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空の妖精  作者: 道豚
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ラジコンシミュレーター


 チームヤスオカのワンボックスがヤスオカ模型の駐車場に帰ってきた。バックヤードに繋がるドアの前にバックで止まると博美がスライドドアを開けて出てくる。それを店の中から見ている紳士が居た。

「(……博美ちゃん、帰ってきたか……さーてっと、如何だったかな?……)」

 博美がワンボックスの中からカバーに包まれた大きな胴体を抱えてくるのを見ながら、紳士はバックヤードに入っていった。




「お帰り、博美ちゃん。 「ミネルバ」の調子は如何だった?」

 博美が通用口から入ると、そこには啓司が居た。何時ものように「にこにこ」と話しかけてくる。

「ただいまです。 調子は……まあまあですね。 新土居さんに随分調整してもらったんですけど……」

 博美はあまりスッキリした顔はしていない。

「ん? 今一だった? 新土居君が梃子摺るなんてねー」

 壁に付けられた棚に「ミネルバ」を乗せる博美を見ながら啓司が首を捻る。

「いやー けっこう癖がありますよ。 「ミネルバⅡ」とは大違いです」

 主翼を持って新土居が入ってきた。

「スラストと重心位置で、かなりの所まで追い込めたんですけど……ループが良くなるとラダー方向が不安定で、お陰でロールの軸が曲がるんですよ」

 主翼を棚に収めながら新土居が溜息を吐いた。

「うーん……それは厄介だね。 ちょっと改造が必要かな?」

 啓司が腕組みをする。

「あ……それって……僕の所為かも」

 博美が申し訳なさそうに口を挟んだ。

「なんか……ロールで背面になるときに操作が荒くなるんです。 ラダーからエレベーターへの繋がりが悪い……って言うか……エレベーターを早く使いすぎるんです」

「多分、精神的な問題だと思うぜ」

 突然真鍋が入ってきた。

「おっと……真鍋さんか。 珍しいね。 帰りに店に寄るなんて」

 啓司が腕組みを解いて、通用口を見た。

「いやー 「ミネルバⅡ」の設計図が見られるって聞いたき。 そりゃ見て行かんと」

 話しながら、真鍋はずんずん中に入ってくる。

「今出します」

 新土居が引き出しの鍵をポケットから取り出した。

「ちょっと待って。 その精神的って言うのは?」

 片手を上げて啓司が真鍋を止めた。

「先週落としちゃっただろ。 博美ちゃんは若いから、俺たちみたいに図太く無いきに。 やっぱり引き摺っちゅうがやろ」

 啓司の前で立ち止まり、真鍋が博美の方を見ながら方言交じりで説明する。

「軽いトラウマやと思うき。 今は何とかリハビリせんといかんがやないろうか」

「うーん……リハビリかー 博美ちゃん、シミュレーターって知ってる?」

 啓司が博美を見た。

「シミュレーターですか? 雑誌の宣伝では見たことあるんですけど……どんな物かは……高いですもん。 パソコンもお父さんの使ってた古いのがあるだけですし」

 ラジコンの雑誌には毎号シミュレーターの宣伝が載ってる。しかし数万円はするソフトなので、博美は使った事が無かった。

「ちょっとおいで」

 啓司が博美を二階に誘った。




 二階には簡単な応接セットが置いてあり、サイドテーブルにテレビが在った。

「見せてあげるね」

 啓司がテレビのスイッチを入れ、サイドテーブルの中に在ったパソコンを起動した。

「えっ! (……裸!……)」

 起動画面を見ようとテレビを見ていた博美の目の前に一糸纏わぬ女性が映った。

「おっと! ごめんね。 誰がこんなのを再生状態で置いてあったんだろう」

 啓司が慌ててリモコンを操作してDVDを止めた。

「ちょっと待って! 俺が見てたDVDが入ったままだー あ!」

 階段を駆け上がる音がして新土居が飛び込んでくると、テレビが点いている事に気が付いて立ち止まった。

「……あ、ははは……見た?……」

「新土居君かー ちゃんと片付けといてくれよ」

 啓司が苦笑を浮かべながら入力を切り替え、パソコンの画面にした。高性能のパソコンは既に立ち上がっていて、パスワードを要求している。

「yasuoka、っと」

 パスワードを口に出しながら啓司がキーボードを叩く。

「専務さん。 パスワード……口から出ちゃってます」

 それを聞いて博美が言う。

「ああ、別にいいよ。 これは自由に使ってもらっていいんだ。 博美ちゃんも使っていいからね」

 振り返って啓司が答えた。

「……あの……無視?……俺……」

 二人の後ろに新土居が居る。

「……あれー 新土居さん、居たんですか」

 台詞は普通だが、博美の声は氷のように冷たい。

「ひ、博美ちゃん……あ、あれは……ちょっとした出来心で……」

「ん? 何のことです? 僕は何も知りませんよ」

 益々冷える博美の声は今や氷点下に下がり、新土居が凍りついた。

「……まあ間が悪かったな。 暫く離れてたほうがいいよ」

 啓司が新土居の肩を叩いた。




 パソコンの画面の中を「ダッシュ120」が飛んでいる。画面の下側には草の茂った地面があり、上のほうは千切れ雲の浮かぶ秋空だ。送信機を握った博美はエルロンスティックを僅かに右に倒した。「ダッシュ120」がゆっくりと右にロールを始める。

「(……ここから……ラダーを抜いて……)」

 「ダッシュ120」は今背面状態に移行しつつあった。博美は口を真一文字に引き締め左スティックを押すタイミングを計る。

「(……この辺かな……)」

 背面姿勢の30度ほど手前、博美はスティックを押した。それと同時にラダーをニュートラルに戻す。

「(……ああーー……弱すぎた……)」

 画面の中の「ダッシュ120」はバランスを崩して大きく高度を下げた。

「(……くっ!……)」

 次の瞬間、大きく操作されたエレベーターにより「ダッシュ120」は背面姿勢のまま跳ねるように高度を上げる。博美はがっくりと首を垂れた。

「どうだい。 なかなかリアルな動きをするだろう」

 横に座った啓司が言った。

「はい。 なんだか本物よりスティック操作がシビアな気がします」

 「ダッシュ120」をスタート位置に戻すボタンをマウスで押しながら博美が答えた。もう彼是30分程もロールの練習をしているのだが、成功したのは僅かしかない。

「いやいや。 殆ど実物通りだと思うよ。 貸してごらん」

 啓司が送信機を持った。

「ほら、こうして……この辺からダウン……こんなもんかな……」

 啓司の操縦する「ダッシュ120」は画面の中、滑らかにスローロールをやってのけた。

「ね。 出来るだろ」

 「ダッシュ120」が遠くから帰ってくる。

「こういう演技も出来る」

 啓司は「フィギュアM」(二つのストールターンを連続で行う演技。 本田が選手権のときアンノウンで選んだ物だ)をしてみせた。

「と、まあ、色々な演技が毎日でも練習出来るわけだ。 便利だろ?」

 啓司が「ダッシュ120」を着陸させた。

「そうですねー でも高いですよね。 僕のお小遣いじゃ買えないです」

 博美が溜息を付く。

「確かにこのソフトは高いね。 けどフリーソフトが有るんだ。 森山君なら知ってるから、教えてもらうといいよ。 送信機をパソコンに繋ぐ装置なんかも作ってたはずだ」

 リハビリになると思うよ、と啓司がにっこりした。




 9月の最後の日曜日、今日で長かった夏休みも終わりになる。高専の寮は朝から実家に帰っていた学生が戻り始めていた。その混雑した中、博美と加藤は午後2時ごろ寮の門を潜った。

「それじゃー 康煕君、晩御飯で会おうね」

「おお、部屋を出るときにメールでもしてくれ」

 門を入ってすぐに二人は分かれた。男子の自転車置き場は門の直ぐ傍にあり、女子のそれは奥の方にあるのだ。博美はスクーターを押して女子寮に歩いていった。




「ただいまー」

 205号室のドアをバッグを持った博美が明ける。

「おっかえりー」

 読んでいた漫画を伏せると、ルームメイトの永山がベッドの上に座った。

「裕子ちゃん、久しぶりー 夏休みどうだった?」

 バッグを勉強机の横に置くと博美もベッドに座った。

「私んって田舎だから、もう毎日退屈で退屈でー 早く戻ってきたかったわ」

 思い出すように永山が顔を顰める。

「博美ちゃんは?」

「僕は田舎に行ったり、テニス部の合宿があったり。 9月になってからはバイトしてた」

 それでね、と博美がバッグを開けた。

「これ買ったんだ」

 博美が取り出したのはシルバーの大きなノートパソコンだった。

「わーー いいなー 幾らしたの?」

「11万円ちょっと。 バイト代ぎりぎりだった」

 博美がパソコンをテーブルに置いた。

「ねえねえ、見ていい?」

 永山が目をきらきらさせている。

「いいよー」

 博美がパソコンを開いた。

「画面大きいねー 何インチなの?」

「15インチだったかな。 出来るだけ大きいほうが良かったから」

 博美が電源スイッチを押す。

「それにゲームが出来るようにビデオカードが付いてるんだ」

 高性能で且つ常駐ソフトが少ないため、あっと言う間にパソコンは起動した。ぽちぽちっと博美がパスワードを打ち込む。OS純正でないそらの壁紙が現れた。

「なんか寂しいデスクトップだね。 アイコンが何にも無い」

 永山が言う通り、デスクトップには何にもアイコンが無い。タスクバーも隠す設定になっていて、ぱっと見は液晶画面上に絵が置かれているようだ。

「うん。 詳しい人に設定してもらったらこうなったんだ。 少しでも早くするためだって言ってたけど」

 パソコンを手に入れて直ぐ、博美は森山の仕事場に押しかけて設定してもらったのだ。

「ねえ、どんなソフトが入ってる? エッチなの在る?」

 見せて、と言いながら永山がスタートボタンにカーソルを合わせクリックした。

「……博美ちゃん……これだけ? 何処かに隠してない?」

 「すべてのプログラム」を見てもOSに初めから入っているソフトが出てくるだけだ。

「別に隠してなんか無いよ。 さっきも言ったようにパソコン買うだけでぎりぎりだったんだ。 だからフリーソフトのこれだけ」

 博美が指差す先に飛行機の形のアイコンがあった。

「これって何のソフト?」

 永山の見たことの無い、知らないアイコンだ。

「ラジコンシミュレーターだよ。 これで毎日練習するんだ」

 言いながら博美がバッグの中から送信機と小さなボックスを取り出した。

「USBで繋いで操縦出来るんだよ。 良かったら裕子ちゃんも飛ばしていいからね」

 ニコニコして博美がケーブルを繋ぐ。

「ひょっとして……それのためにパソコン買ったの?」

「うん。 そうだよ」

 真面目な顔で博美が頷いた。




「博美ちゃん。 それ出来るのは9時から30分間の休み時間だけだからね」

「そ、そんなー 裕子ちゃん、見逃して……」

「駄目よ。 博美ちゃんって成績、ギリギリでしょ」

「……ううう……裕子ちゃんが厳しい……」





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