ロングスティック
「待たせたね」
言葉とは違って、眞鍋はすぐに戻ってきた。手には自分の送信機を持っている。
「もう一つの解決法がこの送信機にある」
そう言って眞鍋は博美の送信機の隣に自分の送信機を置いた。
「分かるかな?」
眞鍋の送信機は博美の、つまり光輝の送信機と同じモデルだった。一世代前の最上級機で、スティックの軸受は最新モデルと同じだ。
「触ってもいいです?」
パッと見には違いが分からず、博美が手を伸ばした。
「いいよ」
眞鍋が頷くのを見て、博美は送信機を持ち上げるとスティックに親指を伸ばす。
「……あっ! スティックが長い……」
持ってみれば一目瞭然、思いっきり指を伸ばさないと博美は親指が届かなかった。
「分かったね。 もう一つの方法ってのはスティックを長くすることなんだ。 そうすれば微妙な操作がしやすくなる。 そうだなー 多分博美ちゃんの送信機より2センチは長いと思う。 どら、貸して」
どうにか操作しようと指を伸ばす博美から眞鍋が送信機を取った。
「これはこうやって使う」
眞鍋が送信機をテーブルに置き、親指と人差し指でスティックを摘んで動かす。
「……えっとー それでどうやって持つんですか?」
フライト中は立って操縦する訳で、送信機を置くテーブルなどは無い。
「こうして持つんだ」
小指を裏に、薬指を上面に当てて眞鍋が送信機を持ち上げた。上面のスイッチを中指で操作してみせる。当然スティックは親指と人差し指だ。
「わー そんな風に持つんですねー 僕も出来るかな?」
手を伸ばして博美は眞鍋から送信機を受け取った。さっそく眞鍋が見せたように送信機を持つが、親指と人差し指でスティックを摘むと小指が送信機の裏に届かないし、中指で上面のスイッチが操作できなかった。
「(……ネックストラップを使えば指が裏に回らなくてもいいかも……)」
博美は首に掛けたままだったネックストラップを取り付けてみた。
「(……ダメ。 とても支えられない。 腕の重さまで首に掛かって苦しいや……)」
ため息とともに博美は送信機をテーブルに戻した。
「駄目でした。 僕にはとても扱えません…… 眞鍋さんって手が大きいんですか?」
眞鍋に向かって博美は右手を伸ばした。それに眞鍋が左手を合わせる。
「わっ! 大きいー」
博美の指は眞鍋の指の第1関節程度の長さで、手のひらも二周りほども違う。
「可愛い手だね。 すべすべだし。 こりゃ、今日は手を洗わずに居ようか?」
眞鍋がにこにこと博美の顔を見た。
「えっ! い、いや……手は洗ってください」
慌てて手を引っ込めると、博美は赤くなって顔を伏せた。
「まっ、冗談はともかくだ、ロングスティックが使えないって事は……」
眞鍋が真顔で考え込んだ。
「……悪い。 俺はこれ以上アドバイスが出来ん。 安岡さんならアイデアを持ってるかも知れんな」
「あっ、そんな……謝らないでください。 帰りに安岡さんのお店で聞いてみます」
博美は胸の前で両手を振った。
「今日はこれまで通りフライトコンディションを使って飛ばします」
んっ、と博美が気合を入れた。
夕方になり、博美たちはヤスオカ模型に帰ってきた。飛行機や工具類を片付け、博美は店に回る。そこではやっぱり啓司が接客をしていた。
「やあ。 博美ちゃんおかえり。 「ミネルバⅡ」の調子はどうだったね?」
「ただいまです。 それなんですけど……」
博美は啓司の前行き、今日のことを話した。
「そうか。 フライトコンディションを使う場合の弱点に気がついたんだね」
啓司が「うんうん」と頷く。
「兄貴がクラブ員に使わせないってのも、そういう事があるんだ。 そこでフライトコンディションの設定だろうとイジリだしたら……練習どころでなく、毎日設定調整ばかりになってしまうんだ」
啓司が上を見た。そこには世界チャンピオンになったスタント機が吊るされている。
「兄貴はそんな風にメカの機能に頼った風潮が嫌いなんだ。 この「エンゼル」はエレベーターのトリムさえ水平飛行に合わせて無いんだよ。 当時は指トリムなんて言われてね……」
啓司は視線を下ろした。そこには真剣な顔の博美と加藤が並んでいる。
「それはそれは猛練習したよ。 だから水平飛行は安岡だ、って言われるようになったんだ。 それは世界選手権でも有効だった」
「なんとなく解ります。 それで眞鍋さんがロングスティックを勧めてくれたんですけど……」
目を伏せて、博美は手を見た。
「手が小さくて持てなかったんだね」
博美の視線の先を見て啓司が言う。
「僕と比べてみようか」
啓司が左手の掌を博美に向けた。それに博美が右手を当てる。
「うん。 やっぱり可愛い手だから……ロングスティックでは送信機が持て無いだろうね。 だって僕でも難しいんだよ」
「眞鍋さんは、安岡さんなら何か方法を知ってるかもって……」
手をカウンターの上について博美は啓司をまっすぐに見た。
「そうだねー 兄貴に聞けば何か知ってるかな? でも今はヨーロッパに出かけてるんだ」
啓司が博美を見返す。博美が肩を落とした。
「メールかなんかで聞けないですか?」
博美の横から加藤が尋ねた。
「それはもちろん聞ける。 でも僕にもアイデアはあるんだよ」
ちょっと待ってね、と啓司がバックヤードに向かった。
啓司が抱えてきたのはちょっと古ぼけた段ボール箱だった。
「ははは……箱は古く見えるけどね、そんなに古い物じゃないよ」
博美と加藤、そして何時の間にか来ていた新土居の胡散臭げな顔を見て啓司が笑った。
「1年ほど前に兄貴が仕入れたものだけどね、誰も使わなくて不良在庫化してるんだ」
「……あー あれですね。 たしかに博美ちゃんでも使えそうだ」
啓司の言葉に新土居が、何か気が付いたようだ。
「そうそう、それだよ」
啓司が段ボール箱を開ける。中にはモノクロの写真が貼られた地味な箱が入っていた。
「……送信機?」
写真を見て博美が零す。それを聞き流し、啓司は箱を取り出すとカウンターの上に置いた。
「過剰包装だね。 まあヨーロッパから送ってきたものだから、仕方が無いけどね」
箱を開けると、見慣れた送信機ボックスの銀色が見える。啓司はハンドルを持ってボックスを引っ張り出した。
「ヨーロッパ製の送信機だよ。 と言っても中身は日本製と同じなんだけどね。 ガワが違ってるだけで、受信機やサーボは同じなんだ」
啓司の開けたボックスの中には大柄な送信機が入っていた。
「持ってみるかい?」
送信機を取り出し、啓司が博美に渡す。
「……あっ! 意外と軽いんですね。 それに薄いし…… スイッチが全部正面に付いてる……」
正面から見ると大きいのだが、今博美の使っている送信機より薄く出来ていて、スティック以外のスイッチやレバーが全て正面に付いていた。日本製の物は上面や側面、物によっては裏面にスイッチが付いているのだ。
「……スティックは変わらない様ですけど……」
「それは換えればいいのさ。 ほら……」
付属品の中から啓司がスティックを取り出した。
「それに、この送信機のいい所は……」
啓司は博美から送信機を受け取ると、左右のカバーを外に開いて見せた。
「どうだい。 ここに手首を置くんだ」
カバーには滑り止め加工がしてある。そして送信機にはストラップを取り付ける所が左右にあった。
「これ、良いですねー 首が痛くならないですし、左右で釣っているから送信機が傾かないです」
スティックを交換した送信機を博美がストラップを肩に回して、お腹の前に提げている。ネックストラップも使えるのだが、やはり腕の重さが掛かると首が痛くなるのだ。
「スティック操作も問題ないです。 これ、こんなに重くしたら、親指だけでは操作出来ないですね」
付属のロングスティックは眞鍋の物よりも更に長かった。そんな長いスティックを支えるためにスプリングをかなり強くしたのだ。博美はスティックを摘んでスローロールをイメージして動かしてみた。
「……うん、すごく小さな操作も出来る。 これまでの半分ぐらいの操作が出来ます」
続いてスナップロールのスティックワークを試す。
「……んっ……ちょっと慣れがいるかな?」
やはりスティックが長い所為で、指を動かす量が多い。
「博美ちゃん、そういう時はスティックの下を持てば良いんだよ」
「あっ! そうか……」
啓司の言葉に、博美はもう一度スティックを動かした。
「……わっ、凄く早く動かせる……良い……これ良い……」
何度も博美はスナップロールを試していた。
送信機をカウンターの上に戻して、博美は啓司の顔を見ていた。啓司は相変わらず「にこにこ」している。
「……これ、使ってみたいです……」
「うん。 今の感じだと、この方法がコンディションを使わない為に一番だよね」
啓司が頷く。
「それに……」
横から新土居が口を挟んできた。
「……ショルダーストラップだとネックストラップみたいに胸の上を通らないから、発育を阻害しないよね」
「……何の?……」
新土居の方を見た博美の手が後ろに回る。その途端、新土居は店の奥に走っていった。
「……はあ……」
博美が視線を戻して溜息を吐いた。
「ははは……新土居君らしいね。 けして悪気があるわけじゃないんだよ。 彼なりの冗談だね」
新土居の背中を見送って啓司が笑う。
「あ、そうじゃないんです……これ、使いたいけど……高いですよね。 僕のお小遣いじゃ、とても買えない……」
博美は送信機に視線を向けたままだ。
「ああ。 それは問題ないよ、ツケにしといてあげる。 またバイトでもして払ってくれればいいから。 分割でもいいよ」
啓司の言葉に博美が顔を上げた。
「それに不良在庫なんだ。 仕入れ値で売ってあげる」
博美の見上げた啓司は、何時ものように「にこにこ」していた。
「それじゃ、失礼しまーすっ」
加藤の押さえたドアを潜って博美が店から出てきた。博美は左右の手に送信機ボックスを持っている。
「結局買っちゃったんだな。 大丈夫なのか? 支払い」
ドアを閉めると、加藤は博美に付いて歩く。
「うーん……多分。 もうすぐ冬休みだし、あの喫茶店でバイトできるから……分割になるかもしれないけど」
スクーターの所まではすぐに着く。博美は荷台に二つのボックスを縛り付け、加藤が博美のバッグを前籠に入れた。
「気をつけて帰れよ。 だいぶ暗くなってきたからな」
店で話していた所為で、もう日は沈んでいた。
「うん。 だいじょうぶだよ。 康煕君もね」
博美はヘルメットを被り、手袋を着けた。
「OK。 俺は電車とバスだからな。 平気平気!」
加藤が親指を立てる。
「バイバイ」
加藤に手を振って博美はスロットルを捻った。




