秋季テニス大会2
奇数ゲーム終了後コートチェンジのルールにより、博美は反対側に向かう。
「あーー! HIROMIだー」
フェンスの外から大声が聞こえた。
「えーー どこどこ?」
「あっ! 本当だー HIROMIー」
博美がびっくりして見ると、合宿で一緒だった追手前の生徒たちだった。手を振ると博美はサーブの構えに入る。
「HIROMIー 頑張れー!」
応援の声が響く。その声にコートの周りから博美に視線が集まった。
「静かに!」
審判の注意が飛んだ。
「…………」
流石はテニス部員だ。たちまちコートの周りが静かになった。改めて博美が足場を決め、サーブの構えに入る。ラケットを持った右手にボールを持つ左手を添えて体の前に出す。リズムを付け、左手でトスを上げ、同時にラケットを振り上げた。博美のファーストサーブはフラットサーブだ。殆ど回転していないボールがセンターに向かって打ち出された。樫内に習ったサーブは元々スピードが有り、先日の合宿時の練習により成功率も50%程に上がっている。ネットの一番低くなっている場所を通過したボールはサービスライン上で跳ねた。相手選手のラケットが空を切る。
「フィフティーン、ラブ」
「ナイスサーブ!」
いつの間にか増えていた観客から声が掛かった。
「ねえねえ、あの娘が本当にHIROMIなの?」
「そうよ。 一緒に合宿した時に聞いたから。 間違いないわ」
小さな声で博美の事を観客が話している。博美はそれを聞き流してサーブの構えに入った。コートの周りが静かになる。さっきと同じように博美はフラットサーブを、しかしコースは逆クロスに向けて打った。
「フォールト」
伸びすぎたボールはサイドラインを割っていた。博美は次のボールをポケットから取り出し、セカンドサーブを打つ。博美のセカンドサーブはスライス回転している。ファーストサーブに比べて山形に飛んだボールはレフトサービスエリアに入るが、勢いが無い。相手選手は楽々と博美のバックに打ち返した。バックに打たれる事を読んでいた博美はボールに追いつき両手打でクロスに打つ。相手選手もバックハンドでクロスに返してきた。博美はストレートで相手のフォア側に打つ。博美のフォア側が大きく空いているのを見て相手選手は狙ってきた。しかしそれは博美の誘導だった。相手が打つと同時に走り出した博美はボールに追いつき、フォアの強打をストレートコース、相手のバック側に放った。必死に走るが、相手選手のラケットはボールに届かない。
「サーティ、ラブ」
「ナイスショット!」
掛け声とともに拍手が起こった。博美はボールガール役の生徒からボールを二個もらい、一個をポケットに入れる。センターマークの近くで博美はサーブの構えをした。
「(……秋本さん、落ち着いてるわね。 さっきと少し位置をずらしてる……きっと相手は気がついて無いわね)」
樫内が博美の意図を読んだ。
「(……クロスに打つんでしょうね。 エースが取れるわ)」
博美が左手でトスを上げる。十分腰を入れ、博美はボールを叩いた。樫内の読み通りボールはクロスに飛び、サイドラインで跳ねる。センターに来ると予想していた相手選手は反応が遅れ、ボールを見送るだけだった。
「フォーティ、ラブ」
「ナイスサーブ!」
「HIROMIー!」
コートの周りから拍手が起こり掛け声が掛かった。ボールを貰うと、博美は相手選手がレシーブの用意をするのを待つ。博美のサーブの用意は終わっているのに、相手選手がなかなか構えをしない。
「秋本さん。 ワンテンポ!」
樫内の声が聞こえた。
「(……あっ! そうか……慌てちゃいけないんだった……)」
博美がサーブの構えを解いた。相手選手が悔しそうに樫内の方を見て、やっとレシーブの構えに入る。改めてサーブの構えに入った博美からファーストサーブがセンターに向かって放たれた。
「フォールト」
相手選手が「ほっ」と息を吐く。またまた反応出来なかったのだ。
「(……うーん。 少し長くなるなー)」
博美は打点を少し前にする事にして、セカンドサーブを打った。低く飛び出したボールは、ネットに掛かってしまう。
「フォールト」
「フォーティ、フィフティーン」
「……ああー ……」
「……残念……」
コートの周りからため息が沸き起こった。
「(……なんだか……ちょっと危ないわね……)」
腕組みをして見ている樫内の前で博美がサーブの構えに入った。トスが上がり、フラットサーブが放たれる。
「フォールト」
「(……いけない。 フォームが……) 秋本さん。 フォーム。 変えないで!」
変に調整をしようとして、博美のフォームが狂ってきたのに樫内が気づいた。
「(えっ! フォーム?)」
樫内の声に博美が首をひねる。
「変に打点を変えない!」
分かってない様子を見て、樫内が続けた。
「(……変えちゃいけないのかな?……樫内さんだから間違いはない? よね……)」
博美は足場を決めるとトスを上げた。セカンドサーブなのでスライスを掛けるため、ラケットを斜めに降る。ボールはセンターに向かって飛んで行った。相手選手がバックハンドで打ち返そうとするが、ボールは体に近づくようにバウンド後コースを変えた。無理な体勢になったせいで力のない打球が博美のフォアに飛んでくる。博美のフルスイイング。ボールは逆クロスのコーナーで弾んだ。
「ゲーム。 ゲームカウント ツウ、ラブ」
「ナイスショット!」
「キャー HIROMIー!」
「HIROMIー カワイイー」
コートの周りにはいつの間にか二重三重に観客が集まっていた。
「……ハアハア……くっ!……」
暦の上では残暑かもしれないが、太陽はジリジリとテニスコートを照らす。その中を博美はボールを追って走っていた。幸先よく2ゲームを連取した博美だったが、その後はお互いにサービスゲームをキープしていた。そして今第10ゲーム。博美のファーストサーブが突然入らなくなった。セカンドサーブのスライスにも相手選手が慣れてしまい、博美は追い込まれていた。
「ゲーム。 ゲームカウント ファイブオール」
博美がやっと追いついて打ち返したボールは、無情にもベースラインを超えてしまった。遂にサービスゲームをブレークされたのだ。
「……ハアハア……んっ……ハア……フー……」
博美が強引に息を整える。コートチェンジをせずに相手選手のサービスで第11ゲームが始まった。
「ゲーム。 ゲームカウント ファイブ、セブン。 ゲームセット」
審判のコールが無情に響く。第11ゲームを簡単に落とし、博美は第12ゲームも最後はダブルフォールトでサービスゲームをブレークされたのだ。
「ああー!」
「HOROMI、残念!」
周りから溜息が上がった。
「(……ああ……負けちゃったか……)」
ふう、と息を吐いた樫内の見ている前で博美がネットに向かって歩いていく。
「ありがとうござました」
ネットを挟んで博美は相手選手と握手をした。
「ねえ、あなたってHIROMIなの? モデルの」
審判とも挨拶をしてベンチに帰ったところで相手選手が聞いてきた。
「僕自身はモデルって意識は無いんですが、どうやらそうみたいです」
ラケットをケースに収めながら博美が答える。
「えっ! 僕? HIROMIって僕っ子? 凄いこと知っちゃった」
横から割り込む声に博美が見ると、さっきまで審判をしていた生徒が立っていた。
「癖なんです。 直せって言われてるんですけど……」
「無理に直さなくても良いわよー 可愛いもん」
それじゃお先、と生徒が歩いていった。
「そうねー 確かに可愛いけど、人によっちゃ「あざとい」って言うかも」
相手選手の言葉に博美の顔が陰る。
「そ、そんな顔しなくてもいいわよ。 そんなこと言う人なんてめったに居ないから。 それにしてもあなた1年生でしょ。 最後は持久力の差で勝てたけど、最初は凄かったわよね。 アドバイスしてたのは樫内さんでしょ? 彼女と練習してるんだったら納得ね」
相手選手はベンチの上の物を片付け終わった。
「それじゃHIROMIさん、お先に。 審判がんばって」
HIROMIと握手しちゃった、と相手選手がスキップするように走っていく。
「(……僕っていうの直したほうがいいのかな……)」
博美はフェンスの向こう側に出て行く相手選手を見送った。
「秋本さん、残念だったわね。 最後はスタミナ不足だから、基礎体力を鍛えましょ」
何時の間にか樫内が来ている。
「樫内さん、試合中のアドバイスありがと。 そうだねー 最後はふらふらになっちゃた」
審判席に上がりながら博美が言う。直前の試合で負けた選手が次の試合で審判をするのだ。
「樫内さんはシードだからまだ試合は無いよね?」
「ええ、私は午後からになると思うわ」
樫内といえども流石に第1シードでは無いが、中学校での成績により第4シードになっているのだ。
「んじゃ、ラインジャッジして。 おねがい」
ジャッジ席から博美がウインクをした。
「キャー 可愛いー HOROMIちゃーん」
黄色い声がコートに響く。追手前の生徒達がまだフェンスに張り付いていた。
ご存知かも知れませんが、テニスでは0(ゼロ)の事をloveと言います。
ゲーム内のポイントも変で、0→15→30→40、と数えます。
この辺、テニス部に入ったときに習って不思議だったのですが、使っているうちに慣れてしまいますね。




