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空の妖精  作者: 道豚
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エクスポネンシャル


 「ミネルバ」を飛ばしてから一時間半、博美は眞鍋や森山、新土居やその他のクラブ員達のフライトを手伝ったり、ただ見てたりしていた。そしてフライト順が一周して、もうすぐ博美の順番が来る。

「さあ、これからまた宜しくね」

 博美は「ミネルバⅡ」を整備スタンドに載せ、キャノピーを撫でた。

「あれー 人形が乗ってる」

 いつの間にか樫内が隣に来ている。

「ねえ、この人形って秋本さんに似てるんじゃない?」

「これって男性の人形を改造したんだって」

 博美は燃料を入れるためポンプを繋ぎ、スイッチを入れた。

「新土居さんがわざわざ作ったんだ……」

 送受信機のスイッチを入れ、博美はプリフライトチェックを始める。燃料が入るまで割と時間がかかるのだ。

「男性ねー だから胸が小さいのね」

 樫内が博美の胸に視線を走らせ、頷いている。

「……樫内さんのだって……」

「俺の傑作だよー 似てるだろう?」

 博美が「ミネルバⅡ」の準備を始めたのに気がついてやって来た新土居が、二人の会話に割り込んできた。

「……どの辺が?……」

 博美がゆらり、と立ち上がる。

「……そ、そりゃ……髪型とか……」

 こころなし、新土居の腰が引けている。

「……髪型とか?……」

 博美の右手がゆっくりと肩の後ろに回された。

「……胸なんて言わないからー!」

 転げるように新土居が走り去った。




 

 博美の操縦する「ミネルバⅡ」が「3/6ロール オポジットディレクションズ」をするのを加藤の横で新土居が見ている。これは低い高度の水平飛行で60°ごとにポーズをしながら180°のロールを、最初右回転なら次は左回転、という風に連続して行う演技だ。60°という中途半端な角度でポーズを見せるためには微妙な方向舵ラダー昇降舵エレベーターの連携が必要になる。

「どうだ? 上手くいってるようだけど」

 新土居が小声で加藤に聞いた。

「良いんじゃないですか? 「ミネルバ」の時より胴体がフラットに回ってるようです」

 機体を見つめたまま加藤が答える。

「……良いですよー 「ミネルバ」よりラダーが効くから、エレベーターとのバランスが取りやすいです」

 二人のやり取りが聞こえたのだろう、博美が操縦しながら話してきた。

「重くなったんですよね、新土居さん」

「ああ、どうしても補強材の分だけ重くなってしまった」

「でも……」

 言いかけたところで次の演技「ハンプティバンプ」を博美が始める。

「……こんな風に、全然重さを感じないです」

 「ハンプティバンプ」は垂直に上昇し、頂点で逆宙返り、垂直に降下する演技だが「ミネルバⅡ」は軽々と上昇し、重力に逆らって等速度で降りてくる。

「あー それは……」

「博美ちゃんのオーバーホールしたエンジンのパワーがあるからさ」

 新土居の言いかけた言葉を森山が引き継いだ。

「パワーがあるはず、と思ってね、以前より直径が大きくてピッチが小さなプロペラを付けといたんだ」

「なんだー そうだったんですか。 全然気がつかなかった」

 錐揉み(スピン)のために博美はスロットルスティックを下げた。

「直径が0.5インチ、ピッチは俺が捻って0.2インチ変わっただけだからね、パッと見は分からないんじゃないかな?」

 森山の説明を聞きながら、博美は「ミネルバⅡ」を失速させた。




 「ミネルバⅡ」を着陸させた博美が後ろを見ると、森山は居るが新土居が居ない。

「あれー? 新土居さんはー」

 きょろきょろしながら博美が尋ねる。

「さっきまで居たんだけどねー 何時の間にか居なくなったね」

 それに答えると、「ミネルバⅡ」を回収するために森山が歩いていった。

「おっかしいなー 何処に居るんだろ?」

 送信機をボックスに入れると、博美は飛行場を見渡した。




「いたいた。 新土居さん、こんな所で何してるんですか?」

 飛行場を彼方此方探し回って、博美はやっと篠宮の車の陰に座っている新土居を見つけた。

「い、いや……べ、別に……篠宮君の手伝いを……」

 新土居は立ち上がると、歩いていこうとする。

「新土居さん!……」

 その進行方向を塞ぐように博美が一歩近づき、右手を腰の高さに上げた。

「ひいっ!」

 新土居が左手を上げる。

「……新土居さん、ありがとうございました」

 博美がその手を握り、さらにもう一方の手を取った。

「へっ? ありがとう?」

 いきなりの事で新土居が「ぽかん」とする。

「新土居さんの修理、完璧でした! 以前と変わらない……いえ、更に良くなってます」

 握った手を博美は「ぶんぶん」上下に振った。

「凄く飛ばしやすい。 僕のために作った飛行機みたいです」

「あ、あ、ああ。 そ、そうだね。 重心位置をね、「ミネルバ」に合わせて少し下げたんだ。 上手く釣り合ってよかったよ。 ……ふう……」

 新土居が胸を撫で下ろした。

「……また打たれるかと思ったよ……」

「そんな事しません。 新土居さんがセクハラさえしなきゃ」

 まだ頬に貼ってあるシップに手を当てて、博美が「にっこり」した。




 篠宮が「マルレラep」をフライト後、整備スタンドに載せてバッテリーを外していると博美が隣にきた。

「篠宮さん。 ちょっと教えてもらっていいですか?」

「ん? 何だろう。 僕に分かる事かな」

 外したバッテリーを持って篠宮が立ち上がった。

「ちょっと待ってね。 これを片付けるから」

 片手を挙げると、篠宮はバッテリーを持って車の方に歩いていき、そこに置いてあったアルミのケースにそれを入れた。

「もういいよ。 どこで話そうか」

 篠宮が振り返る。

「チームヤスオカのタープで……」

 博美がワンボックス車から貼られているタープを指差した。




「フライトコンディションを使わない設定かー」

 博美と向き合って座り、篠宮が思案顔で息を吐いた。タープの下のテーブルに座るなり、博美がフライトコンディションを使わずにスナップロールをする方法を聞いたのだ。

「そう言えば、博美ちゃんは使ってたんだね。 この辺は好みだと思うんだけど……どうして使わない方法が知りたいんだい?」

「アバランシュが上手くいかないんです。 スナップロールの前後で宙返りに角が出来ちゃって……」

 「ミネルバⅡ」を飛ばしたときも、フライトコンディションを切り替えるときに宙返りの半径が変化してしまい、滑らかでなかったのだ。もっとも選手権クラスの目で見た場合であり、並みの選手では気が付かないだろう。

「なるほどねー 確かに此処では使ってる人が居ないね。 安岡さんの方針でもあるんだけど、その話で理由が分かった気がする」

 篠宮が「うんうん」と頷く。

「調整は別に難しくはないんだ。 最大舵角をスナップロールが出来るようにして、そのままでは敏感すぎるからエクスポネンシャルを掛ける。 ちょっと持ってくるね……」

 篠宮が席を立って自分の車に歩いていった。




「お待たせ」

 篠宮はすぐにノートを持って帰ってきた。博美の持っているノートと同じように表紙に飛行機の名前が大きく書かれている。

「えーっと。 ここが分かりやすいかな?」

 篠宮がページを捲る。

「ほら、左のページと右のページでエクスポネンシャルの値が違ってるだろ」

 言われて博美が覗き込むと、確かに右のほうが数値が大きい。

「これは「マルレラep」の調整中だった時のものだけどね、小さな修正舵が自分のイメージに合うように数値を変えたときだ。 そして……」

 言いながら篠宮は別のページを開いた。

「ここは最大舵角を変えたときだね」

 博美がそこに書かれた表を見ると、三つの舵、それぞれに最大舵角の数値が小さくされていた。

「こんな風にいろいろ変えて自分に合わすんだ。 試しにやってみれば良いよ。 博美ちゃんなら簡単だろ?」

「そうですねー 試してみます」

 博美が頷いた。

「それがいいよ。 実践あるのみ、ってね」




 博美は「ミネルバⅡ」の送信機を出してきた。電波を出さないようにして電源を入れると、新しい飛行機を送信機の中に作り「ミネルバⅡ」をコピーする。そうしておいてスナップロール用のフライトコンディションを通常飛行の状態にした。

「(……うっわ! 敏感ー……)」

 送信機の画面上でスティックの動きと舵の動きの関係が見られるのだ。博美がほんの少しスティックを動かしただけで、舵は大きく動いていた。

「(……エクスポネンシャルを強めてっと……)」

 ノートの数字を見ながら博美は数値を大きくしていく。

「(……こんなものかなぁ……) うわー すごい数値……いいのかなぁ……」

 結果、これまで見た事もない数値が送信機に表示されていた。

「(……まあ、飛ばしてみなくちゃね……)」

 データをセーブして博美は送信機のスイッチを切った。




「おい、全然駄目だったけど、どうなってるんだ?」

 今日、三度目のフライトが終わった所で加藤が博美に話してきた。

「うん……フライトコンディションを使わなくてもいい様に調整を変えてみたんだけど……難しいね」

 確かにスナップロールは出来るし姿勢の修正も問題ない。だが中間の舵角を使う宙返りの半径やロールの速度が安定しなかったのだ。殆どの演技は宙返りとロールの組み合わせで出来ている。それが安定しないという事は、減点が積み上がっていくことになる。

「博美ちゃん。 上手く飛んでなかったな」

 二人がピットに戻ると眞鍋が居た。

「篠宮君から聞いたんだが、フライトコンディションを使わない設定を試したんだって?」

「はい。 でも難しいですね」

 博美は苦笑を浮べて頷いた。

「どんな設定になってる? 見せてごらん」

 眞鍋が博美の首から下がっている送信機に手を掛けた。

「……はい、どうぞ」

 博美がネックストラップを送信機から外した。




 チームヤスオカのタープの下で、今度は眞鍋が博美と向き合っている。

「これを見て分かるのは、エクスポネンシャルが強すぎる」

 送信機のスクリーンに設定画面を出して眞鍋が指差す。

「機体によって違うんだが、これほど大きな数値にはしないもんだ。 飛ばしにくかっただろ?」

「……は、はい。 凄く違和感があって……うーん……例えば、ちょっと足りないって思うじゃないですか。 そこで舵を足そうと動かすと、いきなり入っちゃうんです。 舵に遊びが在って、それが変化するような……」

 テーブルに肘を乗せて、博美が眞鍋のほうに乗り出した。小さめとは言え、胸がテーブルの上に乗っかる。

「……まっ……まあ、感じ方は人によって変わるんだが……」

 眞鍋が視線を滑走路のほうに逸らした。そこでは篠宮がフライトをしている。

「……そうだな、エクスポネンシャルはせめてこの半分程度にすべきだな」

「えーっと……それだと修正舵が難しくなりません?」

 博美は首を傾げる。

「(……なんで眞鍋さん、よそを見てるんだろ?……篠宮さん?……)」

 博美も滑走路の方を見た。

「だから最大舵角を減らす」

 丁度篠宮がアバランシュを始めた。

「当然スナップロールは遅くなる」

 「マルレラep」がスナップロールをした。

「……演技に「切れ」というか「メリハリ」というか……そんなものが無くなる……」

 博美が視線を眞鍋に戻す。

「その通り。 特にアバランシュは最後の「決め」の演技だ。 「ぴしっ」と行きたいね」

 眞鍋も視線を博美に向けた。

「もう一つ方法がある」

 ちょっと待ってな、と眞鍋が立ち上がった。




エクスポネンシャルとは、送信機のスティックと舵の動きを正比例からずらし、二次関数のグラフのようにニュートラル付近の動きを減らす機能です。

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