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空の妖精  作者: 道豚
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秋季テニス大会3

 博美の審判役が終わり、樫内と二人は並んで歩いていた。博美の試合前は樫内のみに視線が注がれていたのだが、今は博美にも熱い視線が突き刺さる。

「……HIROMIよ。 綺麗ねー……」

「……あの足の長さ見て! あれで同じ日本人なの?……」

「……やーん可愛い。 ショートボブが似合ってる……」

「……樫内さんと友達なのかな? さっきの試合、いい所までいったって……」

     ・

     ・

     ・

 博美が歩くにつれてざわめきが「ウェーブ」の様に移動している。

「ねえ樫内さん、浜口さんは試合終わったかな?」

 博美は周りから聞こえる囁きはとりあえず無視することにした。

「きっと終わってるわよ。 秋本さんの試合って割と時間が掛かったから。 もしかしたら清水さんの試合が始まってるかもね」

 進行掲示板を見ましょ、と樫内は博美を引っ張っていった。




「浜口さん、勝ってましたね。 よかったです。 清水さんはどうですか?」

 掲示板を見て博美達がDコートに行くと、浜口が清水のプレーを見ていた。

「秋本さんも終わったのね。 どうだった? 清水さんは多分大丈夫だと思うわ。 相手は1年生だから。 っと、ナイスショットー!」

 清水のフォアがクロスに決まった。相手は見るからに動きが悪い。

「ぼ、私は負けちゃいました」

 博美が目を伏せた。

「あらー 残念ねー 得点は?」

 浜口が博美の頭を撫でる。

「7対5でしたよ。 前半はいい勝負だったのにねー 後半でばてちゃったんだよね」

 樫内が横から答えながら博美の肩を叩いた。

「うん。 最後はサーブが入らなくなったんです」

「そう。 それじゃ夏休みが終わったら体力強化のトレーニングをしようね。 ナイスサーブ!」

 清水のサーブがコーナーに決まった。




「ゲーム。 ゲーム ウォン バイ 清水 ゲームカウント シックス ツー ラブ」

「やったー」

 博美達が見ている前で、清水がラブゲーム(1ゲームも落とさない)で勝った。相手選手、審判と挨拶をしてバッグを抱えた清水が博美達の方に来る。

「はーい。 秋本さんと樫内さんも来てたんだー」

 フェンスを潜った所で清水が右手を上げた。

「清水さん、勝ちましたねー おめでとうございますー」

 博美が手を叩いて迎える。

「いや、まだ一回戦だから。 おめでとうはないわよ。 で、秋本さんは?」

 清水が顔の前で手を振った。

「7対5で負けました……」

「そうかー でも7対5ならいい勝負だったんじゃない?」

 清水も博美の頭を撫でる。

「……やだ、あの人たちHIROMIの頭を撫でてるー……」

「……う、羨ましい。 部活の先輩かしら……」

「……あーーん。 私も触りたいよー……」

     ・

     ・

     ・

 周りから羨望の眼差しが浜口や清水に飛んでくる。

「ち、ちょっとこの雰囲気には私耐えられない。 樫内さんの試合はまだでしょ? 私たちも少し時間があるから男子の応援に行かない?」

 清水の提案に、

「そうだ! 康煕君がそろそろ試合かも」

 忘れてた見逃しちゃう、と博美が走って行った。

「……ぷっ! なにあれ……」

 残された三人は顔を見合わせた。




 大会本部で対戦表を見て、博美はAコートに走ってきた。

「(……えーっと、第3コートだったけど……)」

 加藤の一回戦が行われているはずのコートには高専の男子部員が居ない。

「(……えーー! どうしよう……何処で試合してるの?)」

 きょろきょろと博美が周りを見渡す。

「……おい、あの可愛いぜ……」

「……綺麗な脚だな。 外人か?……」

「……女子が言ってたぜ。 なんか有名なモデルが来てるんだってよ……」

「……あれがそのモデルか? なんでモデルが居るんだ……」

「……試合に出てるんだってよ……」

「……おい、誰か声を掛けてみろよ……」

     ・

     ・

     ・

 周りが段々と騒がしくなってくる。

「(……えっと……何だか……)」

 此処は男子の試合会場だということに博美はやっと気がついた。見渡す限り、女子は居ない。いや、居ないわけではないのだが、男女比が大きく男側に傾いている。博美はラジコンの飛行場でも男ばかりの中に居るのだが、そこは年上の、言うなれば小父さんばかりで、博美は娘か孫扱いなのだ。

「(……高専に入学した時も同じだったな……)」

 39人の知らない男子の中に1人、奇異の目で見られたことを博美は思い出した。

「秋本さーん! こっちこっちー」

 心細くなった博美の耳に北添の声が飛び込んできた。はっとして博美が振り向くと、コートを区切るフェンスの向こう側に北添と高専の男子部員が居る。

「北添さーん。 良かったー 皆さん、探してたんです」

 博美はフェンスの側に走っていく。

「加藤君、今試合してるよ。 早くBの第3コートに行った方がいいよ」

 何のことはない。博美はAとBを間違えていた。




「秋本さん。 遅ーい。 何処に行ってたの?」

 博美が加藤が試合をしているコートに来ると、樫内、清水、浜口も居た。

「えへへ……AコートとBコートを間違えてたんです……」

 博美は照れ笑いをしながら、しかし目はコートの加藤を追っている。

「ねえ樫内さん、康煕君は勝ってる?」

「うん、勝ってるわよ。 今3対0ね」

 丁度コートチェンジで、加藤と相手選手はベンチのタオルを使って汗を拭いている。

「ねえねえ。 みんなで応援しない? 黄色い声援ってやつをやってみよう」

 北添が集まった女子を見渡した。

「面白そう。 加藤君、どんな反応するかな?」

 浜口と清水は乗り気だ。

「えーー 恥ずかしいです」

「秋本さん、みんなでやれば大丈夫だってー 加藤君、喜ぶわよ」

 樫内さんもいいでしょ、と北添が決めた。




「さあ。 せーのっ、で言うわよ。 私たちは加藤くーんで秋本さんは康煕くーんね」

 加藤と相手選手がそれぞれのサイドに歩き出した所で北添が博美以外の三人に目配せをした。

「いくわよ。 せーのっ!」

「康煕くーーん!」

 博美の声だけがコートに響いた。静まり返るコートに加藤の取り落としたラケットの落ちた音、相手選手が落としたボールの跳ねる音がする。

「え・え・ええええー な・な・なんでー」

 みるみる博美の頬が赤く染まる。

「一緒にって言ったのにー」

「いやー 素敵な声援だったわねー」

 「ニヤニヤ」と浜口が博美の顔を伺う。

「わーーー! 言わないでー 恥ずかしいーーー」

 博美は顔を両手で隠して蹲ってしまった。




「(……な、なんだってんだ……此奴はリア充か?……許せん。 あんな可愛いに声援を貰いやがって……)」

 第3ゲームまで加藤に押されていた相手選手が嫉妬の炎を燃やす。

「(喰らえ!)」

 強力なサーブが放たれた。

「フォールト!」

 冷静さを失っていてはコントロールは乱れる。

「(喰らえ!)」

「フォールト。 ラブ、フィフティーン」

     ・

     ・

     ・

「(喰らえ!)」

「フォールト。 ゲーム。 ゲームカウント ラブ、フォー」

 結局サーブが全て入らず、労せずに加藤がゲームを取った。




 第5ゲーム、加藤がサーブの構えに入った。コースを読まれないように目を伏せたまま、高めのトスを上げると大きく振りかぶりラケットを振り抜く。加藤のファーストサーブも博美と同じフラットサーブだ。背の高い加藤が腕をいっぱいに伸ばして打つのだから、まるで2階建ての屋根から落ちてくるような角度でボールがコートに突き刺さる。

「フィフティーン、ラブ」

「キャー 加藤くーん、ナイスサーブ!」

 相手選手はベースラインの後方で構えているのだが、全く反応できない。

「ほらほら、秋本さん。 いつまでも恥ずかしがってなくて、声を出さなきゃ」

 北添の背中に隠れている博美に清水が声をかける。

「加藤君、かっこいいわよー 惚れちゃいそう」

「もー みんなで騙してー 恥ずかしかったんですよ」

 博美が赤くなったままの顔を起こしてコートを見た。加藤はボールを持った左手をラケットに沿えている。リズムを取ると、加藤は高くトスを上げる。後ろにあった右足を引きつけ、ラケットを背中で回し、大きく伸び上がるととんでもなく高い位置でボールを打った。

「(……凄い、綺麗なフォーム……)」

 博美はこれまで加藤のサーブを間近に見たことが無かったのだ。ラケットがボールを打つ音が聞こえた、と思う間も無くサービスコートにボールは弾んでいる。

「(……早い……)」

「サーティ、ラブ」

「ナイスサーブ! ほら秋本さんも」

 呆然としている博美を浜口が覗き込んだ。

「は、はい。 ナイスサーブ」

「なに? 秋本さん。 ぼー、っとして。 さては惚れ直したな?」

 清水が博美の脇腹を突いた。

「わ! ほ、惚れ直したなんて……ただ凄いサーブだなー って……」

 博美が腰を横にくの字に曲げて脇腹を押さえる。

「ほらほら、黙ってないと見逃すわよ」

 北添が言うと同時に加藤のサーブが相手コートに突き刺さった。




「ゲーム。 ゲーム ウォン バイ 加藤 ゲームカウント シックス ツー ラブ」

 結局リズムを崩した相手選手は1ゲームも取れなかった。

「せーのっ!」

「加藤くーん!」

「康煕くーん!」

 北添の掛け声で、今度は高専の女子が声を揃えた。

「……おい、あの声援はなんだ?……」

 挨拶に来た加藤に、ネットを挟んで相手選手が話しかける。

「いや……部活の仲間ですが……」

 棘を含んだ言い方に加藤が言いよどむ。

「……リヤ充かよ……俺なんて、部活の女子は誰も見に来やしないし……」

 相手選手は肩を落とした。

「……一人、名前で呼んでるが居るよな……俺なんか生まれてこの方、名前で呼んでくれるのは御袋だけだってのによ……」

「は、はあ……」

 加藤としても返事に困る。

「……あんな可愛いと良い仲だなんてよ! リヤ充、爆発しちまえ!」

「あ、ちょっと……」

 バッグを肩に掛けてコートから出ようとする相手選手を加藤が呼び止めた。

「ん? 何だよ」

「先輩、審判ですよ」

「…………分かってるよ……」




「わーー! おめでとう。 1年生初出場で1勝だねー」

「凄いじゃない。 キャプテンだってなし得なかった事よ」

「流石その身長は伊達じゃないわねー」

 博美たち高専の女子がフェンスの外に出てきた加藤を取り囲んだ。

「ほらほらー 秋本さん、何か言ってあげなさいよ」

 樫内が博美を加藤の前に押し付ける。

「え、えっと……お、おめでと。 あのサーブ、凄かったね」

「おう、ありがと。 おまえの声援、良く聞こえたぜ。 最初はびっくりしたけどな」

 加藤が博美の頭に手を置く。

「……あ、あれは皆が騙したんだよ。 一人で言うつもりじゃ無かったのに……」

 博美が上目使いで加藤を見た。

「でもさ、お陰で相手が調子を崩したんだよね。 内助の功ってやつだよ」

 浜口が横から割り込んでくる。

「と言う訳で、加藤君は女子皆にジュースを奢ること」

 清水が加藤の目の前に指を立てた。




「……ところで、博美は勝ったのか?」

「……ぼ、僕は負けたよ……」

「ほう……すると今回は俺の勝ちって事だな」

「うーー 負けたけどー 7対5だから惜しかったんだよ」

「それでも負けは負けだぜ。 俺は6対0だからぶっちぎりだな。 あーー すっきりした」

「く、く、悔しいーー! 次はぜったい負けないんだからね」

 相変わらず負けず嫌いの二人だった。




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