 立ち上がると玄関に歩いていく。

「いらっしゃい。 久しぶりねー また一層可愛くなったわね。 と言うか綺麗になったわ」

 加藤が玄関に着いた時には麻紀が博美を出迎えていた。

「お久しぶりです。 そんなー 変わってなんか無いですよー」

 ぴょこっ、とお辞儀をした博美が胸の前で手を振る。

「ううん。 ほんと綺麗になったわ……」

「お袋はいいから。 博美、俺の部屋で着替えてきな」

 加藤が麻紀の言葉を遮った。

「うん。 それじゃ、失礼します」

 玄関にブーツを揃え、博美は二階に登って行った。

うちで着替えるの? 何故?」

 階段を登っていく博美を見送って、麻紀が加藤に聞く。

「なんか、スクーターは寒いからジーンズだけど、街に行くにはダサいんだって」

 居間に戻りながら加藤が答えた。

「そうかしら? あのジーンズ姿も綺麗だけど」

 麻紀も加藤の後ろに付いて居間に入る。

「あのって足が長いから、パンツ姿が綺麗なのよね」

「俺には分からん」

 首を振りながら加藤はソファーに座った。

「あんたはファションが全然分からないもんねー」

 お茶でも用意しましょ、と麻紀は台所に向かった。




 夏以来の加藤の部屋だが、中は何も変わってなかった。棚の上には「アラジン」が相変わらず置いてある。

「(……少し草臥くたびれてきたかな?……)」

 「ミネルバⅡ」のようなスタント機はウレタン塗料で仕上げているので、何年経っても艶がある。しかし「アラジン」は簡単なフィルム張りなので、使っていると如何しても艶が無くなってくる。

「(……ま、康煕君が使ってくれてる、って事だよね……)」

 博美はドアを閉めるとバッグをベッドの横に置き、中からショートパンツを出した。

「(……んー、綺麗だよね?……)」

 シーツに触って確かめると、博美はそれをベッドに置きジーンズを脱ぎ始めた。

「お兄ちゃん。 秋本さん来た? って秋本さん!」

 ノックの音がした途端、返事も待たずに麻由美がドアを開けた。

「わー 秋本さん、足ながーい! 真っ直ぐで綺麗! 流石はモデルだー」

 そのまま部屋に入ってくる。

「ちょっとー 麻由美ちゃん、恥ずかしいから」

 慌てて博美はショートパンツに足を通した。

「うわわ、かっこいい! でも寒く無いかしら?」

 ここ高知は暖かい土地ではあるが、さすがに年末ともなると最低気温は一桁だ。麻由美の心配も当然のことだろう。

「ん、大丈夫だよ。 ブーツを履くから。 出るのは太ももの一部なんだ」

 この位、と博美が手で示す。

「絶対領域だね。 流石は外さないわねー」

「ん? 絶対?」

 麻由美の言葉に博美は「こてん」と首を傾げる。

「えっ! 秋本さんって、知らないの?」

 麻由美が一瞬、不思議な物を見たように目を丸くした。

「えーーっと……なんでそう言うか知らないけど……こう、太ももの一部が見えてるのを絶対領域って言うの」

「ストッキングを穿いてても良いのかな?」

 博美はストッキングを穿いているので、出ていると言って良いのかは分からない。

「あ、そうか……どうなんだろう?」

 言われて麻由美も首を捻った。




 博美と麻由美が二階から降りようと階段に近づくと、麻紀と加藤の話し声が聞こえてきた。

「ゴムは使いなさいよ。 もし赤ちゃんが出来たら、女の子の負担は大変なんだから。 持ってるわよね?」

「あ、ああ。 持ってるけどさ……博美はそこまで考えてないと思うぜ」

「そんなことないわよ。 女の子って、男より精神年齢が高いんだから。 博美ちゃんだって考えてるはずよ」

 麻紀の言葉を聞いて、麻由美は博美を見た。

「そうなの? 秋本さんもそこまで考えてる?」

「う、うん。 ……まあ一応ね」

 頬を少し染めて、博美は頷いた。

「うわー 流石。 お兄ちゃんと秋本さんの子供かー きっと可愛いよね。 あれでもお兄ちゃんってイケメンで通るもんね」

 麻由美は胸の前で手を合わせる。

「ま、まだ赤ちゃんは早いよ。 やっぱり結婚してからね」

 麻由美の勢いに押された博美は壁に背中を付けた。

「まだ、なんだ。 嫌じゃないんだね。 あー 早く赤ちゃん見たいなー」

 麻由美の暴走は止まらない。

「………………」

 真っ赤になった博美は下を向いてしまった。




「おまたせ」

 あんまり待たせては悪いからと、博美は階段を下りて加藤の前に立った。加藤がそれを見て固まる。

「ん? どうしたの?」

 博美がそれを見て首を傾げた。その博美は白のゆったりしたセーターを着て、その上にお尻を隠す黒のダウンコートを羽織ってる。胸元には細いチェーンのネックレスが光っていて、ボトムは黒のショートパンツ。ストッキングを穿いている。

「い、いや。 何でもない」

 慌てたように加藤が声を絞り出した。

「康煕! 何でもないって事はないでしょ。 凄く似合ってるじゃない。 ちゃんと褒めるの」

 まったくこの子は、と麻紀が横で呆れた声で言う。

「い、いえ。 そんな、気にしなくてもいいですから」

 博美が胸の前で手を振った。

「あ、ああ。 に、似合ってるぜ。 いや……普段と違うからびっくりした。 そんなカッコいい服装も似合うんだな」

「あ、ありがと」

 加藤の言葉に博美が頬を染めた。

「でも、そんなに短いズボンでは寒くないか?」

 パンツって言うのよ、と横から麻由美が加藤を突っついた。

「大丈夫。 ブーツが長いから」

 博美の指差す先には所謂「ニーハイブーツ」が揃えてある。

「此処まであるから」

 履いて見せた博美の太ももにはしっかり絶対領域が存在していた。




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