クリスマスの頃は危険日
ちょっとエッチな博美です。
課題のレポートを書いている博美の部屋に、休み時間を知らせるチャイムが聞こえてきた。ペンシルを置き、レポート用紙から博美が顔を上げる。
「(……今年は並びが良いから冬休みが早く始まるんだ……)」
目の前のカレンダーが博美の目に留まった。それには休みに赤丸が記してあり、赤丸は次の土曜日から連続していた。
「ねえ裕子ちゃん、今の天皇陛下って空気読めるよね」
部屋の反対側に居るはずのルームメイトに向かって博美は話しかける。
「えー? 何で突然天皇陛下が出てくるわけ?」
博美に椅子の回る音が聞こえた。
「だって、ほらー」
博美が振り返ると案の定、永山が此方を見ている。それを確かめ、博美がカレンダーを指差す。
「なーに? その水色のマーク」
適当に指差した所為で、博美の人差し指は先週の火曜日を指していた。
「えっ? あっ、ゴメン……」
カレンダーを見て、博美が慌てて指の位置を直す。
「こっちこっち。 ……さっきのは生理になった日なの……」
「あーー そうなんだ。 博美ちゃんってきちんと付けてるのね」
感心したように永山が頷く。
「だから、それじゃなくてー こっちの丸。 休みが続いてるでしょ」
話が逸れていきそうで、博美は力を入れた。
「天皇誕生日が在るお陰で、冬休みが早く始まるなー って」
「ああ、それで天皇陛下が出てくるのね。 で、空気が読めるってのは?」
分かったような、分からないような、微妙な顔で永山がヤカンを持って立ち上がった。
「お湯を沸かしてくるね」
「だって、クリスマスに合わせて生まれたんだよ。 凄いじゃない。 昭和の天皇陛下は4月だったんだから」
部屋を出て行く永山の背中を博美の与太話が追いかけた。
永山がお湯を持って帰ると、博美はパソコンでラジコンシミュレーターをしていた。二人のカップはテーブルの上に有り、ティーパックも用意してある。
「ただいま。 もう紅茶を入れて良い?」
「うん」
パソコンに向き合ったまま、博美は永山の声に返事をした。永山は一旦カップにお湯を入れて、それを傍のポットに捨てる。そして改めてティーパックを入れるとお湯を注いだ。
「ねえ、いつも思うけど、なんで博美ちゃんの飛行機って横向きで飛ぶの?」
永山が博美の隣でパソコンを覗いて尋ねた。丁度パソコンの中では「ダッシュ120」が「ダブルインメルマン」の途中で、ナイフエッジをしている。
「胴体に働く空気力の分力を使って落ちないようにしてるんだ。 エンジンの力が強くないと出来ないんだよ」
博美は説明しながら、大きくラダーを動かして見せた。「ダッシュ120」は機首をあげナイフエッジ姿勢のまま宙返りをする。
「凄い凄い。 これって本物の飛行機でも出来る? あ、時間」
カップの横に置いたキッチンタイマーが鳴った。テーブルに移動した永山がそれを止める。
「本物でも出来るよ」
シミュレーターをポーズで止め、博美は机の引き出しを開けた。
「今日はマカロンだよ」
中からお菓子の入った袋を取り出し、博美もテーブルに移動した。
「休みに入ったら、すぐにクリスマスよね。 博美ちゃんはクリスマスは如何するの?」
二つ目のマカロンに手を伸ばしつつ、永山が聞いた。
「今のところ、何も計画してないよ」
博美は紅茶のカップをソーサーに戻した。
「家族と一緒だろうなー」
「加藤君とは会わないの?」
永山がマカロンを齧る。
「……って言うか、いったい何処まで進んだの?」
「別にー 夏ごろから何も変わってない」
博美もマカロンを手に取った。三つ目である。
「ほんと? 確か夏休み前に「どうしようかなー」って言ってたじゃない」
永山がマカロンを持ってない方の手でカップを取った。
「そうだったっけ? なんとなくそのままだなー」
一口齧ったマカロンを紙皿に置くと、博美もカップを持ち上げる。
「キスは?」
紅茶を一口含み、永山が言う。
「してない……そう言えば、あれからしてないんだ」
カップを口元に持っていった所で、博美の手が止まった。
「あれから、って言うのがいつなのか気になるけど……」
永山はカップを戻し、マカロンを齧った。
「気持ちが冷めてきたとか?」
永山の口調はからかう様だ。それを聞いて博美はカップを戻す。
「そんな事無い! ……たぶん」
つい声が大きくなってしまった。永山が「にまっ」とする。
「クリスマスに誘ったら? ロマンティックじゃない?」
「え、えっ……そ、そうかな?」
博美は「まじまじ」と永山の顔を見た。
「キ、キスできるかな」
「二人の気持ちが合えば出来るんじゃない? でも最後まで行くならゴムを使わなくちゃ駄目よ」
永山は二つ目のマカロンを食べてしまい、カップに残った紅茶を口に入れた。
「えっとー ゴムって……あの……男の人のに被せるんだよね」
博美の視線があちこち揺れる。
「そうよ。 博美ちゃん、知ってるの? って知ってる筈よね」
永山の視線が三つ目のマカロンに注がれている。
「う、うん。 一応知ってる……」
戸惑いがちに博美は頷いた。
「そうよね。 保健の授業で習ったもんね」
首を振って、永山は視線をマカロンから外す。
「止めとく。 太るのはヤダ。 んで、男が用意するものらしいけど、博美ちゃんも持ってた方がいいよ」
「ん? そうなの?」
博美は紙皿に載せてあった三つ目のマカロンを食べた。
「私は経験ないけど、いざというときに無いと大変だから、だって。 本に書いてたの」
永山が博美を見る。
「買いに行くのは恥ずかしいよね」
「つ、通販で買えばいいよ。 きっと」
ダイレーションをするときに毎回一つ使うので、実は博美は何箱も通販で買ってある。
「ほんと、絶対使ってね。 クリスマスの頃は危険日よ」
「う、うん……(……なんか……最後まで行くのが決まってるみたい……)」
永山の気迫に押されて、博美は何度も頷いた。
11時の消灯時間になって布団に入っても、博美はさっきの永山の話が気になって眠れなかった。
「(……最後まで行くのが裕子ちゃんの中では決まってるみたい……)」
目を瞑って、博美は加藤のことを思ってみる。
「(……康煕君って……僕のこと、どこまで好きなのかな……)」
会ってからこれまでの事を考える。
「(……最初って……酷い奴だったんだよな……)」
井上に連れられて行った飛行場での事だった。
「(……僕の「エルフ」ちゃんを勝手に振り回すし……女だからって馬鹿にするし……)」
女の子になって、まだ間が無かった博美は、逞しい加藤の体が羨ましかったのだ。
「(……でも、僕が怪我したときにだっこして運んでくれたんだった……)」
捻挫をして歩けなくなった博美を、加藤は簡単に「お姫様だっこ」をしたのだ。その事を思い出して、博美は頬が熱くなるのを感じた。
「(……あの時から好きになったのかなぁ?……)」
布団から手を出して、博美は頬に触った。
「(……康煕君はいつから好きになってくれたんだろ……)」
頬に当てていた手が唇に触れる。
「(……最初のキスは海に行った時だったなー……)」
唇を人差し指で撫でる。
「(……気持ちよかったなー……いきなりバスが来てビックリしたけど……)」
ふふっ、と博美は思い出し笑いをした。
「(……二回目は選手権の時だった……)」
緊張している博美を加藤は励まし、守ると言ったのだ。
「(……嬉しかった……)」
暗闇の中で、博美は「にやにや」と頬が緩む。
「(……あれから……キスしてないんだ……康煕君、知ってるのかなぁ……)」
博美は目を開けて永山のほうを窺った。
「(……まさか……でも……康煕君って、僕を求めてこない……)」
永山の言った「冷めてきた?」という言葉が胸に刺さる。
「(……まさかね……って、もし求められたら……僕はどうする?……)」
布団の中で博美の妄想が始まった。
加藤が博美の腰を引き寄せ、顎に指を当ててそっと上を向かせると、上から唇をあわせてきた。鼻がぶつからない様に少し首を捻り、博美は加藤を受け止める。
加藤の舌が博美の唇を割って入ってきて、博美の舌と絡み合う。息が出来なくて苦しいのに、博美も加藤の背中に手を回して体を押し付ける。
加藤の手が博美の胸に……服の上から感触を確かめるように……優しく上下する。
ここまで空想しただけで、博美は火が出るように顔が熱くなった。
ふと気が付くと、博美は半裸でベッドに寝ていた。
「(……うっわ! ショーツがべちゃべちゃ。 気持ち悪い……)」
ショーツを脱がずに居たお陰でベッドのシーツは濡れてはなかったが、その分、ショーツはしっかりお尻の方まで水分を含んでいる。
「(……ど、どうしよう……このままじゃ眠れないよ……)」
博美はお尻がベッドに付かないよう気をつけて体を回し、永山を窺った。
「(……裕子ちゃん、寝てる……)」
布団の中で見えないが、静かな寝息が聞こえてくる。博美は意を決してベッドから降りた。そっと床に立つと、ショーツを脱ぐ。
「(……なんか、恥ずかしいね……裕子ちゃん、起きないでよ……)」
ブラもしていないので、博美は素っ裸だ。さすがにこれを見られるのは困る。
「(……うーー 寒い……早く何か着なくちゃ……でもこのまま新しいショーツを穿くのもなー……あっ! そうだ……)」
博美はヤカンに残っていたお湯でタオルを湿らし、それで股間やお尻を拭った。
「(……これでよしっと……あー 気持ちいい……)」
洗って片付けてあったショーツを穿いて、博美は「ほっ」と息を吐いた。
「(……さっきのって……何だったんだろう?……気持ちよかったなー……)」
思い出して博美は手を胸に持っていこうとした。
「(……って、ダメダメ! あんなこと……またしてたら眠れなくなっちゃう……)」
慌てて首を振ると、博美はパジャマをベッドから拾い上げた。
「(……康煕君が触ったら……どんな感じなんだろう……)」
パジャマを着ながら、加藤のことを考える。
「(……っダメダメダメ! 変な事考えないの!……)」
「……博美ちゃん……どうしたの? 眠れないの?」
いきなり永山の声が後ろから聞こえた。
「っひっ!……」
博美が飛び上がる。
「……ゆ、裕子ちゃん……ご、ごめん、煩かった? あ、汗かいちゃったから着替えてたの……」
振り返ると、永山が布団から顔を出して博美を見ている。
「……あ、そう。 暖冬だもんね。 お休み……」
半分寝ぼけているのだろう、頓珍漢な事を言って永山は布団に潜った。
「お、おやすみ」
「ほっ」として博美も布団に潜り込んだ。
博美の空想と行動を同時に書くのは難しいですね。
読みにくいかもしれません。




