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空の妖精  作者: 道豚
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井上訪問

女性だけが住んでいる家に男性が一人で来るって、世間的にどうなんでしょうね。


 博美が井上にデパートで会ってから2週間がたった。




 デパートで下着や洋服を買った博美はその日の夜から女の子の服を着てすごす様になった。学校に行くときは当然男子の制服だが、帰ってきたらすぐに明美の、時には光の用意した服に着替えて、夕食の下準備をする。

「やっぱり女の子は料理が出来なくちゃね!」

 という明美の方針だった。もっとも仕事から帰ってきた明美の手直しが入るのは何時ものことで、まだまだ最後まではさせてもらってはいなかった。




「(……明日は土曜日だから久しぶりにグライダーを飛ばそうかな……)」

 包丁を持って博美が考えていると、携帯電話にメールが入った。包丁を置いて携帯電話を取ると送信者を確かめる。

「(あ…… 井上さんだ)」

{明日、非番になったので、約束どおり家に行って良いか?}

「(そうだった、井上さんに家に来るように誘ったんだ)」

 少し考えて、ぽちぽちとメールを書く。

{はい、明日は暇なので何時でも良いです。でも迷惑じゃないですか}

 メールを送ると、再び包丁を持って夕食の準備を始めた。ところが数分でまたメールが入る。

{明日は俺も飛ばしたいから一緒に行こう。 それじゃ朝9時に}

「(強引だなー)」

 大人しそうな見た目なのに、勝手に予定を決める井上の意外な性格を知って、驚いた博美だった。

「(彼女、逃げちゃうぞ……)」




「という訳で、明日グライダーを飛ばしに行っても良い?」

 夕食時、博美は明美に尋ねた。

「良いわよ…… それより井上さん、家に上がるのよね…… お茶菓子は何が良いかしら?」

 明美はお客さんが来るという事に頭がいっぱいのようだ。

「別に何も要らないんじゃない…… あんな人は飛行機が見られるだけで満足だよ」

 博美はのんびりしたものだ。

「そうゆう訳にはいかないの!」

「それに、あなたの着る服も考えなきゃね」

「グライダーを飛ばしに行くんだから…… ストレッチのパンツでいいよ」

「男性を迎えるのにそんな格好じゃねー」

 なんか光が不穏な発言をした。



 夕食後、博美は自分の部屋で久しぶりに飛ばすグライダーの整備を始めた。と言ってもグライダーは構造が簡単なので、すぐに終わってしまい、後はバッテリーの充電をするばかりになった。

「(そうだ、エンジン機も持っていこう)」

 博美は部屋を出ると一階にある光輝の部屋にやってきた。相変わらず綺麗に掃除がしてあり、壁の棚には沢山の飛行機が並べてある。

「(……どれが初心者向けなんだろう?)」

 博美は本で読んだ知識を総動員して飛ばしやすそうな飛行機を探すが、やはりいまいち分からない。

「(……小さめで高翼機か肩翼機なら良いかな?)」

 どうにかグライダーと同じくらいの大きさの飛行機を見つけ出した。しかし飛行機だけが在っても送信機やエンジンを始動する道具などが無いと飛ばせない。送信機は部屋の隅に置いてあったトランクの中に4台あるのを見つけた。

「(どれがあの飛行機の送信機だろう…… まあいいや、全部充電しちゃえ)」

 2年以上も置いてあったので、送信機は4台とも電池が切れていた……




 翌朝、朝食を皆で食べた後、明美は大急ぎで何かを買いに出かけた。夕べ不穏な発言をした光は「友達に会いに行く」と、こちらもさっさと出かけてしまい、博美はストレッチパンツとセーターという、無難な格好をすることが出来て「ほっ」としていた。




「ピンポーン」

 玄関のインターホンの呼び出しが鳴った。モニターには井上が映っている。時計を見ると9時ぴったりだ。

「(うへえ…… 時間ぴったり…… セールスマンみたい……)」

 博美は呆れながらも通話ボタンを押した。

「はーい。 今行きます」

 玄関を開けて出てみると、なぜか明美が井上と話をしている。

「なんでお母さんが居るの?」

 博美が聞きようによっては失礼なことを言った。

「丁度帰ってきたら井上さんがいたのよ」

「さあさ、上がって下さい」

 明美が井上を促した。



 井上はさっそく博美に案内されて光輝の部屋に来た。

「すごい…… これは「ミネルバ」じゃないか……」

「こっちのは…… 「ミネルバⅡ」だ……」

 井上は博美のことを忘れたかのように、棚に置いてある飛行機を見ている。

「…………」

 ついには無言で部屋の中をうろうろし始めた。

「井上さん・・・ 井上さん…… 」

「井上さん!」

 とうとう堪りかねて博美が大声を出した。

「お父さんの飛行機が珍しいかも知れませんが、僕の飛ばす飛行機を見てくださいよ」

「おお…… すまん…… これは凄い部屋だぜ」

「この「ミネルバ」は日本選手権で使われた機体だろ。この機体を欲しがる人間は何人も居るだろうな」

「「ミネルバⅡ」にいたっては、世界選手権選抜会で神の飛びをした機体だ。秘密を知りたいやつは多いだろうな」

 井上の話はどんどん明後日の方に行ってしまう。

「井上さん、それは良いですから、僕の飛行機は?」

 もう博美は泣きそうになってきた。

「お…… そうだったな…… 悪い……」

 ふと我に返って、井上は博美が飛ばせそうな飛行機を探し始めた。

「駄目だ…… 無い……」

「ええ…… こんなに在るのに……」

「これはどうなんですか?」

 博美が昨日見つけた飛行機を指差す。

「駄目だ…… こいつはパイロンレーサーといって、スピード競技用なんだ」

「小さいから初心者用かと思ったんですが……」

「エンジンが小さいから機体が小さいだけで、スピードは半端じゃない」

「…………」

 博美は涙が溢れそうになり、後ろを向いてしまった。

「待て待て、出来上がっている機体には初心者用は無いが、そこの上に置いてあるキットは初心者用だ」

 井上が慌てて棚の上を指差すそこにはやや古ぼけた平らな箱があった。

「これは有名なメーカーの機体だ。 これを組み立てれば良いんだ」

「ほんとうですか?」

「間違いない。 これの設計者は世界チャンピオンだ。 性能は折り紙つきだぜ」

 博美は瞳の中に涙を溜めたまま笑顔を見せた。




「そうなの、博美に飛ばせそうな飛行機は無かったのね」

 明美が博美と井上の前に紅茶の入ったカップを置きながら話しかけた。横にはコンビニで買ってきたケーキが置いてある。朝出かけたのは、このケーキを買いに行ったのだった。

「うん、でもキットは在るんだって」

 機嫌の直った博美が答えた。

「キットってな~に?」

 明美も自分の紅茶をテーブルに置き、博美の横に座りながら聞いた。

「え~と…… キットっていうのは、飛行機の部品の詰め合わせみたいな物かな?」

 博美もあまり理解はしていないようだ。

「キットとはですね、飛行機を組み立てるのに必要な材料や部品、それに設計図や説明書などを一つにまとめて販売しているものです。 ゼロから作るのは大変ですが、キットなら随分楽に作れるんです」

 井上が明美にも分かるように説明する。

「もちろん、作る人間の技術は要りますがね……」

「僕でも作れますよね?」

 技術が要るという所が博美には引っかかったようだ。

「博美ちゃんは既にグライダーが飛ばせるわけで、何が重要かを知っている。 まず、問題なく作れると思うよ」

「良かった!」

 博美がニコニコとケーキにフォークを突き刺した。



飛行機のキットは初心者が作るのは難しいです。

何機も作って上達するんです。

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