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空の妖精  作者: 道豚
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ミネルバの調整1

 新土居の運転するワンボックス車がヤスオカの飛行場に着いた。飛行場には既に眞鍋が居て、彼の「ギャラクシー」は整備スタンドに乗っている。

「(ん……博美ちゃんが来たか……)」

 顔を上げた眞鍋はワンボックス車の後部座席の影を見て立ち上がった。ワンボックス車は相変わらず滑走路と平行に止められ、スライドドアが開きジーンズ姿の博美が降りてきた。

「博美ちゃん、おはよう。 先週は大変だったけど、大丈夫かい?」

 それを見て眞鍋が声をかける。

「おはようございます。 ええ、大丈夫です。 眞鍋さんにもご心配おかけしました」

 ぺこり、と頭をさげると博美は車の後ろに回り込み、大きなリヤゲートのハンドルに手を掛けた。

「んんっしょ!」

 掛け声をかけてリヤゲートを跳ね上げると、中に潜り込む。

「おおっ! 「ミネルバⅡ」じゃないよね。 「ミネルバ」かな?」

 「ミネルバⅡ」のカバーと同じデザインの、ただ垂直尾翼がコンパクトなカバーに包まれた飛行機が在るのに中を覗き込んだ真鍋が気が付いた。

「はい。 「ミネルバ」です。 今日から暫くはこれで練習します」

 整備スタンドを抱えて下りてきた博美が答えた。

「真鍋さん、おはようございます。 「ミネルバⅡ」は流石に二ヶ月は修理に掛かりますね」

 新土居が運転席から回ってきた。

「おはよう。 まあそうだろうね。 ところで設計図は在るのかい?」

 設計図がないと修理が大変な事は眞鍋も知っている。

「在りましたよ。 昨日見つけて、今朝博美ちゃんが持って来てくれました」

 車に乗り込みながら新土居が答えた。

「おっ、いいねー 今見られるか?」

 真鍋の顔が輝く。

「ああ、すみません。 店に置いて来てしまいました」

 「ミネルバ」の胴体を抱えて新土居が下りてくる。

「うっ…それは残念だ。 帰りに寄っていくかな」

 がっかりして真鍋が息を吐いた。




「エルロン……OK。 エレベーター……OK。 ラダー……OK。 コンディション……OK」

 組み立てた「ミネルバ」を博美が井上の真似をするように声に出して点検している。

「(……裏返してカバーを外すっと……)」

 整備スタンドの上に裏返しに「ミネルバ」を置く。

「メインギヤ……OK。 エンジン取り付けボルト……OK。 燃料チューブ……OK。 プラグ……」

 レンチを使ってプラグを外す。

「ん? これ新品だ。 点火……OK。 スロットルのリンケージ……OK。 プロペラは……」

 「ミネルバ」にはまだプロペラが付いていない。

「森山さーん。 プロペラってなに使ったらいいですか?」

「ちょっと待ってくれー」

 博美の声に森山が車の中から返事を返した。

「お待たせー」

 少しして森山が平たいアルミ製のケースを持って来た。

「えーっと「ミネルバ」は170だよね。 とりあえずこれから試そうか」

 ケースの中に収めてあった中から森山はプロペラを一つ取り出した。

「19.5×10だ。 暫く使ってなかったエンジンだから、軽めでスタートだね」

 森山の言う170とはエンジンの排気量を表していて約28ccだ。「ミネルバⅡ」は175を使っていて約29ccだった。

「はーい。 19.5って割と小さなプロペラなんですね」

 プロペラを表す数字は、直径×ピッチをインチで表している。19.5とは直径約49.5cmであり、とても小さいなどと言えるサイズではない。

「ああ「ミネルバⅡ」は最終的に21×10.5だったからね、それに比べると小さいよね。 いきなり無理させちゃかわいそうだろ?」

 森山の言葉は、まるで子供に対するもののようだ。

「えへへ。 森山さんってエンジンが可愛いんですね」

 プロペラを受け取りながら博美がにっこりした。




 お昼になり、何時もの様に車から張ったタープの下で博美たちはコンビニ弁当を食べていた。サンデーフライヤーのクラブ員が飛ばすスポーツ機のかん高いエンジン音が聞こえている。

「最近、博美ちゃんってお弁当を作ってこないね。 やっぱり面倒なの?」

 森山がふと口に出す。

「うーん……そうですねー やっぱり面倒ですよー 早起きしなくちゃいけないし」

 肉団子を摘みながら博美が答える。

「そう言えばさ、森山君って彼女が出来たんだってね。 お弁当をねだって見たらどうだい?」

 真鍋が思いついたように言う。

「言ってみたことはあるんですよ。 やんわり断られました」

 森山が真鍋の方を向いた。

「だから面倒なのかなー って」

「ちぇ……」

 新土居が舌打ちをして顔をそむけた。

「だ・か・ら……新土居さん、言っちゃ駄目でしょ」

 それを博美は見逃さなかった。

「はいはい、分かってます」

 新土居が博美を見た。

「で、話は変わるけど……午後からは「ミネルバ」飛ばせるかい?」

「はい。 データは取り終わりましたし「ミネルバⅡ」のデータも入れてあります。 フライトコンディションで切り替えられます」

 午前中、博美は「ミネルバⅡ」でもやった様に、送信機のスティックに対する舵面の動きを記録していたのだ。そしてそのデータを「ミネルバⅡ」の最新のデータと比較した修正データを作り、フライトコンディションに登録したという訳だ。修正は必要かもしれないが、ゼロからデータを作るよりは早く調整が終わるはずだ。

「OK さっさと食べて始めようぜ」

 新土居が森山に向かって言った。




 お弁当ガラを片付けると皆は「ミネルバ」の周りに集まった。博美が機体の前にしゃがみスターターを握る。

「それじゃ、始動します」

 周りに宣言すると博美はプラグの電源を入れ、スターターをスピンナーに押し当てた。

「ぷ・ぷ・ぷ・ぷ・ぷ・ブン・・・ブン・・ブン・ブーン・・・」

 「ミネルバⅡ」の時と同じように燃料が続かず、なかなか始動しない。しかしその辺はもう博美は慣れていて、スターターを回し続けた。

「ブ・ブ・ブブブブ・ブーーーー」

 やがて、やや不調ながらエンジンが始動した。スターターを邪魔にならない所に置き、博美は「ミネルバ」の横に移動してエンジンの音を聞く。少し待っていると何も触っていないのに回転が上がってきた。内部の古いオイルが排出されて抵抗が減ったのだ。博美はプラグの電源を外すと送信機のスロットルスティックに指を掛けた。

「吹かします」

 ホルダーをしている新土居に向かって博美が言う。新土居が頷くと同時にスロットルが開かれた。

「ゴーー ッ・ゴーーー・ブブッ・ゴーー・・・」

 空燃比がリッチ側に狂っているようで、かなり濃い排気ガスが出てくる。博美はスロットルバルブに付いている混合気調整レバーに手を伸ばした。一旦大きくレバーを左に回す。

「ブブッ・ブブッ・ブブブッ・・・」

 更にリッチになった所為でエンジンは今にも止まりそうだ。それを確かめると博美はレバーを右に回し始めた。

「ブブッ・ブッ・ブーーゴーーーーーー」

 空燃比がリーンに向かうにつれエンジンの回転は安定し、排気ガスの色が薄くなってくる。更に博美はレバーを回した。

「ゴーーーカンッ・カッ・カッ・ゴーーーーー・・・」

 エンジン音にノッキングの音が混ざったとたん、博美はレバーを左に90度戻す。殆どの場合、これが一番調子のいい空燃比なのだ。

「良く回ってるよ。 「ミネルバⅡ」のエンジンより回ってるんじゃないかな!」

 エンジン音を聞いて森山が博美の耳元で怒鳴る。それに頷くと博美はスロットルスティックを下げた。

「ポロポロポロ・・・・」

 アイドリングも安定している。

「OKだね」

 新土居が「ミネルバ」を持ち上げる。

「……はい……」

 博美は送信機をネックストラップに掛けながら頷いた。




 操縦ポイントに立って博美はスロットルスティックを上げる。新土居の手を離れて「ミネルバ」がアスファルト舗装の滑走路を走り始めた。離陸中の方向舵ラダー操作にも慣れ、博美は意識せずに真っ直ぐ走らせることができる。十分に速度の上がった所で博美が昇降舵エレベーターを引くと「ミネルバ」は機首を上げて離陸していった。




 一旦高く上がったところでスロットルスティックを中間にして、博美は送信機のスティックから指を離した。

「(……左右はOKっと……上下は……少し上がるかな?……)」

 エレベーターがニュートラルで「ミネルバ」は上昇しようとしている。博美はトリムスイッチをダウン側に数回押した。

「(……ん、これで良いみたい……次は……)」

 操作しなくても水平飛行をするようになった所で、博美は「ミネルバ」を垂直上昇させた。

「(……んー 少しアップ側にずれるかな……)」

 スポーツ機等は当然として、スタント機でも多かれ少なかれ垂直になった姿勢では機首を上げる方向にコースがずれる。エレベータースティックを押してそれをキャンセルするのだが、その押し量には個人夫々に好みがあり、博美はあまり強く押すのが嫌いだ。そうしているうちに「ミネルバ」は数百メートル程も高く上っていた。

「(……森山さんが言ったようにパワーあるなー……)」

 スロットルスティックを下げ、博美は小さな宙返りを「ミネルバ」にさせた。そのまま垂直降下をさせる。垂直上昇時と同じようにエレベータースティックを押して真っ直ぐ下りてくるように調整するのだが、

「(……うわー これじゃ演技できないよ……)」

 「ミネルバ」のスティック操作量は博美のイメージよりかなり大きかった。

「新土居さん……これって如何すればいいんでしょうか」

 博美は後ろに居るはずの新土居に訪ねた。

「ん? 何か変な所でもある?」

 再び垂直上昇をする「ミネルバ」を見ながら新土居が答えた。

「パワーがあって良いじゃないか」

「……垂直上昇中と垂直降下中のエレベータートリムが違うんです。 特に降下中はかなり押さないといけなくって……凄く違和感があるんです」

 博美は首を傾げている。

「そうか……多分エンジンのダウンスラストだな。 降りたらいじってみよう」

 上昇中と降下中の違いといえばパワーが入っているか入っていないかだ。つまりエンジンの推力線が狂っている疑いがある。

「はーい。 んじゃ下ろします」

 それを聞いて博美はさっさと着陸コースに「ミネルバ」を誘導した。




 着陸した「ミネルバ」は新土居により直ちに整備スタンド上で裏返しにされた。

「パワーが入ってない時がこの飛行機の空力バランスと言えるんだ」

 博美に説明しながら新土居はアンダーカバーを外す。

「つまりアップ側にずれる特性を持っているって訳だね。 それを垂直上昇中はエンジンパワーがキャンセルしている……つまりダウンスラストが大きいって事さ」

 新土居はエンジンを取り付けているボルトを抜き、後ろ側のワッシャを厚い物に取り替えた。これでエンジンは僅かに上向きに取り付けられる事になる。

「さあ、これで飛ばしてみよう」

 ボルトを締め付けアンダーカバーを取り付けると、新土居は博美に言った。

「……新土居さんって……意外と凄い人なんですね……」

 手際の良い作業を博美は「ぽかん」と見ていた。




 パイロットには夫々に好みがあり、借りて飛ばすと驚きます。

 まあ、大体師匠の好みに似てるんですが……

 私は独学の時代が長かったので、調整法がクラブで浮いてました。


 そう言えば、これからは150メートル以上の高度で飛ばすには許可が必要になるようです。

 F3Aの規定によれば、最高高度が260メートルになるんですよね。

 これでは、日本中のクラブが許可を貰わなければいけなくなります。

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